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第三章 魔女の町

6.山賊退治

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「悪いと思うなら、まず黙って財布の中のもの全部出せ!」

「人の車にぶつかったんだからな!」

「足りねぇなら、来週までに金つくってこいよ」



 三人組は、金品をまきあげるつもりで青年を脅している。



 どうせ、青年がぶつかった、というのも、三人組が仕組んだ罠だろう。

 どこの世界にも似たような輩はいるらしい。この山賊たちも、ドラドも、同じ穴のむじなだ。



 こうなってくると、ミンネはおびえる青年に肩入れしてしまう。まともな暮らしを送るものが、暴力によって財を奪われるのを黙ってみていられなかった。



(『掃除』しておくか)



 いかに日頃から人のいない商店街でも、このような山賊に近くをうろつかれたのでは客足に影響がないとも言い切れない。



 多少の恩を返すつもりもあって、ミンネは足元にある石を、ひとつ手に取った。



 石投げは得意だ。

 矢じりのついた矢を使う許可が出るまでは、獲物を倒すのはいつも石だった。この距離ならば、まず外さない。



「俺、ほんとに金なんて……」



 今だ。



「うるせぇ! うッ!」



 一番大柄な男がこん棒を思い切り振り上げたところを狙い、手元に向かって石を投げる。



 ガッ

 大きな音がしたあと、男はがらんと棒をとり落とした。



「痛ぇ! くそ、なんだ?」



 大柄な男は手をおさえ、辺りをきょろきょろと見まわした。



 ミンネは自分のてのひらのやや上を見、光の玉を浮かばせる。



 ひとつ、ふたつ。



 指先と手を、ミンネは器用に動かした。



 速く。

 遅く。

 上に、下に。

 ななめに。

 それぞれに不規則な動きをさせる。



 小さい頃、エンジュとずいぶん研究を重ねてきた。

 人の目に、この光の玉が一番不気味に映るのは、どんな動きか、と。結論は、まるで意志をもった物体であるかのように、それぞれが動き回ることだ。



 ひゅるひゅると残像を残しながら、光の玉は不気味に漂う。



「な、なんだ?」

「ひ、火の玉じゃね? うわぁ!」

「嘘だろ!?」



 光の玉を、三人組に少しずつ近づける。

 そのうちひとつを、ヒュッと距離を縮めて顔の近くまで寄せれば、情けない悲鳴があがった。大柄な男はぺたんとしりもちをつく。



「うわあああッ!」

「助けて! 母ちゃーん!」

「逃げろ! 逃げろー!」



 尻もちをついた男は、はうようにして逃げた。

 もう一人は、残った一人を突き飛ばし、突き飛ばされた方は転び、逃げながらまた転び、を二度繰り返して逃げていった。



 悲鳴は尾を引くようにしばらく聞こえていたが、それもすぐに消える。



「富がほしければ、奪わず育てろ。奪われるものがいつでも泣き寝入りすると思ったら大間違いだ」



 三人組にも、ダーナムにも届くはずもない言葉を、ミンネは小さく口にした。



 うしろから気配がして、ぱっとミンネは振り返る。



「誰だ?」



 ガサッと音がして、リノが木の陰から出てきた。



「な、なに、今の」

「子供の出歩く時間ではないぞ」



 ミンネを追ってきたのだろうか。とがめる口調で言ったが、リノは慌てていて、注意を聞いている風でもない。



「なに、なんなの? 今のなに?」



 リノは光の玉を、指でさしている。



「これは光の――」



「マジか! ヤバい! すげえ!」



 ミンネが答える前に、突然、青年の大声があたりに響き渡った。



 青年は、なにやら板をかかげて光の玉に向けている。つい先ほどまでおびえていたというのに、すっかり興奮した様子だ。



 ついでに追い払うつもりでいたのだが。ミンネはあきらめ、てのひらを、きゅっと握って光の玉をかき消した。



 青年はまた大声で「すげぇ! マジすげぇ!」と叫びながら、走り去っていく。



「あー……今の絶対撮られたよ! マズいって、これ!」

「なにがマズい?」



 頭を抱えるリノのあせりが、ミンネにはわからない。



「もし今の動画をネットに上げられたりしたら……って、ネットはわかんないか。……とにかく、マズいの」



 リノは、上着の中からさきほどの青年が持っていたのと似通った、板を出した。



「これ、スマホっていうの」

「スマホ。この板の名だな?」



「そう。このスマホを使えば、映像の記録ができるの。さっきの人、火の玉の動画撮ってた。SNSとかで、拡散されたりしたら……」

「光の玉だ」



 ミンネはてのひらの上に、ぽっと光の玉を一瞬出して、すぐに消した。リノは「うわ、火の玉!」と声をあげたあと、首を横に振った。



「火の玉だってば、これ。百人いたら百人とも『火の玉』だと思うよ。幽霊が出たとか、騒ぎになったら大変。……なにごともなきゃいいけど」



 はぁ、とリノは重いため息をつく。「これ以上、商店街から人がいなくなったら困る」とこぼした。



「山賊が出るのは、客足に影響があると思った。問題ならば、今から追って、スマホを破壊してこよう」

「ダメ! 絶対ダメ! スマホは高価なの。高いの。貴重品なの。壊しちゃダメだってば」



 リノはサッと板を隠す。

 貴重なものだ、ということは理解できた。



「だが、商店街が困るのだろう?」

「どうなんだろ。火の玉でる神社と、柄の悪いやつがたむろする神社……うーん……意外と、いい勝負……なのかな」



 リノはしきりと首をひねっている。



「とにかく、戻ろう。リノ。オダサンが心配する」



 ムッとリノは口をとがらせて「誰のせいだと思ってるわけ?」と言った。



「こんな夜中に出歩いて、なにかあったらどうするの? 大事な人がいるんでしょ? 守りたい人がいるんでしょ? それならもっと、自分を大切にしなきゃダメじゃない!」



 思わぬリノの剣幕だった。

 ミンネは目を丸くする。まさか、こんな子供にそんな説教をされるとは思っていなかったのだ。



「ひとりでクマを狩ろうとしたならともかく、あの程度の相手に遅れは取らない」

「そういうことじゃないよ! ここにあなたの家族がいても、同じこと言えるの?」



 リノは眉を逆立てて怒っている。

 ミンネは両手を胸の前に上げて「落ち着け」となだめた。



 リノは怒ってはいるが、目が涙目になっている。

 女子供の涙に、ミンネは弱いのだ。

 フィユと言い争いになっても、大抵泣かれそうになったところでこちらが謝る羽目になる。



「わかった。単独で行動したのはまずかったと思う。もうしない」

「私だって、心配するよ」



「悪かった」



 リノが「帰ろう」と言って手を差し出す。

 子供でもあるまいし、と思ったが、ミンネはその手を握った。



 小さな手だ。

 弓を使い、手綱や剣を握ってきたミンネの手の皮は厚いが、リノのてのひらは柔らかい。そしてとても温かった。

 子供だからなのか、それとも、ミンネを追って走ったからか。



 階段を下りて、商店街に向かう間、リノはとても速足だった。ミンネは速度だけを合わせてゆっくり歩いた。



 そして、

「『ミンネ』は、蒼の国を救う勇者なんだから」

 とつぶやくように、リノが言った。



 明るい夜道の途中で。



 まるで予言のようだ、とミンネは思う。

 言葉の意味をたしかめようかと思ったが、やめておいた。リノの言葉というよりも、魔女の言祝ぎのように思えたからだ。



 蒼の国を救う。

 そうだ。ミンネは蒼の国を救うために、ここにいる。



(私は、勇者になるのだ)



 けっしてあきらめず、最後の最後まで全力を尽くしたい。



 ぽっかり浮かんだきれいな月を見上げ、ミンネは改めて心に誓った。









『タツロー』に戻り、パジャマに着替えると、ミンネは布団の上で大きなのびをした。



「いい運動になった。おかげでよく眠れそうだ」

「あ、そ。よかったね。私はまだ宿題終わってないけど!」



 むくれた顔でリノは筆を動かしている。



「まだかかるのか。大変だな」

「誰かさんが勝手に出ていったせいで、全然進まなかったの」



 素直にミンネは「悪かった」と謝った。「いいえ、お気になさらず」とリノは答えて、筆を動かしている。



「なにか、手伝えることはあるか?」

「自分でやんなきゃ意味ないの。弓だってそうでしょ?」



「そうだな。私も弓の稽古を、誰かに代わってもらったことはない」

「それと同じ」



 弓の稽古は欠かしたことがない。

 寝る間を惜しんで身体を鍛えることもある。同じだ、と思えばリノの気持ちは理解できた。

 だが、弓と学問を同列に置くならば、年長者として伝えねばならないことがある。兄がミンネにそうしてくれたように。



「常によい状態で戦うために、睡眠はなにより大事だ。兄がよく言っていた。休息も稽古と同じだけ重要だと」



 机に向かうリノの背に言ったあと、だから私は寝る、と宣言して、ミンネはごろりと布団に横になった。



「わかってる。私も、これ終わったら寝るから。先、寝てて」



 しばらくリノは筆を動かしていたが、ミンネが寝つくより先に、明かりを消した。



「明日の朝、ちょっと早く起きて残り片づける。……おやすみ」

「あぁ、おやすみ」



 横の布団に、リノがもぐりこむ。

 窓から外の灯りが入り込んで、部屋は真っ暗にはならない。



「ね」



 天井を見ていたミンネは、顔だけを横に向ける。リノは天井を見ていた。



「どうした?」



 ミンネも上に目線を戻して、リノに先をうながした。



「ミンネは、周りになんか言われたりしないの? 弓とか馬って、普通の女の子はしないでしょ?」

「そうだな。普通はしない。商いをする女はいても、弓を使う娘はトトリ村で私くらいだ。やめろと言う者はいる。いるが気にしていない。私は同じ年齢の少年たちに、劣ってはいないからな」



「嫌じゃない? 男の子にバカにされたりしない? モテなくない?」



 モテない、というのはよくわからなかったが、要するに、自分が周囲よりも強いことで、敬遠されるのではないか、と聞いているらしい。特に異性に。



「私が馬に乗ることで、私を妻にふさわしくないと思う男はいるだろうが、私はそうした男が好きではない。選ぶならば、自分に相応しい男を夫に選ぶ」

「……なるほどなぁ」



 ふぅ、とリノはため息をつく。



「リノは、モテたいのか?」

「別に」



「そうか」

「……負けおしみじゃなくてね? 誰にでもモテたいなんて、少しも思ってない。ちゃんと尊敬しあえるパートナーに出会えたらそれで十分」



「リノは賢い。その賢さを愛する人は必ずいる。自信を持つといい。私の兄は、村で一番賢い娘を妻にした」



 へぇ、と言ったあと、少しリノは黙った。ミンネは目を閉じたが、話は続いた。



「勉強できたって、モテなきゃ意味ない、とか意味わかんないこと言ってくるヤツがいるんだよ。ガリ勉女なんてキモイ、とか。こっちだって眼中ないっつーの」



 リノは怒っている。

 魔女の世界だろうと、蒼の国だろうと、人の集団というのはそう変わらないようだ。



 ミンネも言われたことがある。誰が自分よりも力のある女を妻にするか、と。その時は、こちらも自分より力の弱い男など誰が夫にするか、と言い返したものだが。



「気にするな。鳥がさえずっているとでも思え」



 ミンネが言うと、リノは笑った。くすぐったくなるような笑い方に誘われて、ミンネも笑った。



「ミンネは、いないの? 好きな人」



 突然の質問に、面食らう。

 まさか、そんな質問をされるとは思っていなかった。

 

「私か? ……別に、いない」

「じゃあ、馬に乗って弓を引くミンネのことが好きって人は?」



 弓のことならばいくらでも答えるが、この質問には答えようがない。考えたこともなかった。



「……もう寝ろ」 



 ぶっきらぼうに言うと、リノは笑っていたが、ミンネがつられて笑うことなかった。



「ありがと。おやすみ」

「おやすみ」



 少しして、ぽつ、とリノが「ミンネのこと、応援してる」とつぶやいた。



 礼のひとつも言おうかと思ったが、眠ったふりをした。

 またおしゃべりを続けては、リノが眠るのが遅くなってしまう。 

 リノはそれきりなにもしゃべらなかった。



 ミンネも眠らねばならない。

 幸い、心地よく眠りは訪れた。





 
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