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第4話 魔王さま、お仕事です。

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 「これは、確認し終わったから、そのまま返却しておいてくれ。こっちは確認はしたが、まだ読み返したいので保留だ」

 執務机に向かって、ドカッと座る魔王さま。――訂正、ヴィラード将軍。

 「イシュルからの報告書はどうなった?」

 「書き写し終えております。返却しても?」

 「ああ、頼む」

 「ノルラからの報告はこちらに。リゼからのも合わせて必要になるかと思いまして、用意してございます」

 あちらからこちらへ。こちらからそちらへ。魔王とその手下、将軍の手からエイナルさんの手へ。そのまた逆へ。
 飛び交う書類と、言葉のやり取り。
 剣術稽古に日々、精を出してた将軍だけど、アルディンさまから「衛兵たちが悲鳴をあげてた」なんて聞かされたもんだから、今は、衛兵さんたちの代わりに書類と対峙している。
 書類を相手に、ああでもないこうでもないとビシバシ判断していくところは、剣を持ってふり回してるのと、あまり変わらない気がする。

 「リゼのものは、過去五年間のものを集めておきましたが、もう少し必要でしょうか」

 「いや、五年あれば充分だろう。それより、ノルラもリゼも――これだけか?」

 「はい。財務長官は、これだけだと申しておりました」

 ――なにがなんだか。
 はたで見てるしかないわたしには、彼らのやり取りが何を意味するのか、サッパリわからない。多分、政務か財務に関する書類の、大事なことを話しているんだろう。

 それよりも。

 (これ、どうしよう……)

 お盆に載せたカップを見下ろす。
 「お茶!!」と言われ、淹れたものの、渡すタイミングがない。
 「お茶です」と言って渡せばいいのかもしれないけど、あっちからこっちへ、こっちからあっちへと会話が続いてて、口を挟む隙がない。
 ならばと、机の端にでもそっと置けばいいのかもしれないけど、あいにく机は書類でごった返してる。下手に置いて、カップをひっくり返されて書類を汚したりしたら……。考えるだけでも空恐ろしい。
 で、行くも帰るもできずに、お茶は、わたしの手のなかで渋滞中。どうしよう。このままじゃ、お茶、冷めちゃうし。かと言って、淹れ直すのもちょっと……。

 「ここは、書面だけではよくわからないな。誰かに訊いておきたいのだが……、お茶っ!!」

 「はひっ!!」

 突然の呼びかけ、というか怒鳴り声。
 驚いた拍子にカップが大きな音を立てたけど、とりあえず、お茶をこぼしてないのでセーフ。

 「ど、どうぞ……」

 おずおずとお茶を差し出す。

 「――ぬるい」

 将軍の顔が歪む。

 「すすす、すみませんっ!! 今すぐ淹れ直しますっ!!」

 「構わん」

 わたしの謝罪を遮って、ズズッと最後まで飲み干した将軍。美味しそうに……ではないけど、とりあえず、喉は潤せたよう。

 「お前、字は書けるか?」

 「え? あ、はい。とりあえずは」

 「なら、ここでこの書類を書き写しておいてくれ」

 へ? 書き写し? わたしが?

 立ち上がった将軍に、ワルツかなにかを踊るような、無駄のない所作で座らされた椅子。そこは、さっきまで将軍が座っていた所。椅子が温かい。

 「俺はしばらく留守にする。時間をかけてもいいから、写し間違いのないようにだけ頼む」

 「はい、わかりました」

 わたしの返答を聞くより先に、将軍がエイナルさんを従えて部屋を出ていく。
 
 「いってらっしゃいませ」

 見送りの言葉は、扉が閉まる音と重なった。
 将軍たちが出ていって、途端に静かになった部屋。
 クルンッ、ストンッ、パタンと、流れるような一連の動きに、あっけにとられてしまう。そつがないというのか、なんていうのか。
 ポイポイポイポイと渡された書類のついでに、「はい、これ、書く」みたいな仕事の受け渡し。お茶を渡せずにオタオタしてるよりは、何倍もマシだけど。
 
 (って、そんなこと考えてるヒマはないのよ)

 ハッと我に返り、与えられた仕事を再確認する。
 机に残されていたのは、さっき将軍とエイナルさんが話してた、リゼの街から上がってきてた報告書とまっさらな紙。これを書き写しておけ、そういうことなんだろう。

 (どれどれ……。うん。これなら書けるかも)

 報告書は、街の税収などを記したもので、数字が中心となって書かれている。何がどうとか、詳しくわからなくても、書き写すぐらいならどうにかなりそうだ。

 (よっしゃ!!)
 
 軽く腕まくりをして、書類に取り掛かる。インク壺にペン先を浸し、紙に数値を書きこんでいく。
 間違えないように慎重に。読みやすいように丁寧に。

 (これ、インクがかなり減ってる――)

 浸けるたびに、目につくインクの減り。毎朝、エイナルさんがインクを補充してるのに、今、残ってるのは半分ぐらいの量。

 (それだけ、たくさん将軍が書いたってことだよね)

 何を書いてるかは知らないけど、それだけ書かなきゃいけないことがたくさんあるんだろう。
 
 (将軍って、剣をふるうだけじゃダメなのかな)

 それとも、王配になる可能性を考えて、色々書いたりしてるのかな。

 (いやいや、「俺が選ばれるわけがない」って自分で言ってたじゃない)

 王配にはアルディンさまが相応しいって。自分はサッサと砦に戻りたいって。
 でも……。

 (将軍が怖いだけの人じゃないってわかったら、王女さま、少しは将軍のことも考えてくださるかな)

 こうやって仕事熱心な部分もあるし。道に転がってたわたしを拾って、雇ってくれるだけの優しさは持ち合わせてるし。
 人を石化させるような眼光を持ってるけど、悪い人じゃないし。

 (目が怖かったら仮面でもつけさせて、声にビビるのなら口も塞いでおけば大丈夫よね)

 そしたら、きっと怖くなくなるだろうし。
 捩じれた角でも生えてきそうな顔だけど、それをモフモフの耳に変えたら――面白すぎる。

 (あー、ダメ。笑ってる場合じゃないのよ)

 ちゃんと清書しなくちゃ。
 この書類にどんな意味と理由があるのか知らないけど、命じられたことはキチンとこなさなきゃ。
 でも……。

 (うさ耳なんか、可愛くて……ププッ。ダメ、想像が追いつかない~)

 笑いをガマンするもんだから、お腹が痙攣しちゃう。
 可愛くして、怖くないようにするつもりだったのに、面白いの方へ進んじゃった。
 うさ耳将軍。かなりの破壊力。
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