政略結婚した侯爵夫人は新たな世界へ旅立つ

中七七三

文字の大きさ
1 / 7

1話

しおりを挟む
「わたくしは決してそのようなことは……」

 都市貴族の令嬢であり、地方台領主のファルマッハ侯爵家に嫁いだローザリンデは夫に問うていた。
 真紅の宝石のような瞳に涙を浮かべ、言葉を詰まらせる。
 政略結婚は貴族のとすれば当たり前ではあった。しかし、新たな生活に夢見る程にはローザリンデは純粋であり、夫を愛していた。

「では、我が家の使用人が嘘をついていると申すのかね? ローザリンデ」

 氷柱のような視線を向け彼女の夫は言った。言葉は更に温度を失していた。

 使用人からの告発――
 ローザリンデが妖しげな呪いを行っているということだった。
 敬虔な神への信仰を持つ彼女にとってはあり得ない話だった。

 確かにここ最近、使用人や夫の態度が妙に冷たかったことはある。
 しかし、彼女はあえて理由を問うことはなかった。

「一体誰が? 会って話を……」
「それは言えぬし、会って話などできるわけはない。分かるだろう。君は優位な立場で使用人の口を塞ぐこともできる」

 彼女はその場に膝をついた。
 緋色の長い髪が前に揺れる。

 華麗な装飾をされたスカートがふわりと舞って、床に円を作った。
 その中心でローザリンデは呆然とし、細く白い青磁の肌をもった腕を床に付ける。
 冷たい温度が肌から身体の中に入り込んでくる。
 
「まあ、誤解であるということもあるかも知れん」
「そうです。誤解です!」
「しかし、それを証明するためどうするのだ? 私に君を異端審問に送れというのかい? んん~」
「ひっ!」

 異端審問――
 それは、神の教えに背く呪いや、異端の教えを信じる者を裁き、真実を究明する場所であった。表層の解釈では。
 問題は真実のあり方が、教会によって、異端審問官によって自由に決められることだ。
 そして、その根拠、証拠もあやふやであり、最悪火あぶりにすらなる可能性がある。
 言ってしまえば、恐怖を凝縮した地獄に最も近い場所だった。
 ローザリンデが恐怖のあまり現実から逃げるかのように、顔を背ける。
 全身の筋肉がこわばり、手足が震えた。

「そういう、訳にはいくまい。ローザリンデよ」

 優しげな表情、ただ皮一枚だけの柔和な顔を見せる夫・ファルマッハ侯爵。
 
「それでは……」
 
 最悪の事態は無さそうだと感じたローザリンデは安堵の息を吐く。

 しかし――

「しばらくは、当家の方法で君が潔白であるのかどうか、確認しようじゃないか」

 夫は言った。その言葉はどこまでも冷たく淡々としていた。

 その日から侯爵夫人・ローザリンデの生活は一変した。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

公爵令嬢のひとりごと

鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...