彼女(寵姫)以外は要らないと、後宮をお払い箱にされましたが、幼馴染の猛虎将軍が溺愛してくれるので問題ありません

若松だんご

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巻の十二、祈りの機は、想いの筵を織り上げる

 「明順ミンジュンが、出征……?」

 「ああ。急に決まったことでな。諒州の反乱の鎮圧に向かった」

 家に飛び込んで。そこで待ち受けていた父さまと一番上の兄さまから話を聴く。
 明順ミンジュンが出征した。
 西の、鎮守に戻ったとかならともかく、どうして、皇都近くの諒州に?
 
 「どうして……」

 「誰を動かそうかとなった時、ちょうどいい具合に白虎将軍がいるとなってな――」

 「待て! 梨花リファ!」

 クルッと向きを変えたわたしを、兄さまが呼び止める。

 「もう、明順ミンジュンはいないよ。出立前にと、挨拶に来てくれたけど……」

 「城門が閉まる前にって。急いで帰っていったよ」

 「そんな……」

 ペタリと地面に座り込む。
 明順ミンジュンがいないの? あの家に?
 
 「……明順ミンジュンが言っていた。『最後にお詫びしたかったけど、こうして会えないままのほうがいいのかもしれない』、と」

 会えないほうがいい?
 それはどういうこと?

 「梨花リファ。呉家は武官で、彼は将軍だ。危急のことがあれば、こうして出征してしまう」

 座り込んだままのわたしに、同じようにしゃがんでくれた父さまが話す。

 「儂ら文官と違い、武官は、いつ、どこで命を終えるかわからない。そういう存在だ。こうして急に出征することだってある」

 「父さま……」

 「夫婦のことだから、口を出すつもりはないが。もう二度と会いたくないというのでなければ、早めに仲直りしておいたほうがいい」

 「う、ん……」

 ――最後にお詫びしたかったけど、こうして会えないままのほうがいいのかもしれない。

 明順ミンジュンの残した言葉からも、それはヒシヒシと感じている。
 白虎将軍になるほど、彼は昔と違って、知略に長けた武人になってたけど、だからって、全くの無事で帰還できる保証はない。前が大丈夫だったからって、次も大丈夫かどうかはわからない。
 会いに来たのだって、お詫びをしたかったのだって。
 きっと、心残りを無くしたくて、ウチに来たんだと思う。ケンカしたまま離れるのは、絶対辛いから。「悪かった」って思っても、相手がいなきゃ謝ることすらできなくなるから。

 「まあ、俺達も悪いんだがな」

 「兄さま?」

 ボリボリと頭を掻く兄さま。

 「お前がアイツに会いたくないって言い張ってたから。ずっと、追い返してたんだよ」

 「おい……返してた?」

 「そうだ。お前が会いたくないって言ってるのに、無理に会わすのはって思ってな。アイツ、お前が帰ってきてから、毎日ウチに謝罪に来てたんだよ」

 そんな。

 (明順ミンジュン……)

 そんな毎日、来てくれてたの?
 彼のことだから「自分が悪い、ごめんなさい」の一択で、わたしが悪いなんて一言も責めない。
 だから、わたしが許すまで、毎日来てた。結果は、わたしの知らないところで、兄さまが追い返してたけど。

 「だから、無理にでも会わせよと、何度も言ったじゃろうに」

 父さまが、兄さまを睨みつける。

 「だから。今は悪かったって思ってるんだよ。夫婦のことは夫婦で解決したらいいって思ってさ。梨花リファが嫌がってるうちは、会わせないほうがいいだろうって、英慧インフェイ理寿リーショウとも相談したんだ」

 「妹バカの情けない三兄弟じゃ」

 父さまのため息に、兄さまの頭を掻く手の速度が上がった。けど。

 「父上だって、梨花リファが帰ってきたって、無邪気に喜んでたくせに」

 ポツリと、チクッと刺さるようなことを言う。

 「まあ、明順ミンジュン殿のことだから、無事帰還なさることじゃろうて」

 ポンポンとわたしの背を叩いて、先に父さまが立ち上がる。

 「お前が考えておかねばならぬのは、どうやって彼に謝るかということだな」

 「謝る?」

 「そうだ。明順ミンジュン殿は、皇都の娘たちの憧れの男子おのこだからの。愛想を尽かされたら、それこそ別の女子おなごに乗り換えられてしまうかもしれん」

 「そうなったら、父上、両手もろてを上げて喜ぶんでしょ。『儂の梨花リファが帰ってきた~』って」

 「コホン。とにかく。とにかくだ。明順ミンジュン殿と上手くやっていきたいのなら、いつまでも我を張ってないで、素直に謝ることも覚えることだ」

 兄さまのツッコミを、咳払い一つで無視して立ち上がった父さま。
 家長としてカッコつけたいのか、座り込んだままだったわたしに、手を差し伸べてくれる。

 「父さま……」

 その手をグイッと引っ張って、父の胸に飛び込む。

 「おいおい。抱きつく相手が違うぞ梨花リファ

 「そうじゃ。お前の抱きつく相手は、明順ミンジュン殿じゃろうが」

 笑う兄さまと、まんざらでもなさそうな父さまの声。

 「父さまは、練習台です」

 わたしが明順ミンジュンの胸に迷いなく飛び込めるように。飛び込んで、ちゃんと謝れるように。

 「ひどい扱いじゃな」

 わらう兄さまと父さま。
 でも今は。包みこんでくれる二人の優しさに、浸っていたい。

     *     *     *     *

 キィ、カタン、――パタン。
 キィ、カタン、――パタン。

 わたしの室に、機織りの音が響く。
 父さまにお願いして、わざわざ用意してもらった機。

 「お嬢さま。そんなに根を詰められると、お体に良くないですよ」

 「うん。でも、大丈夫だから」

 玉鈴ユイリンに返事をしながら。それでもを持つ手をとめない。

 カタン。キィ――、パタン。
 カタン。キィ――、パタン。

 玉鈴ユイリンが燭台に火を入れてくれたんだろう。薄暗くなりかけてた手元が、パアッと黄みがかった鶏冠色に染まる。
 止めて休めと言いながら、機織り続行のために火を入れてくれる玉鈴ユイリン。優しいなあ。

 「――お嬢さま」

 「今は、何も言わないで!」
 
 カタン。キィ――、パタン。
 カタン。キィ――、パタン。

 物申したげな玉鈴ユイリンを牽制して、機織りに没頭する。
 糸を巻き付けた杼を通し、また踏木を踏んで、二枚ある経糸を上下させる。そしてまた杼を通して、おさを打ち込み緯糸を均す。
 それを繰り返す。
 何度も、なんども。
 繰り返すことで、糸でしかなかったものが、布になっていく。
 白いしろい、まっさらな絹布。――けど。

 「お嬢さま。おさを強く打ち込みすぎです」

 牽制したのに、よほど我慢ができなかったのだろう。玉鈴ユイリンがわたしの機織りに口を出してきた。

 「それと、先程も踏木、踏んでないですよね」

 「いいのよ! そういう織り方なんだから!」

 踏みそびれたこと。強く打ち込みすぎたこと。
 どっちも言われなくても気づいてる。でも止められないんだ、これは。

 「――私が、代わりましょうか?」

 「ダメっ!」

 鋭く、癇癪起こしたような声で言う。

 「これだけは、わたしがやるの!」

 たとえ、どれだけ下手くそでも!
 目が不揃いでも。
 絹糸を使ってむしろを作ってるような状態でも。目がギチギチで、柔らかな手触りもない、絹布じゃなく、絹板になっていても。
 これだけは。これだけは、わたしがやりたいの!

 「お嬢さま……」

 あきれた玉鈴ユイリンの声。
 わかってる。玉鈴ユイリンの祖母は機織り女だった。だから、彼女のほうが上手に織れるだろうことも、彼女に手ほどきを受ければ、もう少しマシな物を織れるだろうことも。
 でも。でも、でも、でも……っ!

 これだけは、自分の力で織りたい。

 たとえそれが、目が不揃いの筵のようなものでも。
 「は? これが布?」って笑われるようなものであっても。

 ――好きな人の帰りを待つ女は、機を織る。

 いつだったか。後宮で読ませてもらった物語にあった設定。
 好きな人の無事の帰りを祈って、得意の機を織り続ける主人公。
 途中、はやり恋人が生死の境を彷徨うようなことになって。でも、遠くで機を織ってる主人公の音を聴いて、帰らなくてはで生還するって展開。
 糸をたぐるように、恋人を黄泉から呼び戻した主人公。
 織ることは祈り。
 他にも、舞いが得意なら、扇を持つその手で恋人を呼び戻す。歌が得意なら歌で。楽器が得意なら楽器で。
 恋しい相手を思いながら、必死に、必死に呼びかける。

 お願い。無事に。無事に帰ってきて。私のもとに帰ってきて。

 だから、機を織った。
 全然得意じゃないけど、それが一番できそうな気がしたから。
 だから、これは誰にも触れてほしくない、自分でやりとげなきゃいけないもの。

 ――彼が帰ってきたら。

 なんてことは言わない。無事であって欲しいと願っても、口に出して言わない。
 だってそれは、「それは願いが叶わない予言」になってしまうから。
 戦地で「俺、帰ったら故郷の女と結婚するんだ~」とか、「この死地を抜けたら、あとでいっしょに乾杯しようぜ!」とか。そういうのと同じで、言ったヤツには、最悪の展開しか待っていない。(らしい)
 だから。
 だから、誰にも機織りの理由は話さず、ずっとこうして機を織る。

 (わたしには、これぐらいしかやれることがないから)

 それでなくても、なにかしてないと、気が狂いそうで、押しつぶされそうで。
 これが彼の無事につながるというのなら。というか、そういうこじつけでいいから、なにかに集中していたい。不安になる心を奮い立たせていたい。
 でないと、不安な方へ、悪い方へと、いっぱいいっぱい考えちゃうから。
 明順ミンジュンが結婚を申し込んでくれたおかげで、わたしは淑華シュウファさまのように、要らないものとして殺されることもなかった。まあ、父さまや兄さまがわたしに毒を盛るなんて、考えられないけど。それでも、私の知らないところで、明順ミンジュンのおかげってのもいっぱいあると思うから。
 それに。

 (帰ってきたら、いっぱい言いたいこともあるのよ!)

 何のためにわたしと結婚したの? とか、どうして夫婦のことをしようとしないの? とか。話したら、絶対喧嘩腰になると思うけど。もしかしたら、次こそ本気で愛想を尽かされるかもしれないけど。

 でも、話したい。会いたい。声が聞きたい。姿を見たい。
 欲を言うなら、触れたい。触れられたい。

 だから。
 だから、彼の無事を想って機を織る。
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