翼をもった旭日の魔女 ~ソロモンの空に舞う~

中七七三

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3.1944年のソロモン

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「爆星」は、翼面荷重が大きい。フラップなどにより、着陸速度をある程度落しこむことは可能とはなっているが、それでも今までの期待に比べれば破格の速度だ。

 とにかく、着陸に関しては相当に神経を使う機体であることは間違いない。

(高性能機の宿命か)

 久遠少尉はその辺りは分かっている。
 彼はこの「爆星」を愛機として気に入ってもいた。
 しかし、それでも着陸は緊張するものだ。

 だいたい、着陸する滑走路が、密林の中のトンネルのようになっているのだ。
 飛行学校で、滅多に褒めることの無い教官に「オマエ、天才か?」とまで言わしめたほどの腕を持つ彼にしても、無茶苦茶だと思うしかなかった。
 久遠少尉は、敵機動部隊の輪形陣に突撃するのと、さして変わらない緊張感で手が汗で濡れているのを感じだ。

 それでも、機体を操り、重い「爆星」を着陸させる。
 視界が暗くなる。密林の木々が天井のようになり、陽を遮っているのだ。

 速度を落とし、停止した「爆星」に整備員が駆け寄る。

 滑走路を空け、機体を掩体に隠すためだ。
 ブーゲンビル島の沖合にある小島「モノ島」の滑走路は狭いなどというものではない。
 着陸した機体をどけないと次の機体の着陸ができないくらいだ。

 久遠少尉は機体を降りた。敬礼する整備員たち。

 油で汚れた顔をした若い整備員が、久遠少尉を見つめる。

「少尉、戦果は?」
「ああ、空母を1隻殺(や)った。確実だ」

 彼が短く答えた。
 ワッっとその場が湧いた。

「それじゃ後を頼む。一花報告だ」

『はい! 今行きます』

「キサマ、なんで念話だ!」

『こ、航空熱糧食のキャラメルを……』

 機体から降りてきた、白風一花一等飛行兵。
 口いっぱいにキャラメルを頬張っている。まるで、ネズミかなにかの小動物のように見える。
 ぐんにゃりした顔で彼女を見つめる久遠少尉。
 しかし、今回の空母撃沈に関して、彼女が殊勲甲なのは間違いない。

「烈風22型」が滑り込むように着陸してきた。
 人外ともいえる空間認識能力を持つ彼女たちのとっては、この着陸も日常の動作となんら変わらぬものだった。

 久遠少尉はその見事な飛行を視野の隅にいれ、この小基地の司令部に向かった。

        ◇◇◇◇◇◇

「空母一隻、撃沈確実か……」

 密林の木を伐り出して作った椅子に座ったまま、上官はそう呟いた。
 そして、懐から「ホマレ」を取り出し火をつける。
 思い切り吸いこみ、紫煙を吐いた。

 爆星1機、烈風22型3機の独立中隊。その飛行長だった。

 飛行長は丸メガネの奥から、突き刺さる様な視線をこちらに向ける。
 桃園零子(ももぞの れいこ)少佐だ。
 久遠少尉の直接の上官だ。

 皇国陸海軍は、列強の中でも女性を軍に採用する数少ない国だ。
 他には、国家体制としては、真逆といっていいソ連くらいしかないだろう。

 明治維新における女帝擁立。
 その後の国内動乱における、女武者の活躍。
 一刻も早く列強に追いつかねば、国が亡びるという切迫感。
 歴史的に、女武者が存在し、戦に女が参加することに、それほど文化的な抵抗が無かったのも一因だろう。
 とにかく、我が軍には女性がいる。しかも士官もゴロゴロしているのだ。

 目の前の獰猛な視線を向けている士官もその中の一人。
 いや、その中もでもとびきり厄介な一人だった。

 いわく、軍人精神の塊――
 いわく、護国の鬼――
 いわく、戦争中毒者――
 いわく、殺戮機械――

 その敢闘精神と勇猛さは誰もが認めるが、あまりにも尖りすぎた性格のため、持てあまされている存在だ。

 彼女はすっと椅子から立ち上がる。立ち姿姿勢は、まさに軍人という存在を結晶化し鋳型に詰め込んだようなものだ。
 20代後半、もしかしたら30代前半と思われるが、その美貌は際立っている。
 この基地では、緋川二葉(ひかわ ふたば)二飛曹と双璧ともいえる美人だ。

 ただ、この少佐を女として見ている人間は、少なくともこの基地にはいない。
 久遠少佐の視線が、桃園少佐の握る軍刀に移動する。激昂すると、すぐに軍刀を抜くことでも有名なのだ。

「いいじゃないか~」

 にぃぃ、っと笑みを浮かべ、久遠少尉にホマレを勧めた。

「いただきます」

 1本抜き出し手に取った。

「吸え」
「はい」

 久遠少尉は言われるまま、タバコを手に取る。
 そして、口に加えた。
 すっと、桃園少佐が近づく。
 自分の口に加えたままの火のついたタバコを、久遠少尉のタバコの先に付けた。
 彼女が息を送り込み、タバコの先が明るくなる。
 彼女の吸っていたタバコの火が、久遠少尉のタバコに火をつけた。

 そして、彼女は鋭い視線を一花に移す。
 飛行帽を取った彼女の髪は、肩で切りそろ得られた長さだった。

「一花、奴らはどれくらい落した?」

 桃園少佐は再び椅子に座った。
 そして、すらりとした足を組んだ。
 その背後の壁には大きな日章旗が貼ってある。

「はい。32機は確実です。他に2機が雲間に突っ込んでいきました。最期までは確認できてません」

「であるか――」

 吸っていたタバコを手に取って、ヤシの実で造った灰皿にグリグリと押し付けた。
 一花は、あの攻撃の最中でも、戦場の様子を完全に把握していた。

 4人とも凄まじい能力を持っているが、この一花は特別だ。
 神の視点を持っている。
 これで、運動神経に問題がなければ、彼女も操縦士になっていたかもしれない。
 ただ、戦力としてならば、彼女が偵察員であることの方が大きな意味があった。

「奴らにはよく、休めと言っておけ。久遠少尉、これからも期待している」

 桃園少佐の言葉。久遠少尉は敬礼した。

(笑っているよ……)

 桃園少佐は、戦争を心底楽しんでいる者特有の笑みを浮かべていた。
 その笑みを見て、久遠少尉はゾッとした。
 彼は、ここにも、人外の存在がいることを再確認した。

        ◇◇◇◇◇◇

 久遠少尉は、搭乗員宿舎に戻る。
 なんの因果か、女だらけの航空隊に配属されて、こんな南方の孤島で戦っている。
 最近では、大学でちまちまと数学をやっていた日々が嘘のように思えてくる。

 彼は、烈風小隊の搭乗員の部屋に顔を出した。
 上官である彼がやってきても、敬礼する者はいない。
 まあ、仕方ないと思っている。

 彼女たちの「特異な能力」。
 それは、精神状態と大きく関わっているらしい。
 最近の研究では、このような能力者に、精神的な重圧を加えると、能力が不安定になったり、発揮できなくなると言われている。
 下手をすれば、能力そのものが失われるという可能性もあった。

 よって、軍隊というガチガチに規則で縛られた組織の中にあり、彼女たちは例外的に自由だった。
 作戦行動中の命令だけは絶対ではあったが。

 部屋の中には、四織と三恵しかいなかった。
 四織は、本を読んでいた。よく分からない最近の作家の書いた「探偵小説」だ。
 彼女は本から視線を上げ、興味無さそうに、久遠少尉を見た。
 切れ長の目をした日本人形を思わせる顔。そして、腰まである様な長い黒髪。
 ただ、その人形めいた顔から、感情を読むことが難しかった。

「あれ? 二葉は? 2人だけか?」

 久遠少尉は訊いた。まあ、どこに行ったかの予想はついていたのだが。

「あの淫売の売女ビッチは、また兵隊捕まえて、どこかでやってるんじゃないの?」

 ドイツ人とのハーフである三恵が言った。
 彼女が赤みがかった髪を左右で止めている。
 やや青みがかった瞳。外見はいかにもゲルマンの美少女だ。

 予想通りの答えが返ってきたことに、久遠少尉は何とも言えない顔になる。

「となると、いつもの掩体壕か……」

「そうね、掩体壕にゴザ引いて、烈風の翼の下で、やってるのではないかしら」

 上品といっていい顔をした四織から、何とも言えない言葉がでてくる。
 しかも、それが、ほぼ事実なのだから、始末におえない。

「少尉、どうしますか?」

 久遠少尉の後ろから声がした。
 一花だった。
 この四人の中では一番の年少者だ。たしか、まだ数えで17のはずだ。

 まあ、兵隊を食まくっている二葉にしても数えで18歳。
 三恵が同じ歳で、確か四織が20だったはずだ。

「まあ、いい。好きにやらせておけというのが、上の命令だ。ただ、整備兵が動けなくなると困るが」

 二葉は、空では抜群の戦闘機搭乗員だ。
 そして、陸に降りると、淫乱、色情狂、売女、淫売、パンスケ、牝イヌとありとあらゆる名を欲しいままにする存在となる。
 見た目は、凄まじい美女。いや、年齢からしすれば、美少女といっていいだろう。
 色街出身で、幼少期から徹底的にその道を叩きこまれた存在だ。
 たまたま、海軍関係者の目にとまり、見出された存在だ。
 その海軍関係者が、どこでなにをして彼女を見つけたのかは、軍機となっている。

「ちょっと、様子を見てくるか」

 久遠少尉は、烈風の掩体に向かった。

        ◇◇◇◇◇◇

 緋川二葉二飛曹が男漁りをしている最中も、戦争は続いている。

 1944年、ラバウルを中心とするソロモン方面の日本海軍航空隊は、巨大な物量を誇るアメリカ軍と対峙し続けていた。

 大日本皇国の海軍機動部隊による先制攻撃の失敗。
 1941年12月8日(日本時間)、真珠湾攻撃部隊は真珠湾直前で敵に発見される。
 そして、アメリカ軍の先制攻撃で始まった太平洋戦争。

 アメリカ軍は、日本海軍に真珠湾攻撃を断念させた。
 しかし、続くハワイ沖海戦で貴重な空母2隻を喪失。
 更に、孤立するフィリピン救出のために向かった戦艦を中心とする部隊は、絵に描いたように、日本海軍の漸減要撃作戦に乗ってしまった。
 潜水艦による攻撃、陸上基地から発信した日本海軍だけが持つ武器。陸上攻撃による対艦攻撃。
 そして、戦艦の数を減らしたうえでの艦隊決戦。

 日本側の図上演習では敗北を重ねたこの作戦が、現実では成功に終わった。
 アメリカの大敗北であった。

 日本側の成功の要因は何か?
 後世の歴史家は様々な要因を上げる。
 フィリピンを切り捨てきれなかった戦略上のミス。
 日本海軍の力を下算した戦術上のミス。

 そして、最大の問題はアメリカの先制攻撃でこの戦争が始まったことだった。
 しかも、先手を取ったにも関わらず、南雲機動部隊に、エンタープライズとレキシントンを沈められた。
 相次ぐ敗北に、太平洋艦隊司令長官、キンメルは更迭。
 そして、新たにニミッツ提督がその任に着いた。

 続く、1942年――
 その年はまさに、大日本皇国の絶頂であった。
 南方資源地帯の完全占領。
 オーストラリアを孤立化させることになるニューギニアの完全占領。
 結果、オーストラリアは大きく本土防衛に戦略に舵を切る。
 それは、オーストラリアを起点とする反撃が困難になることを意味していた。

 1942年、日米の空母消耗戦は凄まじいものとなった。
 日本海軍は、赤城、加賀、蒼龍を喪失。
 アメリカ海軍は、日本以上に悲惨だった。
 7隻を数えた太平洋艦隊の空母はサラトガを残し全て魚の住かとなった。

 アメリカ海軍は、一時は本気でハワイ放棄まで検討した。
 しかし、日本側も相応のダメージを負っていることが分かり、彼らは踏みとどまることになる。

 そして、日本は攻勢に出ながら、徐々に国力を疲弊させていった。
 1943年から状況は変わる。
 新鋭エセックス級空母の就役。そして、軽空母インディペンデンス級も続々就役する。
 1943年にアメリカ海軍は、正規空母、軽空母合わせ11隻の陣容を整える任部部隊を編制するに至る。
 更に、それを補う「週刊護衛空母」が大量の航空戦力を前線に運び込む。

 アメリカ軍は、中部太平洋を貫き、一気に日本本土に迫る作戦を開始。
 ギルバート諸島の日本海軍前進基地への攻略を開始する。

 抗堪性(こうたんせい)の低い。いわゆる敵の攻撃に弱い日本軍の航空基地は、アメリカ機動部隊の前に反撃することもできなかった。
 日本海軍は陸上基地により空母の劣勢をカバーする方針であった。
 しかし、それが画餅であることが中部太平洋の戦いで分かったのだ。

 ただ、それを戦訓として次に生かす時間を作り出したのは、海軍陸戦隊と陸軍将兵の血だった。
 ギルバート諸島では、制空権も制海権もない中、頑強な抵抗を続けた。

 対地支援のため張り付いていたアメリカ空母部隊に対する薄暮奇襲。
 全戦力をかき集め出撃した、日本海軍機動部隊は賭けに勝った。
 アメリカ海軍は、多くの空母を損傷し、正規空母エセックス、軽空母2隻を失った。
 一方、日本海軍も飛鷹、瑞鳳の2空母を失う。
 搭乗員の損失に関しては、無理な薄暮攻撃の結果、日本の方が膨大なものとなった。

 しかし、時間が稼げた。
 アメリカ海軍は、一時的に下がる。一気にマリアナ諸島まで攻め入る予定が狂ったのだ。
 それは日本にとって貴重な時間だった。

 航空基地に対する戦訓は、貴重な犠牲により生み出された時間によりマリアナ諸島の要塞化が進む。

 アメリカ側も空母部隊単独の島嶼攻撃はリスクが高いという戦訓を得た。
 結果、空母部隊による飛び石的なマリアナ攻略は見送られた。

 ソロモン海――
 ラバウル。
 大日本皇国の南方最大の航空基地。
 この支柱を叩き折る。
 まずは、ラバウルの無力化。
 そして、トラック、マリアナへと進行する。
 計画は変更された。 

 アメリカという巨大なエネルギーの塊は、その攻撃の矛先をソロモンに向けた。
 鋼と火薬と電子の凶悪な暴風雨。
 それが、ソロモンの海と空に発生する――

 久遠少尉のいる1944年末のソロモンとはそのような場所であった。
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