上 下
3 / 29

02.ペリーのカツラ奪われる

しおりを挟む
「貴様! 何者だ!」

 英語でいえば「You! Who are you!」であろうか。
 しかし、天牙独尊には英語はわからぬのであった。
 が、執務室にどこかどうみても完全無欠の謎の男が来れば「誰だ? オマエは」と言うであろう。
 しかも身長七尺二メートル一〇センチを超え、体重は五〇貫一八七キロはあろうという巨人だ。
 天牙独尊は「天牙独尊だよ。君を殺しにきたんだ。悪いね」と名乗り、目的を宣言。

 ペリーにとってみれば、いやな宣言である。「悪いね」と気を使われても意味がない。
 で、ペリーは男が右手に持った丸太のような兇器を見る。
 日本語が分からなくとも、何を目的としてきたか分かろうというものだ。
 しかも、丸太は血でべっとりと濡れていた。

 ペリーはすばやく引き出しから拳銃を取り出す。
 S&Wスミッソンアンドウェッソンのナンバー1、ダブルアクションのリボルバーだった。
 が、ただ取り出せただけだ。
 ペリーの眼前で何かが爆発した。机だ。そこそこ大きな机が木っ端微塵に吹っ飛んでいた。
 
「面白いおもちゃ持ってるじゃないか? 『ぴすとーる』というやつかね」

「貴様、いったい何が目的だ。暗殺か? 私の暗殺なのか?」

「ん~ なに言っているかわからんのだけど」

 天牙独尊はぽりぽりと頭をかいた。
 蓬髪からはポロポロとフケが落ちる。
 もしかしたらその何割かは虱だったかもしれない。

「とりあえず、それで撃ってみるのがいいと思うよ。君たち蛮夷の『文明の利器』たるものが、人の力の前に無力であることを知るにはいい機会だ」

 言葉が分からなくとも自分がバカにされたのは分かった。
 分からないのなら、軍人など辞めてしまったほうがいい。
 
「FUCK! GODDAMNNNNNNNNN!」 

 ペリーはアメコミ調の叫びを上げると引き金を引いた。
 銃声が鋭く空気を切り裂く。

 乾いた音――

 しかし――
 
「うん、これは存外に痛いな。痛いことは痛い」

 額に当たった弾丸を指先で穿ほじくりかえし天牙独尊は言った。
 その他、胸に三発ほど当たっていたが、分厚い肉が弾丸の浸透を止めていた。
 
 とんでもない存在である。

「じゃあ、まあ死んでもらうかな」

 天牙独尊は自分に言い聞かせるように言った。
 丸太が唸る。
 ブンッ――と、空間ごと叩き割る音がする。
 が、空振りした。
 
 天牙独尊の踏み込みに床が耐えられなかったのだ。
 床を踏み抜いた分だけ、軌道がズレた。
 丸太が何も無い空間を走り抜けた。

「あら…… 『鬼崩し』を空振りするなんて何年ぶりか…… ま、床が抜けたんじゃ――」

 天牙独尊はそこで言葉を中断。
 じっとペリーを見つめた。
 そこには、カツラが吹っ飛び丸ッパゲのペリーが座り小便で震えていた。
 ハゲのおっさんの座り小便。
 しかも、すがるような目つきというか、涙目であった。

「い、育毛中なのにぃぃ~」

 ペリーは胸の奥から搾り出すように行った。

 天牙独尊は爆笑した。
 その笑い声は日本派遣艦隊旗艦「サスケハナ号」に響き渡った。

        ◇◇◇◇◇◇

「じゃ、お前らの大将の命は助けてやる。これは貰っていくけどな」

 船員たちはエミニー銃を構え、男に照準を合わせている。
 が、誰も引き金を引くことができない。

 引けば、己が死ぬ。

 その確信を抱かせるほどに、男の背中は凶暴であり、戦力は圧倒的だった。

「じゃあな!」

 男はそう言って甲板から海に飛び込んだ。
 夜の闇の中、飛沫の音が響いた。
しおりを挟む

処理中です...