猫ネコ☆ドロップ!

若松だんご

文字の大きさ
上 下
20 / 26

20.推し増し? 推し変?

しおりを挟む
 「のどか~、帰るよ~」

 「あーうん。そだね」

 かなちゃんの合図に、あたしもノッソリ立ち上がる。
 さっきの授業、古文書読解入門。プリント授業で良かったと思うぐらい、ボヤッとしてた。
 いつもならこのタイミングで廊下がざわついたりするんだけど。今日は、なにごともなく、かなちゃんと連れ立って教室を出る。

 「どうしたの、かなちゃん」

 廊下に出たところで、あたしが問いかける番になった。

 「あー、いやさ。今日もか~って」

 手で目庇作ってキョロキョロ――したわけじゃないけど、かなちゃんが廊下の人混みの中から誰かを捜すように顔を動かす。

 「ああ、竜野さん?」

 そういえば、この間、かなちゃん交際申し込まれたんだっけ。速攻でお断りしたとか言ってたけど。なんだ。気があるじゃん、かなちゃん。

 「違うわよ。佐保宮さんよ、佐保宮さん! アンタのカレシ!」

 ビシャっと言ってのけたかなちゃん。ゴメン、竜野さん。かなちゃんにその気はなさそう。

 「志乃くんなら今日も来ないよ。バイト、忙しいんだって。先に帰るって言ってた」

 そう。
 志乃くんは、今日も・・・迎えに来ない。
 理由は、「友だちに頼まれたバイトで忙しいから」なんだとか。なんのバイトか、そういうことは全然教えてもらってない。ただ、「バイトがある」。それだけ。
 まあ、あたしと志乃くんの関係は、あくまで見せかけなんだから、詳しくあたしに説明しなくてもいいんだけど。

 (ちょっとモヤモヤする)

 ってのが本音。少しぐらい話してくれてもいいのに。

 「――嫌われたんじゃないの? それか飽きられた」

 人の間を通り抜けざま聞こえた声。――竹芝だ。ボソリと、でもあたしには聞こえるように呟いていった。

 「なに、あれ」

 かなちゃんにも聞こえたらしく、遠ざかってく竹芝の背中を睨みつける。
 竹芝とあたしたちにこれといった接点はない。せいぜい、こうして同じ教室で授業を受けるくらい。だから、そんな嫌味とか皮肉とか言われる筋合いはない。
 かなちゃんが怒るのもごもっとも。なんだけど。

 (嫌われた――か)

 その言葉に反論できない自分がいる。

 (なんか、避けられてるってかんじなんだよねえ)

 あの黒猫志乃くん事件以来ずっと。

 バイトが忙しい~もそうなんだけど、レポートがあるから~とか、友だちのところに泊まるから~とか。とにかく志乃くんは部屋にいないことが多くなった。
 もちろん、朝には部屋に戻ってきてるみたいだし、一緒に登校したりするんだけど。そのなんというのか、「避けられてる」って感じが否めない。

 ――アナタなど、彼にふさわしくありませんわ!

 これは、悪役令嬢モノでよくあるセリフ。
 悪役令嬢の婚約者である王子にちょっかい出したヒロインが、悪役令嬢の「ムキーッ」に遭遇して言われるもの。
 いやまあ、この場合100%ヒロインが悪い。それと浮気性な王子。
 ふさわしくないかどうかは、「婚約者がいるのに~」と、「婚約者がいても~」でどっこいどっこい、似たもの同士だと思うけど。かわいそうなのは、そんな尻軽(?)な王子を婚約者に持ったせいで、嫉妬しなきゃいけない、嫉妬してることにされる悪役令嬢の方。苦労しますな。
 って、そういうことを言ってるんじゃない。

 (ふさわしくない……か)

 改めて言われると、結構クるもんがある。
 もしかしたら志乃くん、あたしがふさわしくないって気づいたのかな。女よけとして力不足だって。そばに置いとくには物足りないって。
 だって化粧もまともにできないし。チビだし。十人並み容姿だし。オタクだし。ストーカーじみてたし。
 「女よけ契約、解消だ!」って言いたいけど、そこは優しい志乃くんのこと。かわいそうだから契約解消しないでおいてやろう、でもそばにいるのは嫌だなで、あたしを避けてるのかもしれない。距離を取ることで、あたしを傷つけないように。

 「元気だしなよ、のどか」

 バンっと、丸まりかけたあたしの背中を叩いたかなちゃん。

 「もしかしたらだけどさ。佐保宮先輩がバイトしてるのって、アンタにプレゼントとか考えてるからかもよ?」

 「へ?」

 「よくマンガとかであるじゃん。急にバイトだなんだって忙しくし始めた相手に、寂しいなって思ってたら、なんかサプライズプレゼントを考えてたって展開」

 「あー、ああ。あるね、そういうの」

 プレゼントを贈りたいけどお金がない。→ならバイトだ! →その間彼(彼女)に会えないけどガンバルゾ! みたいな。
 そんでもって、そのバイト先で当て馬的な誰かに出会ったりするパターン。こっそりバイト先を覗いた彼(彼女)が、その主人公と当て馬の楽しそうな様子を見ちゃって、ジェラってなる展開。そして、プレゼントに「え?」って驚いてムネアツになるの。

 「佐保宮先輩もさ、そういうサプライズのために頑張ってるのかもね。どうする? ステキなネックレスとか指輪とか贈られちゃったりしたら」

 「うえっ!? どどっ、どうするって……、あの、そのっ!」

 どうしたらいいの、その場合。どういう展開がテッパンだっけ?

 「熱~いキスと抱擁。それから熱~い夜を、だね」

 「うぎゃあああぁっ!」

 止め! ヤメテ! 今、思いっきり想像しちゃったじゃない! 志乃くんとの熱い一夜。なんかのスチルみたいに、お花を飛ばしたスッゴいのが思い浮かんだわ――って、あれ?

 「ゴメンゴメン、冗談だってば。――のどか? どしたの?」

 「え、あ、うん。なんでもない」

 一瞬、立ち止まっちゃったけど、「なんでもない」で済ませておく。

 「ま、何があるかはお楽しみってことで。それより、早く行くよ」

 「行くよってなにが?」

 あたしの手を引っ張ったかなちゃんに問い返す。

 「忘れたの? 今日から『ナンキミ』のコラボキャンペーンじゃん」

 あ。忘れてた。
 たしか、ドラッグストアで千円以上購入するとステッカー(ランダム)がもらえるってヤツ。そこに対象の栄養ドリンクを二本購入すると、さらにクリアファイル(ランダム)ももらえるとか。
 そっか。あのキャンペーンって今日からだったか。

 「別に栄養ドリンクなんて欲しくもないけどさ。アンタはシノ、私はカティス。お互いの推しが出たら交換しようって約束したじゃん」

 あ、うん。そうだった、そうだった。
 自分で推しを引き当てたらいいけど、そうじゃなかったら交換しようねって約束してたんだった。
 以前のアクスタよりはハードルの低い推し活。

 「アンタ、佐保宮先輩とつき合うようになって、まさか担降りしたんじゃないでしょうね」

 「うえっ!? まさか!」

 志乃くんは志乃くん。シノさまはシノさま。
 二次元と三次元。別々のものとして、それぞれ推しておりますわよ?

 「ならいいけど? って、のどか!」

 走り出したかなちゃん。

 「ほら急ぐ! 推しが私を待っている!」

 「うぎょわぁ! ちょっ、ちょっと待ってぇ!」

 グイッと引く力が強くなって、あたしの体はバランスを崩す。

 「そんなに急がなくても、今日始まったばっかのキャンペーンだしっ!」

 「あまい! そんなこと言ってると、推しとの縁が切れちゃうよ!」

 グイグイグイグイ。推し活かなちゃんは、普段のかなちゃんとは打って変わって、別人の様相。普段は大人しく知的な感じなのに、一旦推しが絡むとアクティブグイグイのかなちゃんになる。あたしのこと「シノさま、シノさまうるさい」って評するけど、実はかなちゃんのが推し愛が強いんだよね――って。

 「わかった! わかったから、そんな引っ張んないで!」

 推しとの縁より先に、あたしの腕がもげる! 痛い!

 ――結局。
 欲しくもないドリンクと千円以上のお買い物というミッションを果たしたけど。
 本日の釣果。
 あたし→キャラ集合ステッカー。シノさまクリアファイル。
 かなちゃん→ユーリルステッカー。ユーリルクリアファイル。

 「なんでここで、ユーリルばっか出るのよ! カティスさまはどこっ!?」

 カティス推しかなちゃんが嘆いたのは言うまでもない。
しおりを挟む

処理中です...