彼女(寵姫)以外は要らないと、後宮をお払い箱にされましたが、幼馴染の猛虎将軍が溺愛してくれるので問題ありません

若松だんご

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巻の十五、潜入 突入、バッタンキュ~

 「ほ、本当にやるんですか、お嬢さま」

 「なによ、玉鈴ユイリン。ここまで来て、怖気づいたとか言わないでよね」

 「怖気づいたというわけでは……」

 ヒソヒソ。モゴモゴ。
 日も落ちて、夜闇に紛れ始めた路上で、玉鈴ユイリンと言い合う。

 「とりあえず、アンタは手筈通りに動いてよ」

 「それは構いませんが。でも、あの……」

 「なによ」

 「婚家に潜り込む妻というのは、その……」

 妻なのだから、正面切って入っていけばいいのでは?
 目の前にある、土塀の穴なんかからじゃなく。
 
 玉鈴ユイリンの言いたいことはわかる。
 離れていたとはいえ、ここは、わたしの嫁ぎ先。そこに入るのに、こんな土塀の穴はふさわしくない。堂々と正門から戻ればいい。けど。

 (どの面下げて、門をくぐれっていうのよ)

 泣いて怒って実家に帰って。迎えに来た夫にも姿を見せず。夫が出征する時にも会おうともすらしなかった鬼畜嫁。
 もしかしたらだけど、明順ミンジュンも愛想をつかしてるかもしれないのに。「嫁ですが、なにか?」みたいに、大手を振って入っていけるはずがない。「勝手に出ていったのに、どの面下げて入ってきた」みたいなことになったら。

 「大丈夫よ。わたし、こう見えてもこの穴はくぐり慣れてるの」

 自慢することじゃない。けど、ドンッと胸を叩いて笑ってみせる。

 「幼い頃は、ここをくぐって、病気の明順ミンジュンを見舞ったものよ」

 あの時も、こうやってこっそりと穴を抜けて会いに行った。
 明順ミンジュンが帰ってきてるのに、一度も会いに来ない。
 それはもしかして、会いに来れないほどの怪我をしているからかもしれない。白虎将軍になったからって、どんくさいのと弱いのは変わってないだろうし。
 だから、昔みたいに、コッソリお見舞いに行く。

 「大丈夫よ。アンタは作戦通り、門番を引き付けてくれれば」

 「でも……」

 「だから、大丈夫だって。遅くても明日の朝までには帰るから。アンタは先に家に帰ってて」

 家に帰って、わたしが室にいるフリをしておいて。

 「じゃあ、頼んだわよ!」

 気が進まないって顔の玉鈴ユイリンの背中を、ドンッと押し出す。
 
 (頑張れ、玉鈴ユイリン)

 門前の松明の光の届かない影から、彼女を応援する。
 少しふり返ってから、わたしの命じた通りに、門番の前まで歩いていき(でも、イヤイヤそう)、お腹を押さえてしゃがみ込んだ彼女。
 予想通り、門番たちが驚いて玉鈴ユイリンに近づく。

 (今ね!)

 パックリボロっと崩れた土塀の穴。
 以前通ったときより狭く感じたけど、なんとか通り抜け成功!

 (あとは……)

 暗い庭だけど、屋敷の間取りは覚えている。
 なるべく影の濃い所を選んで、茂みに隠れながら先へと進む。

 侍女を囮に、コッソリ忍び込む。

 自分でも何やってるんだって思う。こんなの。こんなのバレたら、本気で婚約解消されてしまうかもしれない。
 でも。
 それでも。

 (待ってるだけは、性に合わないのよ!)

 こんなふうに忍び込むのも、嫌がる玉鈴ユイリンを使ったのも。
 
 (みんな、みんな明順ミンジュンが悪いのよ!)

 わたしは、謝るつもりだったのに! 無事に帰ってきてよかったって言うつもりだったのに!

 (こんなことするのっ、明順ミンジュンが悪いんだからね! 全部!)
 
     *     *     *     *

 「――誰だ」

 鋭く誰何すいかの声を上げ、読んでいた書を置く。
 開け放たれた、庭に続く窓の外。人の気配はある。だが、姿は見えない。

 (刺客か)

 別に驚くことでもない。よくあることだ。
 シャランと、わざと音を立てて抜刀する。
 未熟な、気配を消すことすら知らない刺客。だが、油断したり同情したりすることはない。
 未熟な刺客を囮に、こちらを誘い出して別の刺客に襲われる――なんてこともある。だから、全身の神経を研ぎ澄ましながら、気配の溢れる茂みに近づく。
 もし、他にも刺客が隠れているのならば、先にこちらを殺してから、次を相手するだけだ。
 軽く息を吐き出し、覚悟を決める。
 人を殺めるのは好きじゃない。だけど。

 ザンッ。

 剣を振り降ろし、茂みごと刺客を斬る――が。

 「きゃああっ!」

 (えっ?)

 聞こえた悲鳴。茂みから現れた者。

 「――り、梨花リファ?」

 大きな目でこっちを見る、顔を紙のように白くした梨花リファ。自分の振るった剣先は、そんな彼女の体スレスレのところで止まっている。
 どうして? どうして彼女がこんなところにいるんだ?
 今、後ろから刺客に襲われても、対処できないぐらい驚いた。

     *     *     *     *

 「きゃああっ!」

 「――り、梨花リファ?」

 剣を持つ、険しい顔の明順ミンジュン。わたしの潜んでいた茂みを途中まで斬ったところで、固まって動かなくなった。
 「誰だ」って、聞いたことないような声で、誰何したし。剣を振るうなんて、知らなかったし。
 そんな。そんな怖い目でこっちを見てくるなんて、思ってもみなかったし。

 「あ、あ……」

 声が出ない。
 彼が、途中でわたしだと気づいてくれなかったら。力任せに剣を最後まで振るってたら。
 パラパラバサバサと舞い散っていった枝と葉。いっしょに舞ってたのは、わたしの首だったかもしれない。

 「梨花リファ、怪我は」

 いつもの彼の声色に戻ってる。いつものようにわたしを心配して、膝をついて手を差し伸べてくれる。けど。

 「梨花リファっ、しっかり!」

 フワッと遠くなっていく意識。
 崩れ落ちそうになった体を彼が受け止めてくれたことを最後に、わたしの意識は消え去った。
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