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6.烈風VSF8F
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ソロモンにおけるアメリカ軍最大の基地となりつつあるガダルカナル。
すでに飛行場は3か所。先日、その内の一つであるヘンダーソン飛行場が日本軍による爆撃を食らった。
そのときに穿たれた巨大な穴は既に埋められ、網上の鉄板が敷き詰められている。
その飛行場近く、パイロット待機上に多くの従軍記者が集まっていた。
カメラのフラッシュが瞬いていた。
「ゴルドン大尉、本気ですか」
「本気だ。奴らを血祭りに上げてやる。ジャップの魔女どもは俺が叩き落す」
男は、新聞記者が集まっている中で豪語した。
ガルゴーリュ・ゴルドン大尉だ。海兵隊所属のパイロット。
黒山羊(ブラック・ゴーツ)隊のリーダであった。
彼はすでに、26機の日本機を撃墜しアメリカNo.1の撃墜王として知られていた。
この戦争の時代、彼は強いアメリカの象徴となっていた。
「こいつなら、サム(烈風)なんで敵じゃない!」
彼はそう言って、黒に近いブルーで塗装された機体を示した。
それは、グラマン社の送り出した最新鋭機。
「F8F ベアキャット」だった。
戦後究極のレシプロ艦上戦闘機といわれることになる機体。
今までの海兵隊の主力機だったF4Uコルセアより小型だ。
そして、F6Fよりもスリムな機体。余分なものは一切削ぎ落としたようなフォルムだった。
軽量化を考えらえた機体に、強力な2200馬力のエンジン。
「軽く、小さな機体に強力なエンジン」というコンセプトで造られた機体だった。
その余剰馬力は、凄まじい機動性を発揮する。
海面上昇力が毎分1500メートル以上。これは初期ジェット機でも追尾が困難な値だ。
そして中高度で700キロ近い高速を叩きだす。これは米海軍最速だったF4Uコルセア以上だ。
格闘性能も非常に高い。
米海軍機で、最も格闘性能に優れるF6Fを模擬空戦で圧倒。
それだけではない、米陸軍の傑作機であるP-51Dすらあらゆる局面で圧倒してのけた。
陸軍の関係者が衝撃を受けたくらいだ。
日本海軍機との比較テストも実施されている。
数の上ではまだ主力といえる零式艦上戦闘機52型をあらゆる高度で圧倒。
そのテストを観戦していた、ある海軍士官は「ジークでF8Fに対抗するのは死刑台に乗るような物だな」と言った。
そして、日本の最新鋭機といえる「烈風21型」も圧倒してのけた。
格闘性能で互角。速度、上昇力などほとんどの性能でF8Fが上回る。
パイロットの技量が互角であるなら、おそらく烈風ですら圧倒してのけるだろう。
「牝犬どもが逃げない限り、叩き落してやる。俺たちにはそれが可能だ」
ゴルドン大尉の言葉に記者たちがどよめく。
アメリカNo.1の撃墜王。
そして、アメリカの技術の粋を結集して最新鋭機。
後は、日本の魔女たちが果たし状を受けるかどうかだけが問題だった。
叩きつけた果たし状に、奴らが応じるのか……
その、決戦の日が近づいていた。
◇◇◇◇◇◇
「少尉、サイダー飲んでいいですか?」
伝声管から高い声が響く。
後部偵察員席に座る白風一花(しらかぜ いちか)一等飛行兵だった。
「こぼすなよ。カメラがあるんだから」
久遠少尉は、相変わらず緊張感のない一花に苦笑をうかべつつ言った。
後部座席には、ニュース映画用に持ち込まれたカメラが乗っている。
最初は、従軍カメラマンを別機に載せ、撮影する予定だったが、さすがにそれは難しかった。
結果として、一花が、撮影を行うことになっている。
彼女の空間把握能力の高さは折り紙つきだ。
高速機動する航空機もきちんと撮影できるだろう。
彼女は、後部機銃を使わせると「空の狙撃兵」と化すくらいだ。
カメラの操作くらいは問題はない。
ただ、少尉はなんとなく釈然としない思いで「爆星」の操縦桿を握っていた。
戦争というより、ヤクザの喧嘩ではないかと思っている。
彼の前方を「烈風22型」が傘型の3機編隊で飛んでいた。
黒城四織飛曹長、緋川二葉二飛曹、三恵・ドライシュタイン二飛曹の操る烈風。
彼女たちもまた、異能者だった。並みの人間を遥かに凌駕する空間認識能力、瞬間記憶力、反射神経、視力――
一対一で彼女たちに空戦を挑んで、戦えるのは日本海軍の搭乗員の中でも数えるほどだ。
しかも、三対三の編隊空戦になったら、どのような相手でも勝利することができない。
「念話」という能力で空戦情報を瞬時に共有する彼女たちは、空では三人で一つの兵器システムだった。
通常の連携など比較することはできない。
しかも、一花の「歌」が相手の無線システムを破壊する。
前方を飛ぶ、三機の烈風がゆらゆら揺れていた。
(航空弁当を食っているのか)
機上で飲み食いをすると、操縦桿から手が離れる。それは機体の揺れに現れるので、外から見れば分かるのだ。
久遠少尉は、食欲が無かった。とりあえず、水筒からお茶だけを飲んだ。
「高度三〇(3000メートル)、偏差修正14、巡航速度250ノットで、後25分で予定空域に到着。げぷぅ~」
ゲップの音付の、一花の報告。こめかみを押さえたくなる久遠少尉。
しかし、彼女の航法は正確だった。
きっちり25分後――
そこに奴らがいた。
青黒くやけにすっきりとした機体。
3機編隊だ。
そして、その後方に自分たちと同じように、別の1機が飛んでいるのを少尉は見つける。
ヘルダイバーだろうか。
奴らも、こちらと同じことを考えているのだろう。
これを宣伝材料に使う気なのだ。
いったいこの戦争は何なのか?
まるで、サムライと騎士の決闘か?
それとも西部劇か?
久遠少尉は自分がなんともいえない笑みを浮かべていることに気付いた。
ブラック・ゴーツ(黒山羊隊)――
米海兵最強の航空隊。
その精鋭3機が鋭い機動でばらけた。
編隊空戦を避けるためだ。
1対1の空戦――
あからさまにそれを誘っていた。
そして、その動きに烈風が乗った。
3機編隊であるが、単機空戦――
ばらけたF8Fに対し烈風もばらけて襲い掛かる。
両翼の330リットルの増槽が切り離された。
ガソリンの尾を引きながら虚空に吸い込まれていく。
それは、サムライが白刃を抜き放ったような光景だった。
1対1の空戦×3。
ソロモンの空に、通常ではあり得ない戦いが展開されようとしていた。
◇◇◇◇◇◇
『あれ? この機体、アメ公の機体にしては、デブじゃないわよ』
三恵の念話の声が響く。
彼女の操る「烈風22型」がグラマン「F8Fベアキャット」の背後を取っていた。
久遠少尉も、そのことが気になっていた。
(新鋭機か?)
敵機のフォルムは明らかに今までの「F6Fヘルキャット」、「F4Uコルセア」とは違っていた。
今までの米軍機とは全く違う。一切の無駄をそぎ落としたような、やけに飾り気のない機体だった。
『速いですわね――』
四織の念話だった。
鋭角的な上昇を続ける「烈風22型」その上昇にその米軍機が食らいついてきていた。
今まで、F6FもF4Uも、そして米陸軍のP-38、P-47、P-51すら引き離してきた烈風の上昇力。
その機体は、それに追いつこうとしていた。
『あはは! アメ公の最新鋭機か? 叩き落してやる!』
二葉の念話の声とともに、烈風が太い火箭を吐きだした。
その数は5本。通常、翼に20ミリ機銃を4門、機種に13.2ミリ機銃2門を備える烈風22型。
しかし、今回は、翼に搭載した1門をガンカメラに変更していたのだ。
『くそ! 逃げやがった! なんだコイツ?』
久遠少尉も息をのんだ。
その機体は、横転し機体を横倒しにしながら、そのまま上昇したのだ。
どんな操縦をすれば、可能なのか? それに空力的にもあり得ないような機動だった。
結果、二葉の烈風の攻撃は空しく虚空を貫くだけだった。
「二葉、注意しろ! 奴らも並みじゃない!」
少尉は、無線に向かって叫んでいた。
おそらくは、小さく軽量化された機体に、強力なエンジンを搭載している。
余剰馬力があのような機動(マニューバ)を可能としているのか――
少尉は思った。
『二葉ちゃん、少尉が注意しろって、手ごわいよ』
久遠少尉の言葉を後部座席の一花が念話で伝える。
『一花、聞こえているよ。少尉の声が無線で。今日は「電波節」やってないだろ』
『あ…… っていうか、「また電波節」ていう~、もう』
この戦いでは、一花の能力である電波兵装を無効化する「歌」を使っていない。
特にレーダを潰す必要がないということが理由だった。
彼女はカメラでの撮影に専念していた。
『ハハッ! 烈風相手に、格闘戦したいの? 目茶目茶にしてやる』
地上では味方の男たちを滅茶苦茶にする二葉。空でもまた無敵の存在だ。
おそらく、純粋な操縦技術では、3人の中では一番だろうと少尉は評価していた。
自動空戦フラップと高いアスペクト比の翼は、烈風に無類の格闘性能を実現させていた。
2250馬力を誇る「魁」エンジンが唸りを上げる。
縦の空戦だ。
それは今までに無いことだった。
そもそも、アメリカのどの機体も、烈風に格闘戦を挑むなどということはなかった。
それは、死と同じ意味だったからだ。
しかし、この機体は違っていた。
グラマン社が、その総力を結集して産みだした究極ともいえるレシプロ戦闘機。
F8Fベアキャットは、烈風に追従していた。
言葉通り、2匹の闘犬のように、烈風とF8Fが虚空で絡み合うように飛んでいる。
『くそがぁ! 死ね!』
ガクンと二葉の操る烈風が姿勢を崩した。上昇中にだ。
フットバーを強烈に蹴飛ばしたのだ。
虚空に描いていた弧を切り裂くように、鋭角的な機動。
烈風が意思を持った存在のように起動する。
それは、日本海軍にだけ伝わる特殊機動(マニューバ)だった。
「ひねり込み」と称される、空中機動のショートカットだ。
一気にF8Fの背後を取る二葉の烈風。
宙を焦がすかのような太い火箭が走る。
20ミリ3門、13.2ミリ2門の弾道が、敵機の翼を叩き折っていた。
黒い礫のように、きりもみしながら、落ちていく敵機――
『あはは! 私が一番か? 四織、三恵、手伝ってやろうか?』
『いりませんわ』
『なに言ってのよ。あんな機動、普通の空戦じゃ使えないわよッ! って、ほら! 私も終わり!』
三恵の烈風の機銃弾が敵機を撃ちぬいていた。
パイロットに当たったのだろうか、煙も吹かずそのまま落ちていく敵機。
「あれ、空中分解か?」
久遠少尉は独り語ちるように言った。
落ちていく敵機の翼単が剥がれ落ちたのだ。
そして、機体は錐もみに入り落ちて行った。
脱出する気配もなかった。
◇◇◇◇◇◇
「莫迦な……」
ゴルドン大尉は落ちていく仲間の機体を見つめ声を絞り出していた。
二人とも黒山羊隊(ブラック・ゴーツ)の中でも抜群の練度を誇るパイロットだった。
確かに、一方的な戦いではなかったかもしれないが、結果として二人とも叩き落された。
そして、今自分が三人目になろうとしている。
バックミラーにジャップの機体が映っている。
彼は、機体を横に滑らせる。俊敏な動きでF8Fは反応。今まで彼がいた空間を真っ赤な火箭が通り抜けて行った。
全米軍が恐れる、烈風(サム)の砲撃のような攻撃だった。
ゴルドン大尉は操縦桿を思い切り引く。
余剰馬力の大きなF8Fが優位に闘うには縦の空戦と判断したからだ。
並みの機体なら、失速不可避の急角度で上昇するF8F。
「チェック6」つまり、6時、後方を確認する大尉。彼は戦慄した。
その烈風は、いかなる機体も追従不可能と思われる機動に楽々とついていきていた。
しかも、距離を詰めてきているように見える。
ガンガンガン!
機体を鉄槌で叩かれたような音が響いた。
被弾した。
どこだ?
動く、操縦系は問題ない。
エンジンもだ。
当たり所が良かったのか……
「糞ジャップの魔女がっぁ!」
ゴルドン大尉は、フットバーを蹴る。機体が横転し、降下する。
空と海が視界の中で混ざる様な急機動だった。
南海の空に、もつれ合うようにして、烈風とF8Fが飛んでいた。
突き抜けるような蒼空に白い飛行機雲が伸びていく。
すでに飛行場は3か所。先日、その内の一つであるヘンダーソン飛行場が日本軍による爆撃を食らった。
そのときに穿たれた巨大な穴は既に埋められ、網上の鉄板が敷き詰められている。
その飛行場近く、パイロット待機上に多くの従軍記者が集まっていた。
カメラのフラッシュが瞬いていた。
「ゴルドン大尉、本気ですか」
「本気だ。奴らを血祭りに上げてやる。ジャップの魔女どもは俺が叩き落す」
男は、新聞記者が集まっている中で豪語した。
ガルゴーリュ・ゴルドン大尉だ。海兵隊所属のパイロット。
黒山羊(ブラック・ゴーツ)隊のリーダであった。
彼はすでに、26機の日本機を撃墜しアメリカNo.1の撃墜王として知られていた。
この戦争の時代、彼は強いアメリカの象徴となっていた。
「こいつなら、サム(烈風)なんで敵じゃない!」
彼はそう言って、黒に近いブルーで塗装された機体を示した。
それは、グラマン社の送り出した最新鋭機。
「F8F ベアキャット」だった。
戦後究極のレシプロ艦上戦闘機といわれることになる機体。
今までの海兵隊の主力機だったF4Uコルセアより小型だ。
そして、F6Fよりもスリムな機体。余分なものは一切削ぎ落としたようなフォルムだった。
軽量化を考えらえた機体に、強力な2200馬力のエンジン。
「軽く、小さな機体に強力なエンジン」というコンセプトで造られた機体だった。
その余剰馬力は、凄まじい機動性を発揮する。
海面上昇力が毎分1500メートル以上。これは初期ジェット機でも追尾が困難な値だ。
そして中高度で700キロ近い高速を叩きだす。これは米海軍最速だったF4Uコルセア以上だ。
格闘性能も非常に高い。
米海軍機で、最も格闘性能に優れるF6Fを模擬空戦で圧倒。
それだけではない、米陸軍の傑作機であるP-51Dすらあらゆる局面で圧倒してのけた。
陸軍の関係者が衝撃を受けたくらいだ。
日本海軍機との比較テストも実施されている。
数の上ではまだ主力といえる零式艦上戦闘機52型をあらゆる高度で圧倒。
そのテストを観戦していた、ある海軍士官は「ジークでF8Fに対抗するのは死刑台に乗るような物だな」と言った。
そして、日本の最新鋭機といえる「烈風21型」も圧倒してのけた。
格闘性能で互角。速度、上昇力などほとんどの性能でF8Fが上回る。
パイロットの技量が互角であるなら、おそらく烈風ですら圧倒してのけるだろう。
「牝犬どもが逃げない限り、叩き落してやる。俺たちにはそれが可能だ」
ゴルドン大尉の言葉に記者たちがどよめく。
アメリカNo.1の撃墜王。
そして、アメリカの技術の粋を結集して最新鋭機。
後は、日本の魔女たちが果たし状を受けるかどうかだけが問題だった。
叩きつけた果たし状に、奴らが応じるのか……
その、決戦の日が近づいていた。
◇◇◇◇◇◇
「少尉、サイダー飲んでいいですか?」
伝声管から高い声が響く。
後部偵察員席に座る白風一花(しらかぜ いちか)一等飛行兵だった。
「こぼすなよ。カメラがあるんだから」
久遠少尉は、相変わらず緊張感のない一花に苦笑をうかべつつ言った。
後部座席には、ニュース映画用に持ち込まれたカメラが乗っている。
最初は、従軍カメラマンを別機に載せ、撮影する予定だったが、さすがにそれは難しかった。
結果として、一花が、撮影を行うことになっている。
彼女の空間把握能力の高さは折り紙つきだ。
高速機動する航空機もきちんと撮影できるだろう。
彼女は、後部機銃を使わせると「空の狙撃兵」と化すくらいだ。
カメラの操作くらいは問題はない。
ただ、少尉はなんとなく釈然としない思いで「爆星」の操縦桿を握っていた。
戦争というより、ヤクザの喧嘩ではないかと思っている。
彼の前方を「烈風22型」が傘型の3機編隊で飛んでいた。
黒城四織飛曹長、緋川二葉二飛曹、三恵・ドライシュタイン二飛曹の操る烈風。
彼女たちもまた、異能者だった。並みの人間を遥かに凌駕する空間認識能力、瞬間記憶力、反射神経、視力――
一対一で彼女たちに空戦を挑んで、戦えるのは日本海軍の搭乗員の中でも数えるほどだ。
しかも、三対三の編隊空戦になったら、どのような相手でも勝利することができない。
「念話」という能力で空戦情報を瞬時に共有する彼女たちは、空では三人で一つの兵器システムだった。
通常の連携など比較することはできない。
しかも、一花の「歌」が相手の無線システムを破壊する。
前方を飛ぶ、三機の烈風がゆらゆら揺れていた。
(航空弁当を食っているのか)
機上で飲み食いをすると、操縦桿から手が離れる。それは機体の揺れに現れるので、外から見れば分かるのだ。
久遠少尉は、食欲が無かった。とりあえず、水筒からお茶だけを飲んだ。
「高度三〇(3000メートル)、偏差修正14、巡航速度250ノットで、後25分で予定空域に到着。げぷぅ~」
ゲップの音付の、一花の報告。こめかみを押さえたくなる久遠少尉。
しかし、彼女の航法は正確だった。
きっちり25分後――
そこに奴らがいた。
青黒くやけにすっきりとした機体。
3機編隊だ。
そして、その後方に自分たちと同じように、別の1機が飛んでいるのを少尉は見つける。
ヘルダイバーだろうか。
奴らも、こちらと同じことを考えているのだろう。
これを宣伝材料に使う気なのだ。
いったいこの戦争は何なのか?
まるで、サムライと騎士の決闘か?
それとも西部劇か?
久遠少尉は自分がなんともいえない笑みを浮かべていることに気付いた。
ブラック・ゴーツ(黒山羊隊)――
米海兵最強の航空隊。
その精鋭3機が鋭い機動でばらけた。
編隊空戦を避けるためだ。
1対1の空戦――
あからさまにそれを誘っていた。
そして、その動きに烈風が乗った。
3機編隊であるが、単機空戦――
ばらけたF8Fに対し烈風もばらけて襲い掛かる。
両翼の330リットルの増槽が切り離された。
ガソリンの尾を引きながら虚空に吸い込まれていく。
それは、サムライが白刃を抜き放ったような光景だった。
1対1の空戦×3。
ソロモンの空に、通常ではあり得ない戦いが展開されようとしていた。
◇◇◇◇◇◇
『あれ? この機体、アメ公の機体にしては、デブじゃないわよ』
三恵の念話の声が響く。
彼女の操る「烈風22型」がグラマン「F8Fベアキャット」の背後を取っていた。
久遠少尉も、そのことが気になっていた。
(新鋭機か?)
敵機のフォルムは明らかに今までの「F6Fヘルキャット」、「F4Uコルセア」とは違っていた。
今までの米軍機とは全く違う。一切の無駄をそぎ落としたような、やけに飾り気のない機体だった。
『速いですわね――』
四織の念話だった。
鋭角的な上昇を続ける「烈風22型」その上昇にその米軍機が食らいついてきていた。
今まで、F6FもF4Uも、そして米陸軍のP-38、P-47、P-51すら引き離してきた烈風の上昇力。
その機体は、それに追いつこうとしていた。
『あはは! アメ公の最新鋭機か? 叩き落してやる!』
二葉の念話の声とともに、烈風が太い火箭を吐きだした。
その数は5本。通常、翼に20ミリ機銃を4門、機種に13.2ミリ機銃2門を備える烈風22型。
しかし、今回は、翼に搭載した1門をガンカメラに変更していたのだ。
『くそ! 逃げやがった! なんだコイツ?』
久遠少尉も息をのんだ。
その機体は、横転し機体を横倒しにしながら、そのまま上昇したのだ。
どんな操縦をすれば、可能なのか? それに空力的にもあり得ないような機動だった。
結果、二葉の烈風の攻撃は空しく虚空を貫くだけだった。
「二葉、注意しろ! 奴らも並みじゃない!」
少尉は、無線に向かって叫んでいた。
おそらくは、小さく軽量化された機体に、強力なエンジンを搭載している。
余剰馬力があのような機動(マニューバ)を可能としているのか――
少尉は思った。
『二葉ちゃん、少尉が注意しろって、手ごわいよ』
久遠少尉の言葉を後部座席の一花が念話で伝える。
『一花、聞こえているよ。少尉の声が無線で。今日は「電波節」やってないだろ』
『あ…… っていうか、「また電波節」ていう~、もう』
この戦いでは、一花の能力である電波兵装を無効化する「歌」を使っていない。
特にレーダを潰す必要がないということが理由だった。
彼女はカメラでの撮影に専念していた。
『ハハッ! 烈風相手に、格闘戦したいの? 目茶目茶にしてやる』
地上では味方の男たちを滅茶苦茶にする二葉。空でもまた無敵の存在だ。
おそらく、純粋な操縦技術では、3人の中では一番だろうと少尉は評価していた。
自動空戦フラップと高いアスペクト比の翼は、烈風に無類の格闘性能を実現させていた。
2250馬力を誇る「魁」エンジンが唸りを上げる。
縦の空戦だ。
それは今までに無いことだった。
そもそも、アメリカのどの機体も、烈風に格闘戦を挑むなどということはなかった。
それは、死と同じ意味だったからだ。
しかし、この機体は違っていた。
グラマン社が、その総力を結集して産みだした究極ともいえるレシプロ戦闘機。
F8Fベアキャットは、烈風に追従していた。
言葉通り、2匹の闘犬のように、烈風とF8Fが虚空で絡み合うように飛んでいる。
『くそがぁ! 死ね!』
ガクンと二葉の操る烈風が姿勢を崩した。上昇中にだ。
フットバーを強烈に蹴飛ばしたのだ。
虚空に描いていた弧を切り裂くように、鋭角的な機動。
烈風が意思を持った存在のように起動する。
それは、日本海軍にだけ伝わる特殊機動(マニューバ)だった。
「ひねり込み」と称される、空中機動のショートカットだ。
一気にF8Fの背後を取る二葉の烈風。
宙を焦がすかのような太い火箭が走る。
20ミリ3門、13.2ミリ2門の弾道が、敵機の翼を叩き折っていた。
黒い礫のように、きりもみしながら、落ちていく敵機――
『あはは! 私が一番か? 四織、三恵、手伝ってやろうか?』
『いりませんわ』
『なに言ってのよ。あんな機動、普通の空戦じゃ使えないわよッ! って、ほら! 私も終わり!』
三恵の烈風の機銃弾が敵機を撃ちぬいていた。
パイロットに当たったのだろうか、煙も吹かずそのまま落ちていく敵機。
「あれ、空中分解か?」
久遠少尉は独り語ちるように言った。
落ちていく敵機の翼単が剥がれ落ちたのだ。
そして、機体は錐もみに入り落ちて行った。
脱出する気配もなかった。
◇◇◇◇◇◇
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ゴルドン大尉は落ちていく仲間の機体を見つめ声を絞り出していた。
二人とも黒山羊隊(ブラック・ゴーツ)の中でも抜群の練度を誇るパイロットだった。
確かに、一方的な戦いではなかったかもしれないが、結果として二人とも叩き落された。
そして、今自分が三人目になろうとしている。
バックミラーにジャップの機体が映っている。
彼は、機体を横に滑らせる。俊敏な動きでF8Fは反応。今まで彼がいた空間を真っ赤な火箭が通り抜けて行った。
全米軍が恐れる、烈風(サム)の砲撃のような攻撃だった。
ゴルドン大尉は操縦桿を思い切り引く。
余剰馬力の大きなF8Fが優位に闘うには縦の空戦と判断したからだ。
並みの機体なら、失速不可避の急角度で上昇するF8F。
「チェック6」つまり、6時、後方を確認する大尉。彼は戦慄した。
その烈風は、いかなる機体も追従不可能と思われる機動に楽々とついていきていた。
しかも、距離を詰めてきているように見える。
ガンガンガン!
機体を鉄槌で叩かれたような音が響いた。
被弾した。
どこだ?
動く、操縦系は問題ない。
エンジンもだ。
当たり所が良かったのか……
「糞ジャップの魔女がっぁ!」
ゴルドン大尉は、フットバーを蹴る。機体が横転し、降下する。
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歴史・時代
1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。
第二次ウィーン包囲である。
戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。
彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。
敵の数は三十万。
戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。
ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。
内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。
彼らをウィーンの切り札とするのだ。
戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。
そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。
オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。
そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。
もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。
戦闘、策略、裏切り、絶望──。
シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。
第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。
御稜威の光 =天地に響け、無辜の咆吼=
エトーのねこ(略称:えねこ)
歴史・時代
そこにある列強は、もはや列強ではなかった。大日本帝国という王道国家のみが覇権国など鼻で笑う王道を敷く形で存在し、多くの白人種はその罪を問われ、この世から放逐された。
いわゆる、「日月神判」である。
結果的にドイツ第三帝国やイタリア王国といった諸同盟国家――すなわち枢軸国欧州本部――の全てが、大日本帝国が戦勝国となる前に降伏してしまったから起きたことであるが、それは結果的に大日本帝国による平和――それはすなわち読者世界における偽りの差別撤廃ではなく、人種等の差別が本当に存在しない世界といえた――へ、すなわち白人種を断罪して世界を作り直す、否、世界を作り始める作業を完遂するために必須の条件であったと言える。
そして、大日本帝国はその作業を、決して覇権国などという驕慢な概念ではなく、王道を敷き、楽園を作り、五族協和の理念の元、本当に金城湯池をこの世に出現させるための、すなわち義務として行った。無論、その最大の障害は白人種と、それを支援していた亜細亜の裏切り者共であったが、それはもはや亡い。
人類史最大の総決算が終結した今、大日本帝国を筆頭国家とした金城湯池の遊星は遂に、その端緒に立った。
本日は、その「総決算」を大日本帝国が如何にして完遂し、諸民族に平和を振る舞ったかを記述したいと思う。
城闕崇華研究所所長
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