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03.忍者と協力し、ペリーのカツラを奪還せよ!
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江戸城である。
江戸幕府の拠点であり権力・権威の象徴だ。
当然ペリー来航時にも政治の中心であった。
黒船来航に対し、江戸幕府は対応に苦慮していた――
と、今も巷間に伝えられる。
江戸幕府は確かに苦慮はしていた。
しかし、右往左往はしてなかった。
当時の幕府官僚の侍たちは、かなり優秀な人材が揃っていた。
恫喝的なペリーに対しても上手く立ち回っていたといえよう。
しかし――
ここに来て、大変な事体が発生したのである。
『ペリー提督のかつら強奪事件』だ。
表の歴史書には書かれることはなくあえてスルーされている歴史的事件。
それはペリー提督の個人の名誉に関わることとして近年まで封印された歴史的事実であったからであろう。
今の人たちからすれば、滑稽である。
が、当時――
江戸幕府の者たちからすれば全く持って驚天動地、晴天の霹靂、石橋を叩いたら崩壊したくらいの衝撃であった。
そして、江戸城「大奥御駕籠台」にてひとりの男が呼び出された。
御庭番のひとりである鎖々木究であった。
御庭番というと、隠密、忍者というイメージが後世に出来ている。
が、本来の役目は江戸城下の情報収集が主な役割であり、書類仕事が多い。
鎖々木究は隠密や忍者という風体ではない。
が、優男という感じもなく、精悍といえば精悍な顔立ちであった。
現代基準で言うなら、十分にイケメンであり主役を張るに十分な容姿をもっていた。
「鎖々木、面をあげい」
「はッ」
鎖々木は下げていた頭を微妙に上げる。
辛うじて相手が視界に入る程度に。
(やばいなぁ~ あの件かなぁ~ おれだけもんなぁ。エゲレス語がなんとか分かるのは……)
やな予感しかない。純度の高いやな予感。
「もう、すでにその方の耳にも入っておろう」
上司である御側御用取次人が鎖々木に言った。
鎖々木は「ああ、予測が当たった」と思う。
心の中で「ガクンッ」と何かが落ちた。
「『ぺるり提督』のカツラが不埒なゴロツキに奪われたのだっ」
今までの淡々な語勢からいきなり吐き捨てるような言い方に変る。
「はッ」
「その方は、エゲレス語を解するのだな」
「左様に」
一八〇八年一〇月に起きたフェートン号事件(イギリス人が拿捕したオランダ船で長崎に入港した事件)の後、イギリスの脅威が認識され、英語辞書の編纂、幕府内での情報組織が整備された。
鎖々木はその時代の流れの中で、たまたま語学的才能を発揮し英語を身につけたひとりであった。
彼の語学力が不運なのか幸運なのかわからぬ未来へとつながっていく。
鎖々木究の未来を決定的に歪める命令が御側御用取次人から発せられようとしていた。
「ぺるり提督のかつら―― これを奪回せねば、江戸城下が火の海になる」
「えッ!?」
思わず、素で驚いてしまう鎖々木。
が、上司はそれをとがめることなく言葉を続ける。
「ぺるり提督が怒っておるのだ。怒髪天をつく…… あ、髪はないのだな。とにかく怒り狂っておるのだ」
そりゃそうだろうと思う。
ハゲを隠すカツラをいきなり奪われ、ハゲを周知させられたら怒るであろう。
日本人でも異人でも変らんだろうと、鎖々木は思う。
「期限は二〇日―― 今日より二〇日以内にカツラを取り戻さねば、江戸城下は砲撃を受け灰燼と化す」
「それで、カツラのありかを探り、奪回せよと」
「左様」
鎖々木の心情を現代風に言うならば「ムリゲ――」というものであっただろう。
げんなりとした貌を隠すことなく上司に向けた。
それでも上司は何も言わず「無理でもやれ」という視線を返してくる。
「その方、ひとりでこの任務を遂行せよということではない」
「と、いいますと」
「うむ、まず下手人の素性はわかっておる。身の丈七尺以上の大男、丸太のような棍棒を振り回す巨人――」
「あ…… 天牙独尊ですか!」
「左様よ、あの天牙が動いた」
天牙独尊は幕末日本においても有名人であった。
特に思想的背景はない。
多少は攘夷的なことはあったが、それで何か行動を起こすということはなかった。
ただ、その身に備えた武力はもはや「兵力」とか「軍事力」ともいうべき存在であった。
一騎当千という言葉があるが、ガチでそんな人間である。
幕末の人間兵器であった。
幕閣の中には、天牙を取り込んで、幕府軍事力の強化を訴える者もいるくらいだ。
ただ、奔放で勝手気ままで、傍若無人なところのある天牙が左前になった幕府の権威に従うわけもなかった。
「この鎖々木では、あまりにも力不足」
役不足といわないのは流石に江戸の人間であった。
「だから、その方ひとりではない、天牙に当たるのは忍者―― 最強の忍者よ……」
「最強の忍者?」
「その方には、その忍者の里に出向き、事の次第を説明し、忍者と同行、天牙を始末しカツラの奪還を行うのだ。その上で、ぺるり提督宛ての状況報告の書を作る」
鎖々木究としては平伏し「ありがたく、やらせていただきます」と言うしかなかった。
たしかにエゲレス語ができる自分にしかできないのである。
この時から、決定的に彼の運命は歪んでしまったのだ。
江戸幕府の拠点であり権力・権威の象徴だ。
当然ペリー来航時にも政治の中心であった。
黒船来航に対し、江戸幕府は対応に苦慮していた――
と、今も巷間に伝えられる。
江戸幕府は確かに苦慮はしていた。
しかし、右往左往はしてなかった。
当時の幕府官僚の侍たちは、かなり優秀な人材が揃っていた。
恫喝的なペリーに対しても上手く立ち回っていたといえよう。
しかし――
ここに来て、大変な事体が発生したのである。
『ペリー提督のかつら強奪事件』だ。
表の歴史書には書かれることはなくあえてスルーされている歴史的事件。
それはペリー提督の個人の名誉に関わることとして近年まで封印された歴史的事実であったからであろう。
今の人たちからすれば、滑稽である。
が、当時――
江戸幕府の者たちからすれば全く持って驚天動地、晴天の霹靂、石橋を叩いたら崩壊したくらいの衝撃であった。
そして、江戸城「大奥御駕籠台」にてひとりの男が呼び出された。
御庭番のひとりである鎖々木究であった。
御庭番というと、隠密、忍者というイメージが後世に出来ている。
が、本来の役目は江戸城下の情報収集が主な役割であり、書類仕事が多い。
鎖々木究は隠密や忍者という風体ではない。
が、優男という感じもなく、精悍といえば精悍な顔立ちであった。
現代基準で言うなら、十分にイケメンであり主役を張るに十分な容姿をもっていた。
「鎖々木、面をあげい」
「はッ」
鎖々木は下げていた頭を微妙に上げる。
辛うじて相手が視界に入る程度に。
(やばいなぁ~ あの件かなぁ~ おれだけもんなぁ。エゲレス語がなんとか分かるのは……)
やな予感しかない。純度の高いやな予感。
「もう、すでにその方の耳にも入っておろう」
上司である御側御用取次人が鎖々木に言った。
鎖々木は「ああ、予測が当たった」と思う。
心の中で「ガクンッ」と何かが落ちた。
「『ぺるり提督』のカツラが不埒なゴロツキに奪われたのだっ」
今までの淡々な語勢からいきなり吐き捨てるような言い方に変る。
「はッ」
「その方は、エゲレス語を解するのだな」
「左様に」
一八〇八年一〇月に起きたフェートン号事件(イギリス人が拿捕したオランダ船で長崎に入港した事件)の後、イギリスの脅威が認識され、英語辞書の編纂、幕府内での情報組織が整備された。
鎖々木はその時代の流れの中で、たまたま語学的才能を発揮し英語を身につけたひとりであった。
彼の語学力が不運なのか幸運なのかわからぬ未来へとつながっていく。
鎖々木究の未来を決定的に歪める命令が御側御用取次人から発せられようとしていた。
「ぺるり提督のかつら―― これを奪回せねば、江戸城下が火の海になる」
「えッ!?」
思わず、素で驚いてしまう鎖々木。
が、上司はそれをとがめることなく言葉を続ける。
「ぺるり提督が怒っておるのだ。怒髪天をつく…… あ、髪はないのだな。とにかく怒り狂っておるのだ」
そりゃそうだろうと思う。
ハゲを隠すカツラをいきなり奪われ、ハゲを周知させられたら怒るであろう。
日本人でも異人でも変らんだろうと、鎖々木は思う。
「期限は二〇日―― 今日より二〇日以内にカツラを取り戻さねば、江戸城下は砲撃を受け灰燼と化す」
「それで、カツラのありかを探り、奪回せよと」
「左様」
鎖々木の心情を現代風に言うならば「ムリゲ――」というものであっただろう。
げんなりとした貌を隠すことなく上司に向けた。
それでも上司は何も言わず「無理でもやれ」という視線を返してくる。
「その方、ひとりでこの任務を遂行せよということではない」
「と、いいますと」
「うむ、まず下手人の素性はわかっておる。身の丈七尺以上の大男、丸太のような棍棒を振り回す巨人――」
「あ…… 天牙独尊ですか!」
「左様よ、あの天牙が動いた」
天牙独尊は幕末日本においても有名人であった。
特に思想的背景はない。
多少は攘夷的なことはあったが、それで何か行動を起こすということはなかった。
ただ、その身に備えた武力はもはや「兵力」とか「軍事力」ともいうべき存在であった。
一騎当千という言葉があるが、ガチでそんな人間である。
幕末の人間兵器であった。
幕閣の中には、天牙を取り込んで、幕府軍事力の強化を訴える者もいるくらいだ。
ただ、奔放で勝手気ままで、傍若無人なところのある天牙が左前になった幕府の権威に従うわけもなかった。
「この鎖々木では、あまりにも力不足」
役不足といわないのは流石に江戸の人間であった。
「だから、その方ひとりではない、天牙に当たるのは忍者―― 最強の忍者よ……」
「最強の忍者?」
「その方には、その忍者の里に出向き、事の次第を説明し、忍者と同行、天牙を始末しカツラの奪還を行うのだ。その上で、ぺるり提督宛ての状況報告の書を作る」
鎖々木究としては平伏し「ありがたく、やらせていただきます」と言うしかなかった。
たしかにエゲレス語ができる自分にしかできないのである。
この時から、決定的に彼の運命は歪んでしまったのだ。
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