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その8:俺とロロリィの魂が担保に入っていた件

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 「甘いのよ……」

 バーンと椅子を蹴って立ち上がる、金髪ツインテール幼女。
 ロロリィであった。

 ふわっと、手でツインテールをかきあげる。

 「この、8歳で、初潮前の天才賢者様の前で、貧乏自慢とか、片腹痛いのよ」 

 ふっと唇に笑みを浮かべロロリィは言った。

 「ほう―― なにが、甘いのですか? クソ幼女賢者様?」

 メガネの奥の目は絶対零度だ。

 「もうね、仕送りで維持できる生活は貧乏とは言わないのよぉぉぉ!!」

 ビシッとパイォーツを指さすロロリィ。

 「ほう―― では? なにが貧乏だと?」

 「2京17兆5686億4876万グオルドの賠償金を背負ってから、貧乏自慢をするのよッ!」

 ロロリィは2度も魔法大学に戦争を吹っかけ、2度敗戦。
 その際に、膨大な賠償金を背負わされている。

 しかし、これ払えるのか?
 払った瞬間、ハイパーインフレ起きるんじゃね?

 「もうね、忌まわしきチョーカーを見なさいよぉぉ!」

 ロロリィは自分の首を指さした。黒いチョーカーだ。

 「なにそれ?」

 俺は、その犬の首輪のようなチョーカーを見た。

 ―私は敗戦国民のブタです―

 チョーカーにはそう書いてあった。

 「このチョーカーは、今この瞬間も、私の生み出す膨大な魔力を吸い続けてるのよ! 天才でぇぇ、初潮前のぉぉ、賢者様の貴重な魔力をぉぉ!」

 ほう、そうなのか――。

 「それでも、利子の返済にもならないのよぉぉ!!」

 パンパンと足を踏み鳴らして絶叫するロロリィ。

 「光の速度なのよ! もうね、利子が光の速度で膨張しているのよぉぉ!!」

 「自業自得でしょうが!!!」

 パイォーツがどなる。

 おっぱいが揺れていく。ああ、おっぱい。

 「魔法要員のあなたが、ほとんど魔法を使えないから、ダンジョン戦争も不利なのよ!」
 「週に1回は戦っているのよ!」

 「1日魔法を使うと、6日間は魔法使えないんじゃ、どうしようもないの! しかも大した魔法は使えないし!」

 「それは、呪いのせいだからね! 私のせいじゃないのよぉぉ!」

 「その呪いかけられたのは、てめぇが起こした戦争のせいだろうがぁぁぁ!!! ワンマン敗戦国民がぁ!!! この凡俗がぁぁ!!!!」

 こめかみに血管を浮き出して絶叫するパイォーツ。
 ああ、せっかくの美貌がだいなしですよ。お姉様――

 「天才のぉぉぉ!! 初潮前のぉぉぉ!! 8歳のこの賢者様を凡俗扱い? 殺すわよ? もうね、殺すわよ?」

 深いブルーの瞳がどす黒く染まってくる。
 狂犬のような笑みを浮かべ、牙をむく幼女。

 北欧の狂犬である。

 「ほう――、殺すね……」

 ゆらりと、パイォーツが立ち上がり、ふともとに手を伸ばす。短いスカートの下にかくされた、尖った鉄棒が見える。

 その目にはもはや何の感情の揺らぎもなかった。
 人殺しの機械の目である。

 「一撃ね、一撃で仕留めれば…… 問題ないのよぉぉ!」

 ロロリィが席を立ち、間合いを空けた。

 すっと、腰を沈める。

 『私が、けん制している間に、アンタが攻撃して、この女を殺して!! さあ、殺して!!』

 念話で共闘を提案してくるロロリィ。

 いやなんだけど。

 俺、関係ねーよ。

 俺は隣に座っているネルーシアの太ももをスリスリすることにした。

 奥の方まで手を突っ込むことにする。
 エルフの太もも。
 エルフのオマタ。
 エッルーフ!

 俺は、しらん。

 「あああん~ 王子…… いま、ちょっと…… らめぇ~」

 身をよじるネルーシア。可愛いエルフちゃんである。

 俺の新しい嫁。
 緑の髪。長い耳。
 真っ白い肌に細い肢体。
 幻想世界の嫁である。

 ヒュン――

 鋼の光が空間を走った。
 ピタッと俺の目の前に鋭い切っ先がつきつけられた。

 「王子――、いえ、ジーク…… アナタ、立場分かっているんですか?」

 ギリギリと眉間にしわをよせ、俺に長刀を突きつけるパイォーツ。 

 しわになりますよ、お姉様、ね?

 足がカクカクと震える俺。

 マジ物の殺意を俺に向けているのが分かった。
 やばい。

 「すいません! 会議です! 真面目な作戦会議です! まじめにやります! すいません! お願いします!」

 コメツキバッタのように謝る俺。
 懇願である。

 すっと、殺気が消え、パイォーツが座った。
 ロロリィも、警戒をとかず、慎重に席に着いた。

 一応、2人は席に着いた。
 まだ、2人の間にはある種の緊張感が満ちていた。
 怖い。

 そうそう、パーティの稼ぎが少ないって話だな。

 脳内検索する。
 ないな……
 その理由は、王子も知らない事実のようだ。
 なんだろうか?

 「パイォーツ、なんで、稼ぎが悪いんだ? 結構、ダンジョンじゃ、戦ってるだろ?」
 俺は聞いた。

 すっと、息を吸い込むパイォーツ。

 「そこで、寝ているアホウの、赤ゴリラ女がダンジョンを破壊する! その修繕費! そして、クソ幼女賢者! これが不安定で戦力にならない!」

 一気に叫ぶパイォーツ。

 この絶叫の中でも平気で寝ているシィーネ。

 「このままでは、ダンジョン戦争から脱落です! もう、危険水域です!」

 「まずいのか?」

 俺は訊いた。

 「非常にまずいです。魔法夫人へのパート代が払えなくなりそうです―― 恐ろしいことです」

 「少し、待ってもらったら?」
 俺は言った。

 「それは、魔王夫人とのパート契約の違反になります」
 「そうなのか」

 雇用関係の契約は結構しっかりしている異世界だ。

 「契約に違反した場合、王子の魂が回収されてしまいます。魔界に――」

 クイッとメガネを持ち上げてパイォーツは言った。

 「はぁ?」

 「支払いは3日後です」

 「なにそれ?」

 要するに、3日後に魔王夫人にパート代払えなかった場合、俺の魂は魔界行きなのか?
 王子の魂担保にして、どんなパート雇ってんぉぉ!!

 「ちなみに、王子の魂だけでは足りませんので、クソ幼女賢者の魂も魔界行きです」

 パイォーツは言った。

 「なんでよぉぉ!! なんで私が!!」

 叫ぶロロリィ。

 つーか、俺たち2人合わせて、魔王夫人のパート代1月分の価値しかない魂なんだな。

 なにそれ?

 安いな俺たち。

 「アンタね! 殺すわよ! もうね、勝手に人の魂を担保にして! 殺すわよ!」

 パンパンと足を踏み鳴らして抗議するロロリィ。

 「あら…… アナタは、即、魔族に売り払ってもよかったんですよ…… ジークが止めさえしなければ……」

 棒手裏剣を突きつけるパイォーツ。

 ダラダラと汗を流す、ロロリィだった。

 そうか、王子はやっぱ、こいついが……

 まあ、見た目はなぁ…… もう、見た目だけなら北欧の宝石だしなぁ……

 要するに、金が無いと俺とロロリィの魂は魔界行きなのである。

 とにかく、なんとしても、最低でも魔王夫人のパート代をかせぐこと。
 これを3日後までに確保せねばならないということか――

 しかし、いくらだ?

 「で、3日後までにいくら必要なんだ? パイォーツ」

 俺は訊いた。

 「そうですね。正確にタイムカード集計してないですが――」

 魔王夫人、タイムカードで勤怠管理しているんだね。

 「魔王夫人の勤務日は基本1日6時間、週5日です。今月は120時間くらいだったと思います」

 「というと、12万グオルドくらい?」

 「そうですね。大金です――」

 うーん、1グオルドを1円として12万円。

 確かに大金である。



 「もうね、2京17兆5686億4876万グオルドに比べれば! 比べれ…… あれ? 比べて?」

 頭をひねり出したロロリィ。
 本当にコイツは賢者なのか?


 しかし、約12万円。
 これは、想像を絶する大金である。
 36歳、童貞、底辺エロ絵師が必死に1月頑張ったくらいの金額である。
 3日で稼げるのか……

 「無敵なのでーす! 不敗なのでーす! 最強なのでーす! 大宇宙コスモ創造神様に敗北の2文字はないのでーす! 波動が唸って空飛ぶのでーす! 邪教徒どもは念仏となえるのでーす!! 超電波でぶった斬りにするのでーす!!」

 オニィィターンは鼻歌歌いながらお絵かき真っ最中だ。
 絶好調である。

 ちらりと、その絵を見た。

 電波強度が増している。

 目玉と口がびっちり隙間なくある触手を何本も書いている。
 その触手からは細い手が生えている。
 全部、血の付いた出刃包丁を握っている。

 日本だったら、即入院レベルの病んだ絵。

 まてよ……

 俺の脳内に考えが浮かぶ。

 もう一度、オニィィターンを見る。

 紙がある――
 絵をかく道具もある――

 本――
 そうだ。本もある。
 オニィィターンは「超電波!!大宇宙コスモ教 99の謎 ~転生したら大宇宙コスモ創造神になっていた~」という経典の話をしていた。

 本があるのだ。この世界は。
 しかも、5000(税別)グオルドする。

 少なくとも、本の市場があるということだ――

 やれるのか?

 いけるのか?

 これは、一気に問題を打開できるのではないか?

 そう、俺に一つの画期的アイデアがひらめいたのである。

 ダンジョンで稼ぐ方法は、なにもモンスターを倒すだけではないのである。
 さすが、俺であった。
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