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第3話 魔王さまはご機嫌ナナメ。

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 (うわ……っ!!)

 バァンッ!!と荒々しく開かれた扉。勢い良すぎて蝶番、壊れそう。

 「茶っ!!」

 「はっ、はいっ!!」

 大股でノシノシ歩いてくる将軍。
 用意していたお茶の出番があったのはうれしいけど、その勢いと形相に、ピアッと震えあがってしまう。お尻のあたりから頭のてっぺんまで、ビビビッと毛が逆立つ感覚。

 「落ち着きなよ、ヴィラード」

 将軍に続いて、開け放たれた扉から入ってきたのは、アルディンさま。その数歩後ろにはエイナルさんがつき従う。

 「そんな怒ったって、仕方のないことなんだからさ」

 「――怒ってなどいない」

 ドカッと椅子に腰かけ、眉間にしわを寄せたまま、髪を掻き上げ、握りしめる将軍。口角引きつったその顔。世間ではその表情、態度を「怒ってる」というんです、将軍。

 「何が、『時が来たら姿を現す』だ。ふざけるな」

 ほら、怒ってる。
 言ってる意味はわかんないけど、怒ってることはヒシヒシと感じ取れる。

 「……なにが、あったんですか?」

 小さな声で、アルディンさまに訊ねる。

 「王女に会わせろって願い出たらね、『王女は、時が来たら夫となる者の前に姿を現す。それまでは、待て』って言われちゃったんだよ」

 「時が来たら?」

 「うん。それまで、王女は誰にもお会いにならないそうなんだ」

 「夫候補にも、ですか?」

 「うん。そういうしきたりらしいよ。僕も、お姿を拝したことがないんだ」

 へえ。
 将軍だけでなく、高位貴族出身のアルディンさままでお会いしたことがないなんて。ちょっと意外。

 「おい、茶だ!!」

 「は、はいっ!! ただいまっ!!」

 いつでも飲めるようにと、用意しておいた簡易コンロ。温めておいたケトルからお湯をポットに注ぐと、フワリと茶葉の香りがあたりに漂う。

 「――夫候補にも姿を見せないなど。いったいどうやって選ぶ気なんだ」

 もうすでに選んでるから、姿を見せないってことはないのかな~。あー、でもそれだと、今すぐにでもアルディンさまの前に姿を見せてもおかしくないよね。
 夫候補がどんな人物か、物陰からコッソリ覗いてる――なんてしようものなら、将軍にアッサリ見破られちゃいそうだしなあ。

 「本当に存在するのか? 王女殿下は」

 「ヴィラード、それは」

 アルディンさまがたしなめるけど、その部分、わたしも将軍に同意する。
 だって。

 (誰も見たことないんだよね、王女さま)

 この王宮に来てから二か月。わたしも王女さまを見たことなければ、ウワサも聞いたことがない。
 「いる」って言われてるんだから、「いらっしゃる」んだろうけど。誰に聞いても、その人となりとか容姿とか、ちっとも伝わってこないのよね。聞こえてくるのは名前だけ。

 スティラ王女。芳紀19歳。
 現女王、リュミエラさまの孫娘。ご両親はすでに他界。
 ――以上!!

 これではね。
 将軍じゃないけど、存在を疑っちゃうわよ。
 かろうじて、「竜の血を引くのだから、髪は赤いのだろう。目は金をまぶしたような色をされているはずだ」というウワサ? 想像程度のことは耳にした。リュミエラさまの孫なのだから、容姿もにていらっしゃるだろうっていう想像。
 あとは、「王女なんだから、お美しいはずだ。――多分」と、「王女なんだから、お優しいはずだ。――おそらく」。「多分、おそらく、そうだといいな」という、願望混じりのことしか聞こえてこない。名前と立場と年齢からの、勝手な妄想と期待だけが大きく膨らんでる感じ。 

 (これで、とんでもないブサイクで、イジワルな王女だったらどうするんだろ)

 二目と見れないブスで、手のつけられないワガママだったりしたら。それか、誰にも会わないように引きこもって、手あたり次第におやつばっかり食べて、お腹の大きな王女さまになってたとしたら。

 (それはそれで、面白いんだけどなあ)

 将軍やアルディンさまには申し訳ないけど。姿を見せない理由が、「太ってるから」だったりとかして、「痩せましたらお会いいたしますので、しばらくお待ちください」っていうのが本音だとしたら。――ゴメン、笑いそう。

 「ミリア?」

 「ああ、すみません」

 勝手に想像して、吹き出しそうになった笑いをなんとかこらえて、お茶をカップに注ぐ。
 まずは将軍の分。それから、もう一杯。アルディンさまの分。

 「とりあえず、ここはしばらく辛抱するしかないよ、ヴィラード。ああ、砂糖を一個入れてくれるかな?」

 言われた通り、角砂糖を一個、アルディンさまのカップに落とす。

 「だが、このままでは。身体が鈍る」

 アルディンさまに諭され、ブスッと腕を組んで口を曲げる将軍。大人げない仕草だけど、それがひときわ恐ろしい。不機嫌魔王のオーラ、出てます。

 「身体が鈍るって……。キミ、ここの衛兵相手に、日々剣術稽古に励んでいるじゃないか。キミの相手をさせられて大変だって、衛兵たちがぼやいてたよ? 毎日、ヘトヘトになるまでやらされるって」

 「あんなの、稽古のうちに入らんっ!!」

 そ、そうなんだ。
 衛兵だって、それなりに身体を鍛えてるだろうに。その人たちが悲鳴を上げるまでになるんだから、いったい、将軍はどれだけ鍛えたら気が済むんだろう。
 これは、衛兵さんたちの身体のためにも、一刻も早く王女さまにお出ましいただいたほうがいいのかもしれない。

 「……どうぞ」

 カチャリとお茶の入ったカップを、将軍の前にある机の上に置く。どんなイラつきのとばっちりが飛んでくるのかわからないので、視線を合わせるのは遠慮しておく。
 
 「ありがとう、ミリア」

 ついで、立ったままのアルディンさまにソーサーごとカップをお渡しすると、ニッコリ笑顔のお返しがあった。将軍で緊張した分、こっちでほぐされる感じ。
 
 (お二人、足して二で割れば、ちょうどいいあんばいなのになあ)

 魔王の将軍と、王子のアルディンさま。
 割ったら、将軍の恐ろしさも半減するだろう。

 「とにかく。お前のところに王女か現れたら、速攻で知らせろ。俺はそれを見届け次第、砦に戻る」

 「キミのところに王女がいらっしゃる可能性だってあるのに」

 「俺のところには現れん。王宮の連中と同じだ。俺には寄りつかん」
 
 「同じって……」

 「お前のところには、連日、誰かしら訪れているのだろう? こことは違って、お前の部屋は居心地いいらしいからな」

 それはおそらく、アルディンさまが王配に選ばれると予測してる人たちのことだ。未来の王配はアルディンさま。だから、今のうちに取り入っておこうと考える人たちが、連日、ひっきりなしにアルディンさまの元へ通ってる。アルディンさまもお優しいから、そういう下心満載の人たちでも、嫌な顔一つせずに受け入れてるけど。

 「別に、やっかんでるわけじゃないぞ。俺にしてみれば、お前が王配に選ばれることのほうが正しい道だと思うし、お前が王配に選ばれるべきだと考えている」

 「ヴィラード……」

 「お前が王配となって王女を助け、俺が将軍として国を守る。それが理想の形なんだ。俺に、王宮での暮らしは似合わないからな」

 「…………」

 将軍の言葉に、アルディンさまが、肩をすくめて軽く息を吐き出した。

 見たことも会ったこともない相手の夫になれ。夫にはお前が相応しい。
 そう言われて、アルディンさま、どう思っていらっしゃるんだろ。
 ちょっと聞いてみたい気がした。
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