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消えゆく芸術
7.ドンベルト・ワーナー宅への「訪問」
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Mr.ハロドゥのヴァルとノアに提供してくれたホテルから、ドンベルト・ワーナー氏の家までは徒歩で迎える程の距離だった。
深夜二時半前。
商人や芸術家、富豪達で溢れかえっていたここ、アルティストストリートの街も、流石に寝静まっていた。明かりが灯っているところもあるが、恐らくそれは家に籠って作品を生み出している芸術家達だろう。
多くの住民である富豪達はその作品たちに囲まれ、その中で眠っているはずだ。昼間はうるさかった視界も、夜になると月明かりの青白さで統一され、若干静かになって目を休めるにはちょうどいい。
……この、消えた芸術家の家に怯えながら。
ヴァルとノアは、ドンベルト・ワーナー氏の家の門前でそれぞれの想いを胸に、覚悟を決めて立っていた。
別に、死にに行くわけではないのだが……。しかし仮に、もしも噂が本当なのであれば、俺達は今まさに死地へと向かっているわけで。
そんな風に今思うと、この街はこの芸術家達によって、知らぬ間に呪いに掛けられているようなものではないか。
この街に住まう人々は皆、自分は殺されまいとして、誰一人としてこの家に近づくことさえしない。
なのに、彼らは芸術をまるで本能の一部のように求め、まるで群れを成して餌を求める蟻のように、この街に巣食っている。
そんな蟻にも、こんな不思議な一説がある。
大自然の中で生きる蟻でさえも、あの大衆を保つのはやはり困難なようで……ある研究者による蟻の研究によると、どんなに数を増やそうが減らそうが、働き蟻の中でサボる、又は同胞である仲間を殺す蟻が必ず出るそうだ。
そしてその犯人である……言ってしまえば、毒化した蟻を発見していくら退けようと、また別の蟻が毒に侵される。
それは人間も同じで、更にはその数が何万人、何十万と住まうこの街の中、そこに思考を持った”人”という存在に、毒が発生しないわけなどなくて……。
そして、まさにその真犯人こそが、このアルティストストリートでは消えた芸術家達で毒の役割を果たしているのではないかと、少なからずヴァルはそう思っていた。
その毒を探し出すのが、今回の俺達の仕事依頼というわけ……なんだが。
他の芸術家の家がどうかまでは詳しく知らないが、少なくとも今目の前にあるドンベルト・ワーナー氏の家を囲う塀越しでは、家の建物も何も見えない、まるで要塞をイメージさせるかのような門が二人を隔てていた……。
……が、もちろんノアとヴァルには、そんなもの関係ない。
「よっ……と」
ノアとヴァルは何も言わず、自分達より遥かに高い、二メートル以上はあるであろうその門を壁蹴りのように一蹴りして門の一番上を掴み、そのまますんなりと中へ。
無事に入って辺りを見渡すと……なんと、まあ……驚いた。
「なんだ……コレ……」
ノアも、ドンベルト・ワーナーの家を見たのは初めてらしく、その、”家”と呼べるのか怪しい場所へと、足を踏み入れたものの、固まってしまう。
そりゃそうだ……まず、そもそも肝心の家が建っていないのだから!
一体何平米あるのか分からない左右に広がる広大な敷地も塀も、その全てが白い大理石のようなもので出来ており、小さな小屋らしきものが中央に立っているだけだった。
普通に考えれば、その中央の小屋が恐らく入り口、または家、と普通の人ならば思うところなんだろうが……。
「……ふむ」
ヴァルは数秒考え、腰のポッケの中から拳銃を取り出し、マガジンを取り出してその中から一発だけ、弾を抜く。
それをポイッと中央に向かって軽く投げると……レーザーセキュリティで爆発!
……なんてことはなく、そのまま小屋らしきモノのところまで転がっていくだけ。しかし、運がいいのか悪いのか、その弾が小屋らしきものに当たって、なんとそのまま地面へと倒れこんでしまった。
ま……そう簡単に見つかるわけなんてないよな、入り口が。
Mr.ハロドゥからもらった情報では、ドンベルト・ワーナー宅だけ、誰もその家はおろか、その入り口さえ誰も見つけることが出来なかったそうだ。
「やれやれ……こんなだだっ広い敷地に、立体的に描かれたただの小屋の絵が一つ、か。監視カメラらしきものも無し、レーザーバリアも無しとはね」
とりあえず、家の入口探しに命を懸ける必要はなさそうだ。
だが……こんな広大な敷地の、一面全て白い石の地面から入り口を探すのは……途方もない事に思えた。これは確かに普通だったら諦めるレベルだろう。
「こりゃ、上手い泥棒対策だな。おまけに、自身の芸術センスも兼ね備えてると来た」
ヴァル、少しだけ皮肉っぽく言う。
別に彼の事を嫌っているわけじゃないが……こうも何もないんじゃ、少しの意地悪も言いたくなるってもんよ。
だが、そんなヴァルとは対照的に、ノアは顎に手を当て真剣に考えこんでいた。
あの倒れたハリボテの小屋の絵を見ながら。
「……白は膨張色だし、見続けると頭が混乱しやすい。確かに、こりゃ下手すりゃドンベルト・ワーナー本人くらいじゃなきゃワカンネーかもな。……この俺を除いて、ナ!」
そう言うと、やたら自信ありげにノアは中央の倒れた立体的に書かれたハリボテの小屋の絵の前へと向かう。
「おーい、ノアさんよ。その偽物の絵になんかあんのかー?」
ドンベルト・ワーナー氏は、最後に『身の潔癖』の作品を描いたほどに、白いものに固執していたんだゼ? そこによー……こぉんなしっかりした絵、残すわけねぇだろうが」
何が言いたいのか、ヴァルはいまいち分からず、両手をポッケに突っ込みただ、その立体絵を持ち上げるノアを遠目から眺める。
「……この作品ですら、まっさらにしたかったはずだゼ。だが、ここにこの絵が立ってるってことは……」
ノアはそう言うと、せェー……の! と、コ、コイツ、その絵を! 地面にもっかいぶっ刺しやがった! 最初にたった一発の弾丸の転んだ衝撃で倒れたような時の様な軽い挿し方ではなく、もっと思いっきり強く!
「お、おい、何してんだノア?! 俺達は今回は下調べに……っと……な、なんだぁ!?」
微かにだが、ゆっくり地面が……動いてやがる!
ヴァルは地面に片膝をつけてバランスを取ったが……その一方で、ノアは遠慮なく絵を地面に押し込み続けて……あの薄っぺらい立体絵が……綺麗に地面の中に全部、入っちまった……!
驚いているままのヴァルだが、その足元で小さく、カチ……という音が地面から聞こえ、動き続けた地面が止まって……ヴァルの目の前に、地下室への入り口の様な階段が、ゆっくりとその姿を現した。
それすらも白くて、真夜中の月明かりだけでは分かりづらかったが……確かに、そこから空気が流れ出ている。
……間違いなく、これがドンベルト・ワーナー氏の家の、玄関口だ。
つまり、さっきの薄っぺらい絵が……家の鍵だったワケ……か。
「……お見事」
ヴァルは思わず、ひきつった顔でノアにそう言った。
ノアはヘヘッという笑みを零しているが……ヴァルはまさかの展開にひきつった顔が中々元に戻らない。
なんとまあ……灯台下暗しってのはこのことだな……主張の激しい鍵だぜ……。
しかし……困った。いや、入り口が見つかったことに関しては良い事ではあるが……こうもあっさり見つかると思っていなかったから、今日は偵察と土地の下調べだけで済ませようと思っていたのに……。
……コイツ、見つけちまったなあ……。
ヴァルは心の中でそう思いながら、ドヤ顔と同時に真剣な顔をするノアを見て、ため息をつく。
こいつは……本気だ。だったら、俺も、腹をくくらないとな……。
ヴァルは屈んでいた体を起こし、立ち上がる。
「……しゃあねえなあ……。行くか」
「オウ……!」
ヴァルの中で、予定変更、現時刻をもって、消えた芸術家達の亡霊に、直接ご挨拶と行きましょう。
深夜二時半前。
商人や芸術家、富豪達で溢れかえっていたここ、アルティストストリートの街も、流石に寝静まっていた。明かりが灯っているところもあるが、恐らくそれは家に籠って作品を生み出している芸術家達だろう。
多くの住民である富豪達はその作品たちに囲まれ、その中で眠っているはずだ。昼間はうるさかった視界も、夜になると月明かりの青白さで統一され、若干静かになって目を休めるにはちょうどいい。
……この、消えた芸術家の家に怯えながら。
ヴァルとノアは、ドンベルト・ワーナー氏の家の門前でそれぞれの想いを胸に、覚悟を決めて立っていた。
別に、死にに行くわけではないのだが……。しかし仮に、もしも噂が本当なのであれば、俺達は今まさに死地へと向かっているわけで。
そんな風に今思うと、この街はこの芸術家達によって、知らぬ間に呪いに掛けられているようなものではないか。
この街に住まう人々は皆、自分は殺されまいとして、誰一人としてこの家に近づくことさえしない。
なのに、彼らは芸術をまるで本能の一部のように求め、まるで群れを成して餌を求める蟻のように、この街に巣食っている。
そんな蟻にも、こんな不思議な一説がある。
大自然の中で生きる蟻でさえも、あの大衆を保つのはやはり困難なようで……ある研究者による蟻の研究によると、どんなに数を増やそうが減らそうが、働き蟻の中でサボる、又は同胞である仲間を殺す蟻が必ず出るそうだ。
そしてその犯人である……言ってしまえば、毒化した蟻を発見していくら退けようと、また別の蟻が毒に侵される。
それは人間も同じで、更にはその数が何万人、何十万と住まうこの街の中、そこに思考を持った”人”という存在に、毒が発生しないわけなどなくて……。
そして、まさにその真犯人こそが、このアルティストストリートでは消えた芸術家達で毒の役割を果たしているのではないかと、少なからずヴァルはそう思っていた。
その毒を探し出すのが、今回の俺達の仕事依頼というわけ……なんだが。
他の芸術家の家がどうかまでは詳しく知らないが、少なくとも今目の前にあるドンベルト・ワーナー氏の家を囲う塀越しでは、家の建物も何も見えない、まるで要塞をイメージさせるかのような門が二人を隔てていた……。
……が、もちろんノアとヴァルには、そんなもの関係ない。
「よっ……と」
ノアとヴァルは何も言わず、自分達より遥かに高い、二メートル以上はあるであろうその門を壁蹴りのように一蹴りして門の一番上を掴み、そのまますんなりと中へ。
無事に入って辺りを見渡すと……なんと、まあ……驚いた。
「なんだ……コレ……」
ノアも、ドンベルト・ワーナーの家を見たのは初めてらしく、その、”家”と呼べるのか怪しい場所へと、足を踏み入れたものの、固まってしまう。
そりゃそうだ……まず、そもそも肝心の家が建っていないのだから!
一体何平米あるのか分からない左右に広がる広大な敷地も塀も、その全てが白い大理石のようなもので出来ており、小さな小屋らしきものが中央に立っているだけだった。
普通に考えれば、その中央の小屋が恐らく入り口、または家、と普通の人ならば思うところなんだろうが……。
「……ふむ」
ヴァルは数秒考え、腰のポッケの中から拳銃を取り出し、マガジンを取り出してその中から一発だけ、弾を抜く。
それをポイッと中央に向かって軽く投げると……レーザーセキュリティで爆発!
……なんてことはなく、そのまま小屋らしきモノのところまで転がっていくだけ。しかし、運がいいのか悪いのか、その弾が小屋らしきものに当たって、なんとそのまま地面へと倒れこんでしまった。
ま……そう簡単に見つかるわけなんてないよな、入り口が。
Mr.ハロドゥからもらった情報では、ドンベルト・ワーナー宅だけ、誰もその家はおろか、その入り口さえ誰も見つけることが出来なかったそうだ。
「やれやれ……こんなだだっ広い敷地に、立体的に描かれたただの小屋の絵が一つ、か。監視カメラらしきものも無し、レーザーバリアも無しとはね」
とりあえず、家の入口探しに命を懸ける必要はなさそうだ。
だが……こんな広大な敷地の、一面全て白い石の地面から入り口を探すのは……途方もない事に思えた。これは確かに普通だったら諦めるレベルだろう。
「こりゃ、上手い泥棒対策だな。おまけに、自身の芸術センスも兼ね備えてると来た」
ヴァル、少しだけ皮肉っぽく言う。
別に彼の事を嫌っているわけじゃないが……こうも何もないんじゃ、少しの意地悪も言いたくなるってもんよ。
だが、そんなヴァルとは対照的に、ノアは顎に手を当て真剣に考えこんでいた。
あの倒れたハリボテの小屋の絵を見ながら。
「……白は膨張色だし、見続けると頭が混乱しやすい。確かに、こりゃ下手すりゃドンベルト・ワーナー本人くらいじゃなきゃワカンネーかもな。……この俺を除いて、ナ!」
そう言うと、やたら自信ありげにノアは中央の倒れた立体的に書かれたハリボテの小屋の絵の前へと向かう。
「おーい、ノアさんよ。その偽物の絵になんかあんのかー?」
ドンベルト・ワーナー氏は、最後に『身の潔癖』の作品を描いたほどに、白いものに固執していたんだゼ? そこによー……こぉんなしっかりした絵、残すわけねぇだろうが」
何が言いたいのか、ヴァルはいまいち分からず、両手をポッケに突っ込みただ、その立体絵を持ち上げるノアを遠目から眺める。
「……この作品ですら、まっさらにしたかったはずだゼ。だが、ここにこの絵が立ってるってことは……」
ノアはそう言うと、せェー……の! と、コ、コイツ、その絵を! 地面にもっかいぶっ刺しやがった! 最初にたった一発の弾丸の転んだ衝撃で倒れたような時の様な軽い挿し方ではなく、もっと思いっきり強く!
「お、おい、何してんだノア?! 俺達は今回は下調べに……っと……な、なんだぁ!?」
微かにだが、ゆっくり地面が……動いてやがる!
ヴァルは地面に片膝をつけてバランスを取ったが……その一方で、ノアは遠慮なく絵を地面に押し込み続けて……あの薄っぺらい立体絵が……綺麗に地面の中に全部、入っちまった……!
驚いているままのヴァルだが、その足元で小さく、カチ……という音が地面から聞こえ、動き続けた地面が止まって……ヴァルの目の前に、地下室への入り口の様な階段が、ゆっくりとその姿を現した。
それすらも白くて、真夜中の月明かりだけでは分かりづらかったが……確かに、そこから空気が流れ出ている。
……間違いなく、これがドンベルト・ワーナー氏の家の、玄関口だ。
つまり、さっきの薄っぺらい絵が……家の鍵だったワケ……か。
「……お見事」
ヴァルは思わず、ひきつった顔でノアにそう言った。
ノアはヘヘッという笑みを零しているが……ヴァルはまさかの展開にひきつった顔が中々元に戻らない。
なんとまあ……灯台下暗しってのはこのことだな……主張の激しい鍵だぜ……。
しかし……困った。いや、入り口が見つかったことに関しては良い事ではあるが……こうもあっさり見つかると思っていなかったから、今日は偵察と土地の下調べだけで済ませようと思っていたのに……。
……コイツ、見つけちまったなあ……。
ヴァルは心の中でそう思いながら、ドヤ顔と同時に真剣な顔をするノアを見て、ため息をつく。
こいつは……本気だ。だったら、俺も、腹をくくらないとな……。
ヴァルは屈んでいた体を起こし、立ち上がる。
「……しゃあねえなあ……。行くか」
「オウ……!」
ヴァルの中で、予定変更、現時刻をもって、消えた芸術家達の亡霊に、直接ご挨拶と行きましょう。
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