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巻の九、あの手がダメならこの手でも
――書棚の上に載っちゃった鞠をとろうとして、棚を登って、ひっくり返って落ちたこともあったよね。
――ドサドサと、書といっしょに落っこちてきて。
あれからというもの。
明順はわたしを呼び出しては、昔話をするようになった。
――僕を鍛えるんだって、容赦なくポカーンって木刀で殴ってくるくせに、僕が他の子に殴られてると、「なにしてんの!」っていじめっ子を殴りに行くんだ。
明順は笑って話すけど、聴いてるこっちはちっとも笑えない。
どこの誰よ、そのお転婆娘は。(わたしだ)
――僕が将軍位を継げたのは、たまたま僕の作戦が勝利に貢献したからだよ。
――「在猛虎潛伏的山林中,連竹葉沙沙的聲音都令人心驚膽戰」。父の勇猛さを恐れる敵軍の心理を利用しただけなんだ。
そうかと思えば、自分が将軍に任命されるキッカケとなった作戦とかを、面白おかしく話してくれる。
正直、過去のわたしのお転婆ネタを話されるより、そっちのが聴いてて面白いし、楽しい。ワクワクする。
――それで? 敵はどうなったの?
ついついわたしも、相槌じゃないけど、話を促すように訊いちゃう。
――うん。毎回奇襲をかけるふりして、近くの池の水鳥を羽ばたかせ続けた。するとね、水鳥が飛び立つだけで、雑兵たちが浮足立つようになるんだ。水鳥が飛び立ったってことは、敵が近くに潜んでいるに違いない。また攻撃されるぞって。
なるほど。それで、それで?
明順が話し上手なのか。それとも彼の使った作戦が面白いのか。
わたしはグイグイ引き込まれるように、話しを聴き続けた。
――敵の将は野営地の奥にいるから、敵襲を受けてもそう動揺したりしない。でも、周囲にいる兵たちは違う。それでなくても、敵襲で仲間が命を落としてるのを目の当たりにしてるからね。
明順の作戦はこうだ。
まず、敵に「今の西鎮守の主は、以前の白虎の息子で、親の七光りで就任しただけの情けない人物だ」という噂を流す。
それから、敵軍の野営地に夜襲をかける。その時、雑兵たちを少しやっつけて、ついでに池にいた水鳥も驚かして飛び立たせておく。
戦っては、おめおめと逃げ帰る。それを数回くり返す。
すると、敵将は西鎮守の主は、腰抜け、ヘタレ、名ばかりの主、前白虎将軍とは違う、大したことない人物と油断する。
けど、一方の雑兵たちは水鳥が飛び立ったのが、敵が攻めてくる合図に感じられるようになり、なんにも攻めてきてないのに、水鳥が飛んだだけで浮き足立つようになる。そして、勝手に精神的に疲弊する。
そうして、軍として疲れ切ったところで、本気の襲撃を、今度は水鳥を羽ばたかせずにやる。水鳥という合図もない襲撃。敵は驚くだけじゃなく、疲れてるから全力を出しきれないまま敗北するっていう作戦。
それでなくても、敵は「猛虎将軍」と恐れられてた明順の父の武勇を知ってたし。猛虎に戦いを仕掛けても大丈夫かと不安に思ってるところに、日々の水鳥の羽ばたき。そりゃあ、疲弊もしちゃうでしょっていう。敵将たちは、今の西鎮守の主は、大したことない人物、襲ってはくるけどすぐに逃げ帰るヘッポコって、油断しきっちゃってるし。
敵をやっつけてくれるのはうれしいけど。よくもまあ、そんなあざとい作戦考えつくもんね。
正々堂々と、自分たちの力を満足に発揮できなかった敵軍に、少しだけ同情しちゃう。
――僕は、ただ父の武勇を利用しただけで。あとは水鳥に迷惑かけただけかな。
謙遜というのか、なんというのか。
ちょっと申し訳無さそうに笑った明順。
――でもそのおかげで、国を守れたし、こうして白虎将軍の地位を継ぐことができた。
うん。それはとてもいいことなんだけど。
なんていうのかな。戦うことの苦手な明順らしい勝ち方っていうのか。
男ならババーン、ドドーンと軍を構えて戦って欲しいっていうのか。砂塵とともに舞う血しぶき。馬蹄踏み鳴らす国境の荒野。夕日が照らす大地に立つのは勝者のみ。赤い日差しがその厳しい横顔に深い陰影をもたらす。勝者は、勝ったことを神に感謝するのではなく、大地に躯を晒す敗者に黙祷するでもなく。ただ一つの戦利品、己の命が己のなかにあることをグッと強く実感する。ドクドクとうるさいぐらいに身の内を流れる血潮は、己が生きている証。――みたいな。
勝ったことはいいことだけど、なんていうのか、物語にするにはイマイチな印象。
でも。
(楽しい……)
こうして話してることが。
昔のわたしの話はちょっと辛い気もするけど、でも、こうしてお茶とお菓子を楽しみながら、明順と話すのは楽しい。
なんでわたしと結婚したの? とか、なんのために結婚したの? とか。
そういうグチャグチャに絡まった、よくわかんない感情に背を向けていられる。
昔みたいに。昔のように。
幼馴染であり、四人目のお兄ちゃんみたいな存在だった明順。その距離が、昔とあまり変わってないような気がして。
寒くないようにと用意されてた熱いお茶。そのお茶の温もりといっしょに、フワッと体に染み込んでくような安心と安堵。
話の途中、こっちをジッと見てくる明順の視線に、なぜか落ち着かなくてうつむくしかなくなるけど。でも、優しく笑う彼に、どこかホッとしているような感じ。
(もしかして。窮地に陥ってる妹を助ける――みたいな感覚で、結婚を申し込んだ……とか?)
後宮から追い出されたわたし。
世間一般的には、皇太子に相手にされなかった醜女とか、どこか女として欠陥があるんじゃね? みたいに見られてる。
「男を知らない初心な状態ですから、妻にしても問題ないですよー」って言っても、「いや、お手つきされてないのは夫としてうれしいけど……」「後宮に三年もいて、お手つきされてないってのも、ねえ……」で、ご遠慮されてしまう。
後宮から追い出されても、その先の人生は真っ暗。
父さまがもっと高位の官僚なら、「父親の権力におもねるつもりで、欠陥(あるかも)女でも、もらってやるか。ゲヒ」があるかもしれないけど。父さまは、礼部侍郎で頭打ち、兄さまたちだって、それを越えられるかどうか程度の能力しかない。そんな家の娘にどれほどの価値があって、酔狂にも結婚しようなんて思うのか。
わたしは女としての幸福は望めない。
だから。だから、それを明順も承知していて、救済精神旺盛に、わたしを妻にしたのかもしれない。
困ってる妹がいたら、それを助けるのは兄の役目――みたいな。
実の兄じゃないから、結婚できる。けど、妻にしたところで、わたしを女として見るつもりはなくて。だから、こうして、昔のことを語り合うだけ。そういう昔を懐かしむ友的な扱い。
「どうしたの、梨花」
「なんでもないわ」
思ってることを、グッと器に残っていたお茶といっしょに飲み下す。かなりぬるく、葉の粉の凝ったお茶。喉越しはあまり良くなくて、「ンガッ」ってなりそうなほど苦かった。
「さて。そろそろ風も冷たくなってきたし。室に戻ろうか」
先に立ち上がった明順が言う。
今日の昔語り会はこれで終わり。日も傾いてきたし、四阿で過ごすにはちょっと寒すぎる。
「ねえ……」
同じように立ち上がったけど、同じように歩き出さない。
「今日、この後予定があったりする?」
「いや……」
中途半端、なぜわたしが歩き出さないのか、不思議そうにふり返った明順。
夕日を浴びた彼の顔。悔しいほどにカッコいい。
「じゃあさ、よかったら、わたしの室に来ない?」
「――え?」
「今日は室に火鉢を置くように命じてあるの。だからよかったらわたしの室でもう少しお話ししない?」
緊張したのか。
ずっと考えてた言葉は、ものすごい早口で、口からこぼれ出た。
「わたしさっきの作戦面白いなって。もっと詳しく聴かせてほしいなって思ったの」
緊張で震えそうな指。グッと拳を握ることでなんでもないフリをする。
声も上ずってるのがわかったけど、こっちはどうしようもないから、必死に口角を上げて、笑って言ってるように見せかける。
「ダメかな?」
ちょっと甘えるような、ねだるような上目遣い。父さまや兄さまなら、これで「しかたないなぁ」なんだけど。
「――ゴメン。それはできない」
一瞬目を丸くした明順だったけど。すぐに真顔に戻って、腰を深く折ってきた。
「どうして? 昔みたいに、いっしょに食事でも……」
「すまない。それもできない」
頭を下げたままの明順。
「なんで……」
なんで? どうして?
こうして会って話をするようになったのに?
グルグルグルグル。
頭のなかがグチャグチャに渦巻く。
口のなかが、お茶の余韻じゃない、変な味に染まる。
「キミの室にいたら。そんなところでキミと過ごしたら、キミの名に傷がつく」
「――は?」
ナニイッテンノ?
わたしの名に傷?
傷ってナニ? どんな傷よ。
「それって、『結婚前の男女が、いっしょの室にいてはいけない』とかいう、アレ?」
尋ねるけど、返事はない。
返事、反論しないってことは、それが「是」であるということ。
「ふざけないで!」
頭が沸騰しそうになった。
「わたしをここに置いといて、何が『キミの名に傷がつく』よ! ここに来た時点で、傷つくもんなら、つきまくってるわよ!」
結婚前の男女が、一つの室にいるということは、隠れてまぐわってたと勘ぐられてもおかしくない。だから、やましいことはないですよって意味で、この四阿に呼び出してた。
でも。だからって。
(わたし、ここに嫁いできたのに!)
式こそまだだけど、同じ屋根の下で暮らし始めて。これで「まぐわってはないです」って言っても、説得力皆無なのよ!
後宮に入った時点で、「コイツ、皇太子とまぐわったことあるだろ」って見られてるのと同じで、「いっしょに暮らしてるんだから、すでに経験済みだろ」って思われてるの!
それに。
それに、もうすぐ式も挙げるんだから、「まぐわってる」って噂されても、そこまで名に傷が残ることはない。むしろ、夫婦になる男女が、まだそういうことをしてないのかってバレるほうが名に傷がつく。結婚したところで夫にも愛されない、欠陥品だったんだね~って。
「――最低」
唾棄するように呟く。
最低。最低じゃない、そんなの。
「ごめん」
「すまない」とか「許せ」じゃない。明順らしい謝罪の言葉。でも、一度爆発した感情が収まることはなくて。
「――帰ります」
「梨花!」
「ついてこないで!」
足早に、明順の脇を走り抜ける。
涙を見せたくなくて。走りながら、グイッと腕で拭い去る。けど、涙が止まることは全然なくて。そのうち、拭うことも嫌になって、泣きながら走る。
こんなの。
こんなの後宮を追い出された以上に惨めじゃない!
――ドサドサと、書といっしょに落っこちてきて。
あれからというもの。
明順はわたしを呼び出しては、昔話をするようになった。
――僕を鍛えるんだって、容赦なくポカーンって木刀で殴ってくるくせに、僕が他の子に殴られてると、「なにしてんの!」っていじめっ子を殴りに行くんだ。
明順は笑って話すけど、聴いてるこっちはちっとも笑えない。
どこの誰よ、そのお転婆娘は。(わたしだ)
――僕が将軍位を継げたのは、たまたま僕の作戦が勝利に貢献したからだよ。
――「在猛虎潛伏的山林中,連竹葉沙沙的聲音都令人心驚膽戰」。父の勇猛さを恐れる敵軍の心理を利用しただけなんだ。
そうかと思えば、自分が将軍に任命されるキッカケとなった作戦とかを、面白おかしく話してくれる。
正直、過去のわたしのお転婆ネタを話されるより、そっちのが聴いてて面白いし、楽しい。ワクワクする。
――それで? 敵はどうなったの?
ついついわたしも、相槌じゃないけど、話を促すように訊いちゃう。
――うん。毎回奇襲をかけるふりして、近くの池の水鳥を羽ばたかせ続けた。するとね、水鳥が飛び立つだけで、雑兵たちが浮足立つようになるんだ。水鳥が飛び立ったってことは、敵が近くに潜んでいるに違いない。また攻撃されるぞって。
なるほど。それで、それで?
明順が話し上手なのか。それとも彼の使った作戦が面白いのか。
わたしはグイグイ引き込まれるように、話しを聴き続けた。
――敵の将は野営地の奥にいるから、敵襲を受けてもそう動揺したりしない。でも、周囲にいる兵たちは違う。それでなくても、敵襲で仲間が命を落としてるのを目の当たりにしてるからね。
明順の作戦はこうだ。
まず、敵に「今の西鎮守の主は、以前の白虎の息子で、親の七光りで就任しただけの情けない人物だ」という噂を流す。
それから、敵軍の野営地に夜襲をかける。その時、雑兵たちを少しやっつけて、ついでに池にいた水鳥も驚かして飛び立たせておく。
戦っては、おめおめと逃げ帰る。それを数回くり返す。
すると、敵将は西鎮守の主は、腰抜け、ヘタレ、名ばかりの主、前白虎将軍とは違う、大したことない人物と油断する。
けど、一方の雑兵たちは水鳥が飛び立ったのが、敵が攻めてくる合図に感じられるようになり、なんにも攻めてきてないのに、水鳥が飛んだだけで浮き足立つようになる。そして、勝手に精神的に疲弊する。
そうして、軍として疲れ切ったところで、本気の襲撃を、今度は水鳥を羽ばたかせずにやる。水鳥という合図もない襲撃。敵は驚くだけじゃなく、疲れてるから全力を出しきれないまま敗北するっていう作戦。
それでなくても、敵は「猛虎将軍」と恐れられてた明順の父の武勇を知ってたし。猛虎に戦いを仕掛けても大丈夫かと不安に思ってるところに、日々の水鳥の羽ばたき。そりゃあ、疲弊もしちゃうでしょっていう。敵将たちは、今の西鎮守の主は、大したことない人物、襲ってはくるけどすぐに逃げ帰るヘッポコって、油断しきっちゃってるし。
敵をやっつけてくれるのはうれしいけど。よくもまあ、そんなあざとい作戦考えつくもんね。
正々堂々と、自分たちの力を満足に発揮できなかった敵軍に、少しだけ同情しちゃう。
――僕は、ただ父の武勇を利用しただけで。あとは水鳥に迷惑かけただけかな。
謙遜というのか、なんというのか。
ちょっと申し訳無さそうに笑った明順。
――でもそのおかげで、国を守れたし、こうして白虎将軍の地位を継ぐことができた。
うん。それはとてもいいことなんだけど。
なんていうのかな。戦うことの苦手な明順らしい勝ち方っていうのか。
男ならババーン、ドドーンと軍を構えて戦って欲しいっていうのか。砂塵とともに舞う血しぶき。馬蹄踏み鳴らす国境の荒野。夕日が照らす大地に立つのは勝者のみ。赤い日差しがその厳しい横顔に深い陰影をもたらす。勝者は、勝ったことを神に感謝するのではなく、大地に躯を晒す敗者に黙祷するでもなく。ただ一つの戦利品、己の命が己のなかにあることをグッと強く実感する。ドクドクとうるさいぐらいに身の内を流れる血潮は、己が生きている証。――みたいな。
勝ったことはいいことだけど、なんていうのか、物語にするにはイマイチな印象。
でも。
(楽しい……)
こうして話してることが。
昔のわたしの話はちょっと辛い気もするけど、でも、こうしてお茶とお菓子を楽しみながら、明順と話すのは楽しい。
なんでわたしと結婚したの? とか、なんのために結婚したの? とか。
そういうグチャグチャに絡まった、よくわかんない感情に背を向けていられる。
昔みたいに。昔のように。
幼馴染であり、四人目のお兄ちゃんみたいな存在だった明順。その距離が、昔とあまり変わってないような気がして。
寒くないようにと用意されてた熱いお茶。そのお茶の温もりといっしょに、フワッと体に染み込んでくような安心と安堵。
話の途中、こっちをジッと見てくる明順の視線に、なぜか落ち着かなくてうつむくしかなくなるけど。でも、優しく笑う彼に、どこかホッとしているような感じ。
(もしかして。窮地に陥ってる妹を助ける――みたいな感覚で、結婚を申し込んだ……とか?)
後宮から追い出されたわたし。
世間一般的には、皇太子に相手にされなかった醜女とか、どこか女として欠陥があるんじゃね? みたいに見られてる。
「男を知らない初心な状態ですから、妻にしても問題ないですよー」って言っても、「いや、お手つきされてないのは夫としてうれしいけど……」「後宮に三年もいて、お手つきされてないってのも、ねえ……」で、ご遠慮されてしまう。
後宮から追い出されても、その先の人生は真っ暗。
父さまがもっと高位の官僚なら、「父親の権力におもねるつもりで、欠陥(あるかも)女でも、もらってやるか。ゲヒ」があるかもしれないけど。父さまは、礼部侍郎で頭打ち、兄さまたちだって、それを越えられるかどうか程度の能力しかない。そんな家の娘にどれほどの価値があって、酔狂にも結婚しようなんて思うのか。
わたしは女としての幸福は望めない。
だから。だから、それを明順も承知していて、救済精神旺盛に、わたしを妻にしたのかもしれない。
困ってる妹がいたら、それを助けるのは兄の役目――みたいな。
実の兄じゃないから、結婚できる。けど、妻にしたところで、わたしを女として見るつもりはなくて。だから、こうして、昔のことを語り合うだけ。そういう昔を懐かしむ友的な扱い。
「どうしたの、梨花」
「なんでもないわ」
思ってることを、グッと器に残っていたお茶といっしょに飲み下す。かなりぬるく、葉の粉の凝ったお茶。喉越しはあまり良くなくて、「ンガッ」ってなりそうなほど苦かった。
「さて。そろそろ風も冷たくなってきたし。室に戻ろうか」
先に立ち上がった明順が言う。
今日の昔語り会はこれで終わり。日も傾いてきたし、四阿で過ごすにはちょっと寒すぎる。
「ねえ……」
同じように立ち上がったけど、同じように歩き出さない。
「今日、この後予定があったりする?」
「いや……」
中途半端、なぜわたしが歩き出さないのか、不思議そうにふり返った明順。
夕日を浴びた彼の顔。悔しいほどにカッコいい。
「じゃあさ、よかったら、わたしの室に来ない?」
「――え?」
「今日は室に火鉢を置くように命じてあるの。だからよかったらわたしの室でもう少しお話ししない?」
緊張したのか。
ずっと考えてた言葉は、ものすごい早口で、口からこぼれ出た。
「わたしさっきの作戦面白いなって。もっと詳しく聴かせてほしいなって思ったの」
緊張で震えそうな指。グッと拳を握ることでなんでもないフリをする。
声も上ずってるのがわかったけど、こっちはどうしようもないから、必死に口角を上げて、笑って言ってるように見せかける。
「ダメかな?」
ちょっと甘えるような、ねだるような上目遣い。父さまや兄さまなら、これで「しかたないなぁ」なんだけど。
「――ゴメン。それはできない」
一瞬目を丸くした明順だったけど。すぐに真顔に戻って、腰を深く折ってきた。
「どうして? 昔みたいに、いっしょに食事でも……」
「すまない。それもできない」
頭を下げたままの明順。
「なんで……」
なんで? どうして?
こうして会って話をするようになったのに?
グルグルグルグル。
頭のなかがグチャグチャに渦巻く。
口のなかが、お茶の余韻じゃない、変な味に染まる。
「キミの室にいたら。そんなところでキミと過ごしたら、キミの名に傷がつく」
「――は?」
ナニイッテンノ?
わたしの名に傷?
傷ってナニ? どんな傷よ。
「それって、『結婚前の男女が、いっしょの室にいてはいけない』とかいう、アレ?」
尋ねるけど、返事はない。
返事、反論しないってことは、それが「是」であるということ。
「ふざけないで!」
頭が沸騰しそうになった。
「わたしをここに置いといて、何が『キミの名に傷がつく』よ! ここに来た時点で、傷つくもんなら、つきまくってるわよ!」
結婚前の男女が、一つの室にいるということは、隠れてまぐわってたと勘ぐられてもおかしくない。だから、やましいことはないですよって意味で、この四阿に呼び出してた。
でも。だからって。
(わたし、ここに嫁いできたのに!)
式こそまだだけど、同じ屋根の下で暮らし始めて。これで「まぐわってはないです」って言っても、説得力皆無なのよ!
後宮に入った時点で、「コイツ、皇太子とまぐわったことあるだろ」って見られてるのと同じで、「いっしょに暮らしてるんだから、すでに経験済みだろ」って思われてるの!
それに。
それに、もうすぐ式も挙げるんだから、「まぐわってる」って噂されても、そこまで名に傷が残ることはない。むしろ、夫婦になる男女が、まだそういうことをしてないのかってバレるほうが名に傷がつく。結婚したところで夫にも愛されない、欠陥品だったんだね~って。
「――最低」
唾棄するように呟く。
最低。最低じゃない、そんなの。
「ごめん」
「すまない」とか「許せ」じゃない。明順らしい謝罪の言葉。でも、一度爆発した感情が収まることはなくて。
「――帰ります」
「梨花!」
「ついてこないで!」
足早に、明順の脇を走り抜ける。
涙を見せたくなくて。走りながら、グイッと腕で拭い去る。けど、涙が止まることは全然なくて。そのうち、拭うことも嫌になって、泣きながら走る。
こんなの。
こんなの後宮を追い出された以上に惨めじゃない!
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