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14.ドキドキデートは、ファミレスデート
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「――あれ? 向井?」
就業時間後。
他の社員も帰って、静かに暗くなった営業二課に声が響く。
「あ、久我くん、お帰りなさい」
合同会議の後も、五ケ谷不動産との打ち合わせで外出していた彼。
「なに? まだ仕事?」
ツカツカと大股で近づいてくる。
驚き、誰かに見られないか、キョロキョロするけど、そこはもう真っ暗なオフィス。誰もいない。
「――手伝おうか?」
「ううん。大丈夫」
誰もいない。
わかっても、やっぱり彼がそばに来ると緊張する。
「それより、高峰さんは? いっしょじゃないの?」
「彼女は直帰。俺だけ戻ってきたんだ」
なるほど。
話しながら、さり気なくパソコンの画面を消そう。と思ったんだけど――
「――これって、ウチの資料? 以前の五ケ谷不動産との案件?」
マウスを持つわたしの手。その上に久我くんの大きな手が被さり、動きを止められる。
「う、うん。ちょっとね。なにかお手伝いできることないかな~って」
だから、その手を離して! ついで、画面を覗き込むためだろうけど、肩に顔、近づけないで! そばにいるって意識するだけで、心臓がおかしくなる!
「そんなのいいのに」
笑って、手を離してくれた久我くん。わたしの願い、通じちゃったのかな?
「それより、向井は、まだ残業?」
「ううん。別に……」
残業はしてない。今だって、タイムカードを切ってからの資料検索。個人的に気になったから、自主的に残って資料を検索してた。サビ残ですらない。
「俺さ、腹減ったんだよな」
「あ! ゴメン! わたし、急いで夕飯の支度するね!」
無給で居残るのは勝手だけど、彼の食事を作らないのは勝手じゃない。
「いや、そういうわけじゃなくて」
帰り支度を急ぐわたしの腕を、彼がパシッと掴んだ。
「よかったら、帰りにデートしないか?」
「でっ、ででっ、でぇとぉっ!?」
わたしがっ!? 久我くんとっ!?
ただのセフレ(セックスしてないけど)、恋人でもないわたしがっ!?
「イヤならやめておくけど」
「イヤっ! イヤじゃないですっ!」
イヤなのかどうか、どっちやねんみたいな、よくわからない返事。でも。
「じゃあ、デートな」
久我くんには、わたしの言いたいことが通じたみたいで、うれしそうに微笑まれる。
「ああ、そんなに急がなくても大丈夫だぞ。あ、いや。急いでくれてもいいかな」
バタバタするわたしに、久我くんが言う。
「俺、早く食いたいんだよなあ」
そっ、ソレハナニヲ食ベタイノデゴザイマスカ?
デートで食べると言ったら……。やっぱり? そういうこと?
帰り支度をする手が止まる。
彼のためにも、急いで支度したいのに。
(うわぁん。そういうのは、きれいに支度してからにしてよぉ)
せっかくなんだから、もっとちゃんと準備したかったよぉ。
*
(――――って。ここ、ファミレス?)
彼の車に乗せられて。
どこに行くの? ドキドキなわたしが着いたのは、普通のファミレスチェーン店の駐車場。
「どうした、向井?」
先に車を降りた彼に、ドアを開け、降車を促される。
「もっと、いい店が良かったか?」
「ううん! そういうわけじゃなくて!」
そんないい店に連れて行かれても、今と気分は変わらない。
「ホテルとかじゃないの? なんで?」の気分。
「デート」で「食べたい」って言ったら、そういう場所で、「イヤン、アハン、そこはぁ♡」的なことをするってことじゃないの?
それが、どうしてファミレス?
「食べたい」は「わたし」にかかる言葉じゃなくて、「料理」にかかる言葉だったの?
早く食べたいのは、わたしじゃなくてお料理?
「いつも向井に、飯作ってもらってるだろ? だからたまには外食して、息抜きしてほしかったんだ」
「それで、ここに?」
「ああ」
そ、そうだったのね。
一人早とちりしてアワアワしてた自分が恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
(にしても、ファミレスかあ……)
別にダメってわけじゃないけど。
高級フレンチディナーとか、有名シェフのイタリアンとか。
そういうのじゃないからダメって不満があるわけじゃない。むしろ、おふくろの味的な、馴染みのあるすぎるファミレスで、どこかホッとしてる部分もあるんだけど。
(セフレだもん。こんなもんよねえ)
これが本物のカノジョなら、もっとオシャレなレストラン、ドレスコードのありそうなレストランに、ちゃんと予約入れて連れて行くんだろうけど。
セフレなら、こういうファミレスで充分とか、思われてるんだろうか。
(ま、仕方ないっか)
わたしがセフレなのは間違いないんだし。
「たまには息抜き」って言ってくれた、彼の厚意に甘えられるだけで充分だ。
「行こう、久我くん」
彼を置いて、ちょっと先を歩く。
「わたしも、お腹、ペッコペコ!」
*
「お待たせいたしました、ふんわり卵のトロ~リチーズのオムライスです」
ウェイトレスのお姉さんの言葉に、「はい」と手を挙げる。それは、わたしの注文したもの。
「スペシャルハンバーグ、トッピングチーズ、エビフライ、和食セットご飯大盛りのお客様」
「あ、俺です」
わたしに倣うように、向かいの席の久我くんも挙手。
わたしのと違って、セットメニュー(トッピング多め)を選んだ彼には、トレーに載った料理が並ぶ。
「では、ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスのお姉さんが去って。
テーブルに置かれたカトラリー入れから、スプーンを取り出す。同じく、久我くんもカトラリーを取り出し――
(――って、箸?)
ガチャガチャとちょっと探って、彼が手にしたのは、黒いお箸。
なんで? ハンバーグなのに?
和食セットだから、お味噌汁とご飯がついてるけど。だからって、初っ端から、お箸?
「なに?」
わたしの視線に気づいた久我くんが問う。
「いや、お箸なんだなって」
答える、よくわからない説明。
「こっちのが食べやすいから」
そりゃあ、ご飯とお味噌汁はお箸が最適解だと思うけど。
(って、ハンバーグもかーい!)
心のなかでツッコむ。
手にしたお箸で、器用にハンバーグを切り分けていく久我くん。
なんというのか。――豪快?
「ナイフとフォーク、持ち替えるの、面倒だろ? それに、ほら。箸でも切れるほど柔らかい」
そりゃあ、そうなんだけど。
切り分けられたハンバーグ。とっても柔らかそう。
「ステーキとかなら、ナイフを持つけど。この場合は箸が正解!」
言って、「旨っ!」と舌鼓を打つ彼。
ご飯のお椀を片手に、一口大に切り分けたハンバーグを口に運んでいく。
「昔さ、高校の部活の帰りに、こうやってハンバーグ食べてたんだよな」
「部活帰りに?」
「そう。腹減って、家まで保たなくてさ。みんなでファミレスに食いに行ってた」
なるほど。
その豪快食べは、部活で培ったものか。
「なんの部活してたの?」
そんなにお腹空くなんて、きっと運動部だったんだろうな。
「野球部」
「野球部?」
「ああ。これでもポジションはピッチャーだった」
「へえ……」
話を聞きながら、わたしもオムライスを食べる。
(久我くんのことだから、きっとスゴいピッチャーだったんだろうな)
野球なんて、サッパリわかんない。お父さんがたまにプロ野球の試合を観てたから、「ピッチャーの投げた球をバッターが打つ」、「打ったら、一塁に向けて走る。二塁、三塁と回って、ホームに帰ってきたら一点」程度の知識はある。(全球団名は知らない)
「じゃあ、甲子園にも出場したの?」
野球って、高校生なら、甲子園に行くのよね?
「いや。さすがに」
「そうなんだ」
久我くんがピッチャーなら、きっとずっごいピッチャーだったと思うのに。
だって、お父さんが言ってた。長身のピッチャーは、スゴいんだって。なにがどうスゴいのかは知らないけど、高い身長から投げる球は、バッターにとって打ちにくい球なんだって。
だから、久我くんほど背が高かったら、敵にとっては、打ちにくい球を投げるピッチャーってことで。そんな久我くんのいるチームなら、甲子園は間違いなしなんじゃないの?
「俺の最高成績は、三回戦まで。とてもじゃないけど、甲子園は無理」
「……三回戦って、もうちょっとだったんだね」
よく知らないその二、だけど。
数回勝ち上がったら甲子園じゃないの?
「俺、神奈川出身だからさ。出場校が多すぎて、三回ぐらいじゃ甲子園には行けない。それに強豪校も多いから、そう簡単に勝たせてもらえない」
「そうなんだ」
そこで話題が途切れて、というか、わたしも久我くんも食べることに集中する。
この、オムライス、名前の通りスッゴいふわとろ。
(でも、久我くんが甲子園に行ってなくてよかったかも)
モグモグと咀嚼しながら考える。
彼が甲子園に出場をはたしていたら。
きっと、プロ野球間違いなし、もしかしたらメジャー入り確実だったかも。その場合、わたしがこうして久我くんに出会うことも、久我くんに抱かれることも、いっしょにご飯を食べることもなかったんだろう。
わたしの運命はそのままだから、一生懸命働いて、大学からつき合ってた男に浮気されて捨てられて。住むあてもなくて、路頭に迷いかける人生。
久我くんは、そのカッコいい顔立ちと選手としての素晴らしさも相まって、女性ファンがわんさと集まる人生。もしかしたら、すでに結婚してるかもしれない。彼の隣にいて、とてもサマになる女性。そう高峰さんのような――
(って! わたし、なに考えてんのよ!)
どうして、そこで高峰さんを思い浮かべるの! そりゃあ、すっごくお似合いだけど!
「向井?」
「ううん。なんでもないよ!」
スプーンが止まったのは、アホなこと考えてたからじゃないよ!
「……俺さ。あの頃は、負けてすっげぇ悔しかったけど。今は、この人生で良かったって思ってるんだ」
「久我くん?」
野球で負けて。甲子園に行けなくて。
それで良かったって思ってる? ――どういうこと?
「だって、甲子園に行ってたら。今の会社に就職してなかったら。俺、向井に出会えなかったんだもんな」
ブフ。
飲み込みかけたオムライスが、思いっきり喉に詰まる。
(それって。それって、それって、どういう意味――っ!)
セフレとして。
〝名器〟持ち(らしい)のわたしと出会えなかったら、気持ちいいセックスができなくて損してたってこと?
それとも、口に合う料理が用意されなくて? それとも、それとも、それとも……!
食べる箸を止め、頬杖ついて、ジッと意味ありげにわたしを見てくる久我くん。
その視線の前、必死にスプーンを動かして、モグモグゴックンとオムライスを食べ続けるけど。
(味、全然、わかんない!)
「砂を噛んでるみたい」って言葉があるけど、今のオムライスは、「砂」の食感すらもたらさない。「ふわとろ」のはずなのに。すっごく美味しいはずなのに。
ねえ、久我くん。その視線の意味、いつか教えてもらっていいですか?
就業時間後。
他の社員も帰って、静かに暗くなった営業二課に声が響く。
「あ、久我くん、お帰りなさい」
合同会議の後も、五ケ谷不動産との打ち合わせで外出していた彼。
「なに? まだ仕事?」
ツカツカと大股で近づいてくる。
驚き、誰かに見られないか、キョロキョロするけど、そこはもう真っ暗なオフィス。誰もいない。
「――手伝おうか?」
「ううん。大丈夫」
誰もいない。
わかっても、やっぱり彼がそばに来ると緊張する。
「それより、高峰さんは? いっしょじゃないの?」
「彼女は直帰。俺だけ戻ってきたんだ」
なるほど。
話しながら、さり気なくパソコンの画面を消そう。と思ったんだけど――
「――これって、ウチの資料? 以前の五ケ谷不動産との案件?」
マウスを持つわたしの手。その上に久我くんの大きな手が被さり、動きを止められる。
「う、うん。ちょっとね。なにかお手伝いできることないかな~って」
だから、その手を離して! ついで、画面を覗き込むためだろうけど、肩に顔、近づけないで! そばにいるって意識するだけで、心臓がおかしくなる!
「そんなのいいのに」
笑って、手を離してくれた久我くん。わたしの願い、通じちゃったのかな?
「それより、向井は、まだ残業?」
「ううん。別に……」
残業はしてない。今だって、タイムカードを切ってからの資料検索。個人的に気になったから、自主的に残って資料を検索してた。サビ残ですらない。
「俺さ、腹減ったんだよな」
「あ! ゴメン! わたし、急いで夕飯の支度するね!」
無給で居残るのは勝手だけど、彼の食事を作らないのは勝手じゃない。
「いや、そういうわけじゃなくて」
帰り支度を急ぐわたしの腕を、彼がパシッと掴んだ。
「よかったら、帰りにデートしないか?」
「でっ、ででっ、でぇとぉっ!?」
わたしがっ!? 久我くんとっ!?
ただのセフレ(セックスしてないけど)、恋人でもないわたしがっ!?
「イヤならやめておくけど」
「イヤっ! イヤじゃないですっ!」
イヤなのかどうか、どっちやねんみたいな、よくわからない返事。でも。
「じゃあ、デートな」
久我くんには、わたしの言いたいことが通じたみたいで、うれしそうに微笑まれる。
「ああ、そんなに急がなくても大丈夫だぞ。あ、いや。急いでくれてもいいかな」
バタバタするわたしに、久我くんが言う。
「俺、早く食いたいんだよなあ」
そっ、ソレハナニヲ食ベタイノデゴザイマスカ?
デートで食べると言ったら……。やっぱり? そういうこと?
帰り支度をする手が止まる。
彼のためにも、急いで支度したいのに。
(うわぁん。そういうのは、きれいに支度してからにしてよぉ)
せっかくなんだから、もっとちゃんと準備したかったよぉ。
*
(――――って。ここ、ファミレス?)
彼の車に乗せられて。
どこに行くの? ドキドキなわたしが着いたのは、普通のファミレスチェーン店の駐車場。
「どうした、向井?」
先に車を降りた彼に、ドアを開け、降車を促される。
「もっと、いい店が良かったか?」
「ううん! そういうわけじゃなくて!」
そんないい店に連れて行かれても、今と気分は変わらない。
「ホテルとかじゃないの? なんで?」の気分。
「デート」で「食べたい」って言ったら、そういう場所で、「イヤン、アハン、そこはぁ♡」的なことをするってことじゃないの?
それが、どうしてファミレス?
「食べたい」は「わたし」にかかる言葉じゃなくて、「料理」にかかる言葉だったの?
早く食べたいのは、わたしじゃなくてお料理?
「いつも向井に、飯作ってもらってるだろ? だからたまには外食して、息抜きしてほしかったんだ」
「それで、ここに?」
「ああ」
そ、そうだったのね。
一人早とちりしてアワアワしてた自分が恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
(にしても、ファミレスかあ……)
別にダメってわけじゃないけど。
高級フレンチディナーとか、有名シェフのイタリアンとか。
そういうのじゃないからダメって不満があるわけじゃない。むしろ、おふくろの味的な、馴染みのあるすぎるファミレスで、どこかホッとしてる部分もあるんだけど。
(セフレだもん。こんなもんよねえ)
これが本物のカノジョなら、もっとオシャレなレストラン、ドレスコードのありそうなレストランに、ちゃんと予約入れて連れて行くんだろうけど。
セフレなら、こういうファミレスで充分とか、思われてるんだろうか。
(ま、仕方ないっか)
わたしがセフレなのは間違いないんだし。
「たまには息抜き」って言ってくれた、彼の厚意に甘えられるだけで充分だ。
「行こう、久我くん」
彼を置いて、ちょっと先を歩く。
「わたしも、お腹、ペッコペコ!」
*
「お待たせいたしました、ふんわり卵のトロ~リチーズのオムライスです」
ウェイトレスのお姉さんの言葉に、「はい」と手を挙げる。それは、わたしの注文したもの。
「スペシャルハンバーグ、トッピングチーズ、エビフライ、和食セットご飯大盛りのお客様」
「あ、俺です」
わたしに倣うように、向かいの席の久我くんも挙手。
わたしのと違って、セットメニュー(トッピング多め)を選んだ彼には、トレーに載った料理が並ぶ。
「では、ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスのお姉さんが去って。
テーブルに置かれたカトラリー入れから、スプーンを取り出す。同じく、久我くんもカトラリーを取り出し――
(――って、箸?)
ガチャガチャとちょっと探って、彼が手にしたのは、黒いお箸。
なんで? ハンバーグなのに?
和食セットだから、お味噌汁とご飯がついてるけど。だからって、初っ端から、お箸?
「なに?」
わたしの視線に気づいた久我くんが問う。
「いや、お箸なんだなって」
答える、よくわからない説明。
「こっちのが食べやすいから」
そりゃあ、ご飯とお味噌汁はお箸が最適解だと思うけど。
(って、ハンバーグもかーい!)
心のなかでツッコむ。
手にしたお箸で、器用にハンバーグを切り分けていく久我くん。
なんというのか。――豪快?
「ナイフとフォーク、持ち替えるの、面倒だろ? それに、ほら。箸でも切れるほど柔らかい」
そりゃあ、そうなんだけど。
切り分けられたハンバーグ。とっても柔らかそう。
「ステーキとかなら、ナイフを持つけど。この場合は箸が正解!」
言って、「旨っ!」と舌鼓を打つ彼。
ご飯のお椀を片手に、一口大に切り分けたハンバーグを口に運んでいく。
「昔さ、高校の部活の帰りに、こうやってハンバーグ食べてたんだよな」
「部活帰りに?」
「そう。腹減って、家まで保たなくてさ。みんなでファミレスに食いに行ってた」
なるほど。
その豪快食べは、部活で培ったものか。
「なんの部活してたの?」
そんなにお腹空くなんて、きっと運動部だったんだろうな。
「野球部」
「野球部?」
「ああ。これでもポジションはピッチャーだった」
「へえ……」
話を聞きながら、わたしもオムライスを食べる。
(久我くんのことだから、きっとスゴいピッチャーだったんだろうな)
野球なんて、サッパリわかんない。お父さんがたまにプロ野球の試合を観てたから、「ピッチャーの投げた球をバッターが打つ」、「打ったら、一塁に向けて走る。二塁、三塁と回って、ホームに帰ってきたら一点」程度の知識はある。(全球団名は知らない)
「じゃあ、甲子園にも出場したの?」
野球って、高校生なら、甲子園に行くのよね?
「いや。さすがに」
「そうなんだ」
久我くんがピッチャーなら、きっとずっごいピッチャーだったと思うのに。
だって、お父さんが言ってた。長身のピッチャーは、スゴいんだって。なにがどうスゴいのかは知らないけど、高い身長から投げる球は、バッターにとって打ちにくい球なんだって。
だから、久我くんほど背が高かったら、敵にとっては、打ちにくい球を投げるピッチャーってことで。そんな久我くんのいるチームなら、甲子園は間違いなしなんじゃないの?
「俺の最高成績は、三回戦まで。とてもじゃないけど、甲子園は無理」
「……三回戦って、もうちょっとだったんだね」
よく知らないその二、だけど。
数回勝ち上がったら甲子園じゃないの?
「俺、神奈川出身だからさ。出場校が多すぎて、三回ぐらいじゃ甲子園には行けない。それに強豪校も多いから、そう簡単に勝たせてもらえない」
「そうなんだ」
そこで話題が途切れて、というか、わたしも久我くんも食べることに集中する。
この、オムライス、名前の通りスッゴいふわとろ。
(でも、久我くんが甲子園に行ってなくてよかったかも)
モグモグと咀嚼しながら考える。
彼が甲子園に出場をはたしていたら。
きっと、プロ野球間違いなし、もしかしたらメジャー入り確実だったかも。その場合、わたしがこうして久我くんに出会うことも、久我くんに抱かれることも、いっしょにご飯を食べることもなかったんだろう。
わたしの運命はそのままだから、一生懸命働いて、大学からつき合ってた男に浮気されて捨てられて。住むあてもなくて、路頭に迷いかける人生。
久我くんは、そのカッコいい顔立ちと選手としての素晴らしさも相まって、女性ファンがわんさと集まる人生。もしかしたら、すでに結婚してるかもしれない。彼の隣にいて、とてもサマになる女性。そう高峰さんのような――
(って! わたし、なに考えてんのよ!)
どうして、そこで高峰さんを思い浮かべるの! そりゃあ、すっごくお似合いだけど!
「向井?」
「ううん。なんでもないよ!」
スプーンが止まったのは、アホなこと考えてたからじゃないよ!
「……俺さ。あの頃は、負けてすっげぇ悔しかったけど。今は、この人生で良かったって思ってるんだ」
「久我くん?」
野球で負けて。甲子園に行けなくて。
それで良かったって思ってる? ――どういうこと?
「だって、甲子園に行ってたら。今の会社に就職してなかったら。俺、向井に出会えなかったんだもんな」
ブフ。
飲み込みかけたオムライスが、思いっきり喉に詰まる。
(それって。それって、それって、どういう意味――っ!)
セフレとして。
〝名器〟持ち(らしい)のわたしと出会えなかったら、気持ちいいセックスができなくて損してたってこと?
それとも、口に合う料理が用意されなくて? それとも、それとも、それとも……!
食べる箸を止め、頬杖ついて、ジッと意味ありげにわたしを見てくる久我くん。
その視線の前、必死にスプーンを動かして、モグモグゴックンとオムライスを食べ続けるけど。
(味、全然、わかんない!)
「砂を噛んでるみたい」って言葉があるけど、今のオムライスは、「砂」の食感すらもたらさない。「ふわとろ」のはずなのに。すっごく美味しいはずなのに。
ねえ、久我くん。その視線の意味、いつか教えてもらっていいですか?
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