カーネーション

月羽ミホ

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第1章「ハーデンベルク王国編」

1話「祝福」

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ガタンッ……ガタガタッ………。

「……ゃん…、兄ちゃんもうすぐ町に着くぞ」
「んんっ……ふあぁ…」
「よく寝るなぁ…。起こして悪いが町に着く」
「いや、ありがとう。今どの辺なんだ?」
「ビリアース子爵領のリーリス村からデテール山を超えた辺りだな。山を越えたらリグーノ町まではすぐだから準備しとけ」
「分かった」

寝転がっていた荷車から見える草木の風に乗った香りを吸い込み、少し遠くなった山というには森の様なデテール山を眺める。生命力溢れるデテール山の木々は濃い緑色と灰色の葉が鮮やかな色味で楽しませてくれる。

「おっ、兄ちゃんリグーノ町が見えてきたぞ!」
「えっ……おお~!」

まだまだ働き盛りなヒューマン族のおじさんの声に御者席から前方を覗き見れば、粒ほどとは言え遠目でも分かる茶色の大きな壁が見えてきた。さらに行き来する荷車が増えて町が近いことを実感する。

「本当にここまででいいのか?
歩くにしちゃぁ門まではまだ遠い。せめて門を超えるまで乗せていくぞ」
「いや、ここまででも十分だ。
乗せてもらってなんだが、ほとんど寝ていたし…。」
「いやいや。兄ちゃん、謙遜すんな。
寝てるかと思えばいつの間にか魔物を倒して帰ってくるってんだ。並の護衛に依頼するより良い腕してるよ」

そんな事はない。上には上がいる。僕はまだ出会った事はないけど、知識としては知っている。
かといってこのまま言い合っていても仕方ない。褒められすぎるとなんだかむずむずするし、どうしたものかと思っていると背後から近づいてくる者に気がついた。

「ハイン久しぶりじゃないか。そんな隅に停まってどうしたんだ?」
「…シュヴィックかっ!久しいな。誰かわからなかったぞ!」
「はっはっは!そうだろう、そうだろう。努力の賜物ってやつだなっ!」
「なぁに言ってやがんだ。不健康だから痩せるまで戻ってくるなって言われてたろう」
「なっ、なんで知って……!カマかけやがったな!」

おじさん、もといハインさんの知人らしい。再会を喜び肩を組む2人の目を盗んでそのまま立ち去ろうとしたが一歩遅かった。

「そうだ!
紹介する。俺の恩人、ラヴァンだ。こんな見た目してるが…まあ、なんだ、自由民だとよ。
兄ちゃん、こっちの痩せたおっさんが俺の親友で腐れ縁のシュヴィックだ」
「誰がおっさんだ。俺はまだ31だぞ!ったく…。
ラヴァン…と言ったか、シュヴィック・テイラーと言う。日用品や魔道具なんかを取り扱う商会を営んでいるから旅支度で入り用なら覗いてみてくれ。よろしく頼む」
「ああ、こちらこそよろしく。
ラヴァンだ。サンサ=ラヴァン・スクリット。好きに呼んでくれ」

シュヴィック・テイラーと名乗ったヒューマン族の差し出された手を握って名前を名乗ると、何かを推し量るような瞳が僅かに見開かれる。視線がハインさんの方に向かい、お互いに頷き合うと何かを噛み砕くように僅かに開いた口を引き締めた。

「大変申し訳ありません。…知らなかったとは言え、高貴な家柄の方に失礼な振る舞いでご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません。改めまして、シュヴィック・テイラーと申します。お許し頂けるのであれば、改めまして商会をご案内させて…」
「……ぷはっ、我慢できねぇ」

突然恭しく傅き、丁寧に謝罪し始めたシュヴィックさん。それを横で見守っていたハインさんが堪えきれないとばかりに笑い出した。
さらに状況がややこしくなってしまった。どうしようかと考えて、そういえばハインさんに名乗った時も同じようだったなと思い浮かべる。ハインさんの場合、あとから王侯貴族の身分を持った人だと思ったと言われたんだったな。

王侯貴族とは、社会や集団行動などを必要とする種族の中でのリーダー的存在。種族によっては力の強い者だったり、血筋で左右したりする。多種多様な人類の中でもとりわけ数が多いヒューマン族にとって重要な役割を担う。王侯貴族の治める地で暮らす平民は外からの脅威から守られ、ある程度の自由を得られる代わりに何か(作物や金銭など)をその地の領主へと納める…らしい。

知識の中では平民から不当に納めさせる領主も居るとか、とにかく王族や貴族には関わらない方がいい。かといって王侯貴族の中にも平民に好かれる者が居るみたいだから気をつける程度でいいと思う。
いざとなったら逃げればいいわけだ。

「っ…はぁはぁ…ククッ」
「いつまで笑う気だ?」
「いやぁ、悪ぃ悪ぃ。…でもよ、俺は言ったぜ?兄ちゃんは自由民だってな!」
「!……確かに言ってはいた。が、あの見た目と名前は完全にお貴族様だぞっ!
お前も頷くし、紹介する時の訳ありみたいな雰囲気はなんだったんだ!?」
「あー、まぁそこは兄ちゃんに聞いてくれや」

揶揄いすぎたとばつの悪い顔をして頭をかくハインさんの言葉に少し離れてしまったシュヴィックさんと目が合う。

「…その、なんだ……お忍び中の貴族やそれに類する身分を持っている…のか?」
「いや、ただの自由民だ」

しどろもどろというよりは考えながら慎重に問いかけられて思わず即答してしまった。僕の返事に、今度は目を丸くしたシュヴィックさんは安堵したように息を吐いて矢継ぎ早に問いかけられる。

「はぁ……ではラヴァンと呼ばせてもらう、答えられなければ答えなくてもいい。その名は、サンサ=ラヴァン・スクリットという名はどうしたんだ?貴族でもない自由民が名乗るにはあまりに不自然だ。場合によっては詐称したとして捕らえられる」
「…っ!…そうなのか?」

まさか名前について言われる事になるとは思いもしなかった。あれには特に禁止されるような事は書かれていなかった。ここまでにも何度か名乗っていたけど、不審に思われるより納得されていたからおかしいところはないと思っていたが…、今にして思えばあの者達はシュヴィックさんのように僕を貴族だと勘違いしていたのかもしれない…。
なんて考えているとハインさんがシュヴィックさんの背中を叩いた。

「痛ってえっ!何するんだハインっ!!」
「なぁに脅してんだ!聞けとは言ったが脅せとは言ってねぇぞ!!
ったくよぉ…兄ちゃんすまねぇな。こいつの言ったことは気にしなくていい。兄ちゃんが俺の恩人って事には違いねぇ!わかったらシュヴィック、兄ちゃんに謝れ!」
「……すまなかった。脅すつもりは…なかったんだ」

ハインさんの言葉に少し不貞腐れたような表情で、脅すつもりは無かったと謝られる。妙に間が空いていたからきっと少しは思っていたんだろうが、大事になる前にここで知れた事は僥倖ぎょうこうだった。

「あーいや、こちらこそ悪かった。
…理由、だったな。なんて事はないただの名無しだ」
「「はっ?!」」
「何故ハインまで驚く?!」
「いやっ俺だって知らなかったっての!」

2人の驚いた顔に自然と笑みが溢れる。

「その、兄ちゃん…、すまねぇ兄ちゃんが名無しだなんて…」
「ラヴァン、君は……すまなかった。まさか君が…」
「謝られるような事はない。単純な話、周りに名をつけられる者が居なかっただけだ。
この名は亡くなった爺さんの家にあった本を参考に自分で付けたんだ」

少し前、生まれ故郷とも言える地を出て暫く進んだ先、人里離れた場所に一人で住む珍しいヒューマン族の爺さんがいた。
僕が急に声をかけたからか、爺さんが持っていたコレクションの一つを落として壊してしまった。その弁償をしろと言われて爺さんのコレクションの元となる魔物を倒して渡したのがきっかけだった。まだ足りないと次々に倒して、名前がないと知れば名付けてやるからもっと倒すように言われ、気がつけば爺さんの家は魔物のコレクションで溢れていた。それでも爺さんにはまだ足りないみたいで、もっともっと欲しいと言われて倒した帰り、爺さんは冷たくなっていた。
結局名付けられる事は無く、爺さんの家にあった本を参考に自分でつけた訳だ。

「「………」」

そんな事を知る由もない沈痛な表情を浮かべる2人に何でもない事だと笑いかけた。
でも、シュヴィックさんの言っていた事を考えると名前を変えるか、削るかしないといけないな。

「この名は変えないといけないか…?」
「…いいや、変える必要はねぇよ。なあシュヴィック」
「それは…いや変えなければ…」
「何硬い事言ってんだ!
考えてもみろ。兄ちゃんはどこからどうみても高貴な生まれってやつの見た目してる。これで家名もねぇ平民だって言ってみろ…?」
「……違和感しかないな…。」
「だろっ!…違和感だらけで逆に気持ちわりぃ……」

2人は今のままで良いみたいだ。けど2人以外にも通用する程ヒューマン族は阿呆でもお人好しでもない。いずれ大事になる前に別の名前に変えないとな。

でも………結構、気にいっていたんだな【サンサ=ラヴァン・スクリット】って名を。


ピロンッ!

〔——条件を満たしました。個体名【サンサ=ラヴァン・スクリット】を獲得しました。〕
〔これより、個体名【サンサ=ラヴァン・スクリット】に神に代わって世界から祝福が授けられます。〕

突然普段とは違う音が響き、次いで獲得したという名と祝福に、ふとあの本の仮説は合っていたのかも知れないと思い浮かべた。本の作者自身も否定的だったが、名無しの者が多くの知能が高い生き物に同じ名を言い続けると名前が定着するという眉唾な仮説は少なからず条件に含まれていた可能性はある。そう考えるとあの本の9割近くの内容が矛盾だらけになってしまうからなんとも言えない。
なんて考えていると目の前の2人から驚いたというような声が上がった。

「はっ」
「なっ」
「…え?」

2人に遅れて頭上に浮かぶ真っ白な光の輪のようなモノに驚く。これはなんだろうか、なんて考えても祝福しか思い当たらない。徐々に光が増して眩しそうに顔を覆う2人を目の端に捉え、彼らの目が心配になる。次の瞬間、キュウッと縮んだ光の輪がさっきの比ではない光量を発して砕け散り、その光を吸い取るように僕の中へと消えていった。

〔———祝福が授けられました。〕
〔祝福により幸運値が微上昇しました。並びに、祝福ギフト〈簡易ステータス閲覧〉が追加されました。〕

最後の砕けて消えていくところは綺麗だった。もう一度見てみたい気もしたけど、早々見れるものでもないだろう。

「うぅ…今のは……」

シュヴィックさんの声が聞こえて2人に目を向ける。目が眩むのか、目を覆ったまま動かないハインさんと、瞬きを繰り返すシュヴィックさんの姿があった。
そう言えば2人にもあの光の輪は見えていたのだったな。それに名前の事も……。

「兄ちゃん今の…今のは名付けの祝福で間違いねぇなぁ?」

突然両肩を掴まれ、普段より更に低い声を上げるハインさん。

「ああ。目は大丈ぶ…」
「ぅおおぉお良かった!良かったなあ!!」

心配をよそに、さっきとは打って変わり被せるような明るい声を上げる。その横に眩しさから回復し、ハインさんの様子を呆れたような表情で見守るシュヴィックさんがいた。

「ったく…ハイン、いい加減に彼を離せ。」
「あ?ああ、兄ちゃん悪りぃな」

目が合うと手に力が入っていたハインさんから離される。

「はあ…それで、祝福を授かったなら名前も無事に授かったわけだ…。」
「シュヴィック……」
「ああいや…ラヴァン、でいいのか…?どちらにしろもう変える事は出来ないだろう。その名を神々もお認めになったんだ。俺がとやかくいう事はない。良かったな。」
「そうか…そうだな。ありがとう」

実際は神々に代わってこの世界に認められたんだが…、知らなくていい事もあると知識にもあったからな。
そんな話をしていると、少し長居しすぎたらしい。さっきの光もあって何事かと人が集まってきている。

「あー、少し場所を変えるか」
「そうだな。兄ちゃん、後ろに乗ってけ。ウチの食堂に連れてってやる。ウチの嫁さんの料理はリグーノ町の中でもうまいって評判だ!遠慮なんていらねえ!」

さあ!と手招きされ、途中何度か味わった人の料理を思い出し、結局僕はハインさんの荷車にもう一度乗り込んだ。

「お前は馬車があったろ?」
「先に向かわせたに決まってんだろ。あの大荷物、そのまま道の端に停めてたら邪魔で仕方ねぇ」
「まあそうだな」

納得したハインさんは1人御者席に座り、僕と同じように後ろから乗り込んだシュヴィックさんを確認する。じゃあ、出発するぞーというハインさんの掛け声で動き出した。
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