彼女(寵姫)以外は要らないと、後宮をお払い箱にされましたが、幼馴染の猛虎将軍が溺愛してくれるので問題ありません

若松だんご

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巻の十三、閑話‐つながる糸

 カタン。キィ――、パタン。
 カタン。キィ――、パタン。

 なにかの音が聞こえる。規則正しい音……ではない。どっちかというと、つっかえつっかえ、不規則でバラバラな印象の音。

 (機織り……?)

 そう思って、あたりを見回すが、そこに機屋はあるけど、中には誰もいない。
 機を織るだけの余裕がないのだ、この村は。
 白虎将軍として派遣された、諒州の村。
 租税として上げるべき絹。絹でなくても、村の者が身にまとう、麻、藤。それらを織って布に仕立てたくても、織り手となる女がいない。絹糸を吐き、繭を作る蚕を育てる桑の葉がない。
 家族を養おうと、女はその身を色街に売り、桑の葉は、蚕ではなく飢えた村人に貪り食われた。
 残ったのは、飢えた老人と幼い子供だけ。男は、鍬や鋤を武器に立ち上がって反乱を起こした。

 (どうしてこんなことに……)

 こうなるキッカケは、川の氾濫だった。
 上流から大量の土砂とともに押し寄せ、村人も田畑も家屋も濁流に呑み込まれ、残ったのは泥土と木々の残骸。
 それでも、上が村の復興に手を貸してくれていれば、こうはならなかった。
 しかし、上は、村がこんな惨状であっても、容赦なく税を取り立てた。
 いや、取り立てただけならまだいい。そこに追徴で税を重ねた。
 諒州は、皇太子殿下の領地。
 殿下は、お気に入りとなった寵姫のために、贅を凝らすために、諒州に税をかけた。今は、復興が先という臣下の言葉も聴かずに。
 この村は、かつて紅花の産地で、良質の紅が採れ、それで染めた絹糸、布は、都で憧れの一品だった。
 しかし今、ここで紅を採る者はおらず、染めも織りも行われていない。紅花は手入れされまいままに枯れ果て、養蚕も行われず、機には蜘蛛の巣がかかっている。
 
 (梨花リファ……)

 こんな惨状、彼女が見たら、なんて言うだろうか。
 なんにもしない、むしろここまで困窮していても税を取ろうとする皇太子殿下に、問答無用で殴りかかってるかもしれないな。
 
 「よかったら、これをお食べ」

 近く、動く力も無くした妹を、かばうように動いた幼い兄。その彼に、懐に入れていた飯を渡す。

 「ゆっくり食べるんだよ」

 垢にまみれ、頬も痩せこけてるのに、異様に膨らんだお腹。
 渡した飯を食べても、この子たちは生きられないかもしれない。一組の兄妹に飯を渡したところで、救いになるのかどうか。ただの自己満足にすぎないのかもしれない。
 けれど、渡さずにはいられなかった。きっと、彼女も同じことをするだろう。
 この飯一つで、少しでも生きながらえるのなら、それで助かる命があるのなら、自己満足でも偽善でも欺瞞でもいい。

 (梨花リファ、か……)

 あんなふうに泣かせてしまったのに。
 会ってももらえないぐらい嫌われてしまったというのに。
 それでもまだ、彼女のことを思ってしまう。
 自分が、彼女ナシに立っていられない、情けない男なのだと痛感する。

 こうして白虎将軍となれたのは、彼女のおかげ。
 室にこもって書ばかり読んでいた僕を、鍛えてあげると無理やり外に引っ張り出した彼女。いきなり木刀で殴りかかってくることもあった。
 滅茶苦茶だなあと思うけど、僕が別の誰かにイジメられてると、率先してその誰かを殴りに行く、年下の彼女。
 僕が池で溺れたら、自分も泳げないことを忘れて池に飛び込んでくるし。僕が風邪ひいたら、看病のために忍び込んでくるし。
 皇帝の命令で、後宮に入ることになったときも、家族のため、「否」と言わずに大人しく従ったって聴いた。
 滅茶苦茶だけど、一本筋の通った優しさを持ってる。
 だから。
 だから、そんな彼女を愛おしく思って。恋しくて。
 彼女のために戦功を立てた。
 白虎将軍となって、功績を残せば、皇帝から報奨が出る。
 報奨は、地位や金の場合もあるけど、僕は、彼女を下賜されることを願うつもりでいた。将軍に後宮の女性が下されることは、滅多にないけど、でもありえないこともない話。
 後宮に入った彼女が皇太子殿下の寵姫になるかもしれない。彼女が皇太子と相愛になることだって考えられた。寵姫として皇太子の御子を産む可能性もあった。
 でも。
 
 ――明順ミンジュン

 僕を呼ぶ彼女の声を聴きたくて。彼女を手に入れたくて、将軍にまで上り詰めた。
 だから。
 だから、彼女が後宮を出ることになったと聞いて、我慢できずに皇都に戻った。国の西方を護る白虎将軍として、あり得ない行動をとった。
 彼女を溺愛する家族が、彼女を家の恥として尼寺に入れるとは考えにくい。どちらかというと、「ヨーシヨシヨシ。お前をフル皇太子が悪い。見る目がないな殿下は」で、思いっきり猫っ可愛がりするだろう。
 それはそれで構わない。それで、彼女が癒やされるなら、それがいいだろう。
 だけど。その先で、誰かいい婿をとなったら?
 彼女の人となりを知れば、誰だって放っておかない。誰だって彼女に恋をしてしまう。
 それに。

 (ものすごく可愛くなってたし)

 後宮から戻ってきた彼女。
 自分の覚えている、幼い頃の彼女の可愛かったけれど、今はそれに大人っぽさというか、妖艶さというか。とにかく目の離せなくなる、不思議な何かを持ち合わせていた。
 結婚を申し込みに皇都に戻ったこと、英断だったと今でも思う。
 だけど。

 (彼女は、僕を愛してくれるのか?)

 結婚が決まってから。ムクムクと沸き起こった不安が、鎌首をもたげ始める。
 僕と結婚すると言ってくれたけど、それは、後宮から追い出されて、ヤケになった結果じゃないのか? 本当は、皇太子殿下に未練を残していて、それを吹っ切るために結婚を了承したのじゃないのか? 仕方なく、僕で妥協したのじゃないのか?

 そう考えると、彼女と結婚できて浮かれている自分が、情けなく哀れに思えてきた。
 まるで、猫に嫌われているのに、抱きしめ頬ずりする飼い主のようだ。餌と寝床があるから留まってくれているのに、勘違いして猫に慕われていると思ってる飼い主。
 だから、夫婦としてのことを行わず、彼女の兄のように接した。
 近づきたい。けど、嫌われていたら。
 強引に手に入れたくせに。その先に踏み込むのは怖かった。

 (これで、勇猛な白虎将軍なのだから。なんの皮肉か)

 彼女にも話した作戦。
 あれ以来、僕も敵からは「猛虎将軍」とあだ名されているけど。本当の僕は、猛虎でもなんでもない。彼女を手に入れたいのに、彼女に嫌われたくなくて手を出せずにいる臆病者。

 (だから、あんなふうに泣かせてしまった)

 泣かせただけじゃない。謝りたくても、会ってももらえない。
 それだけ、嫌われている。愛想もつかされている。
 なのに。

 (梨花リファ……)

 心が激しく彼女を求めている。
 会いたい。
 会って、声が聴きたい。笑った顔を、姿を見たい。
 欲を言うなら、触れたい。触れられたい。
 
 本懐を遂げるのは、彼女が僕を求めてくれるようになってから。僕が想う、その何万分の一でいいから、彼女が僕を想ってくれるようになってから。
 そう思ってるのに、どうしようもなく感情が暴走しそうになる。
 後宮を追い出されて。弱ってるところにつけ入って結婚しただけじゃなく、無理やりその体を押し開いて、自分を強引に刻みつけたくなる。

 (最低だ……)

 そんなことをしたら、彼女を泣かせるだけじゃすまない。永遠に彼女を失ってしまう。

 (こうして出征したのは、正解だったかもな)

 忙しく動かなければいけない日々。
 戦をするのではない。この村を復興させるために兵を動かす。
 どこから手をつけ、なにを成すべきか。
 そうしていることで、余計なことを考えずに済む。

 「将軍、敵の首領どもを捕らえました!」

 敵ではない。この先復興をともにする仲間だ。
 彼らだって、好きで反乱を起こしたわけじゃない。
 部下に反論したかったけど、言葉は呑み込む。

 「よし。ではまず話しがしたい。連れてきてくれ」

 ――諒州の反乱を収めよ。

 そう命じられて兵を従えてきた。だが、どのように反乱を鎮めるかまでは、言われていない。
 村を復興させて、反乱の根を断つ。兵は、村の復興に使わせてもらう。糧食だって、兵を飢えさせるわけにはいかないが、余剰分はここの人たちに配ってもいいだろう。
 僕は、戦って誰かの命を奪うより、そういった土木のほうが得意なんだ。

 「――縄を解いてやれ」

 連れてこられた反乱軍の首領。その打たれた縄を見て、兵に命じる。
 彼らは敵ではない。これからをいっしょにする相手だ。縄を打っていい相手じゃない。

 (梨花リファ)

 これが終わったら、必ず僕はキミのもとに行く。
 その時は。その時は、僕の思っていることすべてをキミに話す。
 だから。

 (待っていてくれ、梨花リファ)

 村人もほとんどいない場所で。
 なぜかずっと聴こえている機の音。
 遠くさざめく波のように。温かく。切なく。愛しく。
 不思議な機の音に勇気づけられ、僕は一歩前に出た。
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