彼女(寵姫)以外は要らないと、後宮をお払い箱にされましたが、幼馴染の猛虎将軍が溺愛してくれるので問題ありません

若松だんご

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巻の十六、一度でダメなら、二度、三度

 ――申し訳ございません。僕が、彼女を驚かせてしまったばかりに。

 声が聞こえる。

 ――悪いのは僕です。ですから、どのようなお叱りも受ける所存。

 誰? 誰が誰に謝罪してるの?
 
 ――今日のところは帰ります。彼女が目覚めたら、すまなかったとお伝え願えますか。

 待って。待って、待って、待って。
 アナタはどこに行くの? わたしを置いて、どこに行ってしまうの?
 せっかく会いに行ったのに。せっかく会えたのに。
 お願い。行かないで。お願いだから――

 「――明順ミンジュンっ!」

 ギュッと、彼の衣を掴んだつもりだったのに。
 手にしていたのは上掛け。目の前にいたのは――

 「お嬢さま!」

 目を真っ赤に腫らしてわたしを覗き込んでた玉鈴ユイリン

 「よかった……。お嬢さま、よかった……」

 目を押さえ、何度も同じ言葉をくり返す。

 (ここ、わたしの室?)

 デデンと置かれた機。織り上げて、積み上げられてる筵のような絹布。
 室の隅には、読み終わった書も積み上がって放置されてる。
 見慣れた天井。肌に馴染んだ寝台。
 ここは、実家のわたしの室。

 (帰ってきちゃったんだ……)

 せっかく彼に会いに行ったのに。
 ウッカリ気絶してしまったせいで。こうして送り返された。

 「玉鈴ユイリン明順ミンジュンは?」

 「明順ミンジュンさまなら、お帰りになりました」
 
 「そう……」

 寝ているわたしのそばにいるのは、憚られるから。兄さまたちのところにでも待機してるのかと思ったのに。

 (帰っちゃったんだ……)

 家に戻されたこと、彼が帰ってしまったこと。
 一縷の望みもブチ切られ、玉鈴ユイリンが、「明順ミンジュンさまも明順ミンジュンさまです!」みたいにプンスカ怒ってるのも、どうでもよくなってくる。
 また置いていかれた。また会えなくなった。
 それだけが、心を占める。

 「お嬢さまっ!? どこかお辛いのですかっ!?」

 「ううん。なんでもないの……」

 とめどなく溢れる涙。
 辛い。こうしてまた会えなくなったことが、どうにも辛い。
 なんでもないなんてことない。心が張り裂けそう。

 (明順ミンジュン……)

 あんなふうに剣を突きつけられても。わたし、やっぱりアナタに会いたい。

     *     *     *     *

 「――お加減はいかが? 梨花リファさま」

 コンコンと叩扉の音に続いて、現れた人物。

 「お見舞いに参りましたの」

 「かわいい義妹いもうとが寝込んでいると聞いては、居ても立ってもいられませんわ」

 「お義姉ねえさま方……」

 長兄、次兄、末兄。三人の兄たちの妻、わたしの義姉たちが次々に室に入ってくる。
 次兄の妻は、まだ大きなお腹を抱えているけど、長兄と末兄の妻は、子どもを連れてきていない。
 ずっと寝ているわたしに、迷惑をかけちゃいけないとか配慮してくれたのだろうか。

 「室、広くなりましたわね」

 玉鈴ユイリンに用意してもらった椅子に腰掛け、長義姉が言った。
 同じ家に同居している彼女は、ここに大きな機がデデンとあったことを知っている。そして、その機も筵みたいな布が無くなったことも。

 機は、明順ミンジュンの無事を願って織っていただけのもの。彼が無事に都に戻ったのだから、その役目は終わり、わたしが寝ている間に、室から持ち出された。
 下手くそだけど、必死に織った布も。
 玉鈴ユイリンが気をきかせて片付けたのだろう。機も布も。その行方をわたしは知らない。

 「梨花リファさま。早く元気になってくださいな」

 「そうですわ。アナタに元気がないと、この家が暗くなってしまいますもの」

 次義姉と末義姉が口を揃えて言う。

 (優しいな、みんな)

 父さまや兄さまはもちろん、義姉たちも玉鈴ユイリンも。みんな優しい。
 わたしが勝手に忍び込んで、勝手にひっくり返っただけなのに。
 誰もが、わたしをいたわってくれる。
 後宮から帰ってきたときもそうだった。
 わたし、ただ何もやる気になれなくて、ただボーっと寝台に寝転んでいただけなのに。
 それをここまで心配してくれる。次義姉なんて、もうすぐ臨月だというのに。こうして、わたしを見舞ってくれた。

 「そうね。梨花リファさまには、ぜひとも元気になっていただかないと」

 義妹たちの言葉に、長義姉がウンウンと頷く。
 
 「そうでないと、呉家に絹布を贈った意味がございませんもの」

 ――――は?

 「あ、あの、義姉ねえさま?」

 絹布って。あの絹布ですかっ!?

 「明順ミンジュンさまのご帰還祝いにね。素敵な絹布をお贈りしたの」

 パチンと片目を閉じて、茶目っ気タップリに言う、末義姉。

 「驚いてらしたけど。でも、ちゃんと受け取ってくださいましたわ」

 う、うう、受け取ってっ!?
 明順ミンジュン、あの絹布ならぬ絹筵を受け取ったのっ!?

 「わたくしたちのかわいい義妹いもうとが織った布。それを受け取らないようであれば、一発ぶん殴ってやろうかと思っていたのですが。無駄になりましたわ」

 この拳。
 長義姉が、袖をめくって、握りしめた拳を見せてくれた。

 (う、受け取ってくれてよかった)

 恥ずかしいけど、受け取ってもらえなかったら、ぶん殴られてたかと思うと。

 「梨花リファさま」

 拳を解いて、長義姉が静かに話す。

 「いつまでもグジグジ寝付いてる場合じゃございませんわよ」

 「そうですわ。今こそ、殿方を落とす好機ですわよ」

 「『オレのために、絹布を?』って、なってるときが好機ですわ!」

 こ、好機って。

 「一度忍び込んで失敗したぐらい、なんです」

 「女なら、惚れた男のもとには、何度でも忍び込まなくては!」

 「一度でダメなら、二度、三度。それでもダメなら、四度、五度!」

 義姉ねえさまたちの圧、怖い。
 というか、どれだけ忍び込ませるのよ。

 「それぐらいの気持ちで挑まなければ、恋の果実は得られませんのよ」

 わたしが怯えたのを感じたのか。長義姉がフウッと息を吐いて、少しだけ気勢を落とした。

 「そうですわ。お義父とうさまや、兄さま方は反対なさるかもしれませんけど、それをあえて無視してガンガン行くのが女ってものですわ」

 「受け身で待っていたら、そのうち明順ミンジュンさまを、他の誰かに取られてしまうこともあるかもしれなくてよ?」

 同じように気勢を落としたのに、物騒なことを言う次義姉と末義姉。

 「一度や二度ダメなぐらいでいじけたり、くじけるような恋なら、本物ではありません。サッサと捨てておしまいなさい」

 「お義姉ねえさま……」

 「押してもダメなら引いてみな。それでもダメなら当たって砕けろ、何度でも」

 「わたくしたち、梨花リファさまを応援しているのよ。ですから――」

 ウギャッ!

 「サッサと寝台から起きなさい!」

 勢いよく上掛けを引っ剥がした長義姉。
 夜着一枚の体。冷たい空気に身をぶるっと震わせる。

 (見舞いに来たって人がやること? これ)

 寒さに身を抱きしめる。けど。

 (ありがとう。お義姉ねえさまがた)

 乱暴だけど、気にかけてくれているのは本当。
 わたしの恋(なのかな)が、成功することを願ってくれてる。

 「玉鈴ユイリン、支度するわ。手伝って」

 そうね。
 一度や二度の失敗で、ウジウジ籠もってるのは、わたしらしくない。わたしがすたるってもんよ。
 ガンガン前向きに進んでこそ、わたし。
 明順ミンジュンがわたしのことをどう思っているのか。
 好きなのか。嫌いなのか。
 飽きたのか。呆れたのか。
 上掛け被ってウジウジするのは、それを知ってからでも遅くない。

 「ありがとうございます、お義姉ねえさまがた。わたし、彼に会ってきます!」

 「大丈夫よ、梨花リファさま。わたくしたちがついておりますわ。明順ミンジュンさまが、とんでもない朴念仁でしたら、代わりに殴って差し上げますから」

 義姉たちが、そろって握り拳を高々と突き上げた。
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