紫苑の誠

卯月さくら

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第三章 仲間

池田屋事件

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 元治元年五月、紫苑と紅蓮にとって重要な情報を手に入れることが出来た。
 どうやら阿曇の一族と立花は倒幕派に用心棒として雇われているようだった。京にも不穏な空気が流れており、長州も何やら企てているようだった。
 土方は紫苑と紅蓮、それぞれに一番隊、三番隊と一緒に行動するように指示した。

「紫苑は総司の組、紅蓮は斎藤の組について巡察に行ってくれ。最近、長州の動きがおかしい。気がついたことがあれば報告して欲しい。それと紫苑、総司の調子があまり良くなさそうだから、気にかけておいてくれ。頼んだ」

「「分かった」」

二人は頷き、巡察に向かった。
 以前はもっと活気のあった京の町は、随分と静かになっていた。紫苑は沖田の横を歩きながら話しかけた。

「沖田さん、最近の京は随分変わったよね」

「そうだね。長州も動いているらしいし」

話をしながら歩いていると、紫苑はある一つの店に違和感を覚えた。それは沖田も同じようだった。

「あのお店、なんか怪しいね。町はこんなに静かなのに、あそこだけ人の出入りが激しいし」

「帰ってから土方さんに相談しようか」

巡察から帰ってきた二人は、今日あったことを相談した。

「そうだな。山崎に探らせてみようか」

 夕食後、紫苑と紅蓮は土方に呼ばれた。
 部屋に向かうと、そこには山崎と島田もいた。4人が集まったところで土方は顔を上げ、話を切り出した。

「今日、一番組が巡察に行った時、怪しい店を見つけた。そこでだ。四人にその桝屋を探ってくれ。やり方は山崎、お前に任せる。」

「御意」

土方の指示を受けた後、四人は早速作戦会議をすることにした。

「ほな、作戦会議といこうか」

山崎を筆頭に集まったのは屋根裏。

「山崎さん、なんで屋根裏なんですか?」

疑問を投げかけたのは紅蓮だった。
紫苑と紅蓮は屋根裏のスペースの存在は知ってはいたが、何故この状況でここなんだと疑問が湧いてくる。

「副長が俺に頼む時は大概、秘密裏にやってくれってことやねん。で、誰にも知られずに話すなら屋根裏が一番やと思ってな」

「そうだったんですね。納得しました」

紅蓮は頷き山崎に目を合わせた。

「ほな始めよか」

 四人が立てた作戦はこうだった。
 まず、山崎と紫音が町で情報を集め、島田と紅蓮が桝屋ますやへ張り込む。そして確実な証拠を掴んでから討ち入る。
 桝屋の情報を集め始めてからしばらくして、どうやら桝屋の店主である桝屋喜右衛門ますやきえもんが長州に銃の横流しをしていることが分かった。さらに調査を進めると、銃だけでなく火薬や武器も長州に出回っていることが分かった。
 六月五日、早朝、新選組副長、土方歳三を筆頭に桝屋に押し入った。

「新選組副長、土方歳三。御用改めに入る。大人しくしろ」

店主の抵抗も虚しく、彼は新選組に捕縛された。

「さて、全て吐いてもらおうか。お前はいったい何者だ?武器を横流しして何を企んでいる?」
土方の質問に桝屋喜衛右門は口を割ろうとしない。

「喋らないのなら、喋りたくさせてやる」

そう言って土方は水の入った桶に桝屋喜衛右門の頭を押し込んだ。

ゴボゴボゴボ……バシャっ!

「ゴホッゴホッ。カハッ……、ハァハァ……」

「本当の名前は何だ?」

「お前なんかに言う名前などない」

バシャッ、ゴボゴボ、バシャッ

「ゲホッゲホッ……ゴホゴホッ」

「もう一度聞く。名前は?」

「ふる……たか……古高俊太郎ふるたかしゅんたろう

「で、古高。武器や火薬を集めていったい何をするつもりなんだ?」

「……」

「そうか、話す気はないか。本当はこんなことしたくはないのだが、仕方ない」
そう言った土方は永倉にあるものを持ってこさせた。それは……五寸釘ごすんくぎと火のついた蝋燭ろうそく
 土方は古高を逆さづりにし、足の裏に五寸釘を打ち付けた。

「ぎゃあーーーーーー」

「どうだ?何か話す気になったか?」

「お、おまえ……なん……か……に……」

ここまでされても古高は喋らない。すると土方は、突き刺さったままの五寸釘をぐりぐりと動かし始めた。

「ぎゃあーー。がっ……ぎゃーーーー‼」

部屋いっぱいに叫び声がこだまする。
さらに土方は蝋燭に火をつけて、溶けた蝋を釘に垂らし始めた。

「ぎゃあーー熱い。た、たすけて……くれ」

それでも土方は構わず続けた。

「うぎゃーー。話す!話すから助けてくれ!」

その言葉にピタリと手を止めた。

「ほう、やっと話す気になったか。で、長州は何をしようとしている?」

「それは、今日に火を放ち、日本の秩序を守る」

 捕縛した桝屋喜右衛門こと長州の攘夷志士、古高俊太郎の話によると、長州は風の強い日を選んで、京に火を放つ計画を立てていることが分かった。
 長州藩士たちの会合の場所は池田屋か四国やに絞られた。
 すぐに幹部たちが集められ、作戦会議が始まった。話を切り出したのは土方だ。

「長州が京の町を火の海にしようと企んでいる。今日、会合が行われる可能性の高い。池田屋と四国屋のどちらかが有力だ。そこでだ、張り込みをしたいと思っているのだが、皆に相談がある」

土方の話を聞いた山南が口を開いた。山南は新選組の総長であり、剣客としてだけでなく論客としても皆から一目置かれている存在だ。

「私は四国屋が本命だと思います。古高が捕まったその日に桝屋か近い池田屋で会合を行うとは言えませんね」

「うーん」

近藤は黙ったままだ。山南はさらに言葉を続けた。

「かと言って、池田屋も捨てきれませんしね。」

無言で話を聞いていた土方は一つの案を出した。

「それなら、四国屋に二十人池田屋に十人でどうだ?」

「それだと、もし池田屋が本命だった場合、戦況が不利になるんじゃないか」

近藤が口を挿んだんだ。このことはほかの幹部も疑問に思っていたことで、すぐに同意の声が上がる。

「それなら池田屋には腕の立つものを配置させよう。池田屋には近藤さんと、沖田、藤堂、永倉の隊。四国屋には俺と残りの者がついてくる。これでどうだ?山南さんは屯所で総括を頼みたい。俺たちが不在の間、新選組を頼む」

「仕方ありませんね」

山南が頷き、全員の方向性が決まった。

 紫苑と紅蓮はどうすればいいものかと顔を見合わせ、土方に尋ねた。

「私たちは何をすればいい?」

「紅蓮には、一番組の沖田と共に池田屋に行ってほしい。精鋭が揃っているからと言って人手不足なのは変わらない。紫苑には山崎と屯所で待機していておいてくれ。何かあったら、山南さんの指示に従ってくれ」

「「分かった」」

全員への指示が終わった後、近藤率いる十名は池田屋へ、土方率いる二十名は四国屋へ向かった。
 これが、紫苑たちを含めた新選組の運命を大きく変えるとは知らずに……。
 山南の読みは間違っていた。
 長州の会合は池田屋で行われていた。

「こっちが当たりだったか……。誰か、屯所に報告してきてくれないか。所司代に応援要請を頼むと」

近藤の言葉に真っ先に反応したのは、紅蓮だった。

「僕が行きます。おそらく一番速い。それに幹部の人がいなくなるのは困りますよね」

「助かる。なら頼めるか」

近藤がそう言った瞬間、紅蓮は闇に消えた。
 紅蓮が去ってからずいぶん経ったが、一向に所司代の応援が来る気配はない。
 紅蓮は近藤から指示を受けてすぐに屯所に到着した。

「近藤さんから伝令です。本命は池田屋です」

紅蓮の言葉を聞いた山南は珍しく顔を歪めた。

「私としたことが……。判断を見誤りました。山崎君と紫苑さんは土方さんへ伝令をお願いします。一人より二人のほうが確実ですしね」

「よっしゃ、任せとき」

「分かりました」

山崎と紫苑はさっそく四国屋へ急いだ。
残った紅蓮に山南は所司代へ応援を要請するように指示した。

「何度も走らせてすみませんが、よろしくお願いします」

「分かりました、大丈夫です。応援要請に行ってきます」

「気を付けてくださいね。所司代への要請が済みましたら、池田屋へ合流お願いします」

紅蓮は山南の話を聞きながら、深く頷いた。

「ええい、応援はまだ来ないのか」

「ここで逃がしたら大失態ですよ。近藤さん」

近藤のイライラする気持ちとは裏腹に沖田はどこか楽しそうに子どもっぽく笑っている。

「相手の数は三十くらいだろうか。やむを得ん、突撃するぞ」

近藤の一言で、全員の覚悟が決まった。

「新選組、局長、近藤勇、御用改めである。」

近藤の声で戦いの火蓋が切って落とされた。わざわざ名乗らなくてもよいのにと少し笑みをこぼしながら沖田も後に続いた。圧倒的に不利で、命の保証なんてどこにもないこの戦場に乗り込んだのである。

 その頃、紫苑と山崎は四国屋にいる土方のもとへ走っていた。静かな京の町に二人の足音が響く。しばらく走ったところで、前方から数人の人影が現れた。

「この先に行かれるのは困るんでね」

男たちの抜いた刀がきらりとひかり、戦いが始まった。相手は刀を所持しているうえ、こちらよりも人数が多い。勝てるだろうが、今は勝つことが目的ではない。今は、一刻も早く伝令を届けることが先決だ。

「紫苑、ここは気にせんと、先に行け。あとから必ず追いつくさかい。土方さんに伝えるんや」
紫苑は静かに頷き、撒菱まきびしを投げ、立ち去った。
 四国屋では、土方率いる新選組の対し20名が路地から中の様子を伺っていた。四国屋に来てから半刻が過ぎようとしていた時、土方のもとに紫苑がやってきた。

「山南さんから伝令です。本命は池田屋です」

「こっちは外れだったか。クソっ。近藤さんの応援に行くぞ!斎藤、隊を任せた。俺は他にやることがある」

その言葉で、隊は動き出した。紫苑も斎藤と一緒に池田屋へ向かった。池田屋に向かう途中、斎藤は紫苑に尋ねた。

「山崎は一緒じゃなかったのか?」

「山崎さんとは途中まで一緒でした。しかし来る途中で思わぬ敵に遭遇してしまって……。山崎さんは大丈夫だと思いますよ」

 その頃、紅蓮は所司代に応援要請に来ていた。

「新選組、近藤勇から応援要請です。長州の会合が池田屋で行われています。応援をお願いします」

 それを聞いた所司代はなかなか動く気配を見せなかった。自分たちの手を煩わせないで功績を得ようとしたのである。

「貴様が本当に新選組からの要請で来たのか確認ができないので動くことはできない。確認が取れ次第、向かうことにする」

ようやく重い腰を上げた時には、紅蓮が所司代に来てから、すでに一刻が経とうとしていた。

 池田屋では、激しい戦いが繰り広げられていた。
 あちらは三十人強に対し、こちらは10数人。かなり厳しい状況だった。

「局長、大丈夫ですか?」

斎藤率いる四国屋からの応援二十人がやっと来たのだった。

「総司と平助は二階に上がった。斎藤と天音君はそっちを頼む」
 
 近藤の息遣いは荒く、周りの隊士にも疲れが見える。あちこちでむせかえるような血の匂いが充満している。それを気にすることなく、二人は二階へと駆け上がっていった。
 階段を上ってすぐのところに藤堂が倒れている。

「平助! 大丈夫か?」

頭に巻いた鉢金はちがねの下からは血が滴っている。

「総司は!?」

斎藤の声にゆっくりと目を開けた藤堂は、奥の部屋を指さした。二人は急いで、奥の部屋へ飛び込んだ。そこで見たのは紫苑の昔の仲間だった。その姿を見た紫苑の顔色は明らかに変わった。

「立花! てめぇ!」

立花と呼ばれた人物はニコリと笑ってこちらを向いた。

「あら、紫苑じゃない。久しぶりね。やっぱりあなた、生きていたのね。紅蓮は元気? あ、あの後死んじゃったのかしら?」

長州の頭と一緒にいたのは、里を裏切った立花と阿曇の幹部だった。立花に向かって刀を抜こうとする紫苑を止めたのは、沖田の咳き込む声だった。

「ゴホッゴホッ……ガハッ」

その瞬間、大量の血を吐いて倒れ込んだのだ。

「沖田さん! 大丈夫ですか?」

紫苑はすぐさま振り向いた。沖田の姿を見た立花は笑いながらこう言った。

「あら、残念。この人もうダメね、使い物にならないわ。あはっ」

立花の乾いた笑い声が響く。

「僕は、ゴホッ……、まだ戦える!!」

それでも立ち上がろうとする沖田。それを馬鹿にした立花に紫苑はもう我慢が出来なかった。

「お前に新選組の何が分かる! 沖田さんの何が分かるって言うんだ!! 殺してやる!!」

二人の刃が交わろうとする時、それを止めたのは斎藤だった。

「長州と阿雲との関係は知らないが、ここは一旦休戦にしてもらおう」
斎藤の意外な言葉に紫苑は食いついた。

「斎藤さん! どうして」

「お前の一族を滅ぼした奴とその幹部二人。こっちは俺とお前、怪我をした平助と総司だ。勝てると思うか?」

斎藤の言葉で紫苑も冷静さを取り戻すことが出来た。
外では、所司代と土方が何やら対峙している。その隣には紅蓮の姿も見える。

「あら、紅蓮もやっぱり生きてたのね。しかも、応援いっぱい連れてきてるじゃない。私達も早く逃げないと。いい? 紫苑。あなた達が生きている限り、周りを不幸にするの。あなたは生まれてくるべきじゃ無かった。だから私は何度でもあなたを殺しにくるわ」

そう言って立花たちは闇の中へ消えていった。
 この池田屋事件で新選組は長州の浪人を捕縛、あるいは殺すことになった。新選組の被害は決して小さくはなかった。この戦いで、藤堂平助は頭に怪我を負う重症、永倉新八は掌、特に親指と人差し指の間をざっくりと切っていた。そして、沖田は突然の吐血により、意識不明の重体までに陥った。
 また、何人もの隊士の命が失われた。土方もまた、所司代に新選組の功績を横取りされないように必死に戦った。その結果もあってか、池田屋事件に新選組の名が刻まれることになった。 
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