機姫想杼織相愛 ~機織り姫は、想いを杼に、相愛を織る~

若松だんご

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巻の十一、思い返せば、顔から火を吹く

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 ――如飛ルーフェイ如飛ルーフェイ……!

 必死に名前を呼んだ。
 名前を呼ぶだけじゃない。嬌声を上げながら、手を伸ばし、彼にすがりついた。

 ――もっと、もっとぉ。

 みたいなことを、うわ言のように言ってたような気がする。
 気持ちよくて、頭の体もグチャグチャで。胸を吸われれば、もっとしてほしくて、背を反らせた。裳を脱がされれば、自分から足を開いた。

 ――機織り女は、乙女でなくては。

 師匠でもある亡きお祖母ちゃんの言葉。
 
 ――最高の布を織るためには、男を知ってはならぬ。

 ずっとこの歳になるまで操を守ってきたのに。男よりも機よ機! で、生きてきたのに。
 それなのに。それなのにっ!

 (うがあっ!)

 頭を抱えたくなる。
 
 (ダメ! ダメ、ダメ、ダメー! 考えちゃ、ダメェェッ!)

 如飛ルーフェイの熱く押し付けられた唇とか! 触れる長い指とか! その唇が触れたこととか! 指が、指が……!

 (うぎゃああああぁっ!)

 ――ダメだ。
 考えるなって理性が叫ぶたびに、体が「だってぇ」みたいな感じで、昨夜のことを思い出す。
 彼が触れたことろ。触れられたことで感じちゃったこと。
 その何もかも。
 忘れたくて、思い出したくなくて、窓を開け、黄色から朱に染まり始めた夕刻の日差しを浴びてるってのに。

 (全然、落ち着いていかないっ!)

 媚薬を飲んじゃったわたしを、何度もイ……、イかせてくれた如飛ルーフェイ
 わたし、いつ寝たんだろう? って思いながら目を覚ますと、窓の外は明るくて、そばには如飛ルーフェイ鈴芳リンファンもいなくって。ただ、窓から差し込む白い日中の光だけが溢れかえってた。

 ――あれは、夢?

 そう思いたいぐらい、室は白くきれいで。
 でも、身動ぎして感じた、寝台の濡れた部分。
 
 ――これって。あの、そういうこと……だよね?

 如飛ルーフェイにイ……かされたわたしが、何度もなんども吹いた蜜。ウッカリ寝ながら粗相をしたんじゃなければ、そういうもの。
 如飛ルーフェイにそういうことされた証。

 ――ぎゃああああっ!

 恥ずかしい! 恥ずかしすぎる!
 こんなにグッショリ濡らすなんて、恥ずかしすぎる!
 って、心のなかで叫んで、寝台から飛び降りたんだけど。 

 ベチョ。

 体は心ほど機敏に動けなくて。というか、下半身がものすごく重くて。
 駆け出しかけた体は、そのままズベッ、ドチャッと石床に崩れて転げた。
 うう。ちょっと、いや、かなり間抜け。誰もいない室で良かった、誰にも見られなくて良かったと思うぐらいに。ゔゔ。
 そんなこんなで、なんとか窓近くにたどり着いて、そこにあった牀に腰を下ろしたんだけど。

 ――うわ、ナニコレ!

 誰もいなくて良かった、その二!
 一応着せられてた衣。だけど、ゆったり腰紐が結ばれてただけだったせいで、ちょっと視線を下ろしただけで丸見えだった、自分の肌。(転んだせいで衣が乱れた――わけじゃない。わけじゃないことにしておく!)
 白い、日に焼けることもなく、誰かに晒したこともない肌に、いくつもの赤い斑点。
 一瞬だけ、「病気っ!?」と、体が震えたけど。すぐに違うことに気づき、慌てて、衣を掻き合せる。
 
 ――これ、如飛ルーフェイの……。

 如飛ルーフェイが吸い上げた痕だ。
 媚薬で苦しかったわたしの……そ、そういうのを鎮めるために、わたしを、あ、ああ、愛撫してくれた如飛ルーフェイ
 いくつも、いくつも。
 パッと見下ろしただけだけど。三つ、四つ、いやそれ以上あった。(衣をはだけて、もう一度確認する勇気はない)

 (こんなの、どうすればいいのよ)

 今は室にいない鈴芳リンファン
 だけど、彼女が戻ってきたら、絶対また湯浴みさせられる。
 だって、夜にはまた如飛ルーフェイがここを訪れるだろうし。一日の垢をつけたまま、皇帝陛下に会うとこは、たとえ、そういう男女のことをしない、ただ会うだけであっても許されないんだとかで。

 (でも、湯を使ったら、絶対バレちゃうよね?)

 自分の体ぐらい、一人で洗えるって言っても、鈴芳リンファン、絶対許してくれないし。日中は、好きなだけ機織りをさせてくれるけど、こと皇帝のことになると、鈴芳リンファンは、わたしの体のことであっても、わたしの好きにはさせてくれない。
 男女のそういうのを始める前に性感を高める、夜伽の手伝いを断ってるぶん、それぐらいのことはさせてあげないと可哀想かな~、でないと鈴芳リンファンの女儒としての矜持が傷つくかな~とか思って、湯浴みをはじめ、身支度に関しては彼女の好きなようにさせてたんだけど。

 (きっ、今日は自分で全部やろうかなっ!?)

 鈴芳リンファンも帰ってこないし? サッサとやって、「ごめんね、自分でやっちゃいました~」ってエヘヘと笑っとこうかな? でも、鈴芳リンファンが見たら、「洗いが足りません! 不合格です!」と、もう一回洗われちゃう? そもそも、わたし、湯をどうやって入れてもらえばいいか、わかんないし。室を出て、適当な女官捕まえて、「お湯ください」って言えばいい? でも、そんな室出たぐらいで女官を捕まえられるの? この瑠璃宮るりきゅうって、鈴芳リンファン以外の誰かが働いてるの、見たことないんだけど?
 そして、そもそもわたし、湯船まで歩ける? 女官を呼び止めたくっても、そこまで歩くこと、できる?
 今は、どうにか牀に腰掛けてるけど、体力、回復できてない。
 指一本動かすのも、大儀。
 今も、ちょっと西日が眩しいなって思ってるけど、手庇作るのも、「ちょっと座る場所変えよう」もできない状態。
 こんな状態では、お湯を集めて湯船に浸かれたとしても、そのままブクブクと体が沈んでいきそう。

 〝ご寵姫は、皇帝の深い愛にただ艶然と微笑み返すだけ〟

 いつだったか、街で聴いた皇帝と寵姫の恋物語。
 本来なら三千人いる後宮の姫たちに注がれるべき皇帝の愛を、ギュッと集めて注がれたご寵姫。昼も夜も愛を囁き続ける皇帝に、寵姫は窓辺に腰掛け、麗しく微笑んで見せた。その笑みに魅了された皇帝の愛はさらに深くなり――みたいな展開だったけど。

 (あれって、昼も夜も皇帝に愛され、喘がされて、声が涸れたってことなんじゃないのかなあ)

 喘ぎすぎたせいか喉がカラカラで、声も出せない。体はだるくって、指一本動かせない。
 それなのに、皇帝はまだまだ愛を囁いてくる。だから、「とりあえず、微笑んでおけ!」みたいな。それで寵愛を一人勝手に深めてる皇帝。
 あ。
 素敵な恋物語だと思ってたのに、その内情はこういうことだったのね。
 知りたくもなかったのに、知ってしまった裏事情。憧れも夢も、なにもあったもんじゃないわ。

 (ってか、そんなことより、今日のことよ、今日の!)

 今はわたし以外誰もいない室だけど、そのうち鈴芳リンファンも戻ってくるだろうし、日が落ちたら如飛ルーフェイもやってくるに違いない。
 だとしたら。
 だとしたら、まずわたしがやるべきことは……。

 ベチョ。

 ……また、転んだ。いや、「転ぶ」というより、床に崩れ落ちた。
 腰に――というか、腰も足も、何もかもに力が入らない。立ち上がりたくても、体が「重いよう、動きたくないよう」と駄々をこねる。

 (せめて紗だけでも替えておきたいのに……)

 わたしが濡らし、汚してしまった紗の敷布。それだけでも、誰の目にも触れさせたくないのに。

 (如飛ルーフェイのバカぁ……)

 わたしが、わたしがここまでなるまでイかさなくってもいいじゃない! せめて紗を取り替えるぐらいの体力は残しておいてよ!
 媚薬から助けてもらった恩を忘れて、心の底で、思いっきり悪態をつく。

 (如飛ルーフェイのドスケベ!)
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