猫ネコ☆ドロップ!

若松だんご

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3.脱猫☆パニック!

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 悪夢だ。悪夢。
 できることならサッサと目覚めて忘れたい悪夢。「ああ、夢で良かった」って安心したい、させて欲しいレベルの悪夢。
 でも、目を開けて「ああ、夢か」ってならないと怖いので、まぶたの向こうに白い朝みたいな光を感じても、そのまま寝たフリ続行。
 あんなの。
 記憶の中から引き抜いて、グシャっと丸めて叩いて踏みつけて。ギッチョンギッチョンのギッタンギッタンにして。完膚なきまでに粉々にして、燃えさかる焼却炉にポイしてやりたい出来事。
 あんな、あんな、あんなぁぁっ!
 ダメだ。
 記憶にこびりついてる。引っこ抜くなんて無理。忘れることも無理。考えれば考えるほど、考えなくても考えようとしなくても、グルグルグルグル頭んなかで暴れまわる記憶。

 ――お前、メスか。

 しっ、志乃さまは、猫のあたしの何を見て、女の子だって判断したわけっ!?
 判断されるために、あたしは何を見られたわけっ!?

 あ~、もうダメ。
 ダメージキツすぎ。
 猫であっても、猫だからって見られていいわけじゃないのよ、そんな部分。鬼も十八番茶も出花。平凡チビのあたしだって、恥じらいはあるし、まだまだ心は乙女なの!
 それなのに。よりにもよって推し(三次元)の志乃さまに、バッチリ確認されちゃうなんて。

 (もう、死にたい……)

 死ぬのがダメなら、いっそこのまま猫でいたい。猫として見られたのなら、まだなんとかだいじょう――ぶじゃないわ。やっぱ。
 猫であっても、そんなとこを推し(三次元)に見られるなんて。

 (ハア……)

 心のなかで思いっきりため息をつく。

 (あたし、この先、どうしよう)

 不幸な事故(ということにしておく)を忘れたくて、別のことを考える。
 猫になっちゃったこと。
 幸い、志乃さまに拾ってもらって、(不幸な事故もあったけど)ゴハンと身の置きどころは確保できた。志乃さまは、あくまで隣の部屋、あたしが戻ってくるまでの一時預かりって思ってるみたいだけど。

 (あたし、永遠に帰ってこないのよね~)

 突然の行方不明。飼い猫永遠放置。
 部屋に帰ってくることもなければ、大学にも登校しない。実家にも戻ってないし、誰もあたしの行方を知らない。
 謎の失踪。
 誘拐。拉致。強盗殺人、死体はどっかに隠された? それともまさかの異世界転移。ある日突然白い光に包まれて? ここは乙女ゲームの世界? あたし、聖女として召喚されちゃった? みたいな。

 (アホらし)

 妄想しかけて、自分でやめる。
 もうちょっと真面目に、元に戻る方法考えなくっちゃ。

 タシタシ。

 自分に発破をかけようと、尻尾で床を叩く。
 
 タシタシ。

 (――ん?)

 タシタシ。(スカスカ)
 タシタシタシ。(スカスカスカ)
 タシタシタシタシ。(スカスカスカスカ)

 (あれ?)

 何度力を入れてみても、尻尾、動かない? というか、尻尾ってどう動かすんだっけ? って、ん――?

 (体、元に戻ってる?)

 ペタペタ。サワサワ。
 目は閉じたまま、自分の体を確認。
 耳。顔の横。
 ヒゲ。ナシ。
 髪。ある。
 毛。ない。
 手のひら。普通。肉球じゃない。
 ってことは?

 (あたし、元に戻ってる?)

 ゴソゴソ。モゾモゾ。
 すべての部位、確認。
 猫じゃない。いつもどおりのあたし、筒井のどかの体そのもの。

 (な~んだ。夢だったんじゃん)

 安心と安堵と喜びを混ぜて、深く息を吐き出す。
 そうだ。そうだよ。
 たかがドロップを舐めたぐらいで猫になるって変でしょ。そんなのアニメかマンガだけの展開だって。猫になって、志乃さまにお世話されたいだなんて、都合よすぎる夢なのよ――って。

 起き上がりかけたあたし。
 ズレた上掛け。
 まぶたを開けたその先に、目に飛び込んできた志乃さまの寝顔。聞こえた志乃さまの寝息。

 (エギャウギョゴエブヒャドゥエエェッ……!)

 日本語崩壊。思考も崩壊。
 なんで? なんでっ!? なんでえぇっ!?
 なんで志乃さまが、あたしと一緒に寝てるわけっ!?
 ラフなTシャツ姿の志乃さま。「ン……」と軽く呻いて寝返りゴロン。起きてはない。起こしてはいないけど。

 (これ、どういう状況よ!)

 頼む。誰か。説明求む。
 ホニャララ一等兵! 状況を報告せよ!

 ――ハッ! ホニャララ一等兵! 状況を報告するであります!

 脳内に湧き出た、ピシッと敬礼ホニャララ一等兵。

 ――現在、軍曹殿は志乃さまと、志乃さまのお部屋、志乃さまのベッドにて同衾なさっておいであります!

 それは、わかってる! ここが志乃さまのお部屋で、ベッドの上なのも見ればわかる!
 聴きたいのは、どうしてこういう状況になってるかってことよ!

 ――ハッ! それは軍曹殿が猫になって、志乃さまに拾われたからであります!

 って。やっぱ猫になったのって、マジなのかな。
 夢じゃなくて。
 今の自分は、どこからどう見ても、元通りの筒井のどか(バージョン人間)なんだけど。志乃さまとそういう関係になって、こうやって部屋に入ったってことは……。

 ――それは、自分の記憶にはない、捏造妄想だと思われます!

 うん。だよね。
 そういう関係じゃなくって、拾われ猫と保護者だよね。
 でも、どうして猫から元に戻れたんだろ。

 ――そんなこと、自分に訊かれても「知るか!」であります!

 うん。わかった。ご苦労。ポチッ。
 あまり役に立たないホニャララ一等兵。
 深くため息を吐くとともに、脳内から撤去。

 と、とりあえず。
 ここは志乃さまのお部屋。
 今はおそらく朝。
 志乃さまはまだ寝てる。
 起きたあたしは、猫から戻ってる。
 服だってちゃんと身につけてる。
 だったら。
 だったらあたしのやることは唯一つ。

 (志乃さま、ごめんなさ~~いっ!)

 脱兎。脱猫? 脱人?
 とにかく、なんでもいいからなるべく静かに、なるべく速く。寝てる志乃さまから離れて、部屋を出る! 志乃さまの寝顔素敵~、ムフ~なんてしてる場合じゃないの! 万が一、彼が起きたら説明できる自信はない!

 (お邪魔しました~)

 音を立てずに玄関ドアをくぐり抜ける。
 マンションの共用廊下で、まず一息。それから、キッチンに現れるGの如き素早さで、自分の部屋にIN!
 バタンと閉めたドア。
 薄暗いなかに、朝の日差しが入り込むあたしの部屋。

 ――脱出成功であります、軍曹殿!

 ウム。
 まだ残っていたホニャララ一等兵。その一等兵へ鷹揚に頷く。こうして無事に帰還できたのは、貴君のおかげだ。みたいな。
 いろんな意味で戻れてよかった。
 誰にも知られることなく、痴女、変態認定されることもなく、無事に。無事に。
 そして……。

 「ウッキャアアアアアアッ!」

 声を限りに叫ぶ。
 ねえねえ、聞いてよ一等兵! あの志乃さまの寝顔! いつもと違ってあどけないっていうか、かわいいっていうか! あたしのために煮干しのワタを取ってくださったりとか! あたし、知らなかったとは言え、いつの間にか志乃さまに添い寝してもらってたんだよっ!? スゴくない? メッチャすごくない? って、あれ? 一等兵?
 一緒にモダモダしたかったのに。脳内、志乃さまづくしになったら、消えた一等兵。まあ、いいか。

 (ハァ~。ステキだった~)

 瞼の裏に焼き付くその姿。

 (まつ毛、長かったなあ……)

 目をつむってるせいか、そのまつ毛の長さと、鼻筋の通ったキレイな造形が際立ってて。額にかかる柔らかそうな髪。朝の光に映える肌。寝息の漏れる唇。

 (まさしく〝シノさま〟だったわ!)

 ゲームのスチルにも似たようなのがあった。ヒロインとの旅の途中、剣を抱えたまま木陰で眠ってしまったスチル。あれにソックリだったのよ! マジで!
 ゲームだと、そこにヒロイン聖女が来たことで、シノさまが目を覚まして――って展開だったけど、さすがに、さすがにっ! 目を覚まされたら説明できなくて詰んじゃうから逃げてきたけど。

 (もうちょっと見ていたかったなあ)

 猫から戻れた安心もあって、つい大胆なことを考えてしまう。
 猫になったことより、さっき見た志乃さまのほうがインパクト大。
 ハア。
 ほんと、罪作りだな、志乃さまって。
 興奮、収まりそうにない。
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