イエス伝・底辺からの救世主! -底辺で童貞の俺に神様が奇跡の力をくれたんだが-

中七七三

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29話:世界線上のマリア

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「ちゅーことで、俺はエルサレムに行くことにしたわ。マジで」

 朝起きて、出発の準備が終わった。
 俺は言ったのだった。明言した。目的地はのガラリヤからはるか南。
 サマリア地方の中心にあるエルサレムなのである。
 そこは、パレスチナの地の中心であり、ユダヤ教の聖地だ。

 己だけが清く正しく、神に巣食われると盲信しているファリサイ派の律法学者やら、ローマとズブズブの司祭関係者がわんさかいる場所だ。ほとんど俺にとっては敵地といっていいだろう。

 しかし、行かねばらなぬ。なぜか?
 このくだらねぇ、ユダヤ社会を救うためだ。
 律法学者が救われる? んじゃ、学問なんてやってる暇のねぇ、貧乏人はどうするんだよ?
 ローマにこびて、既得権益を離さない司祭階級が救われるのかい?

 アホウか。

 救われるかどうかは、神が決めるんじゃい。でもって、現世でブイブイ行っている奴が救われるのは、ラクダが針の穴を通るより困難なのだ。マジで。

 俺はエルサレムに行って、マジの説法をバンバンして、下らねェ現世の既得権益に縛られたアホウどもを糾弾するのである。
 全ては、人類救済のためだ。ユダヤの民のためなのだ。
 このまま、放置しておけば、救われる人間まで、引きずり込まれて焼かれてしまう。
 誰も最後の審判に日に、救われる者がいないという事態になりかねんのだ。
 
 とにかく、腐ったユダヤ教中枢部を叩きなおしてくれようと俺は思うわけだ。
 そのためには、エルサレムに行くしかない。
 つーか、もうガリラヤでは俺の名声は天井に達してカンスト状態なのだ。

「やりますかぁ! イエス先生(ラビ)!」

 ペドロがデカイ声で言った。
 
「ああ、やるんだよ。俺の説法でエルサレムをひっくり返してやるぜ!」

 俺はビシッと言った。

「マジっすか先生!」
「さすがじゃぁぁ! さすが、俺たちの先生じゃぁぁ!」
「いわしたる! エルサレムの凡俗どもをいわしたるんじゃぁ!」
「クソどもに、本モンの救世主をみせてやるんじゃ!」
「ワシら、どこまでも行きまずぜ! 先生!」

 たぎった声を上げる弟子たち。
 血の気の多い弟子が多いのである。元々はチンピラゴロツキに毛の生えたような者たちなのだ。 

 俺はパレスチナ天空に向け両拳を突き上げた。同時に叫ぶ。

「えるさえむじゃぁぁぁぁ!!!! 行くぞぉぉぉ!!」

 俺の叫びは、神の子の雄たけびであった。そして、ユダヤ救済、人類救済開始を知らせる鬨の声でもあるのだ。

        ◇◇◇◇◇◇

 ガリラヤ地方から南のサマリア地方に入る。
 エバル山を越えて、シケルというサマリア人の街に入った。

 弟子たちは食料の買い出し、俺は井戸のところで、休憩していた。
 太陽は天高くある。日中のパレスチナは暑い。喉がからからになる。

「ん? こんな時間に水くみか?」

 こそこそと隠れるようにして、女がやってきた。
 井戸から水をくむためだろう。
 しかし、今は昼だ。真昼。
 普通、水くみは早朝か夕方と決まっているのだった。

 それが、こんな時間に来るなんてなんで? って感じなんだよ。
 まあ、当時の紀元30年のパレスチナの世界ではな。

 その女は井戸から水をくみ上げていく。
 喉が渇いた俺は、水をくれないかなぁと思って言ったわけよ。

「ちょっと水分けてくんね? 喉かわいてんだけど」

「はぁ? あんたユダヤ人かい?」

「そうだよ」

「訛ってるよアンタ。ガリラヤの方の田舎もんだろ?」

「え? 俺訛ってる? マジ」

「はぁ…… とにかくユダヤ人がサマリア人の私から水をもらっちゃいけないんじゃないの? 穢れるんだろ?」

 冷たく突き放すように女は言った。
 女はサマリア人だった。だから、コソコソとこんな時間に水を汲んでいるのだろう。
 どういうことかというと、サマリア人はユダヤ社会の中でもさげすまれた存在なのだった。
 だから、ひねくれてこんなことを言うのだ。

「関係ねェーよ! 水よこせ! のど乾いてんだよ! このババァ!」

 俺は強引に、水を奪うと一気に飲んだ、のどに沁み込む。旨いな。

「なにすんだ! あんた!」

「アホウか! 俺に水を飲ませたのをありがたいと思わんかい! 俺に施しできるなんて、滅多にないんだよ? 神を信じれば永遠に乾かぬ水を俺は与えてやることができるんだぜ! マジで」

「うっせぇ! 田舎者がぁ! 死ね!」

 女は、俺に鋭いローキックの一撃を放ってきた。それを紙一重でかわす俺。
 悪魔祓いで鍛えた俺に、いかに鋭くともサマリア人ごときのローキックは当たらなかった。

 すっと女が後方に間合いを空ける。
 そして、両手をアップライトに構えた。俺の反撃を警戒しているのだろう。

「あんた、只者じゃないね…… もしかして預言者なのかい?」

 ローキックをかわされた女が言った。よほど会心のローキックだったのだろう。
 そのようなローキックをかわすのは預言者しかないと推理したのだ。当っている。 

「ああ、俺は預言者ってことになるか…… ナザレのイエスだ」

「預言者サンよ、聞きたいんだけどな」

 女は警戒をといたのか、俺に質問してきた。

「ユダヤ人はエルサレムを聖地というよね」
「そうだな」
「私たち、サマリア人は、ヤコブが主を礼拝した山を聖地としている」
「そうかい」

「どっちが正しいんだい?」

 サマリア人がユダヤ人に差別されるのは、この聖地に対する認識の違いだ。
 だが、そんなのは細けぇ話なのである。

「主だな。主を礼拝すればいい。いいかい、オマエさんはいずれ、その2つとも違う場所を礼拝するさ」

 俺の言葉に女はポカーンとした顔をしていた。
 分からんか……
 まあ、分からねェなら、分からんで仕方ねェ。

 俺はその場を後にしたのだった。

        ◇◇◇◇◇◇

 夜だった。パレスチナの大地は夜と昼の気温差がでかい。
 とくに、内陸に近い、エルサレムの方はその傾向が大きかった。
 
 街の中の宿で泊まる。
 弟子たちと俺とマリアちゃんは別の部屋だ。 

 俺は、ベッドの上でマリアちゃんをギュッと抱きしめた。温かかった。
 もはや、俺の事実上の嫁であり、そのことを弟子たちもまあ、認めつつある。
 ただ、一番弟子のペドロはどうも、対抗意識が強いようだった。

 ユダに注意を払っていたが、もしかしてペドロも危険だったのか……
 しかし、奴には嫁がいたはず。いや、世の中には両方ともOKと言う存在も……

 てなことを考えて、マリアちゃんを抱きしめると、柔らかくて気持ちいい。
 いや、何も考えなくとも気持ちいいんだけどね。

「ううん…… あれだけ、やったのにぃ~ まだ足りないのぉ~」

 もの憂げな感じ、でもいやじゃないって感じでマリアちゃんが寝返りをうってこっちを向いた。
 あれだけというは、12回やったことだった。産めよ増やせよ的なこと。

「いや、こうやって肌を合わせるだけで、俺はいいんだけど。マリアちゃんが好きだから」

 ふたりとも一糸もまとわぬ姿で、毛布の下で抱き合っている。
 主は精液が大嫌いで、それが付着した服を着ると激怒するのだ。だから全裸。
 産めよ増やせよ行為に関しては、そんなに禁止事項はない。

「エルサレムに行くのね……」

 不意にマリアちゃんが言った。

「まあ、しょうがねェだろう。流れと言うか、もう俺のやることはそこしかねーんだと思うよ」

「死ぬかも…… イエス。アナタはエルサレムで死ぬかもしれない」

「はぁ? 俺が死ぬ? 神の子の俺がぁ? なんで?」

「ユダ…… 彼に注意して。お願い。アナタが死ねば、その後の世界は大きくゆがむの」

「その後の世界? え? なんで――」

 マリアちゃんは薄闇の中でもはっきり分かる碧い瞳をジッとこっちに向けたまま言った。
 何を意味しているのか、よく分からない。
 俺が死ぬかもしれんって?

 マリアちゃんがギュッと俺を抱きかえしてきた。
 そして、唇を俺に重ね、スッと離れた。

「死なせない。この世界では絶対に――」

 彼女のつぶやきが夜の闇の中に溶けこむような感じだった。
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