1 / 8
第1話 ル・リーデル工房。
しおりを挟む
「あんの、クッソアマァッ!!」
バァンッ!!と荒々しく開かれた扉。ドスドスと床を踏み抜きそうな勢いの足音。
普段なら聞くこともないような罵声。
そのすべてに、なんとなく状況を察する。
ああ、ダメだったんだな、と。
こういう時、オレがどうしたらいいのか。先人が残してくれた名言がある。
すなわち。
――触らぬ神に祟りなし。
――君子、危うきに近寄らず。
――三十六計逃げるに如かず。
ってことで、そぉっと、そぉっと……。
「グリュウ――ッ!!」
ダメだ。逃走失敗。
おそるおそるふり返ると、バスッとカバンを投げ渡された。
「――――片づけといてくれ」
低く怒りを抑えた声。カバンを床に叩きつけなかったのは、ギリギリ保たれた理性のおかげだろう。
「……チックショッ!!」
代わりにガツガツ蹴られる椅子に机。怒りはまだまだ治まらないらしい。
あーあ。このカバンの中身があんな目に遭わなくて、ホントよかった。
渡されたカバンを守るように、ギュッと抱きしめ後ずさる。
「あのクソババア、俺の作品のどこが気に入らねえってんだ、クソッ」
イライライライラ、ノシノシノシノシ、ウロウロウロウロ、カミカミカミカミ。
狭い部屋のなかをグルグル回りながら爪を噛む。
「ちょっと落ち着いてよ、師匠」
怒りの回遊魚をなだめようと、声をかける。
気持ちはわからないでもないけどさ。
このままじゃあ、床は踏み抜かれ、椅子は蹴倒され、オレは弾き飛ばされる。
「……あのババア、な~にが『センスがない、上品さにかける、地味』だ。てめぇこそギンギラギンのケバケバクソババアのくせにっ!!」
あー、ダメだ。聞いちゃいない。
怒りで頭、いっぱいいっぱいなんだな。
「出かけてくる!!」
最後にカッコーンと椅子を蹴とばして、また出ていく。
ありゃ酒でも飲みに行ったか。
バタンッ!! と派手なデカい音とともに閉められた扉に首をすくめる。
仕方ない。
カバンのなかに入っていたのは、これでもかって数の宝石。
指輪にネックレス、ピアスにブレスレット。
ルビーに、サファイアに、パールに、ダイヤモンド。
金や銀に縁取られた宝石は、キラキラと光をはね返して美しい。師匠渾身の作品の数々。
それを一つ一つ傷がないかていねいに確認しながら棚に並べていく。
ここに仕舞われたら、おそらくだけど二度と日の目を見ない宝石たち。
――今日、師匠、帰ってくるのかな。
少しは怒りが治まってくれればいいけど。そんなことを思いながら、宝石たちを鍵付きの扉の向こうへため息とともにしまった。
* * * *
――ル・リーデル宝石工房。
それがオレの暮らす場所。
街の中心からやや外れたところにある、小さな宝石工房。
先代、師匠の祖父ちゃんが建てた工房で、先代亡き後は師匠が継いだ。
まだ二十代半ば。新進気鋭の若手宝石職人。
師匠はもともと先代の後を継ぐ気満々だったらしく、先代が亡くなるまで、一流の職人になるため、南の国で修行を重ねていた。
美の先駆者は南の国だから。あっちのほうがなんだってセンスがいい。南帰りの宝石職人となれば箔もつくし、仕事の依頼はひっきりなしだろう。工房だって大きくできる。
師匠はそんな野望を抱いて帰国したらしい。
最先端の技術とセンス。これさえあればなんとかなる、と。
でも。
現実は違った。
あそこでスゴイと言われても、ここでもスゴイと言われる保証はない。
案の定、この街で師匠のセンスが認められることはなかった。
――別に悪いってわけじゃないんだけどな。師匠のセンス。
師匠のセンスどうこうの話ではなく、美しいものに対する価値観が違うのだ。
南の国はいつの時代も豊かで栄えてる。常に余裕があるから落ち着いた、しっとりした雰囲気のものが好まれる。
一方、この街。
ここ近年、外交貿易で一気に金持ちになったせいか、派手なものが好まれる。落ち着きなんぞ、地味。とにかく派手に、とにかく豪華に。指輪に使う石はとにかく大きくってことで、ウズラの卵みてえにデッカイ石が好まれる。どうかすると投機目的で宝石を購入する者もいる。
師匠の磨いてきたセンスとは真逆なのだ。
そのせいか、工房は地味と判断され、依頼は少ない。工房と銘打ってはいるものの、ここにいるのは、オレと師匠だけ。弟子はオレの他にいないし、この先、希望する者も現れないだろう。
「サロンで気に入られれば、依頼も殺到するはずだ!!」
硬いパンと、薄い塩味豆だけスープに飽きた師匠が、自慢の作品を引っ提げて売り込みにいったのはほんの数時間前のこと。
狙った相手は、この街一番の銀行家の妻。銀行家なら海外とも取り引きがあるし、自分のセンスにも理解があるに違いない。サロンも手がけてるような人だし、顔も広いだろうから、注文客も増えるに違いない。
そう思って出かけてたんだけど。
結果は、あの通り。
おそらくだけど、「地味」とか「センスない」とか言われたんだろうな。
そして、一つも買い手がつかなかったと。
そういうことだろう。
……はあ。
秋の短い夕日が金色の光となって窓から差し込む。工房の棚に並んだ宝石の原石が、金粉をまぶしたような不思議な色合いに染まる。
しばらくまたあの硬いパンと薄い塩味豆だけスープか。
まあ、それがイヤってわけじゃないけど。
どうしようもなく、憂鬱な気分になって、何度目かのため息を吐き出した。
バァンッ!!と荒々しく開かれた扉。ドスドスと床を踏み抜きそうな勢いの足音。
普段なら聞くこともないような罵声。
そのすべてに、なんとなく状況を察する。
ああ、ダメだったんだな、と。
こういう時、オレがどうしたらいいのか。先人が残してくれた名言がある。
すなわち。
――触らぬ神に祟りなし。
――君子、危うきに近寄らず。
――三十六計逃げるに如かず。
ってことで、そぉっと、そぉっと……。
「グリュウ――ッ!!」
ダメだ。逃走失敗。
おそるおそるふり返ると、バスッとカバンを投げ渡された。
「――――片づけといてくれ」
低く怒りを抑えた声。カバンを床に叩きつけなかったのは、ギリギリ保たれた理性のおかげだろう。
「……チックショッ!!」
代わりにガツガツ蹴られる椅子に机。怒りはまだまだ治まらないらしい。
あーあ。このカバンの中身があんな目に遭わなくて、ホントよかった。
渡されたカバンを守るように、ギュッと抱きしめ後ずさる。
「あのクソババア、俺の作品のどこが気に入らねえってんだ、クソッ」
イライライライラ、ノシノシノシノシ、ウロウロウロウロ、カミカミカミカミ。
狭い部屋のなかをグルグル回りながら爪を噛む。
「ちょっと落ち着いてよ、師匠」
怒りの回遊魚をなだめようと、声をかける。
気持ちはわからないでもないけどさ。
このままじゃあ、床は踏み抜かれ、椅子は蹴倒され、オレは弾き飛ばされる。
「……あのババア、な~にが『センスがない、上品さにかける、地味』だ。てめぇこそギンギラギンのケバケバクソババアのくせにっ!!」
あー、ダメだ。聞いちゃいない。
怒りで頭、いっぱいいっぱいなんだな。
「出かけてくる!!」
最後にカッコーンと椅子を蹴とばして、また出ていく。
ありゃ酒でも飲みに行ったか。
バタンッ!! と派手なデカい音とともに閉められた扉に首をすくめる。
仕方ない。
カバンのなかに入っていたのは、これでもかって数の宝石。
指輪にネックレス、ピアスにブレスレット。
ルビーに、サファイアに、パールに、ダイヤモンド。
金や銀に縁取られた宝石は、キラキラと光をはね返して美しい。師匠渾身の作品の数々。
それを一つ一つ傷がないかていねいに確認しながら棚に並べていく。
ここに仕舞われたら、おそらくだけど二度と日の目を見ない宝石たち。
――今日、師匠、帰ってくるのかな。
少しは怒りが治まってくれればいいけど。そんなことを思いながら、宝石たちを鍵付きの扉の向こうへため息とともにしまった。
* * * *
――ル・リーデル宝石工房。
それがオレの暮らす場所。
街の中心からやや外れたところにある、小さな宝石工房。
先代、師匠の祖父ちゃんが建てた工房で、先代亡き後は師匠が継いだ。
まだ二十代半ば。新進気鋭の若手宝石職人。
師匠はもともと先代の後を継ぐ気満々だったらしく、先代が亡くなるまで、一流の職人になるため、南の国で修行を重ねていた。
美の先駆者は南の国だから。あっちのほうがなんだってセンスがいい。南帰りの宝石職人となれば箔もつくし、仕事の依頼はひっきりなしだろう。工房だって大きくできる。
師匠はそんな野望を抱いて帰国したらしい。
最先端の技術とセンス。これさえあればなんとかなる、と。
でも。
現実は違った。
あそこでスゴイと言われても、ここでもスゴイと言われる保証はない。
案の定、この街で師匠のセンスが認められることはなかった。
――別に悪いってわけじゃないんだけどな。師匠のセンス。
師匠のセンスどうこうの話ではなく、美しいものに対する価値観が違うのだ。
南の国はいつの時代も豊かで栄えてる。常に余裕があるから落ち着いた、しっとりした雰囲気のものが好まれる。
一方、この街。
ここ近年、外交貿易で一気に金持ちになったせいか、派手なものが好まれる。落ち着きなんぞ、地味。とにかく派手に、とにかく豪華に。指輪に使う石はとにかく大きくってことで、ウズラの卵みてえにデッカイ石が好まれる。どうかすると投機目的で宝石を購入する者もいる。
師匠の磨いてきたセンスとは真逆なのだ。
そのせいか、工房は地味と判断され、依頼は少ない。工房と銘打ってはいるものの、ここにいるのは、オレと師匠だけ。弟子はオレの他にいないし、この先、希望する者も現れないだろう。
「サロンで気に入られれば、依頼も殺到するはずだ!!」
硬いパンと、薄い塩味豆だけスープに飽きた師匠が、自慢の作品を引っ提げて売り込みにいったのはほんの数時間前のこと。
狙った相手は、この街一番の銀行家の妻。銀行家なら海外とも取り引きがあるし、自分のセンスにも理解があるに違いない。サロンも手がけてるような人だし、顔も広いだろうから、注文客も増えるに違いない。
そう思って出かけてたんだけど。
結果は、あの通り。
おそらくだけど、「地味」とか「センスない」とか言われたんだろうな。
そして、一つも買い手がつかなかったと。
そういうことだろう。
……はあ。
秋の短い夕日が金色の光となって窓から差し込む。工房の棚に並んだ宝石の原石が、金粉をまぶしたような不思議な色合いに染まる。
しばらくまたあの硬いパンと薄い塩味豆だけスープか。
まあ、それがイヤってわけじゃないけど。
どうしようもなく、憂鬱な気分になって、何度目かのため息を吐き出した。
0
あなたにおすすめの小説
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
まぼろしのミッドナイトスクール
木野もくば
児童書・童話
深夜0時ちょうどに突然あらわれる不思議な学校。そこには、不思議な先生と生徒たちがいました。飼い猫との最後に後悔がある青年……。深い森の中で道に迷う少女……。人間に恋をした水の神さま……。それぞれの道に迷い、そして誰かと誰かの想いがつながったとき、暗闇の空に光る星くずの方から学校のチャイムが鳴り響いてくるのでした。
少年イシュタと夜空の少女 ~死なずの村 エリュシラーナ~
朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
イシュタは病の妹のため、誰も死なない村・エリュシラーナへと旅立つ。そして、夜空のような美しい少女・フェルルと出会い……
「昔話をしてあげるわ――」
フェルルの口から語られる、村に隠された秘密とは……?
☆…☆…☆
※ 大人でも楽しめる児童文学として書きました。明確な記述は避けておりますので、大人になって読み返してみると、また違った風に感じられる……そんな物語かもしれません……♪
※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
鬼狩りトウヤ ―鬼でありながら鬼を斬る少年―
かさい さとし
児童書・童話
少年トウヤは、鬼に姉を殺された。
その夜、彼は復讐を誓う。
だが――
彼自身もまた、鬼だった。
鬼王の血を引きながら、角を持たず生まれた“異端”。
鬼の里を捨て、人間界へ逃れたトウヤは、鬼を狩る者として生きる。
鬼でありながら鬼を斬る少年。
その正体が知られれば、討伐されるのは彼の方だ。
それでも彼は刀を振るう。
姉を奪った鬼を、この手で滅ぼすために。
鬼を狩る者たちの中に、鬼がひとり。
やがて彼は知ることになる。
この復讐の果てに――
自分が“最後の鬼”になる運命を。
※毎日12時頃投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる