終着駅 もしくは 希望(スペランツァ)の物語(2021)

ろんど087

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第3話 魔女 Maga

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 ふたりは大道芸人の広場を横切りながら、ぼんやりとテルミニ駅の方向へ向かう。
 テルミニ駅はこの町の中心となる鉄道駅で、いつでも人で賑わっているものだが、今日も例外ではなく、また、冬の合間の暖かい日であったこともあり、普段よりも混雑しているようだ。
 歴史的な建造物が街中に普通に存在するこの町には観光客も多く、そのためテルミニ駅の利用者にも異国人は多い。
 そう云う意味では南方系のマギカと東洋系の絵描きが連れ立って歩いていても、もの珍しげな視線を送ってくる者は皆無であり、それはそれでありがたいことである。

「さて、何処を案内しようか?」

 絵描きの言葉に、すでに当たり前のように腕を組んでいるマギカは、空いている左手の人差し指を顎に当てて、う~ん、と、考える素振りをする。

「あの丘の上に古代遺跡があったでしょ? あと闘技場とか……」
「ずいぶんと有名どころをご指定のようだけど、そんな所も行ったことがないのかい?」
「だって、ひとりだし」

 マギカは下唇を突き出して、不満げに絵描きを見つめた。

「ひとりだって行けると思うけどな」
「わかってないね、絵描きさん」

 彼は、よく考えて見ればマギカのご所望の場所に行くにはこっちの街路を抜けて行けばよかったんだよな、と、地図を頭に思い浮かべる。
 マギカに、行ったこともないのか? と云っては見たものの、自分でもほとんど訪れたことがないのだ。

「ひとりだと寂しいんだよ。わからない?」
「ぼくはひとりで歩き回ることが多いからね」

 ふ~ん、と、マギカが頷く。

「そうか。絵描きさんも独りぼっちか……ベテラン・ボッチなんだね、きっと。あたしは誰かが一緒じゃないと、外を歩き回る気になれないんだよね」
「ベテラン・ボッチって……嬉しくない云い草だな、それ」
「うん。褒めてないからね」
「おい!」

 マギカが、くすくすと笑い声を立てる。

「面白いね、絵描きさん」
「君はなかなか憎ったらしいね」
「女は一〇歳を過ぎたら一丁前だからね。口も減らなくなるよ。子供だと思って甘く見ていると痛い目に会うってこと」
「一○歳を過ぎたら、か――」
「正確には生理が来たらってことね」
「……別に正確に云わなくていい」
「あれれ? 赤くなって。今時、小学生でもこんな冗談に顔を赤くする奴なんていないよ? 純情だね、絵描きさん」
「大人を捕まえて、純情だね、と、来たか」
「純情だよ。まるでチェリーボーイ……って、まさか?」

 マギカが面白そうに絵描きの顔を覗き込む。

「何が『まさか』だよ。さすがにチェリーじゃないさ」
「そっか。だよね。……んじゃ、彼女さんとかいるの?」
「彼女?」

 ふと、過去のアパルトメントでのこと、そして、先日の地下鉄の通路でのことを思い出して、絵描きは口を閉ざした。

「あ、訊いたらいけなかった? ごめん」

 マギカが絵描きの顔色を見て、あたしってひと言多くてさ、ダメな奴だよね、と、頭を下げる。

「気にしなくていいよ。昔のことだし」
「昔のことか。じゃ、今は?」
「何で、そんなに訊きたいんだ? まあ、今は誰もいないが」
「なるほど、絵が唯一の友達かあ」
「そんなことは云ってないだろ? 勝手にぼくの交友関係が皆無だと決めつけないで欲しいな」
「じゃ、交友関係が広いっての?」
「そうだな。『スペランツァ』のマスターと天使って云う少女と、あとはマギカ。三人もいれば十分だろ?」
「少な! おまけにあたしはさっき友達になったばっかりだし、『スペランツァ』のマスターなんて、ほとんど喋らないじゃない?」

 彼女は声を上げて笑う。

「それよりも、『天使って少女』? 何、それ? もしかして、そっち系の趣味でいらっしゃるのですか?」
「何で敬語だ?」
「少し距離をとろうかと思って――」
「それは引いてるって意味か?」
「そんな奥ゆかしい表現じゃないよ。ドン引き」
「ドン引き……」

 絵描きは、苦々しくため息をついた。
 それでもマギカは組んだ腕を離そうとはしていないところを見ると、本気で云っている訳ではなさそうではあるが。

「そっかぁ、そっち系だと、きっとあたしの魅力に気づいてくれないかもね」
「何だ、それは?」
「ほら、よく見てよ。結構、ラテン系のナイス・バディなんだよ、あたし。けど、そっち系だとすると、つるん、ぺたん、が趣味なのかぁ。がっかりだな。東洋系ってそう云うのが好きなの?」
「……勝手に決めるな」
「じゃ、あたしも『絵描きさんの範疇』に入る?」
「何だよ、範疇ってのは? まあ、君は可愛らしい娘だと思うよ」

 よし、と、マギカがガッツポーズをして見せる。

「ただ、ぼくとしては、性格的にはしっかりした大人の女性が好きなんだけど」
「え? それってあたしが子供っぽいって云ってる?」
「そのものだと思うが」
「ええ? それって酷いなぁ。こう見えても大人の魅力だって見せられるんだよ」

 そう云ってマギカが流し目を送りながら、体を微妙にくねらせて見せた。
 おいおい、と、絵描きは笑う。

「性格的には、って云っただろ?」
「じゃ、肉体的には?」
「まあ、そう云う話はまた今度な」
「え~、つまんない」
「そんなことよりも――」

 絵描きが前方を指差した。

「ほら、闘技場が見えて来たぞ」
「おお、すご~い!」

 目の前には石造りの巨大な闘技場の遺跡が、その威容を誇るように鎮座していた。
 ほとんどの観光客が実物を見て衝撃を受けるそれは、何度か訪れたことのある絵描きでさえも、改めて感動を憶えずにはいられない。

「ねえ、ねえ、絵描きさん、あの横にあるのは?」

 マギカが闘技場の横にある石造りのアーチを指差して訪ねた。

「ああ、凱旋門だな」
「凱旋門? あれってパリにあるんじゃないの?」
「エトワールの凱旋門か? まあ、世界的にはあれが有名なだけで、もともと凱旋門と云うのは戦勝記念の凱旋式のために建てられるもので、あちこちにあるんだ」
「へ~。絵描きさんって、美術のことだけじゃなく、そう云うのも詳しいんだ。尊敬しちゃうな」
「……常識だと思うが。こう云うのは今では美術品としての価値も高いから、専門分野と云えなくもないけど、これくらいは一般常識として知っておいた方がいいんじゃないか? 一応、君は大学生だろ?」
「一応、は、余計。これでも優秀な大学生なんだからね」
「だったらなおさら知っておいた方がいいだろ?」
「ん~、まあ、専門外だからなぁ。……そんなことよりも、ね、早く闘技場に入ろう」

 マギカはごまかすように云いながら、しかし嬉しそうに絵描きの手を引っ張って、闘技場に向かおうとする。
 絵描きは苦笑しながら彼女に引っ張られて行った。
 
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