彼女(寵姫)以外は要らないと、後宮をお払い箱にされましたが、幼馴染の猛虎将軍が溺愛してくれるので問題ありません

若松だんご

文字の大きさ
7 / 27

巻の七、来ないなら、先手必勝、いざ征かん!

 「――どうしたの、梨花リファ

 夜遅く、暗く静かな回廊。
 そこで「偶然!」出くわしたことに、明順ミンジュンが驚きの声を上げる。
 
 「少し、眠れなくて……」

 言って、解きっぱなしの髪をファサッと肩から払いのける。

 「もしかして、僕の音がうるさかった?」

 「い、いえ。そういうわけじゃないわ」

 しまった。
 寝てたのに、アンタがうるさくって起きちゃったじゃない。
 文句を言いに来たみたいに見えたか。
 夜着一枚のわたし。どこからどう見ても、そういうふうにしか見えないかも。

 「の、喉も乾いちゃったから。お水でも飲もうかと……」

 よし!
 とっさに考えた言い訳だけど。わたしの歩いて行こうとしてた方には、台盤所もある。嘘だけど、もっともらしい言い訳になった!

 「そんなの。侍女にでも頼めばよかったのに」

 「そ、そうね」

 うぐ。
 奥方自ら水を求めに行くなんて、おかしかったか。普通は、リンリンと鈴でも鳴らして侍女を呼んで、「お水、持ってきて頂戴」だもんねえ。

 「それに……」

 目の前に立つ、明順ミンジュンが動く。
 嘘の浅さに視線をそらしてたら、近づいてきた明順ミンジュンに抱かれ――え?

 「そんなはだけた夜着で、一人歩くなんて。家のなかでも不用心だよ」

 抱かれたと思ったのは、彼に・・ではなく。彼の上着・・・・に。
 彼は、脱いだ上着を、夜着がはだけてあられもない格好のわたしにかけてくれただけ。彼の温もりと香りの染みついた上着と、わたしにかけるために近づいたことで、「抱きしめられた」と勘違いしてしまっただけ。

 (なによ、作戦は失敗?)

 夜着を「ワザと」はだけさせたのも。髪をかき上げてそれを強調したのも。
 なにより、こうして「眠れなくて」って夜着一枚で回廊を歩いて、彼にバッタリ偶然(を装って)出会ったのも。

 (全部、全部作戦だったのにぃぃっ!)

 明順ミンジュンをムラムラさせて、夫婦のことをさせちゃおう作戦。
 美人じゃないけど、女性の胸の谷間とか、夜着から透けて見える肢体を見れば、もしかしたら、そういう気になるかもよ? 大作戦。――だったのに!

 (なによ、そのすました顔!)

 ムラムラの「ム」の字も見えない。
 それどころか。

 「今日はもう遅い。早く寝なさい」

 わたしが室に帰るのを見届けたいのか。作戦失敗でトボトボ歩くわたしに随伴する明順ミンジュン
 これが。これが、「もう我慢できない。キミが欲しい」なら、どんなによかったか。
 でもその場合、こんなつかず離れずで歩くんじゃなくて、口づけの一つもして、抱き上げて足早に室に向かうわよね。

 (……ハア)

 心のなかで、思いっきりため息を吐く。
 こんなの、夫のやることじゃない。妹を気遣う兄のやること。(それか父)

 (ねえ、そんなにわたしに魅力ない?)

 こんなに前面に「女」を出してみたのに。どうしてアンタは、そんな涼しい顔をしてるわけ?
 隣を歩く、残酷なほど優しい横顔。

 (気遣ってくれるのはうれしいけど、そうじゃないのよ、朴念仁!)

 朴念仁! 唐変木! 見当違いのトンチキ野郎!
 優しければそれでヨシ! じゃないのよ!
 うつむくと泣きそう。だから、グッと前だけを見て歩く。

 「――じゃあ。お水は、侍女に持ってこさせるから。キミは温かくして休んでて」

 「うん。ありがとう」

 室の前に来ても。なかから玉鈴ユイリンが扉を開けてくれても。わたしが一歩室に入っても。
 彼は、扉が境界線、領土侵犯しちゃいけない! みたいな感じで立ち止まる。

 (――侵犯しちゃいけない! じゃないわよ! ここは、アンタん家で、室はアンタの妻の場所なんだから、ズカズカ入ったっていいのよ!)

 思ったけど、言葉にしない。
 言って、「いや、そんなこと言われても。僕、キミを見ても勃たないんだ」とか、困り顔になられても、こっちが困るし。いや、そうなったら、泣くな、自分。涙と感情が爆発する自信ある。

 「それじゃあ、おやすみ」

 「うん。おやすみなさい……」

 いっしょに歩いた回廊を、一人戻っていく明順ミンジュン

 「――失敗でしたか」

 「うん」

 玉鈴ユイリンの言葉に頷きながら、見えなくなるまで彼の背中を見送る。
 作戦失敗。
 彼は、一度もふり返らずに、回廊の先を曲がっていった。

 「むずかしいもんね。男性を誘惑するって」

 羽織ったままの上着を掴みながら、室の中に入る。

 「彼、チロっとも欲情してくれなかったわ」

 「梨花リファさま……」

 キイっと、扉を閉めた玉鈴ユイリン。心配そうな彼女の顔に、余計にいたたまれなくなる。

 「まあ、いいわ。また作戦を考えるだけよ」

 あの手がダメならこの手。この手もダメならその手。どの手でも使ってやるわ。

 「梨花リファさま」

 意を決したように、軽く喉を上下させた玉鈴ユイリンが近づいてくる。

 「もしなんでしたら、薬をご用意いたしましょうか?」

 「薬?」

 わたし、元気だけど?

 「明順ミンジュンさまに盛るのですよ。さかってさかって、どうにもならないぐらいにギンギンになって、女を何度も抱かないといられないぐらいに滾らせる薬です」

 「それって。媚薬?」

 春本なんかじゃ、よく出てくる品物だけど。
 男女のどっちかが飲んじゃって、「ダメ、治まらない!」ってなるやつ。ああいうのって、ホントに存在するの?

 「ええ。薬がダメだと仰るなら、お香もございますが」

 「なんと」

 お香まで!
 現実は小説より奇なり。というか、現実は小説よりスゴい。

 「必要なら、ご用意いたしますが……」
 「ダメよ。それは絶対にダメ!」

 即答否定。却下よ、却下!
 そんなので、ギンギンに滾らせて、「もう我慢できない」とかで抱かれても。夫婦になっても、全然うれしくない!
 だって。
 だって、それって、女なら、孔さえ開いてりゃ誰でもいい、突っ込んで気持ちよく出せれば、わたしじゃなくてもいいってことでしょ?
 そんな、そんなモノみたいな扱いされて抱かれるのなら、一生抱かれないままのがマシ!

 「ゴメン。わたしのこと思って言ってくれたのはわかるけど……」

 ショボンとした玉鈴ユイリンに、悪かったかなって思う。彼女は、わたしのことを案じて提案してくれただけなのに。

 「もういいわ。今日はこのまま寝るわ」

 「梨花リファさま」

 「こんな遅くまでつき合ってもらって、ごめんね。玉鈴ユイリンももう休んで」

 わざとらしく聞こえるかもだけど、それでも明るくサッパリと言いのける。言うだけじゃない。自分から、寝台に近づく。

 「では、おやすみなさいませ」

 「うん。おやすみ」

 頭を下げ、玉鈴ユイリンが室から出ていく。
 パタリと閉じられた扉。その音を聴きながら、ジッと寝台を見下ろす。
 本当なら、作戦が成功してたら、ここにはくんずほぐれつ身を絡め合って、ピンっときれいに張った敷布を乱して、ここでそういうことが始まる予定だったのに。その時のためにと、玉鈴ユイリンに甘ったるい香を焚きしめておいてもらったのに。
 窓から差し込む月明かりが照らす、青く染まった敷布。

 (泣くな。泣いちゃダメ)

 泣いたら絶対惨めになる。

 「ウッ……、フッ……」

 唇を噛みしめるけど、こらえきれなかった嗚咽が端から漏れた。
 
 (明順ミンジュンのバカ!)

 かけてくれた上着の温もり。優しさ。
 すべてが憎らしい。
 なのに。
 なのに、どうしてか手離せない。離したくない。
 このままずっと包まれていたい。

 我慢しきれず、キツく上着を握りしめ、膝から床に崩れ落ちる。
 相手にされないのに。優しくはしてくれるけど、それ以上のことはしてくれない。
 
 (こんなの。こんなの後宮にいた時より、惨めだわ)

 後宮なら。まあ、皇太子殿下に気に入られなかっただけよ、他にもそういう女性はいたし。気にすんな。ですむ。けど、今は明順ミンジュンの相手はわたし一人。なのに、相手にされないなんて。こんなふうに色仕掛けでも、なんの反応もしてくれないなんて。
 部屋に満ちる青い光が、そんな惨めなわたしを照らした。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました

恋せよ恋
恋愛
「元カノが忘れられないなら、私が身を引くわくべきよね」 交際一周年、愛するザックに告げた決別の言葉。 でも、彼は悲しむどころか、見たこともない 暗い瞳で私を追い詰めた。 「僕を捨てる? 逃げられると思っているの、アン」 私の知る爽やかな王子の仮面が剥がれ落ち、 隠されていた狂おしいほどの独占欲が牙を剥く。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。 そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった! ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――? 意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。