彼女(寵姫)以外は要らないと、後宮をお払い箱にされましたが、幼馴染の猛虎将軍が溺愛してくれるので問題ありません

若松だんご

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巻の十一、涙は、黄昏に呑み込まれ

 トボトボ。
 トボトボトボトボ。
 
 茜色に染まり始めた空。東からは、茜色を追いかけるように夜の藍色が広がり続ける。
 キレイなのかもしれない。キレイな夕暮れ時の空。
 見上げたら、少しは癒やされるんだろか。
 思うのに、首を上げてみる力もでなくて。
 ただひたすらに、黒々とした土の道を眺めて歩く。

 ――林淑華シュウファさまは、お亡くなりになったそうです。

 訪問予定を告げる使者として送った下男と、都の大路で出くわした。
 「あら、えらく早く帰ってきたわね」と、軽く呼び止めた玉鈴ユイリンに、下男がなんとも言えない微妙な顔をした。
 
 ――あ、あの、お嬢さま。

 モジモジと指と指を擦り合わせてから、下男が言った台詞。

 林淑華シュウファさまが亡くなった。
 それも、昨日。
 病死。
 今、林家では葬儀の支度を始めている。
 
 ――も、申し訳ありません!

 なぜか、自分の責任のように、下男が頭を下げた。けど。

 ――嘘! 嘘でしょ!

 そんな下男を気遣ってあげる余裕もなくて。下男が帰ってきた道を走り出す。
 
 (淑華シュウファさまが亡くなるなんて! 病気だったなんて!)

 下男が、林家に行くのが面倒で、嘘をついてるだけよ!
 そう思い込みたくて、林家の門前にいた者たちを捕まえて、本当のところを聞く。
 けど。

 ――本当です。淑華シュウファお嬢さまは……。ウッ。

 最初に掴まえた下女は、泣き腫らして真っ赤な顔にさらに涙をこぼした。

 ――お嬢さまがお亡くなりになったのは、本当でさ。

 話せなくなった下女に変わって、そばにいた男が話しを続ける。

 ――お嬢さまは、旦那さまに殺されたんでさ。

 え? どうして?
 キョトンとしたわたしに、男が声をひそめて話を続ける。

 ――お嬢さま、後宮から追い出されただろ? だから、それが家の恥になるって、旦那さま、怒っててさ。他の家のご令嬢たちは尼寺に放り込まれたけど、旦那さまは、それすら恥だと言って、毒を用意したんでさ。

 誰かに話したくて仕方なかったんだろう。
 最後は、わたしに耳打ちするように、すべてを話してくれた。

 淑華シュウファさまは、殺された。
 表向きは病死となっているけど、本当は父親に「死ね」と言われ、毒を用意された。
 後宮に入ったものの、一度も皇太子が抱くことなく、それどころか後宮を追い出されたから。
 次にどこかに嫁ぐことも許されない。尼になって寺に入ることすら許してもらえない。
 家名に泥を塗る前に、さっさと病死しろ。

 (なんなの、それ……)

 ジッと、前だけを見て歩く。

 (皇太子に相手にされなかったのは、淑華シュウファさまのせいだっていうの?)

 皇帝の命令で、皇太子の後宮に入ったわたしたち。
 普通の。普通の皇太子なら、あっちの令嬢、こっちの令嬢と渡り歩いて。もしかしたら、父親の身分を考慮して、淑華シュウファさまのところにも、皇太子ってやつは、訪れて当然だったのかもしれない。
 でも、今、後宮にいる皇太子は普通のじゃない。常識外れの「ただ一人だけを愛す、純愛教」の教徒だったから。玲麗リンリーさましか眼中にない、そういう教えに従う人だったから。
 だから。皇帝の命令で、家を護るために後宮に上がって、今度は皇太子の命令で、「コイツ、要らね」で追い出された。
 
 (家を護るために、後宮に上がったのに)

 それを追い返してきたのは皇太子で。わたしたちは、あっちの言うがままに動かされただけ。

 (普通は、そこで「ご苦労だったね」とか労うもんじゃないの?)

 別に好きで上がった後宮じゃない。好きで出戻ったわけでもない。
 それなのに。家名のために「死ね」はないんじゃない。

 グッと歯を噛みしめてるのに。我慢できなかった涙が勝手に頬を伝う。

 (淑華シュウファさま……)

 まだ二十歳だった、淑華シュウファさま。
 琴を弾くのがお得意で。上流の令嬢らしく、大人しい印象だった淑華シュウファさま。
 そのくせ、物語を書かせると誰より面白いのを書いてくださって。わたしが大好きって言ったら、一番に読ませてくださるようになって。
 宮廷薬師の少女と、武官のフリした皇帝の推理、恋愛物語。
 武官(皇帝)の描写が、ものすごく熱が入ってるように感じたから、「どなたか雛型となる方がいらっしゃるのですか?」って訊いたら、耳まで真っ赤になさって。
 後宮に入る前に想いを寄せていた、家に出入りしていた若い武官なのだと教えてくださった。身分も違う、想いも告げられずに終わった恋だと。だから、せめて物語の中だけでも、想いを昇華させたいと、恥ずかしそうに耳打ちで語ってくださってた。
 それなのに。

 (淑華シュウファさま……)

 選ばれなかったのは、わたしたちが悪いの?
 家のために、恋を諦め後宮に入ったのに。
 今度は、家の恥になるから、死ね?

 ポタポタと、流す涙が、影すらわからなくなった昏い道に吸い込まれていく。
 いっしょに歩いてくれてる玉鈴ユイリンが、どう声をかけたらいいかって感じで困ってるけど、ゴメン。「大丈夫よ」とか言える余裕はない。
 ただ、ドンドン暗く、足元すらおぼつかなくなっていく皇都の大路だけを見て、足を動かすだけ。
 願わくば。わたしが願ってもいいのなら。
 淑華シュウファさまが想いを寄せていたという武官。彼が、淑華シュウファさまの死に、慟哭とまでは言わないけど、せめて涙を一筋流してくれたらいい。そして、次の世では、二人が結ばれる未来があるといい。

 「あ、いた! おっ、お嬢さまっ……!」

 突然、暗い道の先から、パタパタと走って来たのは、ウチの年配の下男。
 どこから走ってきたのか。わたしの前で立ち止まって、ゼイゼイと荒れた呼吸をくり返す。

 「おっ、お探しいたしまし、たっ!」

 そうか。ずっと捜してくれてたんだ。
 わたし、どこに行くとか、伝えてなかったっけ。
 伝えてなかったとしても、玉鈴ユイリンを伴につけてるし。そこまで必死に捜してくれるほど、遠くに行ったわけじゃないのにな。

 「だ、旦那さまが、お呼びで……っす」

 ゼイゼイ。ヒイヒイ。

 「父さまが?」

 「はい。呉家の若旦那さまのこと、で! 至急、お屋敷に戻るようにとっ」

 滴る汗を拭き拭き、下男が教えてくれるけど。

 「お嬢さまっ!?」

 隣の玉鈴ユイリンが驚く。けど、そんなの構ってられない。
 それまでとは違い、わたしの足は、飛ぶように駆け出す。

 (明順ミンジュンのことって、なに?)

 暗闇に向かって走ってるせいか、胸騒ぎが治まらない。
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