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第10話 キミと笑顔になるために。
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「ただいま~」
もしかしたら遊びに出かけてるかもしれない。心配はただの杞憂、帰ってきたのはただの徒労、自己満足。そう思って、玄関ドアを開けたのに。
ドアを開いた瞬間、耳を襲った、世那くんのギャン泣き。
「世那くん!!」
靴を脱ぐのももどかしく、リビングへと駆け込む。
「……高階、どうして」
驚きふり返った一条くん。彼の腕のなかで泣き続けていた世那くん。
大股で近づくと、世那くんを強引に抱き取る。
「アァン、アアッ、ウアアッ……」
なかなか泣き止まない世那くん。だけど。
「ほぉら、大丈夫、大丈夫だよ~」
いつものようにユラユラと体を揺らし続けるうちに、泣き声は小さくなっていき、次第に「エック、ヒクッ」としゃくり上げるような音に変化していった。
「ごめん、高階……」
バツの悪そうな一条くんの顔。
「今日一日ぐらいなら大丈夫かなって思ったんだけど」
「ううん。一条くんは何も悪くないよ」
トントンと世那くんの背中を叩きながら言う。
私の服にしがみついた世那くん。その涙と鼻水が私の服に染み込んでいく。
おそらくだけど、世那くん、私が出ていったことに気づいてから、ずっと泣いてたんだろうな。大好きなパパがあやしてもどうにもならないぐらいに、ずっと。
「ゴメンね、世那くん」
グリグリと擦りつけられた頭。泣きっぱなしだった世那くんの頭はとても熱い。
世那くんがここまで私にベッタリだったなんて。私もだけど、一条くんも予想してなかったんだろうな。
「一条くん、ゴハン、食べた?」
「いや、まだ。ずっと世那が泣きっぱなしだったから」
「だったら、一緒に食べよ? 世那くんと三人で」
「いいのか?」
「うん。私もさ、せっかく用意してもらった休みだったけど、あんまり楽しめなかったんだ」
泣き止んだ世那くん。さっきよりゆっくりゆったりと体を揺らす。
「なんていうのかさ、『今頃、世那くんと一条くんどうしてるっかな~』って思ったら、どうにも気になっちゃって。帰ってきちゃった」
一条くんを信頼してなかったわけじゃない。けど、気になりだしたらどうにもならなくて、居ても立っても居られなかった。
世那くんのこと放っといて、なんとかフラペチーノとかスープを堪能する余裕はなかった。多分食べたとしても、味気ない、砂でも噛んでるようなもんだっただろう。
「世那くんは、もう私の一部なんだな~って。私がいなくて、世那くんが寂しがったように、私も世那くんがいなくてつまんなかったんだよね」
「高階……」
「だから、遊ぶなら一緒に遊ぼ? ほら。いいお土産買ってきたんだ」
世那くんを抱っこする腕にぶら下がった網。中に入っているのはカラフル過ぎる柔らかボール。
「ほぉら、世那くん、ボールだよぉ。マンマ食べたら、これで一緒に遊ぼうね~」
プラプラと腕のボールを揺らしてみせる。それだけで、世那くんの視線はボールに釘付け。泣いたことも寂しかったことも忘れて、ケロッとした顔で、ボールを目で追いかける。
「ありがとう、高階」
「いや、お礼を言われるほどのもんはじゃないよ。600円だったし」
これぐらいで「お土産」って称するほうがおこがましいぐらいだし。
「え? あ、いや……」
一条くんが目を丸くした。
なに? ボールのお土産、それのお礼を言ったんじゃないの?
「それなら、お返しに、お昼を奢らせてくれ。近くに旨いうどん屋があるんだ」
うどん?
あ、対離乳食対策ってやつか。
まだまだ大人と同じものを食べることが難しい世那くんだけど、うどんぐらいなら、少し細かく切ってあげれば食べられる。
世那くんにギャン泣きされた一条くんだけど、ちゃんと世那くんのことも考えてて、いいパパの面目躍如ってかんじ。
「じゃあ、決まり!! うどんを食べたら、公園でボール遊び!! 楽しみだね~、世那くん」
「ね~」っと体を傾けたら、腕の中の世那くんも体を傾けた。この動作、世那くんのお気に入りなんだろうな。メチャクチャかわいい。
* * * *
「ほぉら、世那くん、コロコロコロ~」
芝生の上を転がるカラフルボール。それがコツンと世那くんのあんよにぶつかってストップ。
世那くん、ボールを両手で掴むものの、そこから先をどうしたらいいのか、わかんないみたい。一応それっぽくボールを両手で持ち上げ、ブンブンと腕を上下に振るんだけど、手の放し方がわからず、ブンブンするだけ。投げる、転がすの動作ができない。
「世那」
投げられない世那くんを、その背後から一条くんが促す。小さな手に一条くんが手を添えて、ボールを前へと転がす。
「うわ~、世那くん、上手、じょうず~」
コロコロっと戻ってきたボール。上手なのは一条くんだけど、世那くんを褒めちぎる。
「ア~ブッ、バッ」
世那くんも褒められてうれしいのか、それともパパが寄り添ってくれてうれしいのか、声をあげて興奮気味。
「ほら、もう一度いくよ~」
コロコロコロ~。
「アッ、ブッ、ブッ」
世那くん、ボールを掴もうと、一歩前に。
「あ」
ポコッと足にあたり、蹴られてしまったボールが、ポコンッと明後日の方向に転がっていく。
世那くんにとっても予想外の出来事だったんだろう。なにか言いたげに、ボールと一条くんを交互に眺めた。
「待ってろよ」
一条くんが軽く世那くんの頭を撫で、ボールを取りに走り出す。
すると。
「ア、ウ~」
世那くんまでそれを追いかけてアンヨを始めた。
世那くんに気づいた一条くんが走るスピードを落とす。
ボールを拾いに行くから、ボールを追いかける遊びに変化。
って、ちょっとこれ、なに?
(かわいすぎる~!!)
待て待て待て~っとボールを追いかける世那くん。それを優しく見守るように伴走(伴歩?)するパパ。
その姿に、思わずスマホを取り出して激写。一気に増える、激カワ写真。
ボールに追いついて持ち上げる世那くん。大きすぎるボールによたつく世那くん。目の前見えなくなったのに、ちょっと顔を傾けたら、なんか「いないいないばあ」っぽくなって、それが面白くなったのか立ち止まり、こっちを見て「ばあ」をくり返す世那くん。
いや~、私のスマホのフォルダ、東京の名所写真より、世那くんベストショットが増えていきますわ。
「……何やってるの?」
呆れたような一条くんの声。
「せっかくだから、世那くんのベストショットを撮っておこうかなって。おばさんたちに見せたら喜んでくれそうだし」
離れて暮らす息子と孫の姿。
一条くんのお母さんたち、絶対見たいと思ってるよね。
「今まで撮りためた世那くんの写真とまとめて、全部あっちに送るつもりだよ」
私の写真技術じゃ、世那くんのかわいさの何万分の一も伝えられないかもしれないけど、それでも、今このときの世那くんを見せてあげられたらなって思う。
「じゃあ僕も……」
一条くんがスマホを取り出す。
同時に世那くんがボールを持ってこちらに帰還。
「高階の写真。おばさんたちにも送らなきゃね。大事な娘さんは頑張ってくれてますよって」
いや、うちの親、多分そういう心配とかしてないと思う――って。
「いや、待って、待って!! 私の写真、撮っちゃダメ!! 削除して、削除!!」
「え? 高階?」
「私、写真映り悪いし、ブッサイクだし、写す価値なしだから!! 私の写真なんて需要ないから!!」
私の顔のスペックなんて、嫌というほど鏡で確認して重々承知してる。かわいくもなんともない平均的なモブ顔。だから、写真なんて残したくないし、誰にも見せたくない。「自撮り」とかしたいと思ったこともない。
「そんなに卑下しなくても。ほら、こんなにかわいいのに」
クルッとスマホの画面を見せてくれた一条くん。そこに映る、青いボールを抱えて無邪気に笑う世那くんと、ビックリ顔の私。まるで「愛らしい天使と無骨な巨顔兵」。
「削除、削除、削除~っ!!」
一条くんからスマホを奪い取り、ピピピッと操作。愛らしい世那くんを消すのは心苦しいけど、一緒に写り込んだ巨顔兵はこの世から駆逐しなくてはいけない。
「もったいないなあ。せっかく、かわいかったのに」
「かわいかったのは、世那くんだけでしょ」
だったら、世那くんオンリーの写真を撮りなさいよ。残念そうな一条くんに抗議。
「いや、高階もだって。世那より、高階のほうがかわいく撮れてた」
どこが。
一条くん、一度眼科に行ったほうがいいよ?
「ほら、世那くん、いくよ~」
しゃがんだまま軽くボールを転がしてあげる。
「私、世那くんのこと、どうにもかわいくてしかたないみたい」
待て待て~と、ボールを手を伸ばして追いかけてく世那くんの後ろ姿を見つめる。
「最初はさ、ちょっと懐いてくれた近所の猫とかをかわいがってる感覚だったのに」
猫に例えたら怒られる?
でも、私のなかの世那くんへの感情はそれが一番近かった。
誰にも馴染まないっていう気難しい猫が、私にだけスリスリしてきたような感覚。近寄ってくれば、「ういやつじゃのう」とこちらも撫でてあげたくなる。
そんなに懐いてくれるのなら、少しぐらいお世話してあげてもいいかも。お世話を理由に自分の現状を変化させてもいいかも。どちらかというと、お世話を自分のために利用した感がある。けど。
「今の私はさ、なんていうのかな。海外ドラマに出てくるような『坊ちゃまとバアヤ』のバアヤ感覚なんだよね」
「バアヤ?」
「うん。バアヤ。それか乳母。よくいるじゃない、『坊ちゃま!!』ってヒーローを怒る太ったオバサン。怒るくせにいざとなると、『仕方ありません。今回だけですよ?』って坊ちゃまを甘やかすバアヤ」
”坊ちゃま”と呼ぶことで、使用人である自分と主の子息との線引きをしているのに、向ける愛情は自分の息子と同レベルになってるパターン。坊ちゃまが悪いことをすれば、腰に手を当てもんのすごく怒る。「長くお仕えした大切な坊ちゃまだからこそ、立派な殿方になって欲しいんでございますよ」なんてサメザメ泣いたりする。坊ちゃまのちょっと小うるさいバアヤ。
「将来さ、世那くんが結婚――なんてことになったら、写真、送ってよね」
できれば、小学校の入学式とか卒業式も。式に参加することは、さすがに親族でもなんでもない他人なんだから無理だろうけど。「世那くん、こんなにおっきくなったんだ~」ぐらいの感慨は味あわせて欲しい。
「わかった。その時は、特等席に招待するよ。お前がここまで大きくなれたのは、この人のおかげだぞって、世那に伝えるよ」
坊ちゃまが、小うるさいなあって顔をしかめながらも、案外バアヤを大事にしてるみたいに?
「おおげさだなあ。私が関われるのは、世那くんの長い人生のほんのちょびっとにすぎないって」
多分だけど、世那くんが幼稚園にでも入園してしまえば、私の役割は終わりになる。それか、私が自分の人生を、新しい就職先と新居を見つけてしまえば。ベビーシッターなんてそんなものなんだから、招待されるほど感謝されるのは違うと思う。
入学式や卒業式について行ったとしても、私は、「入学式」って書かれた看板の前に立つ二人を写す写真係。記録はしても、記録に残らない係。
膝についた土を払って立ち上がる。
「ほぉら、世那くん、待て待て~」
ボールを追いかける世那くんの後ろ。手をワキワキ動かし、悪者っぽく忍び寄る。気づいた世那くんが、「キャーッ」とうれしそうな声を上げた。
もしかしたら遊びに出かけてるかもしれない。心配はただの杞憂、帰ってきたのはただの徒労、自己満足。そう思って、玄関ドアを開けたのに。
ドアを開いた瞬間、耳を襲った、世那くんのギャン泣き。
「世那くん!!」
靴を脱ぐのももどかしく、リビングへと駆け込む。
「……高階、どうして」
驚きふり返った一条くん。彼の腕のなかで泣き続けていた世那くん。
大股で近づくと、世那くんを強引に抱き取る。
「アァン、アアッ、ウアアッ……」
なかなか泣き止まない世那くん。だけど。
「ほぉら、大丈夫、大丈夫だよ~」
いつものようにユラユラと体を揺らし続けるうちに、泣き声は小さくなっていき、次第に「エック、ヒクッ」としゃくり上げるような音に変化していった。
「ごめん、高階……」
バツの悪そうな一条くんの顔。
「今日一日ぐらいなら大丈夫かなって思ったんだけど」
「ううん。一条くんは何も悪くないよ」
トントンと世那くんの背中を叩きながら言う。
私の服にしがみついた世那くん。その涙と鼻水が私の服に染み込んでいく。
おそらくだけど、世那くん、私が出ていったことに気づいてから、ずっと泣いてたんだろうな。大好きなパパがあやしてもどうにもならないぐらいに、ずっと。
「ゴメンね、世那くん」
グリグリと擦りつけられた頭。泣きっぱなしだった世那くんの頭はとても熱い。
世那くんがここまで私にベッタリだったなんて。私もだけど、一条くんも予想してなかったんだろうな。
「一条くん、ゴハン、食べた?」
「いや、まだ。ずっと世那が泣きっぱなしだったから」
「だったら、一緒に食べよ? 世那くんと三人で」
「いいのか?」
「うん。私もさ、せっかく用意してもらった休みだったけど、あんまり楽しめなかったんだ」
泣き止んだ世那くん。さっきよりゆっくりゆったりと体を揺らす。
「なんていうのかさ、『今頃、世那くんと一条くんどうしてるっかな~』って思ったら、どうにも気になっちゃって。帰ってきちゃった」
一条くんを信頼してなかったわけじゃない。けど、気になりだしたらどうにもならなくて、居ても立っても居られなかった。
世那くんのこと放っといて、なんとかフラペチーノとかスープを堪能する余裕はなかった。多分食べたとしても、味気ない、砂でも噛んでるようなもんだっただろう。
「世那くんは、もう私の一部なんだな~って。私がいなくて、世那くんが寂しがったように、私も世那くんがいなくてつまんなかったんだよね」
「高階……」
「だから、遊ぶなら一緒に遊ぼ? ほら。いいお土産買ってきたんだ」
世那くんを抱っこする腕にぶら下がった網。中に入っているのはカラフル過ぎる柔らかボール。
「ほぉら、世那くん、ボールだよぉ。マンマ食べたら、これで一緒に遊ぼうね~」
プラプラと腕のボールを揺らしてみせる。それだけで、世那くんの視線はボールに釘付け。泣いたことも寂しかったことも忘れて、ケロッとした顔で、ボールを目で追いかける。
「ありがとう、高階」
「いや、お礼を言われるほどのもんはじゃないよ。600円だったし」
これぐらいで「お土産」って称するほうがおこがましいぐらいだし。
「え? あ、いや……」
一条くんが目を丸くした。
なに? ボールのお土産、それのお礼を言ったんじゃないの?
「それなら、お返しに、お昼を奢らせてくれ。近くに旨いうどん屋があるんだ」
うどん?
あ、対離乳食対策ってやつか。
まだまだ大人と同じものを食べることが難しい世那くんだけど、うどんぐらいなら、少し細かく切ってあげれば食べられる。
世那くんにギャン泣きされた一条くんだけど、ちゃんと世那くんのことも考えてて、いいパパの面目躍如ってかんじ。
「じゃあ、決まり!! うどんを食べたら、公園でボール遊び!! 楽しみだね~、世那くん」
「ね~」っと体を傾けたら、腕の中の世那くんも体を傾けた。この動作、世那くんのお気に入りなんだろうな。メチャクチャかわいい。
* * * *
「ほぉら、世那くん、コロコロコロ~」
芝生の上を転がるカラフルボール。それがコツンと世那くんのあんよにぶつかってストップ。
世那くん、ボールを両手で掴むものの、そこから先をどうしたらいいのか、わかんないみたい。一応それっぽくボールを両手で持ち上げ、ブンブンと腕を上下に振るんだけど、手の放し方がわからず、ブンブンするだけ。投げる、転がすの動作ができない。
「世那」
投げられない世那くんを、その背後から一条くんが促す。小さな手に一条くんが手を添えて、ボールを前へと転がす。
「うわ~、世那くん、上手、じょうず~」
コロコロっと戻ってきたボール。上手なのは一条くんだけど、世那くんを褒めちぎる。
「ア~ブッ、バッ」
世那くんも褒められてうれしいのか、それともパパが寄り添ってくれてうれしいのか、声をあげて興奮気味。
「ほら、もう一度いくよ~」
コロコロコロ~。
「アッ、ブッ、ブッ」
世那くん、ボールを掴もうと、一歩前に。
「あ」
ポコッと足にあたり、蹴られてしまったボールが、ポコンッと明後日の方向に転がっていく。
世那くんにとっても予想外の出来事だったんだろう。なにか言いたげに、ボールと一条くんを交互に眺めた。
「待ってろよ」
一条くんが軽く世那くんの頭を撫で、ボールを取りに走り出す。
すると。
「ア、ウ~」
世那くんまでそれを追いかけてアンヨを始めた。
世那くんに気づいた一条くんが走るスピードを落とす。
ボールを拾いに行くから、ボールを追いかける遊びに変化。
って、ちょっとこれ、なに?
(かわいすぎる~!!)
待て待て待て~っとボールを追いかける世那くん。それを優しく見守るように伴走(伴歩?)するパパ。
その姿に、思わずスマホを取り出して激写。一気に増える、激カワ写真。
ボールに追いついて持ち上げる世那くん。大きすぎるボールによたつく世那くん。目の前見えなくなったのに、ちょっと顔を傾けたら、なんか「いないいないばあ」っぽくなって、それが面白くなったのか立ち止まり、こっちを見て「ばあ」をくり返す世那くん。
いや~、私のスマホのフォルダ、東京の名所写真より、世那くんベストショットが増えていきますわ。
「……何やってるの?」
呆れたような一条くんの声。
「せっかくだから、世那くんのベストショットを撮っておこうかなって。おばさんたちに見せたら喜んでくれそうだし」
離れて暮らす息子と孫の姿。
一条くんのお母さんたち、絶対見たいと思ってるよね。
「今まで撮りためた世那くんの写真とまとめて、全部あっちに送るつもりだよ」
私の写真技術じゃ、世那くんのかわいさの何万分の一も伝えられないかもしれないけど、それでも、今このときの世那くんを見せてあげられたらなって思う。
「じゃあ僕も……」
一条くんがスマホを取り出す。
同時に世那くんがボールを持ってこちらに帰還。
「高階の写真。おばさんたちにも送らなきゃね。大事な娘さんは頑張ってくれてますよって」
いや、うちの親、多分そういう心配とかしてないと思う――って。
「いや、待って、待って!! 私の写真、撮っちゃダメ!! 削除して、削除!!」
「え? 高階?」
「私、写真映り悪いし、ブッサイクだし、写す価値なしだから!! 私の写真なんて需要ないから!!」
私の顔のスペックなんて、嫌というほど鏡で確認して重々承知してる。かわいくもなんともない平均的なモブ顔。だから、写真なんて残したくないし、誰にも見せたくない。「自撮り」とかしたいと思ったこともない。
「そんなに卑下しなくても。ほら、こんなにかわいいのに」
クルッとスマホの画面を見せてくれた一条くん。そこに映る、青いボールを抱えて無邪気に笑う世那くんと、ビックリ顔の私。まるで「愛らしい天使と無骨な巨顔兵」。
「削除、削除、削除~っ!!」
一条くんからスマホを奪い取り、ピピピッと操作。愛らしい世那くんを消すのは心苦しいけど、一緒に写り込んだ巨顔兵はこの世から駆逐しなくてはいけない。
「もったいないなあ。せっかく、かわいかったのに」
「かわいかったのは、世那くんだけでしょ」
だったら、世那くんオンリーの写真を撮りなさいよ。残念そうな一条くんに抗議。
「いや、高階もだって。世那より、高階のほうがかわいく撮れてた」
どこが。
一条くん、一度眼科に行ったほうがいいよ?
「ほら、世那くん、いくよ~」
しゃがんだまま軽くボールを転がしてあげる。
「私、世那くんのこと、どうにもかわいくてしかたないみたい」
待て待て~と、ボールを手を伸ばして追いかけてく世那くんの後ろ姿を見つめる。
「最初はさ、ちょっと懐いてくれた近所の猫とかをかわいがってる感覚だったのに」
猫に例えたら怒られる?
でも、私のなかの世那くんへの感情はそれが一番近かった。
誰にも馴染まないっていう気難しい猫が、私にだけスリスリしてきたような感覚。近寄ってくれば、「ういやつじゃのう」とこちらも撫でてあげたくなる。
そんなに懐いてくれるのなら、少しぐらいお世話してあげてもいいかも。お世話を理由に自分の現状を変化させてもいいかも。どちらかというと、お世話を自分のために利用した感がある。けど。
「今の私はさ、なんていうのかな。海外ドラマに出てくるような『坊ちゃまとバアヤ』のバアヤ感覚なんだよね」
「バアヤ?」
「うん。バアヤ。それか乳母。よくいるじゃない、『坊ちゃま!!』ってヒーローを怒る太ったオバサン。怒るくせにいざとなると、『仕方ありません。今回だけですよ?』って坊ちゃまを甘やかすバアヤ」
”坊ちゃま”と呼ぶことで、使用人である自分と主の子息との線引きをしているのに、向ける愛情は自分の息子と同レベルになってるパターン。坊ちゃまが悪いことをすれば、腰に手を当てもんのすごく怒る。「長くお仕えした大切な坊ちゃまだからこそ、立派な殿方になって欲しいんでございますよ」なんてサメザメ泣いたりする。坊ちゃまのちょっと小うるさいバアヤ。
「将来さ、世那くんが結婚――なんてことになったら、写真、送ってよね」
できれば、小学校の入学式とか卒業式も。式に参加することは、さすがに親族でもなんでもない他人なんだから無理だろうけど。「世那くん、こんなにおっきくなったんだ~」ぐらいの感慨は味あわせて欲しい。
「わかった。その時は、特等席に招待するよ。お前がここまで大きくなれたのは、この人のおかげだぞって、世那に伝えるよ」
坊ちゃまが、小うるさいなあって顔をしかめながらも、案外バアヤを大事にしてるみたいに?
「おおげさだなあ。私が関われるのは、世那くんの長い人生のほんのちょびっとにすぎないって」
多分だけど、世那くんが幼稚園にでも入園してしまえば、私の役割は終わりになる。それか、私が自分の人生を、新しい就職先と新居を見つけてしまえば。ベビーシッターなんてそんなものなんだから、招待されるほど感謝されるのは違うと思う。
入学式や卒業式について行ったとしても、私は、「入学式」って書かれた看板の前に立つ二人を写す写真係。記録はしても、記録に残らない係。
膝についた土を払って立ち上がる。
「ほぉら、世那くん、待て待て~」
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