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巻の一、純愛のため、後宮から追い出されました
「梨花! よくぞ無事で」
家に入った途端、両手を広げ、わたしを迎える父さま。続く兄さまその一、その二、その三。
「よく帰ってきた!」
「待ってたぞ!」
「梨花!」
家に帰って。
出迎えてくれるのはうれしいけど、だからって。
「父さま、泣かないでください。兄さまたちも――」
暑苦しい。抱きしめないで。
言いたかったのに、伸びてきた八本の手でもみくちゃにされて、喋ることすらできなくなった。
抱きしめ。撫でられ。また抱きしめられて。
幼い子の持ってる人形だって、こんな目には遭わないだろうってぐらいのもみくちゃ。
お願い。言葉はともかく、息するぐらいの隙間は空けて!
「皆さま! 梨花さまが苦しがってますわよ!」
そんなウチの男どもに、ピシャっと雷が落ちる。
「義姉さま……」
屋敷の奥から出てきた(というか、出てきてたんだけど、男どもで見えなかった)義姉。その怒った顔に、男どもが怯えたようにわたしと義姉の間の道を開けた。
「お帰りなさい、梨花さま」
優しい声。優しい眼差し。
そして、開放されたわたしの手をそっと取った、義姉の優しく温かい手。
「お疲れでしょう。お湯を用意しておきましたから。ゆっくり入っていらして」
「……うん。ありがとう、ございます」
お礼を言いたいのに。言葉が喉の奥でつっかえる。
今、なにかを話せば、絶対泣く。どれだけ我慢しようとしても、勝手に涙がこぼれる。
兄たちが開いた道。そこを、義姉に手を引かれ、歩いていく。
兄たちの騒々しさも。義姉の優しさも。歩いてく回廊も。見える庭の木も。
三年ぶりだというのに、何も変わってない我が家。
(帰ってきたんだ……)
深い感慨と、涙を呼び起こす。
帰ってきたんだ。帰ってきたんだ、わたし。帰ってきちゃったんだ、わたし。
用意されていた湯船に一人浸かって。
両手で湯をすくい上げ、ピチャッと顔にぶつける。でないと、涙がさらに溢れそうになるから。
安堵。安心。悲嘆。忸怩。憤怒。
いろんな感情が、温かいお湯に溶けていく。
*
――私は、この玲麗のみを妃とし、愛しぬく!
そう、この国の皇太子殿下が宣言したのは、三ヶ月前。
なんでも、その玲麗さまとの間に、「真実の愛」ってヤツを見つけたとかなんとかで。
――後宮に残りたい者は残ってもよいが、私からの寵愛を望むなら無駄なことだ!
とかなんとか。
つまり。
ボクちゃん、大好き玲麗しか相手しないから。後宮に残ってもいいけど、愛されようと思わないでね!
ってこと。
(なんじゃそりゃあぁぁぁっ!)
怒ったのは、わたしだけじゃない。
臣下を始め、集められてた寵姫候補たちも、寵姫候補の家族も、皇太子の父親である皇帝陛下も激怒した。
皇太子溺愛の玲麗が、街の料理屋の娘で、宦官が「コイツ、皇太子が好きそうな顔してんな」で集めてきただけの娘ってこともある。そんな身分低い娘が皇太子妃になるなんて! ってやつ。
でも、わたしを含め、寵姫候補たちからすれば。
「お前の父ちゃんが集まれ、集めよって言ったから、集まったのにっ! ウガアッ!」
ってやつ。
そう。
別に、自分から「ワタクシなんていかがですか、ホホホ」で後宮に自分を売り込みに行ったわけじゃない。皇帝から「息子の妃候補として集まれ」って命じられたから、「十五歳以上の娘は来い」って命じられたから、家のために後宮に集っただけ。
それなのに。
(な~に~が~、「真実の愛」よ)
「ハンッ」って鼻で笑っちゃうわよ。
最終的に、「家のために出てきて、妃になれず、おめおめと家に帰れるものか」と、愛されないとわかっていても後宮に残ろうとした候補もいたけど。
――玲麗が、他の候補からイジメられて悲しんでる! 犯人を詮索する気はないが、これ以上誰も後宮に置いておくわけにはいかない。出てけ!
だった。
「イジメられても、犯人を罰そうとしない、優しい玲麗に感謝しろ」とかなんとか。
(ハッ。バッカバカしい)
そりゃあ、身分の低いを心良くは思ってなかったけど。だからって、イジメたりしてないっての。
それも、イジメの内容は、「皇太子が用意してくれた衣や宝玉が失くなった」とか、「挨拶しても無視された」とか。
衣や宝玉なら、アンタの室でそれを管理してた女官を疑ってよと思うし、挨拶は、身分上の者から声かけられて、それから下の者が返事をするもので、街娘でしかない玲麗からするのは間違ってる。それに、規則破りであっても挨拶されたら、返事ぐらいしてると思うけど。
他にも、四阿でお茶をしてるのに呼ばれなかったとかもあったけど、普通、お茶に呼ばれるのは、仲の良い相手か、同じ身分程度の家の娘だけ。ダレダレには頻繁に呼ばれるけど、ソレソレのお茶会には呼ばれない――なんてことは普通にある。それを、仲間はずれ、イジメだって、皇太子を通じて詰られても……。
(ハァッ。もういっかぁ……)
こうして家に帰ってきたんだし。
家のために後宮に入ったけど、要らないって言われるのなら、「はい、そうですか。お世話になりました」で、「じゃあ、お幸せに。さよなら」で終わり。
(別に皇太子妃にも、皇后にも興味ないし)
浴槽の淵に顎を載せ、うつ伏せになる。
皇太子妃もなにも、そもそも皇太子本人に会ったこと、ほとんどないし。「好き」って思ったこともないし。
わたしは家のために。適齢の娘、婚約者がいるわけでもないのに、命令通り後宮に入らないと、父さまや兄さまたちの立場が悪くなるから。
家のために。わたしは三年間、女としての適齢期を、後宮で過ごしてきた。
(この先、どうしよっかな~)
父さまも兄さまたちも、喜んで迎えてくれたし。義姉さまだって、小姑が帰ってきたのに、嫌な顔一つなさらなかったし。それどころか、こんなふうにお湯を用意してくれるぐらい、労ってくださるし。
(しばらくは、ここでゆっくりさせてもらおうかな~)
十八にもなって結婚してないってのは、色々言われそうだけど、後宮に入ってたんだから仕方ない。
(でも、二十歳までには、結婚したほうがいいかな~)
グルンと体勢を直して、もう一度、お湯をすくい上げる。
後宮に入っていた娘。
寵愛を受けられずに返された娘。
婚姻の適齢期は、もうギリギリ。
――寵愛を受けられなかったということは、醜女なのでは?
――いやいや、あの「真実の愛を見つけた」殿下ですから。
――でも、街娘でしかなかった玲麗さまに負けたのでしょう? だから、追い出された。
――もう十八ですしなあ。
いろんな声が聴こえた気がして、バシャッと殴りつけるように、顔にお湯をかぶせる。
後宮から追い出されたこと。後宮にいたせいで適齢期が終わりそうになってること。寵愛を受けなかったこと。
それって、全部、わたしが悪いって言うの?
(アホらし)
軽く鼻を鳴らして、湯船から上がる。
わたしはわたし。
誰かから寵愛されなくても、愛する家族のために使命は果たしてきた。それ以上でもそれ以下でもない。
(――って、アレ? ナニコレ)
湯船から上がって、湯女たちに布で体を拭いもらって。
(新しい……衣?)
湯女たちと入れ替わるようにやってきた侍女たち。
捧げ持ってきた衣を、いそいそとわたしに着せにかかる。
赤地の布に施された吉祥文様。金糸まで使われててとっても豪華。裳も、砧で打ったのか、とても肌触りよく滑らかで光沢もある。
(父さま、いくらなんでも、これはお金かけすぎでしょ)
後宮で相手にされず、失意のなかで帰って来る娘のために?
家のために、三年も頑張ってくれた娘のために?
(親バカよねえ……)
ここからのわたしの人生、この家のお荷物でしかないんだから。わたしを慰めるにしても、こんな豪華な、お金なんてかけなくていいのに。
って、思ってたんだけど。
「え? ちょっ……」
豪華なのは衣装だけじゃない。
少し濡れた髪を何度も梳られ、油を塗られ。おろした髪を軽く結われ、トドメに豪華な簪を挿された。
「お嬢さま、旦那さまがお客さまとご一緒にお待ちでございます」
深々と、顔見知りの侍女、玉鈴が頭を垂れる。
「お客さま?」
父さまにお客が来るのは珍しいことじゃない。でも。
(「お待ち」って何?)
その説明だと、そのお客さまは、父さまといっしょに、わたしを待ってるって感じだけど?
てっきり、後宮の垢を落として、「梨花、お帰りなさい会」とか、「ご苦労だったね、ということで宴会! 酒だ酒! 朝まで飲みまくるぞ! 会」が行われるのかと思ってたのに。
「――おお、梨花。待っていたぞ」
玉鈴に案内された、庭の四阿。
目ざとくわたしを見つけた父と、そのお客さまがほぼ同時に立ち上がる。
(――って、誰?)
見たことあるような……、でもないような……。
記憶の中に、あるようなないような面差し。
若い……、すぐ上の兄と同じぐらいの年格好の……、武官?
腰に下げた剣の様になり具合から、そう想定する。けど……、誰?
「お久しぶりです、梨花姫」
武官が、にこやかに拱手をもって話す。
けど、「その声に聞き覚えは?」と訊かれても、「ハテ?」としか答えられないだろうわたし。
顔と同じで、声も聞いたことあるようなないような。記憶が曖昧。
でも「お久しぶり」って言われるんだから、最低一回以上会ったことある、面識ある相手なんだよね?
「梨花、覚えておらぬのか」
わたしがおかしな顔をしてたんだろう。父が深くため息を吐いて、額を押さえる。
「呉将軍の三男、呉明順殿だ。幼い頃、よく遊んでもらっていただろう?」
「――へ?」
呉……明順? 明順って。
「ま、まさか……」
「十年ぶりですからね。梨花姫が忘れていても無理はないですよ」
と、彼が苦笑しながら、わたしの味方をしてくれるけど。
(明順って、まさかあの明順っ!?)
頭のなかが大混乱。
忘れてたわけじゃない。ただ、目の前にいる男性と記憶のなかの明順が繋がらなかっただけ。
今だって、「言われてよぉく見てみれば、その面影あるかな~」、あるっちゃああるけど、ないって言われても頷きそう。
「――梨花姫」
明順が、わたしの前でスッと膝をついた。
「先ほど、お父上にもお話しさせていただいたのですが」
そして、流れるように、わたしの手を取る。
「どうか。どうか私の妻になっていただけないだろうか」
家に入った途端、両手を広げ、わたしを迎える父さま。続く兄さまその一、その二、その三。
「よく帰ってきた!」
「待ってたぞ!」
「梨花!」
家に帰って。
出迎えてくれるのはうれしいけど、だからって。
「父さま、泣かないでください。兄さまたちも――」
暑苦しい。抱きしめないで。
言いたかったのに、伸びてきた八本の手でもみくちゃにされて、喋ることすらできなくなった。
抱きしめ。撫でられ。また抱きしめられて。
幼い子の持ってる人形だって、こんな目には遭わないだろうってぐらいのもみくちゃ。
お願い。言葉はともかく、息するぐらいの隙間は空けて!
「皆さま! 梨花さまが苦しがってますわよ!」
そんなウチの男どもに、ピシャっと雷が落ちる。
「義姉さま……」
屋敷の奥から出てきた(というか、出てきてたんだけど、男どもで見えなかった)義姉。その怒った顔に、男どもが怯えたようにわたしと義姉の間の道を開けた。
「お帰りなさい、梨花さま」
優しい声。優しい眼差し。
そして、開放されたわたしの手をそっと取った、義姉の優しく温かい手。
「お疲れでしょう。お湯を用意しておきましたから。ゆっくり入っていらして」
「……うん。ありがとう、ございます」
お礼を言いたいのに。言葉が喉の奥でつっかえる。
今、なにかを話せば、絶対泣く。どれだけ我慢しようとしても、勝手に涙がこぼれる。
兄たちが開いた道。そこを、義姉に手を引かれ、歩いていく。
兄たちの騒々しさも。義姉の優しさも。歩いてく回廊も。見える庭の木も。
三年ぶりだというのに、何も変わってない我が家。
(帰ってきたんだ……)
深い感慨と、涙を呼び起こす。
帰ってきたんだ。帰ってきたんだ、わたし。帰ってきちゃったんだ、わたし。
用意されていた湯船に一人浸かって。
両手で湯をすくい上げ、ピチャッと顔にぶつける。でないと、涙がさらに溢れそうになるから。
安堵。安心。悲嘆。忸怩。憤怒。
いろんな感情が、温かいお湯に溶けていく。
*
――私は、この玲麗のみを妃とし、愛しぬく!
そう、この国の皇太子殿下が宣言したのは、三ヶ月前。
なんでも、その玲麗さまとの間に、「真実の愛」ってヤツを見つけたとかなんとかで。
――後宮に残りたい者は残ってもよいが、私からの寵愛を望むなら無駄なことだ!
とかなんとか。
つまり。
ボクちゃん、大好き玲麗しか相手しないから。後宮に残ってもいいけど、愛されようと思わないでね!
ってこと。
(なんじゃそりゃあぁぁぁっ!)
怒ったのは、わたしだけじゃない。
臣下を始め、集められてた寵姫候補たちも、寵姫候補の家族も、皇太子の父親である皇帝陛下も激怒した。
皇太子溺愛の玲麗が、街の料理屋の娘で、宦官が「コイツ、皇太子が好きそうな顔してんな」で集めてきただけの娘ってこともある。そんな身分低い娘が皇太子妃になるなんて! ってやつ。
でも、わたしを含め、寵姫候補たちからすれば。
「お前の父ちゃんが集まれ、集めよって言ったから、集まったのにっ! ウガアッ!」
ってやつ。
そう。
別に、自分から「ワタクシなんていかがですか、ホホホ」で後宮に自分を売り込みに行ったわけじゃない。皇帝から「息子の妃候補として集まれ」って命じられたから、「十五歳以上の娘は来い」って命じられたから、家のために後宮に集っただけ。
それなのに。
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「ハンッ」って鼻で笑っちゃうわよ。
最終的に、「家のために出てきて、妃になれず、おめおめと家に帰れるものか」と、愛されないとわかっていても後宮に残ろうとした候補もいたけど。
――玲麗が、他の候補からイジメられて悲しんでる! 犯人を詮索する気はないが、これ以上誰も後宮に置いておくわけにはいかない。出てけ!
だった。
「イジメられても、犯人を罰そうとしない、優しい玲麗に感謝しろ」とかなんとか。
(ハッ。バッカバカしい)
そりゃあ、身分の低いを心良くは思ってなかったけど。だからって、イジメたりしてないっての。
それも、イジメの内容は、「皇太子が用意してくれた衣や宝玉が失くなった」とか、「挨拶しても無視された」とか。
衣や宝玉なら、アンタの室でそれを管理してた女官を疑ってよと思うし、挨拶は、身分上の者から声かけられて、それから下の者が返事をするもので、街娘でしかない玲麗からするのは間違ってる。それに、規則破りであっても挨拶されたら、返事ぐらいしてると思うけど。
他にも、四阿でお茶をしてるのに呼ばれなかったとかもあったけど、普通、お茶に呼ばれるのは、仲の良い相手か、同じ身分程度の家の娘だけ。ダレダレには頻繁に呼ばれるけど、ソレソレのお茶会には呼ばれない――なんてことは普通にある。それを、仲間はずれ、イジメだって、皇太子を通じて詰られても……。
(ハァッ。もういっかぁ……)
こうして家に帰ってきたんだし。
家のために後宮に入ったけど、要らないって言われるのなら、「はい、そうですか。お世話になりました」で、「じゃあ、お幸せに。さよなら」で終わり。
(別に皇太子妃にも、皇后にも興味ないし)
浴槽の淵に顎を載せ、うつ伏せになる。
皇太子妃もなにも、そもそも皇太子本人に会ったこと、ほとんどないし。「好き」って思ったこともないし。
わたしは家のために。適齢の娘、婚約者がいるわけでもないのに、命令通り後宮に入らないと、父さまや兄さまたちの立場が悪くなるから。
家のために。わたしは三年間、女としての適齢期を、後宮で過ごしてきた。
(この先、どうしよっかな~)
父さまも兄さまたちも、喜んで迎えてくれたし。義姉さまだって、小姑が帰ってきたのに、嫌な顔一つなさらなかったし。それどころか、こんなふうにお湯を用意してくれるぐらい、労ってくださるし。
(しばらくは、ここでゆっくりさせてもらおうかな~)
十八にもなって結婚してないってのは、色々言われそうだけど、後宮に入ってたんだから仕方ない。
(でも、二十歳までには、結婚したほうがいいかな~)
グルンと体勢を直して、もう一度、お湯をすくい上げる。
後宮に入っていた娘。
寵愛を受けられずに返された娘。
婚姻の適齢期は、もうギリギリ。
――寵愛を受けられなかったということは、醜女なのでは?
――いやいや、あの「真実の愛を見つけた」殿下ですから。
――でも、街娘でしかなかった玲麗さまに負けたのでしょう? だから、追い出された。
――もう十八ですしなあ。
いろんな声が聴こえた気がして、バシャッと殴りつけるように、顔にお湯をかぶせる。
後宮から追い出されたこと。後宮にいたせいで適齢期が終わりそうになってること。寵愛を受けなかったこと。
それって、全部、わたしが悪いって言うの?
(アホらし)
軽く鼻を鳴らして、湯船から上がる。
わたしはわたし。
誰かから寵愛されなくても、愛する家族のために使命は果たしてきた。それ以上でもそれ以下でもない。
(――って、アレ? ナニコレ)
湯船から上がって、湯女たちに布で体を拭いもらって。
(新しい……衣?)
湯女たちと入れ替わるようにやってきた侍女たち。
捧げ持ってきた衣を、いそいそとわたしに着せにかかる。
赤地の布に施された吉祥文様。金糸まで使われててとっても豪華。裳も、砧で打ったのか、とても肌触りよく滑らかで光沢もある。
(父さま、いくらなんでも、これはお金かけすぎでしょ)
後宮で相手にされず、失意のなかで帰って来る娘のために?
家のために、三年も頑張ってくれた娘のために?
(親バカよねえ……)
ここからのわたしの人生、この家のお荷物でしかないんだから。わたしを慰めるにしても、こんな豪華な、お金なんてかけなくていいのに。
って、思ってたんだけど。
「え? ちょっ……」
豪華なのは衣装だけじゃない。
少し濡れた髪を何度も梳られ、油を塗られ。おろした髪を軽く結われ、トドメに豪華な簪を挿された。
「お嬢さま、旦那さまがお客さまとご一緒にお待ちでございます」
深々と、顔見知りの侍女、玉鈴が頭を垂れる。
「お客さま?」
父さまにお客が来るのは珍しいことじゃない。でも。
(「お待ち」って何?)
その説明だと、そのお客さまは、父さまといっしょに、わたしを待ってるって感じだけど?
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「――おお、梨花。待っていたぞ」
玉鈴に案内された、庭の四阿。
目ざとくわたしを見つけた父と、そのお客さまがほぼ同時に立ち上がる。
(――って、誰?)
見たことあるような……、でもないような……。
記憶の中に、あるようなないような面差し。
若い……、すぐ上の兄と同じぐらいの年格好の……、武官?
腰に下げた剣の様になり具合から、そう想定する。けど……、誰?
「お久しぶりです、梨花姫」
武官が、にこやかに拱手をもって話す。
けど、「その声に聞き覚えは?」と訊かれても、「ハテ?」としか答えられないだろうわたし。
顔と同じで、声も聞いたことあるようなないような。記憶が曖昧。
でも「お久しぶり」って言われるんだから、最低一回以上会ったことある、面識ある相手なんだよね?
「梨花、覚えておらぬのか」
わたしがおかしな顔をしてたんだろう。父が深くため息を吐いて、額を押さえる。
「呉将軍の三男、呉明順殿だ。幼い頃、よく遊んでもらっていただろう?」
「――へ?」
呉……明順? 明順って。
「ま、まさか……」
「十年ぶりですからね。梨花姫が忘れていても無理はないですよ」
と、彼が苦笑しながら、わたしの味方をしてくれるけど。
(明順って、まさかあの明順っ!?)
頭のなかが大混乱。
忘れてたわけじゃない。ただ、目の前にいる男性と記憶のなかの明順が繋がらなかっただけ。
今だって、「言われてよぉく見てみれば、その面影あるかな~」、あるっちゃああるけど、ないって言われても頷きそう。
「――梨花姫」
明順が、わたしの前でスッと膝をついた。
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