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巻の四、保護猫と愛人猫
「ほんと、不思議な方ですね、若旦那さまって」
「アンタもそう思う? 玉鈴」
温かな日差しのさしこむ窓際。わたしの髪を梳いてくれてる玉鈴に尋ねる。
「ええ。だって、あんなに早くお嬢さ……若奥さまを娶りたいって、楊家の旦那さまに申し込まれたのに、指一本触れるどころか、閨をともにされないなんて」
嫁いだわたしについてきてくれた玉鈴。まだわたしを「若奥さま」と呼ぶことに慣れていないらしい。
まあ、呼ばれたところで、わたしも慣れてないけど。
「私、てっきり若旦那さまは、若奥さまのことをずっと慕っておられて。お嬢さまが後宮からお帰りになったから、これを好機とお申し込みになったと思ってたのに」
髪を梳くことに夢中になってるからか。それとも話に夢中になってるせいか。途中から呼び名が「お嬢さま」になっちゃってるけど、まあ、二人しかいない室だし? わたしも気にしない。
「でも、若奥さまを大事に思ってることは間違いないですわよ」
「そうかしら?」
「そうですよ。お嬢……若奥さまが過ごしやすいよう、私をこちらで雇ってくださいましたし。室だって、こんな明るくて風の気持ちいい所をご用意いただいてるし」
確かに。
実家で雇っていた玉鈴をこちらで、わたし専属で雇い直してくれたのは明順。幼い頃から知ってる家でも、ゆっくりくつろぐには、気心知れた侍女がいたほうがいいだろうって、実家に交渉して、玉鈴を引き続きこちらでも仕えるようにしてくれた。
室だって、広くて、庭の木々を眺めることのできる明るい場所。
この家の主は、明順ではなく、彼の父親。わたしは息子の嫁に過ぎない。だから家のなか、本宅ではなく、脇に建つ棟が、わたしの居住空間なんだけど。その中でもおそらくだけど、一番大きくて明るい、過ごしやすい室が与えられた。そして、本宅の「奥さま」と呼ばれる方が暮らす室より立派なんじゃないってぐらい、それぐらい立派な調度品も揃ってる。
そしてなにより。
「何より、あの櫃ですわよ!」
「ああ、あの櫃ね」
「私、驚いたんでございますよ。あんなにご衣装を用意されてるだなんて」
うん。
それはわたしも驚いた。
わたしの暮らす場所として案内されたこの室。室から続く、侍女の控え室。それと衣装とかを仕舞っておく室。
その室に、デデドンといくつもおかれた櫃。
中に入っていたのは、これでもかってぐらい用意されてた衣装。
金糸銀糸で刺繍されてるのは当たり前。砧を打った、柔らかく肌触りのいい絹。カゲロウの羽根より薄いキレイな領巾。簪だって、いったいどれだけの頭に挿すつもりよってぐらい、たくさん取り揃えられてた。もちろん、靴も団扇も。わたし、ムカデにでもなっちゃったのって数。
明順は、「とりあえず、必要そうなものは揃えたけど、足りなかったら言ってくれ」みたいなこと言ってたけど。
(こんなの、一生かかっても使い切れないっての!)
毎日使い捨てていっても、一生使い切れないんじゃないかってぐらい揃えられてる。これで「足りない」なんて言えるわけがない。言えるはずがない。
一応、わたしも輿入れとして父さまたちが用意してくれたのもあるから。使い切れずに寿命が来ることは確実っぽい。
とりあえず。とりあえず、呉家の財力と、彼の愛情らしきものは感じられる櫃の圧。
(でもさ。そこまでわたしを大事にしてるってのならさ)
「どうしました、若奥さま」
「な、なんでもないわ」
黙りこくったわたしに、軽く首を傾げた玉鈴が目の前の鏡に映る。
「それに、お優しい旦那さまでよろしかったですわ」
「そう?」
「ええ。若奥さまの御心が落ち着かれるまで。それまでゆっくりしてていいだなんて。普通の男ならそんなこと申しませんよ」
「そうかな」
「そうですわよ」
そこで会話が途切れる。
玉鈴が最後の仕上げ、少しだけまとめた髪に簪を挿す工程に入ったからだ。
結婚したのだから、髪を全部まとめて結い上げてもいいのに。まだ微妙な立場だからか、髪は、後頭部で少しまとめるだけで、あとは娘時代と同じで、背に長く下ろされる格好になった。
(大事に……ねえ)
その言葉はかなり微妙。
――夫婦のことだって、別に焦らない。昔みたいに、ここに遊びに来ていた時のように、普通に過ごしてもらえばいい。
わたしを迎えてくれた初日。
わたしに手を出さない宣言してきた明順。
手を出されないのは……正直うれしい。
結婚はしたけれど、だからって、はいそうですかって身を差し出すのはちょっと抵抗がある。「ちょっと」じゃないな。「めちゃくちゃ」抵抗ある。
でも。
(だとしたら、どうして明順は、わたしと結婚したわけ?)
結婚したら、かならず男女の仲にならなきゃいけない――なんてことはないかもしれない。世の中には、互いの利益のために結婚して、男女の関係は持たないって夫婦もいるって聞く。だから、そういう関係ナシの夫婦でいたいっていうのなら……、いうのなら……。
(ああっ! もうっ!)
じゃあなんで結婚なんて申し込んだのよ!
この結婚に、どんな益があったわけ?
益もないのに結婚した? どうして?
考えれば考えるほど、頭の中がワシャワシャとこんがらがる。「うがぁっ!」って、整えてもらったばかりの髪を掻きむしりたくなる。
そりゃあ、そりゃあさ。
わたしなんて、胸もささやかで女らしい体つきかと言われれば微妙かもしれないけどさ。後宮に上がったところで、皇太子殿下の目にもとまらなかった(今は、とまらなくて良かったと心の底から思ってる)、そのへんの景色に埋もれてしまいそうな顔立ちだしさ。
こうして、「結婚して欲しい」って望まれて嫁げたのは、ほんと、ありがたいんだけどさ。
だから、「こんな好機は二度とない!」ってことで、即答飛びついちゃったわけだし。
でも。でも、でも、でも。
なんの手出しもしない。されない。
それでいいのかな? ぐらいは思うわけよ。
積極的に手出ししてほしいわけじゃないけど、このままでいいのかな、ダメでしょぐらいは思うのよ。
――愚痴でもノロケでも。いくらでもお聞きいたしますわ。
――わたくしたちは、いつでもアナタの味方ですからね。
そう仰ってくださった義姉たち。
でもさ。
――結婚したのに、夫が手を出してくれないんですぅ。わたし、夫をムラムラさせるために、どうしたらいいんでしょう。
なんて相談できるわけないじゃない。
義姉たちのことだから、解決策を授けてくれるかもしれないけど。でも、その前に恥ずかしくて、話題に出せない! 冷静な夫を前に、一人わたしだけ盛ってるみたいじゃない。夫が欲しいの。体が疼くの。愛されたいのってさ。
痴女じゃん、そんなの。
(せめて、明順からなにかあれば……、ないのよねえ。なにも)
心のなかで深くため息をつく。
わたしがこの家にやって来た時に宣言した通り、明順は、ないもしてこない。してこないどころか、顔を合わすこともない。
朝早くどこかに出かけて。
一応は、「出かける」んだから「帰ってきてる」んだけど。(でなきゃ、出かけっぱなしになる) 夜遅くに帰ってくるもんだから、全然会えてない。一度、頑張って起きて帰りを出迎えてみたけど、「そんなことしなくていい。早く寝なさい」で終わられてしまった。
帰ってきても、わたしの室を訪れるとか、夫婦なんだからと寝台に潜り込んでくることもない。
朝まで夫婦別室。キヨイ仲。
(まったく。なんのために結婚したんだろ)
父さまへの結婚申込みから同居までは、とても早く決まっていったのに。そこから先の夫婦らしいことは一つもない。
(どっちかというと、庇護者よねぇ)
夫というより庇護者。
後宮から、「コイツ、いらね」でポイ捨てされた、顔見知りの猫(わたし)がいたから、哀れに思って、飼い主立候補した――みたいな。
「かわいそうに、ヨシヨシ。これからは僕の家にいたらいいよ」は、言ってくれるけど、「コイツ、なんて愛らしいんだ!」とは頬ずりしてくれない――みたいな。餌や寝床はくれるけど、それ以上のことはしてくれない飼い主。
(出かけてるのだって、本命の猫がいるからかも……)
可哀想な知り合い猫を引き取ったけど、本命は別にいて。父さまたちの手前、その本命も家に置くことはできなくて。(娼婦とかの可能性もアリ)
明順「すまないね。つい、捨てられたあの猫に同情を寄せてしまったばかりに」
愛人猫「かまいませんわ。わたくし、アナタのそんな優しさが好きですのよ」
(酒飲む明順にしなだれかかる愛人猫)
愛人猫「それに。アナタはこうして会いに来てくださる。妻にはなれませんでしたけど、わたくしのこと忘れずにいてくださって、とてもうれしゅうございますわ」
明順「愛人猫……」
愛人猫「本当は、このまま泊まっていって欲しいのですけど」
(明順の太ももに、指をあててイジイジ)
明順「すまない。あの猫を放置して、騒がれたら面倒だから」
愛人猫「わかっておりますわ。無理は申しません」
明順「あの時の自分が恨めしいよ。変な同情なんて寄せずに、キミだけを見ていたら良かったのに。おかげで、こうして一日中、家を離れなきゃいけないことになった」
愛人猫「過ぎたことは悔やんでも仕方ありません。そ、れ、に。こうして毎日通い詰めてくださるのだから、問題ありませんわ」
(フフッとつややかに色っぽく微笑む愛人猫。その笑みを見ながら、明順が杯を置く)
明順「愛人猫……」
愛人猫「あら。いけませんわ、こんな昼間から……」
(とか言いながら、本気で抵抗せず、流されるように明順に抱かれる愛人猫)
って!
止め! やめーいっ!
変な想像するんじゃありませんっ!
愛人猫「そんなお優しい方だから、わたくしのことも忘れずお通いくださるのですから」
とか、
愛人猫「夜に離れることで、愛しさが募りますの。そして次にお会いできた時に、わたくし、アナタをお慕いしてることを痛感して。何度も恋に落ちている。そんな気分になれるんですの。ですから、寂しくなぞありませんわ」
(微笑むのに、ポロリと一筋の涙をこぼす愛人猫。その涙に、明順がほだされる)
なんて、余計な続編も考えつくんじゃないっての!
一瞬、「素敵! こんなの思いつくなんて、わたし物書きになれるんじゃないっ!?」みたいな高揚感来たけど、来るんじゃないワクワク!
そういうのは、想像の青年と美姫で考えるもので、夫と愛人(存在不明)でやるもんじゃないの!
「梨花さま?」
簪を挿して、髪を整えてくれた玉鈴が怪訝な顔をした。
「なっ、なんでもないわっ!」
アホな想像をグルグルさせてただけです。
「と、とりあえず。髪、ありがとう。すごくいいわ」
ちょっと頭をゆらして、鏡の中に映る自分を確認。
つややかな黒髪。挿した簪からぶら下がる玉が揺れる。
着てる衣装はとっても豪華。公主さまでも持ってないんじゃないかってぐらい、刺繍のいっぱい施された豪奢な普段着。(普段着なんだ、これで)
だけど。
(十人並み……)
その真ん中に映るわたしの顔。
化粧を施してもたぶん、映えない顔。父さまや兄さまたちは「かわいい」と言ってくれるけど、「きれい」とは言ってくれない。それは「かわいい」が家族の贔屓目から出てる言葉だから。
「とりあえず。ゆっくりしてるから。玉鈴もゆっくりしてなさい。着替え、手伝ってくれてありがと」
鏡から目を離し、ふり返って玉鈴をねぎらう。
ここで沈んだ顔してたら、心配かけちゃう。
だから。だからブサイクでも精一杯の笑顔を作る。
「アンタもそう思う? 玉鈴」
温かな日差しのさしこむ窓際。わたしの髪を梳いてくれてる玉鈴に尋ねる。
「ええ。だって、あんなに早くお嬢さ……若奥さまを娶りたいって、楊家の旦那さまに申し込まれたのに、指一本触れるどころか、閨をともにされないなんて」
嫁いだわたしについてきてくれた玉鈴。まだわたしを「若奥さま」と呼ぶことに慣れていないらしい。
まあ、呼ばれたところで、わたしも慣れてないけど。
「私、てっきり若旦那さまは、若奥さまのことをずっと慕っておられて。お嬢さまが後宮からお帰りになったから、これを好機とお申し込みになったと思ってたのに」
髪を梳くことに夢中になってるからか。それとも話に夢中になってるせいか。途中から呼び名が「お嬢さま」になっちゃってるけど、まあ、二人しかいない室だし? わたしも気にしない。
「でも、若奥さまを大事に思ってることは間違いないですわよ」
「そうかしら?」
「そうですよ。お嬢……若奥さまが過ごしやすいよう、私をこちらで雇ってくださいましたし。室だって、こんな明るくて風の気持ちいい所をご用意いただいてるし」
確かに。
実家で雇っていた玉鈴をこちらで、わたし専属で雇い直してくれたのは明順。幼い頃から知ってる家でも、ゆっくりくつろぐには、気心知れた侍女がいたほうがいいだろうって、実家に交渉して、玉鈴を引き続きこちらでも仕えるようにしてくれた。
室だって、広くて、庭の木々を眺めることのできる明るい場所。
この家の主は、明順ではなく、彼の父親。わたしは息子の嫁に過ぎない。だから家のなか、本宅ではなく、脇に建つ棟が、わたしの居住空間なんだけど。その中でもおそらくだけど、一番大きくて明るい、過ごしやすい室が与えられた。そして、本宅の「奥さま」と呼ばれる方が暮らす室より立派なんじゃないってぐらい、それぐらい立派な調度品も揃ってる。
そしてなにより。
「何より、あの櫃ですわよ!」
「ああ、あの櫃ね」
「私、驚いたんでございますよ。あんなにご衣装を用意されてるだなんて」
うん。
それはわたしも驚いた。
わたしの暮らす場所として案内されたこの室。室から続く、侍女の控え室。それと衣装とかを仕舞っておく室。
その室に、デデドンといくつもおかれた櫃。
中に入っていたのは、これでもかってぐらい用意されてた衣装。
金糸銀糸で刺繍されてるのは当たり前。砧を打った、柔らかく肌触りのいい絹。カゲロウの羽根より薄いキレイな領巾。簪だって、いったいどれだけの頭に挿すつもりよってぐらい、たくさん取り揃えられてた。もちろん、靴も団扇も。わたし、ムカデにでもなっちゃったのって数。
明順は、「とりあえず、必要そうなものは揃えたけど、足りなかったら言ってくれ」みたいなこと言ってたけど。
(こんなの、一生かかっても使い切れないっての!)
毎日使い捨てていっても、一生使い切れないんじゃないかってぐらい揃えられてる。これで「足りない」なんて言えるわけがない。言えるはずがない。
一応、わたしも輿入れとして父さまたちが用意してくれたのもあるから。使い切れずに寿命が来ることは確実っぽい。
とりあえず。とりあえず、呉家の財力と、彼の愛情らしきものは感じられる櫃の圧。
(でもさ。そこまでわたしを大事にしてるってのならさ)
「どうしました、若奥さま」
「な、なんでもないわ」
黙りこくったわたしに、軽く首を傾げた玉鈴が目の前の鏡に映る。
「それに、お優しい旦那さまでよろしかったですわ」
「そう?」
「ええ。若奥さまの御心が落ち着かれるまで。それまでゆっくりしてていいだなんて。普通の男ならそんなこと申しませんよ」
「そうかな」
「そうですわよ」
そこで会話が途切れる。
玉鈴が最後の仕上げ、少しだけまとめた髪に簪を挿す工程に入ったからだ。
結婚したのだから、髪を全部まとめて結い上げてもいいのに。まだ微妙な立場だからか、髪は、後頭部で少しまとめるだけで、あとは娘時代と同じで、背に長く下ろされる格好になった。
(大事に……ねえ)
その言葉はかなり微妙。
――夫婦のことだって、別に焦らない。昔みたいに、ここに遊びに来ていた時のように、普通に過ごしてもらえばいい。
わたしを迎えてくれた初日。
わたしに手を出さない宣言してきた明順。
手を出されないのは……正直うれしい。
結婚はしたけれど、だからって、はいそうですかって身を差し出すのはちょっと抵抗がある。「ちょっと」じゃないな。「めちゃくちゃ」抵抗ある。
でも。
(だとしたら、どうして明順は、わたしと結婚したわけ?)
結婚したら、かならず男女の仲にならなきゃいけない――なんてことはないかもしれない。世の中には、互いの利益のために結婚して、男女の関係は持たないって夫婦もいるって聞く。だから、そういう関係ナシの夫婦でいたいっていうのなら……、いうのなら……。
(ああっ! もうっ!)
じゃあなんで結婚なんて申し込んだのよ!
この結婚に、どんな益があったわけ?
益もないのに結婚した? どうして?
考えれば考えるほど、頭の中がワシャワシャとこんがらがる。「うがぁっ!」って、整えてもらったばかりの髪を掻きむしりたくなる。
そりゃあ、そりゃあさ。
わたしなんて、胸もささやかで女らしい体つきかと言われれば微妙かもしれないけどさ。後宮に上がったところで、皇太子殿下の目にもとまらなかった(今は、とまらなくて良かったと心の底から思ってる)、そのへんの景色に埋もれてしまいそうな顔立ちだしさ。
こうして、「結婚して欲しい」って望まれて嫁げたのは、ほんと、ありがたいんだけどさ。
だから、「こんな好機は二度とない!」ってことで、即答飛びついちゃったわけだし。
でも。でも、でも、でも。
なんの手出しもしない。されない。
それでいいのかな? ぐらいは思うわけよ。
積極的に手出ししてほしいわけじゃないけど、このままでいいのかな、ダメでしょぐらいは思うのよ。
――愚痴でもノロケでも。いくらでもお聞きいたしますわ。
――わたくしたちは、いつでもアナタの味方ですからね。
そう仰ってくださった義姉たち。
でもさ。
――結婚したのに、夫が手を出してくれないんですぅ。わたし、夫をムラムラさせるために、どうしたらいいんでしょう。
なんて相談できるわけないじゃない。
義姉たちのことだから、解決策を授けてくれるかもしれないけど。でも、その前に恥ずかしくて、話題に出せない! 冷静な夫を前に、一人わたしだけ盛ってるみたいじゃない。夫が欲しいの。体が疼くの。愛されたいのってさ。
痴女じゃん、そんなの。
(せめて、明順からなにかあれば……、ないのよねえ。なにも)
心のなかで深くため息をつく。
わたしがこの家にやって来た時に宣言した通り、明順は、ないもしてこない。してこないどころか、顔を合わすこともない。
朝早くどこかに出かけて。
一応は、「出かける」んだから「帰ってきてる」んだけど。(でなきゃ、出かけっぱなしになる) 夜遅くに帰ってくるもんだから、全然会えてない。一度、頑張って起きて帰りを出迎えてみたけど、「そんなことしなくていい。早く寝なさい」で終わられてしまった。
帰ってきても、わたしの室を訪れるとか、夫婦なんだからと寝台に潜り込んでくることもない。
朝まで夫婦別室。キヨイ仲。
(まったく。なんのために結婚したんだろ)
父さまへの結婚申込みから同居までは、とても早く決まっていったのに。そこから先の夫婦らしいことは一つもない。
(どっちかというと、庇護者よねぇ)
夫というより庇護者。
後宮から、「コイツ、いらね」でポイ捨てされた、顔見知りの猫(わたし)がいたから、哀れに思って、飼い主立候補した――みたいな。
「かわいそうに、ヨシヨシ。これからは僕の家にいたらいいよ」は、言ってくれるけど、「コイツ、なんて愛らしいんだ!」とは頬ずりしてくれない――みたいな。餌や寝床はくれるけど、それ以上のことはしてくれない飼い主。
(出かけてるのだって、本命の猫がいるからかも……)
可哀想な知り合い猫を引き取ったけど、本命は別にいて。父さまたちの手前、その本命も家に置くことはできなくて。(娼婦とかの可能性もアリ)
明順「すまないね。つい、捨てられたあの猫に同情を寄せてしまったばかりに」
愛人猫「かまいませんわ。わたくし、アナタのそんな優しさが好きですのよ」
(酒飲む明順にしなだれかかる愛人猫)
愛人猫「それに。アナタはこうして会いに来てくださる。妻にはなれませんでしたけど、わたくしのこと忘れずにいてくださって、とてもうれしゅうございますわ」
明順「愛人猫……」
愛人猫「本当は、このまま泊まっていって欲しいのですけど」
(明順の太ももに、指をあててイジイジ)
明順「すまない。あの猫を放置して、騒がれたら面倒だから」
愛人猫「わかっておりますわ。無理は申しません」
明順「あの時の自分が恨めしいよ。変な同情なんて寄せずに、キミだけを見ていたら良かったのに。おかげで、こうして一日中、家を離れなきゃいけないことになった」
愛人猫「過ぎたことは悔やんでも仕方ありません。そ、れ、に。こうして毎日通い詰めてくださるのだから、問題ありませんわ」
(フフッとつややかに色っぽく微笑む愛人猫。その笑みを見ながら、明順が杯を置く)
明順「愛人猫……」
愛人猫「あら。いけませんわ、こんな昼間から……」
(とか言いながら、本気で抵抗せず、流されるように明順に抱かれる愛人猫)
って!
止め! やめーいっ!
変な想像するんじゃありませんっ!
愛人猫「そんなお優しい方だから、わたくしのことも忘れずお通いくださるのですから」
とか、
愛人猫「夜に離れることで、愛しさが募りますの。そして次にお会いできた時に、わたくし、アナタをお慕いしてることを痛感して。何度も恋に落ちている。そんな気分になれるんですの。ですから、寂しくなぞありませんわ」
(微笑むのに、ポロリと一筋の涙をこぼす愛人猫。その涙に、明順がほだされる)
なんて、余計な続編も考えつくんじゃないっての!
一瞬、「素敵! こんなの思いつくなんて、わたし物書きになれるんじゃないっ!?」みたいな高揚感来たけど、来るんじゃないワクワク!
そういうのは、想像の青年と美姫で考えるもので、夫と愛人(存在不明)でやるもんじゃないの!
「梨花さま?」
簪を挿して、髪を整えてくれた玉鈴が怪訝な顔をした。
「なっ、なんでもないわっ!」
アホな想像をグルグルさせてただけです。
「と、とりあえず。髪、ありがとう。すごくいいわ」
ちょっと頭をゆらして、鏡の中に映る自分を確認。
つややかな黒髪。挿した簪からぶら下がる玉が揺れる。
着てる衣装はとっても豪華。公主さまでも持ってないんじゃないかってぐらい、刺繍のいっぱい施された豪奢な普段着。(普段着なんだ、これで)
だけど。
(十人並み……)
その真ん中に映るわたしの顔。
化粧を施してもたぶん、映えない顔。父さまや兄さまたちは「かわいい」と言ってくれるけど、「きれい」とは言ってくれない。それは「かわいい」が家族の贔屓目から出てる言葉だから。
「とりあえず。ゆっくりしてるから。玉鈴もゆっくりしてなさい。着替え、手伝ってくれてありがと」
鏡から目を離し、ふり返って玉鈴をねぎらう。
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