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第8話 魔王さまのライバルは。

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 「ミリア!!」

 「あ、アルディンさま……(ゲッ)」

 柑橘水を持って、厨房を出たところでアルディンさまに出くわす。
 いや、アルディンさまにお会いするのは悪くないんだけどね? 問題はその周辺。アルディンさまを取り囲むように、アルディンさまをガードするかのように取り巻いてた女性たちの視線が一気にこちらに突き刺さってくる。最後の「ゲッ」は、そのために発せられたもの。もちろん、声に出してなんかない。心のなかだけで言ったこと。

 「ヴィラードは?」

 「え、う、はい。今は、衛兵さんたちの詰め所におります」

 「また、稽古をつけてるのか。まったく、なにかあるとすぐ剣を振りたがる。あれはもはや病気だね」

 アルディンさまが困ったように髪を掻き上げる。そのお姿、とってもかっこよくって見惚れてしまいそうなんだけど――ハッ。周囲の視線が怖い。同じようにうっとりしてる人もいるんだけど、「コイツ、馴れ馴れしく話すんじゃねえよ」って視線もある。
 将軍がいる時は、アルディンさまの周りにそういう視線持ちの女性はいないから助かるんだけど、今は将軍不在だから、視線が容赦なく襲ってくる。
 将軍がいると、そういう女性たちは将軍を恐れて、潮が引くように、サアッといなくなるから。怖い女性よけなのよ、将軍って。

 「ミリアは、今、何してるの?」

 女性たちの視線をどう思っていらっしゃるのか。まったく頓着しないかんじで話しかけてくるアルディンさま。ついでに言えば、歩き出したわたしについてきた!!

 「将軍に言われて、柑橘水を用意してあちらに持って行くところです」

 怖いっ!! 怖い、怖い、怖いっ!!
 女性の視線が半端なく怖いですっ!!
 アルディンさま、ついてこなくて結構ですってば!!
 アルディンさま、王女さまの王配候補となっても、人気あるからなあ。
 金髪碧眼、柔らかな物腰と優雅な雰囲気の上位貴族の子弟アルディン・グレヴィリウスさま。
 整った顔立ち、均整の取れた体格と、女性なら惚れるであろう要件そなえられたアルディンさまは、「王子(勇者)」とあだ名されてる。将軍の「魔王」とは真逆の存在。
 こうして女性たちに取り囲まれても嫌な顔ひとつせずに接してくださるし、わたしのような下っ端にも気さくに声をかけてくださる。
 優しい。優しいんだけど。
 その反動で引き起こされる女性の視線がとんでもなく恐ろしい。
 視線で人を殺せるなら、わたしは少なくとも十数回はあの世に旅立ってることだろう。
 文句が言えないからか、代わりに無言のまま後ろについてくる女性たち。怖いよ。
 
 「ミリアは、ヴィラードに仕えて、長いんだっけ?」

 「いえ、もうすぐ三ヶ月ってところです。将軍に拾っていただいて、ちょうどそれぐらいですから」

 「拾って?」

 「はい。あれ? ご存知なかったんですか?」

 「うん。ヴィラ―ドに仕えてる奇特な侍女としか聞いてない」

 “奇特な侍女”。“気の毒な侍女”とか、“人身御供”とか言われてないだけマシか。

 「わたし、将軍のいた砦の近くで拾われたんですよ。記憶もなにも失って、コロンッと道端に転がってましたから」

 「道端に?」

 「はい。“コロン”じゃなきゃ、“ゴロン”、“ポトン”ですかね。ポタッと落ちてたみたいですよ」

 「そんな、巣から落ちた雛鳥じゃないんだから」

 「でも、名前もなにも全て無くしてて。“ミリア”って名前は、将軍が便宜上、名がないと不便だからってつけてくださったんです」

 ――不満なら、“ヨレヨレ”でも“ハネハネ”、“ヘニョヘニョ”でもいいぞ。

 わたしを拾った時に将軍が言った台詞。
 さすがに、“ヨレヨレ”は嫌だったので、全力でお断りした。“ハネハネ”は、わたしの髪がとんでもなく乱れてたから……だそうだ。
 助けてくれてなんだけど、ものすごく失礼すぎない? その名前。

 「行くあてもなかったわたしを、将軍は侍女として雇ってくださったんです」

 食う寝る処に住む処。それと仕事。
 将軍は、拾ってくれただけじゃなく、それ以外のこともいろいろ世話してくれた。

 「ミリアは、ヴィラードが怖くないの?」

 「へ?」

 「いや、恩義があったとしても、あのヴィラードによく仕えてるなって思ったから」

 「え、まあ、普通に怖いですよ?」

 わたしだって、人並みの心、感情は持ち合わせてる。

 「怖いの? てっきり、怖いもの知らず、もしくはとんでもなく度胸があるんだって思ってたんだけど」

 「ヒドいです。わたしだって、怖いものの一つや二つや三つや四つぐらいありますよ」

 今だって、後ろの女性たちが怖いし。

 「そんなにあるんだ」

 クスクスと笑うアルディンさま。

 「まあ、一番怖いのは、将軍の視線ですけどね。“怖い”って言葉の代名詞みたいなもんですし。あの目で見られると、なんかこう、心の底っていうのか内蔵まで見透かされてるような気になるんですよね」

 「そこまで? 内蔵って……、さすがにそれはないと思うけど」

 「いやいや、ありますよ、あの視線には。“すべてお見通しだぞ”っていう透過光線が含まれてるんです!!」

 “お前、俺の大事に残しておいたプリンを勝手に食べただろ!!”、“いえ、そんなことはっ!!”、“その腹のなかに納まってるのが何よりの証拠だっ!!”、“ひえ~、すべてお見通しでしたか~(平伏)”みたいな。いや、将軍はプリンを隠しておいたりしないけどね? わたしも勝手に盗み食いしないけどね?
 それぐらい見透かされそうな気がするってこと。

 「ミリア、なんかヴィラードに対してやましいことでもあるの?」

 「へ?」

 「見透かされて怖いってことは、見透かされたくないこと、やましいことがあるってことだよね?」

 アルディンさまがいたずらっぽく笑う。
 けど、なんですか、その逆説的な理由は。

 「ななな、ないですよっ!? そんなものっ!?」

 「本当に?」

 「ほほほ、本当ですっ!!」

 ダメだ。いくら言っても声が引きつってるし、説得力がない。

 「――これ、誰にも言わないでくれますか?」

 観念して、アルディンさまにだけ、本当のことを話す。

 「わたし、将軍で想像しちゃったんです。“モフ耳”つけたらかわいいかなって」

 「モフ耳!? ヴィラードをどうにかしようとするんじゃなくて、モフ耳!?」

 きれいな目を真ん丸にしたアルディンさま。
 “どうにかして”いるんだけどね、モフ耳。
 アルディンさまのおっしゃりたい“どうにかして”は、殴りつけたり切りつけたりっていう物理攻撃を企てる“どうにかして”なんだろう。たしかにそれも、見透かされては困るし、やましいことかもしれないけど。
 そんなことしたら、百倍になって逆襲されるか、それとも……う~ん。考えるだに恐ろしい。

 「王女さまが姿を現さないのは、将軍が怖いからだろうって。将軍は、わたしのような身寄りのないものを助けてくれるぐらいお優しいのに、そのことが伝わらないのがもどかしくて。王女さまに『怖くないよ~、近づいても噛まないから大丈夫だよ~』って伝えるためにも、怖さを半減させようと、将軍のモフ耳を想像したんです」

 「――で、どうなったの?」

 「うさ耳なら最高かなって思ったんですけど――って、なんで笑ってるんですかっ!! アルディンさまっ!!」

 「い、いや、ゴメン。モフ耳、うさ耳って……!! アハハッ、ちょっとスゴい破壊力……っ!!」

 相好を崩したくって、お腹を抱えて笑うアルディンさま。そこまで笑わなくっても良いんじゃない?

 「いやあ、面白いものを想像するね、ミリアは。そんなの着けたら、逆に王女が逃げ出しそうだよ? 敵兵だって裸足で逃げ出すんじゃないかな」

 怖さ半減……というより、不気味さ倍増かもしれない。「狼が出たぞ~」ならぬ、「ヤバい将軍が出たぞ~」。

 「う~、だから言いたくなかったんですよぉ」

 言った分だけ、こっちが恥ずかしくなってくる。

 「――おい。そこで何をしている」

 (ゲッ……!!)

 「ああ、ヴィラード」

 いつの間にか詰め所近くまで来ていたらしい。ヌッと回廊の角から姿を見せたのは、熱を発したような身体の将軍だった。もちろん、モフ耳はついてない。
 将軍が姿を現した途端、背後の女性たちが一斉に離れていった。うーん。女性よけ効果バツグン。

 「柑橘水をお持ちしましたっ!!」

 そう言うのが精一杯。間違っても「将軍をネタにしてました!!」なんて言えない。
 なのに。

 「ミリアがね、キミと王女のことでいろいろ考えてくれてたんだよ」

 なんで、そこで本当のこと(一部)をバラしちゃうんですかぁっ!!
 笑いながら告げたアルディンさまに、怒りの目を向ける。

 「俺のこと?」

 ギロリとした目が、わたしを見下ろす。
 ああああ。わたし、大事に取ってあったプリンなんて食べてませんよっ!? だから見透なさないでくださいっ!!

 「あの、えと……。どうしたら、王女が怖がらずに出てきてくださるかな~って思ったんです。『怖くないよ~、大丈夫だよ~』って伝えたら出てきてくれるんじゃないかって」

 「王女は猫か」

 警戒して怯えて物陰から出てこない猫。

 「似たようなもんですよ。将軍は怖いけど、優しいところもあるんだって伝われば、安心すると思うんです……って、あ!!」

 しまった。本人に向かって「怖い」って言っちゃった!!
 ド叱られるかと思って、おそるおそる様子を伺うけど、意外なことに、言葉に詰まったまま、その頬が赤く染めて固まってた。あれ? 怒りのあまり、頭に血が昇っちゃった? で、言葉が出なくなっちゃった?

 「よかったね、ヴィラード」

 「うるさいっ!! 用が済んだなら、サッサと部屋に戻れ!!」

 言うなり、ひったくるようにしてお盆から柑橘水の入ったカップを持っていった将軍。一気に飲み干すと、乱暴にお盆の上に戻す。せっかくの冷たい柑橘水を飲んだのに。顔、真っ赤なままだ。

 うーん。やっぱり将軍怖い。
 その怖さ、モフ耳ぐらいじゃ軽減できそうにないかなあ。
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