彼女(寵姫)以外は要らないと、後宮をお払い箱にされましたが、幼馴染の猛虎将軍が溺愛してくれるので問題ありません

若松だんご

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巻の二、「結婚してください」……と言われても

 呉明順ミンジュン
 西鎮守将軍(通称、白虎将軍)、呉暁浩ジャオハオさまの三男。
 ウチのご近所さんで、幼い頃は、よく遊んでもらった……んじゃなくて、よく遊んであげた・・・・・・・・
 だって。

 (すっごく弱虫だったんだもん、明順ミンジュンって!)

 弱虫。泣き虫。ヘタレ虫。
 兄と同い年なのに、兄より小さくって。かけっこしたら、すぐコケるし。走る速さだって、年下で女のわたしと同程度。
 庭で虫を見つけただけで、怖がってベソをかいてた。
 食べ物だって好き嫌いが多くて、特に蕃茄が食べられなかった。
 線が細くて、わたしより裳が似合いそうな顔立ちをしてた。
 わたしと言い争いになると、いっつも「梨花リファの言う通りでいいよ」って言うヤツだった。ケンカにもならない。
 そんな明順ミンジュン
 彼の家には、上に年の離れた二人の兄がいて。父親同様、兄たちも将軍になっていて。
 長兄が北鎮守将軍(通称、玄武将軍)、次兄が南鎮守将軍(通称、朱雀将軍)。残る東方、東鎮守将軍(通称、青龍将軍)は彼の叔父という、呉家はバリバリの武官一族。
 家で武芸の鍛錬をするより、わたしの家のほうがいいと、よく遊びに来ていた。ううん。違うな。兄と遊ぶというのを口実に、わたしの家の書を読みに来ていた。家に遊びに来てもずっと書ばかり読んでる明順ミンジュンを、兄と二人で無理やり庭に連れ出してた。「遊びに来たんだから遊べ」とか、「そんな弱っちいことしてていいのか! わたしが鍛えてあげる!」とか。……うん。甘酸っぱい子どもの頃の思い出。(明順ミンジュンにとってみれば、年下の女の子にイジメられる、忘れたい悪夢かも)
 その明順ミンジュンが、明順ミンジュンがっ!

 (わっ、わたしを、つ、つつっ、妻にっ!?)

 思い出すだけで、顔から火を吹きそう。
 求婚されたのは、昼間。
 今は夜。もう一度湯に浸かって体を洗い、こうして自分の室に(三年ぶりに)戻ってきても、グルグルと同じことばかり考えてしまう。

 「――梨花リファさま。あまり動かないでくださいまし」

 後ろで、髪を梳いてくれていた玉鈴ユイリンに、グキッと首の音がなりそうなぐらい、無理やり前の鏡を見させられる。

 「呉家に嫁ぐ、呉家の奥方になるのですから、もう少し落ち着きをお持ちください」

 「ねえ、玉鈴ユイリン。アンタも賛成なの?」

 「なにがでございますか?」

 わかってるくせに。
 黙々と髪を梳こうとする彼女に、ちょっとだけムッとする。

 「わたしの結婚のことよ」

 「ええ。賛成でございますよ」

 答えながら。それでも玉鈴ユイリンの手は止まらない。
 
 「お嬢さまが、この家にとどまられても、何もよいことはございませんから」

 グッ。
 玉鈴ユイリンは、わたしの小さい頃から仕えてくれている侍女。義姉と同い年の彼女は、わたしの実姉のように、わたしのことをよくわかってくれているけど、その分、言い方に容赦がない。

 「旦那さまも、若旦那さまも若奥さまも、この家の誰もお嬢さまに『出ていけ! 邪魔だ! 出戻り女が!』とは仰らない、『ずっと、気の済むまでここにいていいよ』と仰るでしょう」

 ググ。
 邪魔。出戻り女。
 説明の端々にあるトゲが、思いっきりぶっ刺さってくる。
 でも、それって正論、世間一般的に見れば、わたしは出戻り女で、邪魔でしかない存在。父さまも兄さまたちも義姉さまも。誰も邪険にしてこなくても、わたしは後宮から追い出された邪魔者。

 「ですが、それに甘えていてはいけないと思うのです」

 何度も梳られたせいで、櫛は髪のどこにも引っかからず、スッと流れていく。

 「よいではないですか、呉家。武家として、この国で右に出るもののない名家ですし。その上、お嬢さまを是非にと仰ってくださってるのですから」

 「そ、それはそうなんだけど……」

 「白虎将軍に嫁げるなど。皇都の娘の憧れですわよ」

 「ふへ? 白虎将軍?」

 西鎮守将軍、白虎将軍は、彼の父親のはず……。
 彼は、明順ミンジュンは、その下で働くペーペーのはず。(親の七光りで、それなりの職はもらってるかもだけど)

 「ああ、お嬢さまはご存知なかったんですね。二年前、新たに白虎将軍に就かれたのは、あの明順ミンジュンさまでございますよ」

 「嘘っ!? ――アダッ!」

 驚きふり返ったら、無言で、首を直された。結構痛い。

 「お父上がお歳を召したことと、明順ミンジュンさまが軍功を立てたことで、その地位に就かれたそうですよ」

 「あの明順ミンジュンがっ!?」

 弱虫小虫の泣きべそ明順ミンジュンがっ!? 軍功っ!?

 「ええ。あの明順ミンジュンさまが、です。詳しくは、わたしも存じませんが、敵は二度と我が国に攻め入ることもできないぐらい、完膚なきまでに叩きのめされたそうです」

 「ほえぇぇ……」

 あの明順ミンジュンが。
 かけっこでもなんでも、わたしに勝てなかった明順ミンジュンが。蕃茄が食べられなくてベソかいてた明順ミンジュンが。わたしが引っ張り出さなきゃ、書庫から出てくることもなかった明順ミンジュンが。

 「若干二十二歳で白虎将軍。それでいて、筋肉隆々の粗野な戦馬鹿というわけでもなく、あのご容姿。皇都で、明順ミンジュンさまに惚れない娘などいないとまで言われております」

 「ほえぇぇぇ……」

 あの、あの明順ミンジュンが。
 線が細い、キレイな顔立ちってのは覚えていたし、今日だって、「ちょっとカッコいいな」ぐらいは思ったのよ、わたしでも。
 昔と違って、少し日に焼けて。キレイなんだけど、そこに男らしさも感じられて。背も高くなってたし。
 だから、すぐに明順ミンジュンだとわからなかったんだし。

 「そんな明順ミンジュンさまからのお申し出。お断りなさるとか、ありえません」

 「そ、そう?」

 玉鈴ユイリンの語気、圧が怖い。

 「ええ。同じ『ただ一人の女性しか愛さない教』の信者でも、皇太子殿下より明順ミンジュンさまのほうが、数倍、いえ、数十倍、数百倍素晴らしいですわ」

 ただ一人の女性しか愛さない教って。
 そんな宗派、いつの間にできたの? ってか。

 「明順ミンジュン、愛妾とかいないの?」

 皇都じゅうの娘の憧れの的なんだとしたら、一人や二人ぐらい、いや、十人二十人ぐらい囲っててもおかしくないんじゃない? 来る者拒まず、ウハウハ入れ食い状態。

 「いらっしゃらないそうですよ。戦場でも娼婦すら抱かない、朴念仁だと言われていたとか」

 「ほえぇぇぇぇ……」

 わたしも詳しくは知らないけど。
 戦場って、生死をかけて戦うせいか、ものすごく(色んな意味で)興奮するらしい。で。戦勝の宴とか、出陣前とか。そういう時に興奮をどうにかしたくて、女を抱くことがあるらしい。たとえ故郷に愛しい妻がいたとしても、ついつい女を抱いちゃうんだって。
 それなのに。

 (明順ミンジュン、愛妾いないんだ……)

 なぜか、心がホクッとした。

 「そんな明順ミンジュンさまが、お嬢さまを是非にと仰ってくださってるんです。お断りして家に留まる意味がわかりません」

 「うん……」

 というか、まだお断りするかお受けするかも決めてないんだけど。

 「それに。後宮でのことを早く忘れるためにも、嫁がれたほうがよろしいんです」

 「玉鈴ユイリン……」

 「こんなにお可愛らしいお嬢さまを要らないだなんて。明順ミンジュンさまと違って、皇太子殿下は見る目がなさすぎます」

 プンスカ。

 「それほど玲麗リンリーさまを想われてるんでしょ」

 玲麗リンリーさまをイジメるような他の候補を「要らない」って言っちゃうぐらい。

 「ただ一人を愛することを悪いとは申しません。ですが『要らない』はひどすぎます!」

 プンプン。
 
 「こっちは人生かけて後宮に赴いてるんですから。人をなんだと思ってるんですかって怒ってやりたいです」

 「ま、まあまあ……」

 落ち着いて。
 でないと、その怒りの髪梳きで、わたしの髪、ブチブチ引っこ抜かれそう。

 「それに、皇太子殿下がこうやってわたしを放出してくれたおかげで、明順ミンジュンから求婚されたわけだし」

 「それはそうなんですけど……」

 「明順ミンジュンなら、幼い頃から知ってるし。そりゃあ、かなり、結構見違えたけど、でも明順ミンジュン明順ミンジュン。知らない相手じゃないし、悪くないわと思ってるの」

 「お嬢さま……」

 求婚を受けるかどうか、迷ってたんだけど。
 こうして玉鈴ユイリンと喋ってて、なんとなくだけど、自分の身の末を決められた気がする。

 「明日、父さまに話すわ。明順ミンジュンの申し出、お受けするって」

 このまま家にいても、父さまたちは優しくしてくれるだろうけど、結局は、わたしは後宮の出戻り娘。
 明順ミンジュンの申し出を断ったところで、次にもっといい条件の男性が結婚を申し込んでくれる確証もない。
 それなら明順ミンジュンでいいじゃない。彼なら、気心も知れてるし、なにより「申し込んでくれるぐらい、わたしが好き」なんでしょ? 好きじゃなければ、こんな後宮出戻り女、嫁にもらう意味がわかんない。
 わたしを妻にすることで、わたしを溺愛してる父や兄に取り入る――ってことも考えられるけど、代々将軍の家系の、それも白虎将軍になった明順ミンジュンが、礼部侍郎で頭打ちしてる父さまに取り入ることの益がわからない。
 だから。
 だから――

 (本気で、わたしを欲しいって思ってくれてるの?)

 ハワワワワ。

 「だから、お嬢さま。動かないでくださいまし」

 熱くなってきた頬を押さえたら、またまた後ろからグキッと首を直された。
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