久我くんはイジワル

若松だんご

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16.下を向くな、上を見ろ

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 (あれ、どういうつもりだったんだろう?)

 翌日には、すっかり回復して、なにごともなかったようにケロッとしてた久我くん。
 薬を飲まずに翌日には回復できる、その元高校球児の体力には感心するしかないけど。

 熱出して、不安で人恋しくなってた?
 誰でもいいから、抱きつきたかった?
 そばにいたのが、たまたまわたしで。抱き枕が欲しかったから手を伸ばして捕まえた?
 捕まえたのが、わたしじゃなきゃいけない理由はなかった?

 (でも……)

 あの時、「千鶴」って呼んだよね? 意識朦朧としてたみたいだけど、でもハッキリと「千鶴」って。
 だとしたら、わたしと認識して、抱き寄せたってこと?
 
 (どうして? なんで?)

 グルグルと思考が堂々巡り。
 理由知りたい。教えて欲しい。訊きたい。聴かせて。
 送迎会の日。「不感症」かどうか確かめるためと、酔ったわたしとセックスした久我くん。
 セフレとして同居を提案してきたのに、全然手を出してこない久我くん。
 久我くん。
 アナタにとって、今のわたしはなんなのですか?

          *

 ――これで、よし!

 ソファの上に置いた枕。それを軽くポンポンっと叩いて立ち上がる。
 枕のそばには、たたんだ薄手の毛布。
 枕と毛布。
 仕事の帰り、夕飯の買い物ついでに買ってきたもの。

 (久我くんを、こんなところで寝かせちゃ悪いもんね)

 ここの家主である久我くんと、セフレ、居候のわたし。
 身長180センチ超えの久我くんと、身長153センチのわたし。
 どちらが寝室ベッドを使うべきか。火を見るよりあきらかでしょ。
 枕と毛布を買ってきたのは、わたしがソファで寝るため。久我くんがああやって熱を出したのは、仕事も忙しいのに、大変なのに、ゆっくり寝られなかったから、疲れが取れなかったから。そうに違いない。
 夕飯だって、なかなか取れないぐらい忙しかったってのに。その上、ベッドも使えず窮屈なソファで足はみ出して寝てたとしたら。どんな頑丈な人だって倒れると思うのよ。

 (その点、わたしなら問題ないし)

 久我くん家のソファは、オシャレな二人がけソファ。久我くんなら、足がはみ出してしまうこと必須だけど、わたしならチョーンと収まる。全く問題ない。

 (最初っから、こうすればよかったのよ)

 彼に勧められたからって、セックスするつもりで彼を待ってたからって。そのままズルズルとわたしがベッドを使ってちゃいけなかったのよ。
 今日からはわたしがここで寝る。セックスのお呼びがかかったら……。そ、その時はわたしが寝室に出向けばいい。

 (――久我くん、まだかな)

 今日は帰りが遅い久我くん。夕飯はいらないと、連絡はもらってる。
 病み上がりなのに、どれだけ元気そうに見えても完璧じゃないのに。
 
 (久我くん……)

 用意できたわたしの寝床(?)、ソファの上に座って、膝を抱える。
 今日はどれだけ彼の帰りが遅くなっても、頑張って起きて出迎えるぞ。
 そして、ちゃんと言うんだ。「今日からは、ベッドを使って」って。「今までごめんね」って。

 (言う、言うんだ……)

 彼に。「おかえりなさい」って。「今日もご苦労さま」って。「あんまり無理しないでね」って。
 時計の短針は、12を回る。
 
 (起きて……、待ってなきゃ……)

 「久我…く、ん……」

 意志と裏腹に、まぶたがすっごく重い。
 久我くんの趣味で揃えられた、センスのいい家具が並ぶ部屋。そこかしこに、久我くんの匂いが染みついている部屋。
 
 (すごく……気持ちいい……)

          *

 「――向井? おい、向井!」

 グラグラと体が揺れる。
 誰かが、わたしを揺すってるんだ。――誰? って。

 「久我く、ん?」

 あれ? わたし、いつの間に寝ちゃってたんだろ。起こされて、寝ていたことに気づく。
 そして、いつの間に久我くんは帰ってきたんだろう。
 ――じゃない!

 「おおっ、お帰りなさい、久我くん!」

 一気に覚醒した意識。
 ピョンとジャンピングして、ソファの上に正座!

 「お疲れさま! 今日も一日ご苦労さまでした!」

 「お、おう。お疲れ……さまでした」

 わたしの勢いに、久我くんがたじろぐ。

 「あのね! わたし、今日からここで寝るから! 久我くんは、ベッドでゆっくり休んで!」

 「――は? 向井?」

 「ほら、久我くん、倒れたじゃない? あれって、やっぱりソファなんかで寝てたのが原因なんじゃないかなっ! 久我くん、仕事で疲れてるのに、こんな窮屈なところで寝て! これじゃ、休まるものも休まらないよ。だから、ね! ソファとベッド、交代! わたしなら、ここで寝てもなんの問題もないから! 仕事だって、そんな疲れるものじゃないし! ヘノヘノカッパだし!」

 「ちょちょちょ、ちょっと待って!」

 立て板に水説明なわたしに、久我くんがストップをかける。

 「ここで、向井が寝るのか?」

 「うん! そのために、枕とか買ってきたんだ!」

 「俺にベッドを使えと?」

 「そうだよ! ゆっくり休んでほしいもん!」

 そこまで言って、少しだけトーンダウン。

 「久我くん、わたしよりずっとずっと大変なお仕事抱えてるんだし。家でぐらいは、ゆっくり休んでほしいんだよ」

 セフレとしても、家政婦としても充分お役に立てない今。せめて休む場所ぐらいは、ちゃんと提供したい。

 「ダメだ。ベッドは向井が使え」

 ハアッと深く息を吐き出した久我くん。

 「なんで?」

 「なんでも。俺はこのままソファでいいから」

 言って、わたしから離れていこうと立ち上がる。

 「待って!」

 自分でも信じられない早さで、その腕を掴む。

 「向井?」

 「それなら、いっしょに寝よ? ちょっと狭いかもだけど、お願いだからベッドで寝て?」

 別にセックスしてくれなくてもいいから! 抱き枕程度でいいから! 邪魔だったら蹴り落としてくれてもいいから!

 「――ダメだ」

 掴んだ腕をすげなく振り払われる。

 「いっしょには、――寝ない」

 (――あ)

 わたしを一瞥すると、そのままふり返ることなく洗面所に向かっていった久我くん。

 (拒絶……された)

 セックスを求めたわけじゃない。いっしょに寝ようと提案しただけなのに。
 別にあの時みたいに、抱きしめて欲しいなんて言ってない。ただ彼の身を案じて提案しただけなのに。
 それすらも、拒絶された。

 「フッ……、クッ……」

 泣きたいわけじゃないのに。勝手に目が熱くなってくる。視界が滲む。
 うつむくな自分。声を出すな自分。涙を流すな自分!
 上を向いて、唇をギュッと噛みしめる。
 ここで泣いたら。泣いてしまったら、今よりもっと自分が惨めになっちゃう。

 (上を向け! 泣くんじゃない!)

 力をなくした自分を、精一杯叱咤する。
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