14 / 28
14.開かれた道
しおりを挟む
帰ろ。
すっげえダッサイ負け方だけど。それでも負けは負けだから。
剣道部の部室。借りた防具や竹刀を片付け、着替える。道着は、さすがに洗って返したほうがいいな。って、染み付いた匂いは、俺の汗なのか元々のものなのか、わかんねえけど。
(あ~あ。ふりだしに戻っちまったなあ……)
バサッと脱ぎ捨てた道着。
(マンマも桜町の小説もあてにできないとなると、どうすっかなあ~)
なんとしても夢について調べたい。
俺はなんの夢を見て、何に焦って、何に胸苦しくなっているのか。
(カウンセリングとかそういうの受けたほうがいいのか?)
よくあるナントカセラピー、もしくは催眠療法士みたいな。
マンマの言ってた「答えはお主の中にある」ってのがホントなら、もうそういう手段に頼ったほうがいいのかもしれない。
(このままじゃ俺、どうにかなっちまう)
誇張でもなんでもない。
このまま夢についてなんにもわからないままだと、絶対俺、狂うと思う。
知りたいこと、大事なことがそこにあるのに、ずっと手が届かないままなんて。
苦しくてたまらなくて、髪を掻きむしる。
コンコン。
「新里くん、いる?」
ノックと同時に開いた部室ドア。
「うぉわっ!」
「わっ! ごめん! 着替え中だったっ!?」
慌ただしく閉じられたドア。ってか、なんで俺、驚いてんだ?
男同士なんだから、別にパンイチ姿を見られても困ることねえのに。
「お、おう。もう大丈夫だ、桜町。着替え終わったから」
「きゃあ!」とかの悲鳴を上げないでよかった。そんなことを思いながら、ドアをこちらから開ける。
「新里くん、もう帰るの?」
「ああ。もうつきまとわねえって約束だったからな」
だから、これからは自分で夢をなんとかするし、普通のクラスメートとして接する。
「……ちょっと待って」
ツカツカと、自分のロッカーに近づいた桜町。
「なら、これを」
カバンの中から取り出してきたのは、タイトルもなければ、名前も書いてない、普通の、薄い灰色表紙のノート。
「これって……」
「今日だけ貸してあげるよ」
「いや、でも……。いいのか?」
そりゃあ、喉から手が出るぐらい、あんな無茶な試合をしてでも、なんとしても借りたいノートだったけどさ。
「――本当は、何があっても読ませたくないものだけどね」
フウッと桜町が息を吐き出した。
「おかしな夢、見てるんだろ?」
「え? ああ、うん……」
「困ってる人を見捨てておけるほど、僕は人でなしじゃないよ」
はい、と俺の手の上に載せられたノート。
「でもね、新里くん、これだけは覚えておいて」
俺の手の上に置いても、まだ手放さない桜町。真剣な目が、俺をジッと見つめてくる。
「これは、あくまでフィクション。僕が勝手に作り上げたフィクションだから」
「お、おう……。わかった」
小説なんてもんは、アニメとかドラマと一緒で、全部フィクションなんじゃないのか?
その必死さに、少し気圧される。
「あと、できれば。できれば、読んだ内容を忘れて欲しい。こんなの、覚えてなくていいから、忘れて欲しい。頼む」
「わかった。忘れる努力をする」
俺がそこまで言って、ようやく桜町がノートから手を放した。
それでもまだ、不安そうな、納得してないような、なにか言いたげな、中途半端な顔をしてる。ジッと俺を見て、瞳を揺らす桜町。少し開いた口は、間を置いてギュッと一文字に引き絞られた。
――――? なんでそこまで必死なんだ?
手にしたノート。にわかに不安が心に押し寄せる。
* * * *
(ここは、どこだ)
目を覚ました先にある、見知らぬ天井。
木組みの、年季の入った天井。
(――――っ!)
身じろぎした体に、激痛が走る。肩が焼け付くように痛い。
それでもわずかに視線を動かし、あたりを確認する。
床に寝かされた自分の体。そこから続く黒っぽい板間は、きちんと掃除がゆく届いてる証とばかりに、外から差し込む光を鏡のようにはね返す。
室を区切る柱の向こう、庇の先には、緑陰湛えた庭。
(あの庭は……見たことがある)
確か、菩提寺、興善寺の庭。この角度から眺めたことはないが、そこにある植栽に覚えがある。
(どうして興善寺に?)
疑問とともに、記憶が津波のように押し寄せる。
襲われた城。
民を守れと命じた父。
燃え上がる城と父の最期。
領民を守るため、山中で敵と対峙したこと。
そして、矢を射掛けられたこと。
(――――っ!)
再び襲う肩の激痛。
城が落ちたということは、ここも敵の手中にあるということ。
どうしてここに寝かされているのか。わからなくても、ずっとこのままでいいことはない。
「……グッ!」
痛みに悲鳴を上げそうになるのを堪え、震える体を叱咤し立ち上がる。
熱のせいか、痛みのせいか。よろめきながら、柱にもたれ支えられながら。
弱りきった体を無理やり動かし回廊に出る。
興善寺なら、父と何度も訪れている。どこをどう行けば山門にたどり着けるのか。どこを進めば誰にも見咎められずに外に出られるのか。
わかっている。
わかっているのに。
「クッ……」
何度も足を止め、浅く息をくり返す。
気は急くのに、体が思うように動かない。肩が痛い。右肩がずっと火を押し当てられてるみたいに焼けつく。視界も歪み、滴る汗はまとう夜着をしとどに濡らす。
それでも。
それでも前に進むことを止めない。
前へ。前へ。一歩でも先に。
「――千寿姫?」
もう少しで角を曲がる。
そこで、かかった若い男の声。
角の先から現れた二人の男。わずかに先を歩く男に見覚えがある。
「――――っ!」
その顔に、体中の力を腹の底にこめる。
震えそうな足で、床を踏みしめ、狙うそれめがけて飛びかかる。
「うわっ! 何を!」
男の腰にある太刀。それを奪う!
「真保さま!」
もう一人の男、従者が叫ぶ。
真保と呼ばれた男、私がかつて刀を交えた男の上に馬乗りになり、奪った太刀をその喉元に突きつける。
「……民を、どうした!」
「民?」
「山中に隠した領民たちだ! 領民たちをどうした!」
キョトンとした男の襟を掴み叫ぶ。
父に命じられ、私が守っていた民たち。
山の奥に逃したけれど、あの場で私が倒れたのだから、彼らが無事であるかどうか。無事であるという保証はない。
「お前……、そのために、室から逃げ出したのか?」
だったらなんだというのだ。
民を、彼らを守るのは私の使命。父から最期に命じられた、大切なこと。
「民を、みなを……」
たとえこの身がどうなろうと、彼らを守らなければ……。
「……姫っ!?」
グラリと揺れた体。意識が茫洋として、太刀柄を握る手からも力が抜ける。
「父……さ、ま……」
体が燃えるように熱い。
すっげえダッサイ負け方だけど。それでも負けは負けだから。
剣道部の部室。借りた防具や竹刀を片付け、着替える。道着は、さすがに洗って返したほうがいいな。って、染み付いた匂いは、俺の汗なのか元々のものなのか、わかんねえけど。
(あ~あ。ふりだしに戻っちまったなあ……)
バサッと脱ぎ捨てた道着。
(マンマも桜町の小説もあてにできないとなると、どうすっかなあ~)
なんとしても夢について調べたい。
俺はなんの夢を見て、何に焦って、何に胸苦しくなっているのか。
(カウンセリングとかそういうの受けたほうがいいのか?)
よくあるナントカセラピー、もしくは催眠療法士みたいな。
マンマの言ってた「答えはお主の中にある」ってのがホントなら、もうそういう手段に頼ったほうがいいのかもしれない。
(このままじゃ俺、どうにかなっちまう)
誇張でもなんでもない。
このまま夢についてなんにもわからないままだと、絶対俺、狂うと思う。
知りたいこと、大事なことがそこにあるのに、ずっと手が届かないままなんて。
苦しくてたまらなくて、髪を掻きむしる。
コンコン。
「新里くん、いる?」
ノックと同時に開いた部室ドア。
「うぉわっ!」
「わっ! ごめん! 着替え中だったっ!?」
慌ただしく閉じられたドア。ってか、なんで俺、驚いてんだ?
男同士なんだから、別にパンイチ姿を見られても困ることねえのに。
「お、おう。もう大丈夫だ、桜町。着替え終わったから」
「きゃあ!」とかの悲鳴を上げないでよかった。そんなことを思いながら、ドアをこちらから開ける。
「新里くん、もう帰るの?」
「ああ。もうつきまとわねえって約束だったからな」
だから、これからは自分で夢をなんとかするし、普通のクラスメートとして接する。
「……ちょっと待って」
ツカツカと、自分のロッカーに近づいた桜町。
「なら、これを」
カバンの中から取り出してきたのは、タイトルもなければ、名前も書いてない、普通の、薄い灰色表紙のノート。
「これって……」
「今日だけ貸してあげるよ」
「いや、でも……。いいのか?」
そりゃあ、喉から手が出るぐらい、あんな無茶な試合をしてでも、なんとしても借りたいノートだったけどさ。
「――本当は、何があっても読ませたくないものだけどね」
フウッと桜町が息を吐き出した。
「おかしな夢、見てるんだろ?」
「え? ああ、うん……」
「困ってる人を見捨てておけるほど、僕は人でなしじゃないよ」
はい、と俺の手の上に載せられたノート。
「でもね、新里くん、これだけは覚えておいて」
俺の手の上に置いても、まだ手放さない桜町。真剣な目が、俺をジッと見つめてくる。
「これは、あくまでフィクション。僕が勝手に作り上げたフィクションだから」
「お、おう……。わかった」
小説なんてもんは、アニメとかドラマと一緒で、全部フィクションなんじゃないのか?
その必死さに、少し気圧される。
「あと、できれば。できれば、読んだ内容を忘れて欲しい。こんなの、覚えてなくていいから、忘れて欲しい。頼む」
「わかった。忘れる努力をする」
俺がそこまで言って、ようやく桜町がノートから手を放した。
それでもまだ、不安そうな、納得してないような、なにか言いたげな、中途半端な顔をしてる。ジッと俺を見て、瞳を揺らす桜町。少し開いた口は、間を置いてギュッと一文字に引き絞られた。
――――? なんでそこまで必死なんだ?
手にしたノート。にわかに不安が心に押し寄せる。
* * * *
(ここは、どこだ)
目を覚ました先にある、見知らぬ天井。
木組みの、年季の入った天井。
(――――っ!)
身じろぎした体に、激痛が走る。肩が焼け付くように痛い。
それでもわずかに視線を動かし、あたりを確認する。
床に寝かされた自分の体。そこから続く黒っぽい板間は、きちんと掃除がゆく届いてる証とばかりに、外から差し込む光を鏡のようにはね返す。
室を区切る柱の向こう、庇の先には、緑陰湛えた庭。
(あの庭は……見たことがある)
確か、菩提寺、興善寺の庭。この角度から眺めたことはないが、そこにある植栽に覚えがある。
(どうして興善寺に?)
疑問とともに、記憶が津波のように押し寄せる。
襲われた城。
民を守れと命じた父。
燃え上がる城と父の最期。
領民を守るため、山中で敵と対峙したこと。
そして、矢を射掛けられたこと。
(――――っ!)
再び襲う肩の激痛。
城が落ちたということは、ここも敵の手中にあるということ。
どうしてここに寝かされているのか。わからなくても、ずっとこのままでいいことはない。
「……グッ!」
痛みに悲鳴を上げそうになるのを堪え、震える体を叱咤し立ち上がる。
熱のせいか、痛みのせいか。よろめきながら、柱にもたれ支えられながら。
弱りきった体を無理やり動かし回廊に出る。
興善寺なら、父と何度も訪れている。どこをどう行けば山門にたどり着けるのか。どこを進めば誰にも見咎められずに外に出られるのか。
わかっている。
わかっているのに。
「クッ……」
何度も足を止め、浅く息をくり返す。
気は急くのに、体が思うように動かない。肩が痛い。右肩がずっと火を押し当てられてるみたいに焼けつく。視界も歪み、滴る汗はまとう夜着をしとどに濡らす。
それでも。
それでも前に進むことを止めない。
前へ。前へ。一歩でも先に。
「――千寿姫?」
もう少しで角を曲がる。
そこで、かかった若い男の声。
角の先から現れた二人の男。わずかに先を歩く男に見覚えがある。
「――――っ!」
その顔に、体中の力を腹の底にこめる。
震えそうな足で、床を踏みしめ、狙うそれめがけて飛びかかる。
「うわっ! 何を!」
男の腰にある太刀。それを奪う!
「真保さま!」
もう一人の男、従者が叫ぶ。
真保と呼ばれた男、私がかつて刀を交えた男の上に馬乗りになり、奪った太刀をその喉元に突きつける。
「……民を、どうした!」
「民?」
「山中に隠した領民たちだ! 領民たちをどうした!」
キョトンとした男の襟を掴み叫ぶ。
父に命じられ、私が守っていた民たち。
山の奥に逃したけれど、あの場で私が倒れたのだから、彼らが無事であるかどうか。無事であるという保証はない。
「お前……、そのために、室から逃げ出したのか?」
だったらなんだというのだ。
民を、彼らを守るのは私の使命。父から最期に命じられた、大切なこと。
「民を、みなを……」
たとえこの身がどうなろうと、彼らを守らなければ……。
「……姫っ!?」
グラリと揺れた体。意識が茫洋として、太刀柄を握る手からも力が抜ける。
「父……さ、ま……」
体が燃えるように熱い。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる