久我くんはイジワル

若松だんご

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10.梅に鶯、竹に猫?

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 「――おーい、みんな、ちょっと集まってくれるかぁ」

 朝礼も終わって。
 それぞれがそれぞれの仕事に勤しみ始めた頃。
 なぜか課長からもう一度招集の声がかかった。
 朝礼で伝え忘れたことでもあった? それも、みんなを集めて話さなきゃいけないような、大事なことが? ――って。

 (誰?)

 課長の隣には、わたしの知らない女性。
 たぶん、年上。
 スラッとした長身。ヒールを履いてるせいもあるんだろうけど、課長より背が高い。
 そしてなにより。

 (びっ、じ~~んっ!)

 肩のあたりで切り揃えられた黒髪。
 涼やかな目元。
 官能的というより、デキる女の印象の強い口元。
 
 「高峰恵美です。大阪支社から戻ってまいりました」

 ニッコリ笑うと、ものすごく柔らかい印象の、ものすごく感じの良い美人になる。
 服装だって、スーツでパリッとじゃなくて、白のブラウスにパンツとラフなスタイル。(それがまたスタイルの良さを強調してる)

 「高峰には、久我に受け持ってもらってる事案をサポートしてもらう。そのために大阪から戻ってきてもらったんだ。――久我」

 (久我くんのサポート?)

 課長の説明に驚く。
 この美人さんが、久我くんの?

 「久我将人です。よろしくお願い致します」

 課長に名を呼び促された久我くんが、みんなより一歩前に出る。

 「こちらこそ」

 久我くんと高峰さん。
 握手でも交わしそうなほど近くで向かい合い、互いに笑みを浮かべる。けど。

 (うわぁ。絵になる~~~~っ!)

 課長より背の高い、スラッとした高峰さんだけど、久我くんと並べば、その背の高さが気にならない。いやむしろ久我くんの隣にちょうどいい高さ。
 体型だって同じ。長身で肩幅もある久我くんに、女性らしい豊満さのある高峰さんの体は、「似合う」以上の言葉がないのがもったいないぐらい似合ってる。
 顔立ちは、言わずもがな。
 年上の女性の魅力に、整った久我くんの顔。
 梅に鶯、竹に虎。あと、松に鶴、波に千鳥、紅葉に鹿。他には、えーっと、なんだっけ。
 とにかく。
 とにかくメッチャ似合ってる。絵になる、サマになる。――わたしなんかより。
 年上? 年の差? 全然気にならない。

 「千鶴? どうしたの?」

 隣に立ってる佳菜子が、ヒソヒソと問いかけてくる。

 「ううん。なんでもない」

 今は、そう返すのが精一杯。

 「それにしても、すっごい美人ね~」

 「そうだね」

 普段なら、「うわあ、美人だ~。眼福、眼福」程度は思うのに。「いつか自分もあんな美人になれたらなあ」とか。
 でも今は。
 なぜか、体の奥に鉛を詰められたみたいなモヤモヤがある。
 どうして?
 自分でもわからない。

 「それで、もちろんみんなにも協力してもらうが――、そこの事務の二人」

 ――へ?

 課長の言葉と視線が、わたしと佳菜子に飛んでくる。

 「君たちにも、事務として二人のサポートを頼まれてくれないか」

 わたしと佳菜子が?

 「二人は、久我の同期だろう? 気兼ねなく話せると思うから、ここは一つ協力してやってほしい」

 ああ、そういうことね。
 久我くんの受け持ってる事案。
 五ケ谷不動産が新しく売り出すマンションのシリーズ。そのマンションのモデルルームの設営を、我が大鳥家具が請け負った。
 契約を取ってきたのは、もちろん久我くん。
 だから、彼が中心になって仕事を進めていくんだけど。

 (まだまだ若輩だからなあ……)

 五ケ谷不動産の手掛けるマンションのモデルルームといえば、他の家具屋だって狙っていたに違いない垂涎の契約。その契約を取ってくるんだから、久我くんの営業はすごいんだろうけど、惜しいことに年齢が追いついてない。
 まだ入社して三年目。
 そんな若造が大口契約取ってきたとなれば、やっかみとかいろんなものが付いてくる。営業の先輩たちからしてみても、後輩が先に営業主任に就いたのだから、悔しいに違いない。脚を引っ張ってやろうなんていう、不穏な人もいるかもしれない。
 会社としては、久我くんをリーダーに、この契約をなんとしても成功させたいだろうから、サポートとして高峰さんを呼び戻した。新課長と新主任という、ちょっと弱い、不安な体制を高峰さんで補うつもりだろう。
 そして、わたしたちをサポートに起用するのは、同期ならやっかみで足を引っ張るとかないだろう、同期なら久我も色々頼みやすいだろうっていう配慮。
 ――なるほどね。

 「わかりました。向井です。よろしくお願いいたします」

 わたしも一歩前に出て、高峰さんに挨拶をする。
 隣で「ゲッ」と軽く息を飲んだ佳菜子も、続いて前に出て「板屋です」と挨拶する。
 「頑張るぞ」なわたしと、「そんなことになったら残業確定? やだ、カレシとイチャイチャできな~い」の佳菜子。

 「よろしくね、お二人とも」

 ニッコリ笑って、返してくれた高峰さん。
 笑った。
 ただそれだけなのに。

 (うわあ……)

 目の前で大輪の花がブワッと咲いたみたい。
 モヤモヤもなにも、すべてが浄化、吹っ飛んでいく。

 (美人って得だなあ)

 本気で思った。

          *

 「まあ、そういうことで。一つ頼むな」

 仕事帰りの買い物。
 会社帰りなんだろうなってお客で賑わうスーパーで、久我くんが言った。

 「通常業務で、いろいろ忙しいだろうけど」

 「大丈夫だよ。一人で請け負うわけじゃないし」

 残業はしぶりそうだけど、佳菜子もいるし。

 「それより大変なのは、久我くんと高峰さんだよ」

 「――俺? 俺は別に……」

 買い物カゴを持ってくれてる久我くんが、空いた手で自分を指差す。
 久我くんとの買い物。
 久我くんは通勤に車を使ってるけど、さすがに。さすがに、仕事上がりに、「じゃ!」で二人して車に乗り込むわけにはいかないから、こうして彼のマンション近くのスーパーで合流することにしている。下手にいっしょにいるところを誰かに見られて、詮索されるのはメンドウだし。だからって、わたし一人で買い物すると荷物重いし、帰るのが遅くなって夕食も遅くなるからってことで、選びだした妥協案。
 いっしょに買い物すれば、彼の今日食べたい気分になってるメニューもわかるし。「今日は、コレの気分じゃなかった」とか「ハラ減ってるんだから、サッサと飯用意しろよ」とかも言われなくてすむ。
 
 (けど、今日はなにを作ろう)

 わたしの作ったもの、全部「旨い!」で食べてくれる久我くんだけど。

 (これから、仕事大変だろうし。やっぱり疲労回復にビタミンB1は欠かせない?)

 となると、豚肉かあ。
 他にも、ビタミンCでストレス軽減してほしいし、書類とかの読み込みで目も疲れるだろうからビタミンAも欠かせない。イライラすることもあるかもだから、カルシウムも採って――。

 「なあ、向井。ちょっと待て」

 久我くんが言う。なにを待つんだろう?
 商品を吟味していたわたしの手が止まる。

 「今日のこれって。一週間分の買い出しとかか?」

 「――へ?」

 んなわけないじゃない。これは、今日の夕飯の食材――。

 「ンぎゃお!」

 驚きの奇声を上げる。
 久我くんに持ってもらってたから気づかなかったけど。

 (わたし、いつの間に、こんなにいれてたわけっ!?)

 赤いスーパーのカゴ。
 ブロッコリー、人参、玉ねぎ、ほうれん草、豆腐、厚揚げ、イワシ、タコ、豚肉、鶏肉、卵に牛乳、チーズにヨーグルト。
 いったい何日分の買い物なの。
 久我くんでなくても訊きたくなるわ、その分量。カゴのなか、てんこ盛り。
 栄養ばっかり考えて、財布とカゴの中身は全然考えてなかった。

 「ご、ごめん! 重かったよね!」
 
 考えなし(栄養は考えてはいたけど)に入れてたから。カゴ、重かったよね!

 「いや、それは別にいいんだけど」

 カゴを自分で持とうとしたら、久我くんに体でカゴをガードされた。

 「なんか、ほっといたらいくらでも買い込みそうだったから」

 ゔゔゔ。
 そうです。
 指摘されなかったら、もっと買い込んで、レジでお財布開いて「ホンゲア!」とか叫んでいたと思いまする。

 「いっぱい作ろうとしてくれるのはうれしいけど。これからは向井だって忙しくなるだろうから。ほんとは、俺も手伝えたらいいんだけど」

 「いや、いいよ。久我くんの方が大変なんだから」

 忙しい度で言えば、わたし<久我くんなのは絶対だし。

 「わたしでよかったら、料理は請け負うよ。ご飯作るの、好きだし。それにほら、課長も仰ってたじゃん。久我くんに協力してやってくれって」

 「ああ、あれか」

 「仕事じゃあんまりお役に立てないだろうから。こういうことで扶けさせて」

 仕事で、雑務は請け負うけど、高峰さんみたいに、久我くんをフォローしに行くことは無理だと思うから。

 「ありがとう。でも無理はするなよ」

 優しいなあ、久我くん。
 これから大変になるのは、わたしじゃなくて、久我くんの方なのに。
 わたしの「大変」なんて、久我くんの何十分の一程度の「大変」なのに。

 「まあ、これは数日分のまとめ買いってことで。ご飯、楽しみにしてる」

 スタスタとレジに向けて歩いてく久我くん。
 「ホンゲア!」と叫びたくなるような金額に、財布を取り出そうとしたら、「いいから」と止められてしまった。「いつも作ってもらってるから。材料費ぐらいは俺に任せて」だって。買ったものも、全部彼が袋に入れて車まで運んでしまった。

 (カッコよすぎだよ、久我くん)

 その顔立ちだけじゃなくって、性格、行動も。
 仕事のデキる男は、気遣いだって一級品?
 わたしなんて、ただの居候兼セフレ兼家政婦なのにさ。
 全然釣り合わないってのに。惚れちゃったら、どうしたらいいのよ。
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