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第5話 バートン家。
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「かなり変わったお屋敷だわ……」
夜、自分用にあてがわれた部屋で、一人呟く。
執事のアルフォード、家政婦頭のミセス・アマリエ。その夫で料理長のハンス、アマリエとハンスの息子で従僕のジョージ。そしてリーナと同じメイドのエレン。
この広大な屋敷に、使用人はこれだけしかいない。
もちろん庭を管理するのに園丁もいるらしいが、彼は常勤ではなく、本宅である公爵家から時折やって来るだけなのだという。馬丁も同じで、必要な時以外は、馬とともに本宅に勤めているらしい。
「ここは、公爵家の離れだと思ってもらえばいいわ」
そうミセス・アマリエは言うけれど、ここまで大きな「離れ」って……。
その規模の大きさに、リーナは口を大きく開けて驚くしかなかった。
(公爵さまともなれば、なんでもけた違いなのかしら)
大きすぎる「離れ」と言われるお屋敷。お屋敷の大きさに比べて極端に少ない使用人。
幸いなことに、主が一人なので、使われてない部屋が多く、そのほとんどは毎日掃除しなくてもいいというルールが存在していた。
時折は必要ではあるが、それでも、仕事が軽減されるのはありがたい。うっかり毎日やれ、などと言われたら、エレンとリーナ二人だけでは、寝ないでやっても終わることはないだろう。
そして、その人手不足がなせる業なのか、それとも、家族で雇われているせいなのか。この家の使用人仲間の態度は、とても家庭的だった。
使用人全員で食事を取る。使用人のなかにあるはずの階級すら、ここには存在しない。まるで、バートン家に招かれた親戚みたいに、どうかすると久々に帰ってきた家族のように彼らはリーナと接してくれた。
古いパンのかけらや、鍋のこびりついたスープではない。少し田舎っぽくはあったけれど、温かいハンスの料理は、素朴でおいしかった。
「本当は、この場でアナタを紹介するつもりだったのだけどねえ」
少し困ったようにミセス・アマリエが教えてくれた。
そのうえで、来たばっかりで気を使わなくてもよかったのよとまで言ってくれた。それをジョージが「でも母さん、リーナに食事を運ばせたじゃねーか」と混ぜっ返す。
「あら、あんなところで手持ち無沙汰にしているのだもの。つい、ね」
あっけらかんとミセス・アマリエも答える。
そのやりとりすらリーナには新鮮で、不思議なものだった。
親子らしい談笑を交わし、そこに時折エレンが混じる。ジョージとも仲よさそうにエレンが話す。
アルフォードさんは、それを聞きながら、満足そうにスープを飲み下す。
それは、まるで……。
(家族って、こんなものなのかしら)
リーナが描く理想の家族の晩餐。そこに並ぶのがジャガイモだけのスープであっても、きっと幸せを感じられる時間。
孤児のリーナには味わうことのできなかった、幸せの象徴。
食事の後片付けという仕事は残ってたけれど、それだってエレンと一緒に楽しく、まるで「家族のお手伝い」のような雰囲気で済ませることができた。エレンだけじゃない、ジョージも手伝ってくれる。おかげで、普通よりも早く自分にあてがわれた部屋に戻ることができた。
(ずっとここで働きたいけれど……)
こんな温かい家庭的な職場、二度と出会えないのではないか。
そして、こんな奇跡みたいな仕事を見つけることが出来たことを、神に感謝したくなる。
(今日の寝床、そして明日からの仕事を授けてくださり、ありがとうございます)
朝、イルゼンド伯爵家を出て、斡旋所へ。そしてこの家庭的な空気の漂う、ヴィッセルハルト公爵家へ。
朝には思いもしなかった幸運がここに待っていた。
(まだ、ご主人さまにはお会いしていないけど。これなら大丈夫かもしれないわ)
この屋敷、唯一の主であるクラウド・レオン・ヴィッセルハルト。
ミセス・アマリエは、明日、お会いすることが出来る。そう言っていたけれど。
こんな温かい雰囲気の使用人に囲まれているのだもの。きっと優しい方に違いないわ。
家族でまとめて使用人を雇うのだから、かなり変わっているのか。それとも、そういう家庭的な雰囲気がお好きな方なのか。
(でも、ご自分は、ご家族から離れて、ここに一人でお住まいなのよね)
寂しくはないのかしら?
余計な心配をしてしまう。
リーナより5つ年上の立派な貴公子だと、イルゼンド伯爵家でのウワサで聞いたことがある。伯爵家のお嬢さまとも交流があり、結婚相手としての候補にも挙がっていた。
(お優しい方だといいのだけれど)
いくら使用人同士が家庭的で温かくても、主が偏屈だったり冷酷だったりすると、やはり気が滅入る。
生きていくためとはいえ、やはり楽しい気分で仕事がしたい。
(まあ、なるようにしかならないわ)
明日のことは、明日考える。
顔も見たことのない人のことを、あれこれ考えても仕方がない。
リラックスを求めて、大きく息を吐き出す。
後頭部でまとめた髪を下ろし、入念にくしけずる。柔らかいけれど、少しクセのある栗色の髪が、背中いっぱいに広がった。
明日の朝、仕事をするための服と小物を点検してから、ランプの火を吹き消す。
部屋に残るのは、窓から差し込む月明りだけ。
明日もきっと早い。
目まぐるしかった一日に、心は興奮していたけれど、身体はかなり疲れていた。
早々にベッドにもぐり込むと、リーナはあっという間に眠りに落ちていった。
夜、自分用にあてがわれた部屋で、一人呟く。
執事のアルフォード、家政婦頭のミセス・アマリエ。その夫で料理長のハンス、アマリエとハンスの息子で従僕のジョージ。そしてリーナと同じメイドのエレン。
この広大な屋敷に、使用人はこれだけしかいない。
もちろん庭を管理するのに園丁もいるらしいが、彼は常勤ではなく、本宅である公爵家から時折やって来るだけなのだという。馬丁も同じで、必要な時以外は、馬とともに本宅に勤めているらしい。
「ここは、公爵家の離れだと思ってもらえばいいわ」
そうミセス・アマリエは言うけれど、ここまで大きな「離れ」って……。
その規模の大きさに、リーナは口を大きく開けて驚くしかなかった。
(公爵さまともなれば、なんでもけた違いなのかしら)
大きすぎる「離れ」と言われるお屋敷。お屋敷の大きさに比べて極端に少ない使用人。
幸いなことに、主が一人なので、使われてない部屋が多く、そのほとんどは毎日掃除しなくてもいいというルールが存在していた。
時折は必要ではあるが、それでも、仕事が軽減されるのはありがたい。うっかり毎日やれ、などと言われたら、エレンとリーナ二人だけでは、寝ないでやっても終わることはないだろう。
そして、その人手不足がなせる業なのか、それとも、家族で雇われているせいなのか。この家の使用人仲間の態度は、とても家庭的だった。
使用人全員で食事を取る。使用人のなかにあるはずの階級すら、ここには存在しない。まるで、バートン家に招かれた親戚みたいに、どうかすると久々に帰ってきた家族のように彼らはリーナと接してくれた。
古いパンのかけらや、鍋のこびりついたスープではない。少し田舎っぽくはあったけれど、温かいハンスの料理は、素朴でおいしかった。
「本当は、この場でアナタを紹介するつもりだったのだけどねえ」
少し困ったようにミセス・アマリエが教えてくれた。
そのうえで、来たばっかりで気を使わなくてもよかったのよとまで言ってくれた。それをジョージが「でも母さん、リーナに食事を運ばせたじゃねーか」と混ぜっ返す。
「あら、あんなところで手持ち無沙汰にしているのだもの。つい、ね」
あっけらかんとミセス・アマリエも答える。
そのやりとりすらリーナには新鮮で、不思議なものだった。
親子らしい談笑を交わし、そこに時折エレンが混じる。ジョージとも仲よさそうにエレンが話す。
アルフォードさんは、それを聞きながら、満足そうにスープを飲み下す。
それは、まるで……。
(家族って、こんなものなのかしら)
リーナが描く理想の家族の晩餐。そこに並ぶのがジャガイモだけのスープであっても、きっと幸せを感じられる時間。
孤児のリーナには味わうことのできなかった、幸せの象徴。
食事の後片付けという仕事は残ってたけれど、それだってエレンと一緒に楽しく、まるで「家族のお手伝い」のような雰囲気で済ませることができた。エレンだけじゃない、ジョージも手伝ってくれる。おかげで、普通よりも早く自分にあてがわれた部屋に戻ることができた。
(ずっとここで働きたいけれど……)
こんな温かい家庭的な職場、二度と出会えないのではないか。
そして、こんな奇跡みたいな仕事を見つけることが出来たことを、神に感謝したくなる。
(今日の寝床、そして明日からの仕事を授けてくださり、ありがとうございます)
朝、イルゼンド伯爵家を出て、斡旋所へ。そしてこの家庭的な空気の漂う、ヴィッセルハルト公爵家へ。
朝には思いもしなかった幸運がここに待っていた。
(まだ、ご主人さまにはお会いしていないけど。これなら大丈夫かもしれないわ)
この屋敷、唯一の主であるクラウド・レオン・ヴィッセルハルト。
ミセス・アマリエは、明日、お会いすることが出来る。そう言っていたけれど。
こんな温かい雰囲気の使用人に囲まれているのだもの。きっと優しい方に違いないわ。
家族でまとめて使用人を雇うのだから、かなり変わっているのか。それとも、そういう家庭的な雰囲気がお好きな方なのか。
(でも、ご自分は、ご家族から離れて、ここに一人でお住まいなのよね)
寂しくはないのかしら?
余計な心配をしてしまう。
リーナより5つ年上の立派な貴公子だと、イルゼンド伯爵家でのウワサで聞いたことがある。伯爵家のお嬢さまとも交流があり、結婚相手としての候補にも挙がっていた。
(お優しい方だといいのだけれど)
いくら使用人同士が家庭的で温かくても、主が偏屈だったり冷酷だったりすると、やはり気が滅入る。
生きていくためとはいえ、やはり楽しい気分で仕事がしたい。
(まあ、なるようにしかならないわ)
明日のことは、明日考える。
顔も見たことのない人のことを、あれこれ考えても仕方がない。
リラックスを求めて、大きく息を吐き出す。
後頭部でまとめた髪を下ろし、入念にくしけずる。柔らかいけれど、少しクセのある栗色の髪が、背中いっぱいに広がった。
明日の朝、仕事をするための服と小物を点検してから、ランプの火を吹き消す。
部屋に残るのは、窓から差し込む月明りだけ。
明日もきっと早い。
目まぐるしかった一日に、心は興奮していたけれど、身体はかなり疲れていた。
早々にベッドにもぐり込むと、リーナはあっという間に眠りに落ちていった。
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