彼女(寵姫)以外は要らないと、後宮をお払い箱にされましたが、幼馴染の猛虎将軍が溺愛してくれるので問題ありません

若松だんご

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巻の二十二、不穏な登城

 「――ゴメンね。急に呼び出したりして」

 皇宮。
 その城門の前で、明順ミンジュンが待ち構えていた。
 急な呼び出し。それも皇宮。
 知らせに来てくれた下男は、その理由も何も知らなくて。
 とりあえず、言われるままに着替えてきたんだけど。

 「こんな時になんだけど。スゴい似合ってる。キレイだよ」

 「ンもうっ!」

 一応、怒ったフリしたけど、そう言われて、まんざらでもない。
 皇宮への呼び出し。
 驚いたけど、その後の義姉の行動はとっても早かった。

 ――皇宮に上がるのでしたら、せいいっぱいおめかししなくては!

 言うなり、侍女に支度を命じた。
 体を洗う湯、着替えの衣、化粧道具。宝飾品。
 いや、わたしだってそれぐらいの支度はできますっ!
 全部が全部義姉にお願いするのも申し訳なくて、玉鈴ユイリンに衣装だけは揃えてもらった。
 急いで湯に浸かり、体を洗って(というか湯女にすみずみまで洗われて)、玉鈴ユイリンに持ってきてもらった、「とっておきの一枚」に着替えて。

 ――妻らしく、髪をまとめますわよ。

 いつも下ろしっぱなしだった髪を、お義姉ねえさまに結われた。

 ――髪を結うのは、妻の証ですからね。

 夫を持った女は髪を結う。
 女性の髪は、その夫のみ触れることができる存在。
 兄との間に二人の子を持つ義姉も、今のわたしと同じように髪を結い上げ、簪を挿している。

 ――これでよろしいわ。後は、お化粧して。フフッ。今の梨花リファさま、とっても肌艶およろしくて、やりがいありますわ。

 そっ、そうかなっ!?
 寝不足で、肌荒れしてそうだけど、肌艶いいのかなっ!?

 髪を初めて結い上げられて。太めの簪を挿されて。
 お化粧をほどこされれば、鏡の中に、「これが、わたし?」なわたしがいた。
 髪を結い上げるなんて初めてだし、そのうえお化粧までほどこされて。
 「明順ミンジュンなんて思うかな?」とか不安に思ってたから、「キレイだよ」に、心の底からホッとする。

 「ただ――」

 ただ?
 漏れた彼の声に、ビクっとする。
 どこか不満があるの? あるなら言って! できる限り、善処するから!

 「ただ、そのうなじ」

 うなじ? 彼が自身のうなじをトントンっと指でつく。――って、あ!
 
 「ヤッ、ヤダ!」

 意味がわかって、あわてて手で押さえる。

 うなじにあるもの。
 昨日の彼の吸い上げた痕。
 交わりながら、何度もいくつも吸い上げられた。吸い上げるだけじゃない。ピリッとした痛みもあったから、噛みつかれ痕もあるかもしれない。
 自分から見えないけど、おそらくいくつも痕が残ってるハズ。

 (って! お義姉ねえさまにも見られたってことっ!?)

 髪を結い上げてくださったのは、義姉さまなわけだし。

 (そーいや、髪を結い上げながら、「愛されてますわね」とか言ってた!)

 あれは、その痕を見つけての感想だったんだ!

 「ゴメンね。次からは、もっと隠れる場所にすることにするよ」

 いや、そういうことじゃないでしょうが!
 というか、また吸い痕(噛み痕)残すんかい!

 「か、髪、下ろしとく?」

 せっかく結い上げてもらったけど。

 「ダメ。キレイだし、僕の妻って感じで悪くないし。所有印は見せつけておきたい」

 「しょ、所有印って」

 「ああ、でもそのキレイなうなじを見せて、誰かに懸想されても困るか……」

 「懸想っ!?」

 わたしにっ!? 誰がっ!?
 するなら、わたしにじゃなくて、アンタにでしょうがっ!
 若草色の袍。首のあたり、袖に見える中の黒くてつややかな衣。
 鬢まで丁寧に撫でつけたその姿は、若い官吏にも見え――そうになかった。
 腰に下げた剣。それと、近くに立てば見上げる格好になるほどの体躯。それらが、官吏ではなく、彼が将軍なのだと主張している。
 誰もが憧れる白虎将軍。
 背中に傷一つ負わず、果敢に戦う将軍。兵を用いて武力でぶつかるのではなく、策略をもって敵を追い込む智将。

 「どうしたの?」

 そんな彼が、わたしに優しい視線を注ぐ。
 わたし、そんな彼の背中に傷をつける、唯一の存在なんだわ。
 彼に与えられる気持ちよさに耐えられなくて、何度も背中にすがって、何度も爪を立てた。
 悪いとは思うけど、なんか不思議と誇らしい気分。

 「なんでもないわ。それより行きましょう」

 ちょっとうれしくなって、鼻歌でも歌いたくなる。けど。

 「行きたくないな」

 ハアッと、彼がおおげさなため息を吐き出して立ち止まる。
 ――? なんで? わざわざ呼び出したんだから。なにか用事があるんじゃないの?

 「こんなキレイなキミ、回れ右して連れ帰りたい。その髪を解いて、かき乱して……」

 「なっ、ななっ、なに言ってんのよ! ふざけてないで、サッサと行くわよ!」

 血圧急上昇。顔を熱くして彼を叱り飛ばす。けど。

 「……お、終わったら、好きに乱していいから」

 小さな声でボソッと、自分の気持を伝える。
 毎日、散々睦み合ってるのに。
 「欲しい」と思ったのは、わたしも同じ。
 ここが皇宮じゃなかったら。彼と二人っきりだったら。
 そしたら「朝まで」じゃなくて、「朝を過ぎても」ずっと……。

 (ダメッ! ダメダメダメッ! 今はそんなこと、考えないっ!)

 でないと、勝手に体が火照ってくる。人前に出ることできなくなるっ!
 あんなに愛し合ってるのに、まだ欲しいだなんて。自分も彼も、欲望が底抜け、貪欲すぎ。

     *     *     *     *

 「――酒宴?」

 「うん。そこまで大きなものじゃないけど」

 皇宮の一角。
 案内されたこじんまりした一室に、明順ミンジュンと二人で入る。案内してくれた背の丸い年老いた宦官によれば、宴の用意ができるまでここで待っていてほしいとのことだった。

 「皇太子殿下がね。ずっと面会を申し込んでいたんだけど。殿下も僕と話をしたいとのことで、呼び出されたんだ」

 「話をするのに、酒宴?」

 酔っ払って、話をするの?

 「ああ、忌憚なく話したい時、お酒が出てくることは、結構あるんだよ」

 へえ。
 お酒なんて、「ウェ~イ。酒だ、酒、酒。ヒック」みたいな感じで、「姐ちゃん、カワイイじゃねえかぁ」みたいな絡む時に飲むもんだと思ってた。そりゃあ、酔っ払ったら礼儀もなにもなくて、忌憚なくというか、本音モロ出しで話しそうだけど。――それでいいのかな? 本音過ぎてもよくないんじゃない?

 「それに。殿下も僕たちも結婚したばかりだから。もしかしたら、そういうノロケをしたいのかもしれないね」

 のっ、ノロケッ!?
 殿下のノロケは、どうでもいいけど(できれば、面倒なので聞きたくない)、明順ミンジュンのは聴いてみたいかも。
 明順ミンジュンも殿下も、どちらも、「真実の愛を見つけた」教の信徒。ノロケて、「俺(僕)の妻が一番合戦」を始めなきゃいいけど。

  (淑華シュウファさま……)

 そこまで思って、ふと思考が止まる。
 この部屋の窓からは、建物に阻まれて見えない後宮。けど、そちらに想いをはせずにいられない場所。

 「どうしたの?」

 「ううん。なんでもない」

 頭を振って、考えるのを止める。
 あそこで暮らした日々。
 クソ皇太子の嫁になりたかった――なんて寸分も思っていない。むしろ、なれなくて万々歳に思ってる。
 けど。
 だからって、後宮から追い出されたせいで、会えなくなった人のことを忘れることはできない。
 家の恥と、尼寺に入れられた方はいい。時間が経てば、もしかしたら会いに行けるかもしれない。
 けど、淑華シュウファさまは。父親に毒杯をあおらされた淑華シュウファさまは。
 彼女の優しい声。おっとりした仕草。読ませていただいた物語。
 思い出がそこにしかないことが腹だたしい。そして、彼女の人生を狂わせたのが、その皇太子の純愛なのだから。

 (わたし、冷静に聞いてられるかな?)

 もしかしたら、「気づいたら皇太子殿下をぶん殴ってました~」をやっちゃうかもしれない。
 
 (いや、でもさすがに)

 それをしちゃったら、明順ミンジュンはもちろん、父さまや兄さまにも迷惑をかけちゃうから。それだけは、なにがあっても我慢よ、我慢!

 「――林御史大夫殿の令嬢のことを考えてたの?」

 「え? なんで……?」

 なんでわかるの?
 林御史大夫は、淑華シュウファさまのクソ父のこと。

 「噂で聞いてたから。後宮から帰るなり、病気で亡くなったって」

 ああ、そうか。表向きはそうなっていたんだっけ。
 それに、彼が戦に行く前に会いに来てくれた時、わたしの留守の理由を家の者から聞いてたのかもしれない。わたしが林家に出かけてるって。
 そこから、すべての情報を合わせて、わたしが淑華シュウファさまのことを偲んでるって発想になったのかもしれない。

 「そう……だね。考えてたんだ、淑華シュウファさまのこと。とても良くしてもらったから」

 お優しい方だった。大人しい方だった。そして、「これは秘密よ」と茶目っ気たっぷりに自分の恋を話す、愛らしい方でもあった。
 義姉たちとは、また雰囲気の違う、彼女もまた慕うべき「姉」だった。

 「そうなんだ」

 「うん」

 後宮でいいことと言ったら、淑華シュウファさまと出会えたことだけかもしれない。他の方とも楽しかったけど。淑華シュウファさまがお亡くなりになってるせいか、彼女との関係を特別良く思っている。思うからこそ、胸が張り裂けそうなほど切ない。
 淑華シュウファさまがいてくれたら。きっと今のわたしのことを、自分のことのように喜んでくれただろう。そして、「その続き、聴かせて?」と、物語の糧にするため、義姉よりも根掘り葉掘り聞いてきそう。

 「ゴメンね。辛いことを思い出させる場所に呼び出して」

 「大丈夫よ。これも妻の務めでしょ?」

 肩が震えそうになってたから、ギュッと抱き寄せられてホッとした。
 ありがとう。明順ミンジュン
 アナタがこうしてそばにいてくれるから。わたし、皇太子をぶん殴らずにいられそう。

 「――白虎将軍」

 コンコンっと叩扉の音がして、呼びかけられる。
 先程の宦官。
 入ってこないのは、「新婚の夫婦が二人っきりで室にいたら、そういうことやああいうことをしてる最中かもしれない」なんて気遣いされているからかもしれない。
 誰が皇宮で、そんなことするかっての!
 気遣いに腹立ったけど、抱き寄せられてる現状は、あながち間違ってもないような。

 「殿下が、少し話したいことがあると、お呼びでございます」

 この後酒宴で、さんざん話すのに? 酒の入る前、シラフで話しておきたいことがあるってこと?
 驚き、彼と顔を見合わせる。
 
 「わかった。参る」

 短く明順ミンジュンが告げる。

 「ゴメンね、梨花リファ

 「大丈夫だよ。別に一人でも待っていられるし」

 わたしだって、子どもじゃないんだから。心細いようとか思わないって。

 「うん。でも……」

 立ち上がったのに。「参る」って告げたのに。
 全然立ち去ろうとしない彼。――って。

 チュッ。

 「じゃあね」

 ようやく、室の外に出ていった彼だけど。

 (扉、開けられなくてよかったーっ!)

 まさか、最後に口づけを残していくなんて!
 宦官の気遣い、本気で助かった。
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