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第1話 絵描き Dipintore
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「絵描きさん?」
そう呼ばれて、絵描きは振り返る。
そこに立っていたのはひとりの少女。
ふわふわの腰まで届くような金髪の少女。
まるで少女漫画から出てきたようなレースで飾られたドレスを身に着けた少女。
その服装はこの冬の季節には似合わない、と云うより、寒くて仕方ないのではないだろうか、と、絵描きはそう思うが、彼女は血色の良い綺麗な顔で、にっこりと笑っている。
「きみは?」
「天使」
「天使?」
「うん。みんなそんな風に呼ぶのよ」
彼女は屈託のない笑顔のまま答える。
天使、か。この子にはぴったりのニックネームだな、と、絵描きも彼女に笑顔を返す。
「ねえ、絵描きさん?」と、天使。
「あなたって凄いのね」
「凄い?」
何のことだろう? と、絵描きは訝るような表情をする。
それを見て、天使は笑顔になる。
「わからないの?」
「ああ。何のことだい、天使さん?」
天使はそれには答えず、母子を指差して見せる。
絵描きは振り返って、母子を見る。
母の腕の中で、赤ん坊が身じろぎをしたのが見え、彼は少しばかり驚く。
確かに、さっきまで赤ん坊は息をしていなかったはずだ、と、もう一度よく見る。
先ほどまでの蒼白な血の気のない顔とは打って変わって、赤ん坊はほんのりと頬を染めて、幸せそうな顔をしている。
母親の生気のないぼんやりとした表情とは対照的である。
絵描きは首を傾げる。
息を吹き返したのか? いや、そうじゃない。もともと息をしていなかったと見えたのは、自分の勘違いだったのだろう、と、納得する。
しかし天使はそうは思わなかったようだ。
「絵描きさんの絵で、あの赤ちゃんが息を吹き返したのよ。凄いと思わない?」
天使はそんなことを云いながら、両手を胸の前で合わせて、まるで絵描きを拝むようなポーズをとる。
「ぼくの絵で? まさか」
彼は笑う。
天使の無邪気なひと言が真実を語っているとはとても思えないが、けれどもその言葉は鬱々としていた彼の心を和ませる。
「ぼくの絵よりも、君の言葉の方がよっぽど凄いように思えるけど。君の言葉でぼくはとても元気になったからね」
「そうなの? それは私も嬉しいわ、絵描きさん」
天使は本当に嬉しそうに絵描きに近づくと、その腕に自分の腕を絡ませる。
それからふわふわの金髪の頭を絵描きの胸に預ける。
相手は少女なのに、と、思いながら、絵描きは少しだけどぎまぎする。
「絵描きさん、私と少しお話してくれる?」
「お話?」
「うん。私、絵描きさんに興味が出て来ちゃったの」
「興味、ね」
絵描きは苦笑する。
せめてあと十歳上ならば、もっと嬉しかったのに、と、そんなことを思う。
「あれ? 絵描きさん、私じゃ不満なの?」
「え、いや……」
どうやら思いが顔に出ていたようだ。
「ごめんなさいね、こんな子供で」
「そんなことはないよ」
「ほんと?」
「本当だ」
それを聞くと、天使はますます強く絵描きの腕にしがみつく。
「それじゃこの先の地下街のベンチにでも座ってお話しましょ?」
地下鉄の通路をしばらく行くと、テルミニ駅の地下ショッピング街に通じている。
「ぼくは構わないが……」
絵描きは周囲を見回す。
「君はひとりなのかい?」
「ええ、そうよ」
このくらいの年頃の少女が、あまり安全とは云えない地下鉄の駅にひとりでうろついているのが不思議である。
てっきり誰か保護者が一緒なのでは、と、思っていたのだが、と、絵描きは不審そうにもう一度周囲を確認する。
「ひとりでこんな所に来たら危ないよ」
「だから、絵描きさんと一緒なんでしょ?」
「確かに、今はそうだけど」
「それとも、絵描きさんはアブナイ人なの?」
「そんなことはない」
「ふふ。冗談よ。だって絵描きさんは凄い人だもん」
凄いのとアブナイ人じゃないのとは関係はなさそうであるが。
それよりも子供のくせに、割とおしゃまな口を利く少女である。
絵描きと天使のふたりは連れ立って、地下ショッピング街に向かって歩いて行く。
天使は絵描きの腕を掴んで鼻歌交じりの上機嫌であったが、絵描きの方はこの子の親御さんが近くにいるのではないか、と、気にしながら周囲に目を配りながら歩く。
その様子に天使が気づいて、絵描きを見上げる。
「大丈夫よ、絵描きさん。私はひとりで来たのだから。どう見ても絵描きさんが人攫いだと思われることはないと、私が保証するわ」
「……そうか。ならいいんだけども」
「きっと見る人が見れば、素敵な兄妹に見えるのじゃないかしら?」
「いや……、それは無理があるだろう?」
自分の妹が、それこそ天使のような金髪少女であるはずはない、と、内心で絵描きは思う。そもそも自分は東洋人なのだし、と。
「そうね。それにここらの人は誰も私たちに興味なんかないだろうし」
「ああ、そうだね」
以前は町の人々はもっと陽気で人懐っこかったような気がするが、最近では周りの人に親しげに声をかけるような習慣はなくなってしまったようだ。
地下街を歩く人々も、何処かむっつりと無言で、つまらなそうに行き交うだけである。
「これも時代なのかしらね」
天使がまた大人びた台詞を云う。
この年齢でどれだけ世間を知っている気になっているのか、と、無邪気な天使に絵描きは苦笑する。
やがてふたりはショッピング街の中央の広場に出る。
広場とは云っても、ささやかなものである。
南北と東西に続くショッピング街の通路が交わる所が、少し大きな円形の広場になっているだけで、二、三軒の屋台と十台ほどのベンチが置かれている以外は、特に何か変わったものがある訳ではない。
その中のベンチのひとつに、ふたりは並んで腰掛ける。
天使はベンチに座ると、楽しげに足をぶらぶらさせながら、道行く人々を眺める。
「いろんな人がいるわね」
「ああ、そうだな」
「ここって、テルミニ駅と地下鉄の駅とを結んでいる場所だから、それなりに人がいるけれど、この季節は『大道芸人の広場』の方は閑散として寂しいわよね? 絵描きさんはこの広場では似顔絵描きはしないの?」
「ここでは商売をしてはいけないんだよ。警官に捕まっちゃうのさ」
「そうなの? 難しいのね、いろいろと」
天使が不満そうな顔をする。
「ここならば、外みたいに寒くないのに」
「ああ。ぼくとしてもここで出来れば楽なんだけどもね」
そう答えながら、絵描きは絵の題材になりそうな人がいないか、と、無意識に広場を見回す。
そんな様子を天使は楽しそうに見上げているが、何がそんなに楽しいのかは判然としない。
ただ、こうして彼といる時間が楽しいのだろうか。
「ねえ、天使さん?」
「何?」
「お腹空かないか?」
そうして絵描きは屋台の一軒を指差して見せる。
チャンベッラ(ドーナツ風のお菓子)の屋台である。
「せっかくお近づきになれたのだから、奢るよ」
「まあ、嬉しい。……でも今はお腹がいっぱいなの」
「そうか。残念だな」
「うん。またいつか、ご馳走してくれる?」
「ああ、いいよ。約束だ」
「約束ね。でも……」
そこで天使は少しだけ悲しげな表情を見せる。
「どうした?」
「ううん、何でもない」
そうして天使は、本当に天使のような屈託のない笑顔を作って見せた。
そう呼ばれて、絵描きは振り返る。
そこに立っていたのはひとりの少女。
ふわふわの腰まで届くような金髪の少女。
まるで少女漫画から出てきたようなレースで飾られたドレスを身に着けた少女。
その服装はこの冬の季節には似合わない、と云うより、寒くて仕方ないのではないだろうか、と、絵描きはそう思うが、彼女は血色の良い綺麗な顔で、にっこりと笑っている。
「きみは?」
「天使」
「天使?」
「うん。みんなそんな風に呼ぶのよ」
彼女は屈託のない笑顔のまま答える。
天使、か。この子にはぴったりのニックネームだな、と、絵描きも彼女に笑顔を返す。
「ねえ、絵描きさん?」と、天使。
「あなたって凄いのね」
「凄い?」
何のことだろう? と、絵描きは訝るような表情をする。
それを見て、天使は笑顔になる。
「わからないの?」
「ああ。何のことだい、天使さん?」
天使はそれには答えず、母子を指差して見せる。
絵描きは振り返って、母子を見る。
母の腕の中で、赤ん坊が身じろぎをしたのが見え、彼は少しばかり驚く。
確かに、さっきまで赤ん坊は息をしていなかったはずだ、と、もう一度よく見る。
先ほどまでの蒼白な血の気のない顔とは打って変わって、赤ん坊はほんのりと頬を染めて、幸せそうな顔をしている。
母親の生気のないぼんやりとした表情とは対照的である。
絵描きは首を傾げる。
息を吹き返したのか? いや、そうじゃない。もともと息をしていなかったと見えたのは、自分の勘違いだったのだろう、と、納得する。
しかし天使はそうは思わなかったようだ。
「絵描きさんの絵で、あの赤ちゃんが息を吹き返したのよ。凄いと思わない?」
天使はそんなことを云いながら、両手を胸の前で合わせて、まるで絵描きを拝むようなポーズをとる。
「ぼくの絵で? まさか」
彼は笑う。
天使の無邪気なひと言が真実を語っているとはとても思えないが、けれどもその言葉は鬱々としていた彼の心を和ませる。
「ぼくの絵よりも、君の言葉の方がよっぽど凄いように思えるけど。君の言葉でぼくはとても元気になったからね」
「そうなの? それは私も嬉しいわ、絵描きさん」
天使は本当に嬉しそうに絵描きに近づくと、その腕に自分の腕を絡ませる。
それからふわふわの金髪の頭を絵描きの胸に預ける。
相手は少女なのに、と、思いながら、絵描きは少しだけどぎまぎする。
「絵描きさん、私と少しお話してくれる?」
「お話?」
「うん。私、絵描きさんに興味が出て来ちゃったの」
「興味、ね」
絵描きは苦笑する。
せめてあと十歳上ならば、もっと嬉しかったのに、と、そんなことを思う。
「あれ? 絵描きさん、私じゃ不満なの?」
「え、いや……」
どうやら思いが顔に出ていたようだ。
「ごめんなさいね、こんな子供で」
「そんなことはないよ」
「ほんと?」
「本当だ」
それを聞くと、天使はますます強く絵描きの腕にしがみつく。
「それじゃこの先の地下街のベンチにでも座ってお話しましょ?」
地下鉄の通路をしばらく行くと、テルミニ駅の地下ショッピング街に通じている。
「ぼくは構わないが……」
絵描きは周囲を見回す。
「君はひとりなのかい?」
「ええ、そうよ」
このくらいの年頃の少女が、あまり安全とは云えない地下鉄の駅にひとりでうろついているのが不思議である。
てっきり誰か保護者が一緒なのでは、と、思っていたのだが、と、絵描きは不審そうにもう一度周囲を確認する。
「ひとりでこんな所に来たら危ないよ」
「だから、絵描きさんと一緒なんでしょ?」
「確かに、今はそうだけど」
「それとも、絵描きさんはアブナイ人なの?」
「そんなことはない」
「ふふ。冗談よ。だって絵描きさんは凄い人だもん」
凄いのとアブナイ人じゃないのとは関係はなさそうであるが。
それよりも子供のくせに、割とおしゃまな口を利く少女である。
絵描きと天使のふたりは連れ立って、地下ショッピング街に向かって歩いて行く。
天使は絵描きの腕を掴んで鼻歌交じりの上機嫌であったが、絵描きの方はこの子の親御さんが近くにいるのではないか、と、気にしながら周囲に目を配りながら歩く。
その様子に天使が気づいて、絵描きを見上げる。
「大丈夫よ、絵描きさん。私はひとりで来たのだから。どう見ても絵描きさんが人攫いだと思われることはないと、私が保証するわ」
「……そうか。ならいいんだけども」
「きっと見る人が見れば、素敵な兄妹に見えるのじゃないかしら?」
「いや……、それは無理があるだろう?」
自分の妹が、それこそ天使のような金髪少女であるはずはない、と、内心で絵描きは思う。そもそも自分は東洋人なのだし、と。
「そうね。それにここらの人は誰も私たちに興味なんかないだろうし」
「ああ、そうだね」
以前は町の人々はもっと陽気で人懐っこかったような気がするが、最近では周りの人に親しげに声をかけるような習慣はなくなってしまったようだ。
地下街を歩く人々も、何処かむっつりと無言で、つまらなそうに行き交うだけである。
「これも時代なのかしらね」
天使がまた大人びた台詞を云う。
この年齢でどれだけ世間を知っている気になっているのか、と、無邪気な天使に絵描きは苦笑する。
やがてふたりはショッピング街の中央の広場に出る。
広場とは云っても、ささやかなものである。
南北と東西に続くショッピング街の通路が交わる所が、少し大きな円形の広場になっているだけで、二、三軒の屋台と十台ほどのベンチが置かれている以外は、特に何か変わったものがある訳ではない。
その中のベンチのひとつに、ふたりは並んで腰掛ける。
天使はベンチに座ると、楽しげに足をぶらぶらさせながら、道行く人々を眺める。
「いろんな人がいるわね」
「ああ、そうだな」
「ここって、テルミニ駅と地下鉄の駅とを結んでいる場所だから、それなりに人がいるけれど、この季節は『大道芸人の広場』の方は閑散として寂しいわよね? 絵描きさんはこの広場では似顔絵描きはしないの?」
「ここでは商売をしてはいけないんだよ。警官に捕まっちゃうのさ」
「そうなの? 難しいのね、いろいろと」
天使が不満そうな顔をする。
「ここならば、外みたいに寒くないのに」
「ああ。ぼくとしてもここで出来れば楽なんだけどもね」
そう答えながら、絵描きは絵の題材になりそうな人がいないか、と、無意識に広場を見回す。
そんな様子を天使は楽しそうに見上げているが、何がそんなに楽しいのかは判然としない。
ただ、こうして彼といる時間が楽しいのだろうか。
「ねえ、天使さん?」
「何?」
「お腹空かないか?」
そうして絵描きは屋台の一軒を指差して見せる。
チャンベッラ(ドーナツ風のお菓子)の屋台である。
「せっかくお近づきになれたのだから、奢るよ」
「まあ、嬉しい。……でも今はお腹がいっぱいなの」
「そうか。残念だな」
「うん。またいつか、ご馳走してくれる?」
「ああ、いいよ。約束だ」
「約束ね。でも……」
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