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巻の二十六、機姫皇后は、つのる想いを杼に、相愛の錦を織る
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カタン。キィ――、パタン。
カタン。キィ――、パタン。
規則正しい音が、室に響く。
カタン。キィ――、パタン。
カタン。キィ――、パタン。
いつものように、杼を持ち、機の前に腰掛け、布を織る。
今織ってるのは、真っ白な絹布。
糸を先に染めたりしない。布を仕立ててから染めるのでもない。
外に降る、まっさらな、雪のように白い布。
「里珠さま。そろそろお休みになってはどうですか?」
わたしが皇后になっても、「里珠」と呼び、変わらずお世話してくれる鈴芳。
寒くなってきた室を温めるため、火鉢に炭を入れてくれる。
「大丈夫よ。あと少しだけ織っておきたいの」
火鉢のおかげで、手もかじかんでないし。
「今、織っておかないと、たぶん、そのうち織りにくくなるから」
今も織りにくいけど。時が経てば、さらに織りづらくなる。
「そこまでして……」
「織らなくても、よいではないですか」が続かなかった鈴芳。言うだけ無駄と、あきらめたのか、代わりに「ハァッ」とこれみよがしに、ため息を漏らされた。
(まあ、文句を言いたくなるのはわかるけど)
でも、今はワガママを通したい。
織り上がった布は、柔らかくするため、しっかり砧で打つつもりだけど。さすがに。さすがにそれはできないだろうから、鈴芳に頼るつもり。
それに。
(機織りしてると、なんか喜んでるのよねぇ~)
機織りの音に反応してるし。
苦しいからかと心配したけど、そういうことじゃなさそう。
「里珠」
叩扉の音もなく、バッと勢いよく扉を開け放って入ってきた人。
「如飛……」
そばにいた鈴芳が、あわてて頭を下げる。
「廷議は?」
「終わらせてきた」
いや、「終わらせてきた」って。
「それで……、大丈夫なの?」
「なにが?」
「なにがって。アンタ、昨日も早々に帰ってきてたじゃない!」
昨日だけじゃない、一昨日もその前も。
毎日、廷議には参加してるけど、サッサと帰って来る皇帝。
「大丈夫だ。有能な皇太子がいるからな」
「皇太子がいるからな」って。
「また、叔父様に任せてきたの?」
陰陽の乙女であるわたしを皇后にした如飛。乙女に子は産めぬ。
だから、如飛の皇太子には、彼の叔父が任じられた。
「瑠璃宮に行けと言ったのは叔父上だぞ? 里珠が寒さに震えておらぬか、サッサと戻って温めてやれとな」
「温めてやれって……」
なんか意味深。
「それにしても、この室は温かいな」
「それは、鈴芳が火鉢を用意してくれたから……」
って、あれ? いつの間にか鈴芳がいなくなってる。
(また、気をきかせたんだな、あの子)
陛下がいらしたから。
デキる女儒は、こういう時、気をきかせてサッと姿を消すもの。陛下と皇后の睦みを邪魔する野暮はいたしません?
「機を織ってたのか?」
「うん」
後もうちょっとだけ、続けてもいい?
杼を持ち直し、機に向き直すけど。
「今日は終わりだ」
後ろに回った彼に、グッと体を持ち上げられる。
「ちょっと!」
ジタバタするけど、足が床につかない。そのまま担がれ、寝台に運ばれる。
「室は温かいが、余は寒い。皇后に温めてもらわねば、凍えてしまう」
「誰がよ!」
いつもは「俺」って言ってるくせに! なんでこんなときだけ「余」なのよ!
暴れたいけど、暴れにくい。
しかたないので、大人しく従う。
されるままに、ゴロンと二人、寝台に寝転がる。
「よいな。こういう時間も」
伸びてきた彼の手が、わたしの髪を梳く。
何度もなんども、愛おしげに。
梳かれるたび、わたしのなかの反抗心も落ち着いてきて、「しかたないか~」で、今を受け入れてしまう。――けど。
ポコ。ポコポコポコ。
「おっ、蹴ったな」
彼とわたしの間、挟まれる形になったお腹が暴れる。
「皇帝を蹴るとは。子は、なかなかの傑物だな。元気があってよい」
笑い、身を起こした彼。
そのまま、わたしのお腹に手を当てる。
「これで……、まだ生まれぬのだな」
「うん。あと二ヶ月、春にならないと」
「そうだな。今生まれても寒いだろうしな」
衣越しに、彼が愛おしそうにわたしのお腹、お腹に宿った子を撫でる。
――陰陽の乙女は、子を宿すことができない。
そう言われていたのに。
今、わたしのお腹には、彼の子がいる。
月満ちて、春になれば、この子は生まれる。
おっかしいな~。陰陽の乙女は、子を産めないんじゃなかったっけ? 伝説や伝承なんて、あてにならないのね~。悩んだ分、誰か謝れコラって気分。過去に戻って、あんなに悩んでた自分に、「安心しなさい、子は宿るから」って教えてあげたい。
「今は寒いから、その腹を貸してやるが。生まれたら、返してもらうぞ吾子よ」
「え? ちょっ! 何言ってんのよ!」
わたしのお腹は、わたしのもんでしょうが!
如飛の言葉に驚く。
「いや、返してもらう。子が生まれるのはうれしいが、里珠を返してもらわねば、余が寂しくてどうにかなりそうだ」
「はぁっ!?」
「さっき織ってたのも、子のものだろう?」
「そ、そうだけどっ!?」
生まれてくる子のために、真っ白な布を織ってた。織り上がったら砧で打って、柔らかくして。産着を仕立てるつもりだった。
産着はいくらあっても余るってことはない。赤子は、なにかと汚すし、着替えは多いほうがいい。
あと二ヶ月。この子が生まれるまでに、もうあと何枚か仕立てておきたい。
「最近の皇后は、余の衣を仕立ててくれぬ。余は、寒くて死にそうだ」
ヨヨヨ。
如飛が、嘘くさい泣き真似をする。
「仕立ててって。この間も縫ってあげたじゃない!」
「そうだな。あれは、肌触りも着心地もよい、最高の衣であった」
だったら、それでいいじゃない。
なに、変な駄々こねてるのよ。
「しかし、衣より皇后のがよい」
「えっ、ちょっ!」
ギュッと抱きしめられ、ちょっとだけ抵抗。
「よい香りがするし、温かい。抱き心地も最高だ」
そうですか。そうですか。
心底うれしそうな声に、暴れるのをやめる。けど。
ポコ。ポコポコ。
「おっ、反抗するのか。吾子は、すごいな」
お腹の子に蹴られること再び。
「怒ってるのよ。きっと」
「怒る?」
「そう、怒ってるの。父親が、甘えたことばっかり言ってるし、皇帝としても情けない姿ばっかり見せてるから」
自分の意志とは違う、勝手に動くお腹を少し撫でる。
「叱咤してるの。シッカリしなさいって」
彼が皇帝として頑張ってるのは知ってる。
こうして廷議を抜け出したりはするけど、だからって国政をおろそかにしてるわけじゃない。
おそらくだけど、降り出した雪に、わたしのことを心配して来てくれたんだろう。わたしが寒くないか、体に異変はないか気にして。
機からわたしを離したのは、大きなお腹を抱えても機を織り続けるわたしを心配して。根を詰めるとよくないと、言葉の代わりに行動で示した。
きっとこの後も、わたしが大丈夫だとわかったら、室を離れ、廷議を任せてきたという叔父と、政に関して議論するのだろう。
ふざけたことも言うけど、彼は日々皇帝として邁進してる。妃であるわたしのことも、お腹の子のことも、深く愛してくれている。大切にしてくれている。
英明で、慧敏、国を想い、民に慕われる名君の素質を持つ人。
そして。
ただ一人と決めたわたしに、わたしだけを愛してくれる人。
だから。
「もう少しだけ、頑張ってきて」
軽く彼の額に口づけを落とす。
今は雪雲のせいで少し暗いけど、一応、昼間。
夜になったら。夜になったら、存分に甘やかしてあげるから。寒いっていうのなら、抱きしめて、温めてあげるから。今は皇帝として、この子の父親として頑張ってきて。
わたしの惚れた、カッコいいアナタを見せて。
「そうだな」
寝台から身を起こした如飛。けど。
「ンッ――!」
近づいた彼の顔。そのまま唇を奪われて。
「よし。これで元気出た。行ってくる」
最後に軽くわたしの髪をすくって、遊んで立ち上がった彼。そのままふり返ることなく、扉から出ていったけど。
(ど、どうしようっ!)
カッコよくって、気持ちよくって、蕩けそうで。
わたし、母として、皇后として、色んな意味で失格なのかもしれない。だって。
(キャ――ッ!)
寝台の上で、ジタバタと悶える。
お腹の子が「落ち着いて母上!」みたいなかんじで、ポコポコ諌めてくるけど、ごめん、母はそれどころじゃないのよ! アンタの父様がカッコよすぎるのがいけないんだって!
外は暗いけど、まだ昼間。
なのに、彼に会える夜が待てないほど、どうしようもなく恋しくてたまらない。子を宿してるっていうのに。彼がほしいと願ってしまった。
(如飛、……好き)
彼の口づけの余韻が残る、自分の唇に指でそっと触れる。
少し湿った唇は、とても甘く優しい味がした。
カタン。キィ――、パタン。
規則正しい音が、室に響く。
カタン。キィ――、パタン。
カタン。キィ――、パタン。
いつものように、杼を持ち、機の前に腰掛け、布を織る。
今織ってるのは、真っ白な絹布。
糸を先に染めたりしない。布を仕立ててから染めるのでもない。
外に降る、まっさらな、雪のように白い布。
「里珠さま。そろそろお休みになってはどうですか?」
わたしが皇后になっても、「里珠」と呼び、変わらずお世話してくれる鈴芳。
寒くなってきた室を温めるため、火鉢に炭を入れてくれる。
「大丈夫よ。あと少しだけ織っておきたいの」
火鉢のおかげで、手もかじかんでないし。
「今、織っておかないと、たぶん、そのうち織りにくくなるから」
今も織りにくいけど。時が経てば、さらに織りづらくなる。
「そこまでして……」
「織らなくても、よいではないですか」が続かなかった鈴芳。言うだけ無駄と、あきらめたのか、代わりに「ハァッ」とこれみよがしに、ため息を漏らされた。
(まあ、文句を言いたくなるのはわかるけど)
でも、今はワガママを通したい。
織り上がった布は、柔らかくするため、しっかり砧で打つつもりだけど。さすがに。さすがにそれはできないだろうから、鈴芳に頼るつもり。
それに。
(機織りしてると、なんか喜んでるのよねぇ~)
機織りの音に反応してるし。
苦しいからかと心配したけど、そういうことじゃなさそう。
「里珠」
叩扉の音もなく、バッと勢いよく扉を開け放って入ってきた人。
「如飛……」
そばにいた鈴芳が、あわてて頭を下げる。
「廷議は?」
「終わらせてきた」
いや、「終わらせてきた」って。
「それで……、大丈夫なの?」
「なにが?」
「なにがって。アンタ、昨日も早々に帰ってきてたじゃない!」
昨日だけじゃない、一昨日もその前も。
毎日、廷議には参加してるけど、サッサと帰って来る皇帝。
「大丈夫だ。有能な皇太子がいるからな」
「皇太子がいるからな」って。
「また、叔父様に任せてきたの?」
陰陽の乙女であるわたしを皇后にした如飛。乙女に子は産めぬ。
だから、如飛の皇太子には、彼の叔父が任じられた。
「瑠璃宮に行けと言ったのは叔父上だぞ? 里珠が寒さに震えておらぬか、サッサと戻って温めてやれとな」
「温めてやれって……」
なんか意味深。
「それにしても、この室は温かいな」
「それは、鈴芳が火鉢を用意してくれたから……」
って、あれ? いつの間にか鈴芳がいなくなってる。
(また、気をきかせたんだな、あの子)
陛下がいらしたから。
デキる女儒は、こういう時、気をきかせてサッと姿を消すもの。陛下と皇后の睦みを邪魔する野暮はいたしません?
「機を織ってたのか?」
「うん」
後もうちょっとだけ、続けてもいい?
杼を持ち直し、機に向き直すけど。
「今日は終わりだ」
後ろに回った彼に、グッと体を持ち上げられる。
「ちょっと!」
ジタバタするけど、足が床につかない。そのまま担がれ、寝台に運ばれる。
「室は温かいが、余は寒い。皇后に温めてもらわねば、凍えてしまう」
「誰がよ!」
いつもは「俺」って言ってるくせに! なんでこんなときだけ「余」なのよ!
暴れたいけど、暴れにくい。
しかたないので、大人しく従う。
されるままに、ゴロンと二人、寝台に寝転がる。
「よいな。こういう時間も」
伸びてきた彼の手が、わたしの髪を梳く。
何度もなんども、愛おしげに。
梳かれるたび、わたしのなかの反抗心も落ち着いてきて、「しかたないか~」で、今を受け入れてしまう。――けど。
ポコ。ポコポコポコ。
「おっ、蹴ったな」
彼とわたしの間、挟まれる形になったお腹が暴れる。
「皇帝を蹴るとは。子は、なかなかの傑物だな。元気があってよい」
笑い、身を起こした彼。
そのまま、わたしのお腹に手を当てる。
「これで……、まだ生まれぬのだな」
「うん。あと二ヶ月、春にならないと」
「そうだな。今生まれても寒いだろうしな」
衣越しに、彼が愛おしそうにわたしのお腹、お腹に宿った子を撫でる。
――陰陽の乙女は、子を宿すことができない。
そう言われていたのに。
今、わたしのお腹には、彼の子がいる。
月満ちて、春になれば、この子は生まれる。
おっかしいな~。陰陽の乙女は、子を産めないんじゃなかったっけ? 伝説や伝承なんて、あてにならないのね~。悩んだ分、誰か謝れコラって気分。過去に戻って、あんなに悩んでた自分に、「安心しなさい、子は宿るから」って教えてあげたい。
「今は寒いから、その腹を貸してやるが。生まれたら、返してもらうぞ吾子よ」
「え? ちょっ! 何言ってんのよ!」
わたしのお腹は、わたしのもんでしょうが!
如飛の言葉に驚く。
「いや、返してもらう。子が生まれるのはうれしいが、里珠を返してもらわねば、余が寂しくてどうにかなりそうだ」
「はぁっ!?」
「さっき織ってたのも、子のものだろう?」
「そ、そうだけどっ!?」
生まれてくる子のために、真っ白な布を織ってた。織り上がったら砧で打って、柔らかくして。産着を仕立てるつもりだった。
産着はいくらあっても余るってことはない。赤子は、なにかと汚すし、着替えは多いほうがいい。
あと二ヶ月。この子が生まれるまでに、もうあと何枚か仕立てておきたい。
「最近の皇后は、余の衣を仕立ててくれぬ。余は、寒くて死にそうだ」
ヨヨヨ。
如飛が、嘘くさい泣き真似をする。
「仕立ててって。この間も縫ってあげたじゃない!」
「そうだな。あれは、肌触りも着心地もよい、最高の衣であった」
だったら、それでいいじゃない。
なに、変な駄々こねてるのよ。
「しかし、衣より皇后のがよい」
「えっ、ちょっ!」
ギュッと抱きしめられ、ちょっとだけ抵抗。
「よい香りがするし、温かい。抱き心地も最高だ」
そうですか。そうですか。
心底うれしそうな声に、暴れるのをやめる。けど。
ポコ。ポコポコ。
「おっ、反抗するのか。吾子は、すごいな」
お腹の子に蹴られること再び。
「怒ってるのよ。きっと」
「怒る?」
「そう、怒ってるの。父親が、甘えたことばっかり言ってるし、皇帝としても情けない姿ばっかり見せてるから」
自分の意志とは違う、勝手に動くお腹を少し撫でる。
「叱咤してるの。シッカリしなさいって」
彼が皇帝として頑張ってるのは知ってる。
こうして廷議を抜け出したりはするけど、だからって国政をおろそかにしてるわけじゃない。
おそらくだけど、降り出した雪に、わたしのことを心配して来てくれたんだろう。わたしが寒くないか、体に異変はないか気にして。
機からわたしを離したのは、大きなお腹を抱えても機を織り続けるわたしを心配して。根を詰めるとよくないと、言葉の代わりに行動で示した。
きっとこの後も、わたしが大丈夫だとわかったら、室を離れ、廷議を任せてきたという叔父と、政に関して議論するのだろう。
ふざけたことも言うけど、彼は日々皇帝として邁進してる。妃であるわたしのことも、お腹の子のことも、深く愛してくれている。大切にしてくれている。
英明で、慧敏、国を想い、民に慕われる名君の素質を持つ人。
そして。
ただ一人と決めたわたしに、わたしだけを愛してくれる人。
だから。
「もう少しだけ、頑張ってきて」
軽く彼の額に口づけを落とす。
今は雪雲のせいで少し暗いけど、一応、昼間。
夜になったら。夜になったら、存分に甘やかしてあげるから。寒いっていうのなら、抱きしめて、温めてあげるから。今は皇帝として、この子の父親として頑張ってきて。
わたしの惚れた、カッコいいアナタを見せて。
「そうだな」
寝台から身を起こした如飛。けど。
「ンッ――!」
近づいた彼の顔。そのまま唇を奪われて。
「よし。これで元気出た。行ってくる」
最後に軽くわたしの髪をすくって、遊んで立ち上がった彼。そのままふり返ることなく、扉から出ていったけど。
(ど、どうしようっ!)
カッコよくって、気持ちよくって、蕩けそうで。
わたし、母として、皇后として、色んな意味で失格なのかもしれない。だって。
(キャ――ッ!)
寝台の上で、ジタバタと悶える。
お腹の子が「落ち着いて母上!」みたいなかんじで、ポコポコ諌めてくるけど、ごめん、母はそれどころじゃないのよ! アンタの父様がカッコよすぎるのがいけないんだって!
外は暗いけど、まだ昼間。
なのに、彼に会える夜が待てないほど、どうしようもなく恋しくてたまらない。子を宿してるっていうのに。彼がほしいと願ってしまった。
(如飛、……好き)
彼の口づけの余韻が残る、自分の唇に指でそっと触れる。
少し湿った唇は、とても甘く優しい味がした。
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