ワケありなのに、執事がはなしてくれません!? ~庶子令嬢は、今日も脱出を試みる~

若松だんご

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第5話 執事の手の内、腹の内。

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 「ねえ、キース」

 その日アタシは、珍しく自らアイツを呼び出した。

 「兄さまの葬儀って終わってるのよね」

 「はい。突然のことでしたので慌ただしくはありましたが、ボードウィン卿がすべて差配してくださいましたので、滞りなく済ませております」

 「ってことは、兄さまはこの都に安置されているってこと?」

 「そうですね。いずれはご領地でお眠りいただくことになりますが、今は一旦都の教会で埋葬されております」

 ある日突然、事故で亡くなったお兄さま。普通なら、仮の葬儀を済ませてから領地に戻り、そこで正式に葬儀が執り行われる。取り仕切るのは次代子爵家相続人、後継者となるアタシ、もしくはその夫。
 だけど、アタシはまだ結婚してなから夫もいない。それどころか、領地ではアタシが受け継ぐことを反対してる親族もいる。だから、ここはひとまず地位あるボードウィン卿が葬儀を取り仕切り、後で落ち着いてから領地で葬儀を行うってことなんだろうけど。

 「……ねえ、一度、兄さまに会いに行けないかな」

 「ティーナさま。ローランドさまはもう……」

 「わかってるわよ。もう土の中に埋葬されちゃってるっていうんでしょ。だったらそのお墓をお参りしたいって言ってるの。顔を見たいとかそういうのじゃないわよ」

 誰も掘り起こして会わせろって言ってるんじゃないの。葬儀に、兄さまの死に目に会えなかったのだから、せめてお墓参りぐらいはしたいのよ。
 子爵家がどうとか、跡継ぎがどうとか。そんなの二の次三の次。十の次でも百の次でもかまわないの。アタシはたった一人残ってた肉親を亡くした。それを悲しみ悼みたいの。
目まぐるしく環境が変わったし、用心したりでスッポ抜けてたけど、兄さまが眠る王都に来たんだから、ドレスよりなにより、まずはお墓参りが最優先でしょ。
 ま、ホテル暮らしに退屈してきてたから思いついただけなんだけど。(兄さま、ゴメン)

 「……承知いたしました、マイ・レディ。すぐに支度をいたします」

 一礼を残してキースが部屋から出ていく。
 そうよ、そうよ、わかってくれればいいのよ。
 アタシをこんなところに監禁するより、そうやってアタシのために動けばいいのよ。
 アタシは最愛の兄を亡くしたばかりの、それはそれはとぉぉぉぉってもかわいそうなご令嬢なんだから。少しは気を使いなさいよ。

 ――ってことで。

 静かに駆け寄り、ヤツが出ていったドアを確認する。……固い。そっと、それでも力を込めて掴んだノブを回すけどビクリともしない。

 (カギ、かけってったな)

 船の中でも監視してたぐらいだ。もし万が一自分が離れたことでアタシが逃げたりしないか、念のためカギをかけていったのだろう。

 (用意周到ね。まったく)

 アタシが信じられないっての? 兄の墓前に伺いたいっていう殊勝な心がけのアタシを?

 ドアから離れると、次は窓に駆け寄る。
 ドアがだめならこっちから逃げ出す。

 ここはホテルの三階。
 高さはそれなりにある。
 ――けど。

 (ここで怯んでたら女が廃るってもんよ)

 幸い、木登りは得意。ダテに庶子として、街で暮らしてないわよ。三階から降りるなんて訳無いことなんだから。

 さすがにドレスなので、猿かネコみたいにヒョイヒョイっと窓の外からバルコニー伝いに逃げることはできない。
 だから――。

 (これよ、これこれ。これならロープの代わりになるわ)

 手にしたのは厚手のカーテン。たっぷりヒダつきのそれは、いくつか結んでいけば三階から降りるに足りるだけのロープとして使える。いくつか引っ剥がし、繋げ、バルコニーの手摺に結わえる。 
 グイグイッと引っ張ってみて問題ないことを確認したら、素早くカーテンに掴まって下まで降りていく。ロープカーテンに掴まった手のひらを傷めないように、手にはハンカチを巻き付けてある。

 (これで完璧!!)

 まさか、アイツも令嬢がこんな場所から逃げ出すなんて想定してないわよね。三階からカーテンを使って逃げ出す令嬢なんて普通じゃないし。
 その前にやっておいた、「せめて兄さまのお墓にだけでもお参りしたいのです」っていう、しおらしさ満点演技も多少は効いてるだろうし。
 まあ、兄さまのお墓は、いつかはお参りしたいと思ってるよ? 唯一の肉親だったことは間違いないし。悲しいと思う、死を悼む気持ちはウソじゃないし。
 でもそれはこっちの身の安全が確保できてから。
 今みたいに、監禁されたり命を狙われてる状況でやることじゃないの。

 (ごめんね、兄さま)

 いつかはちゃんとお参りするからね。
 心のなかで謝っておく。そして――。

 (さあ、これで完璧、華麗なる大脱走成功――!!)

 「マイ・レディ」

 もうあと一歩。もうあとちょっとでつま先が地面に着く。そんな時にかけられた声。
 興奮してドキドキしてた心臓が、ビクッと一瞬鼓動を止めた。

 「……キース、いたの」

 「はい。馬車をご用意いたしておりました」

 ニヤニヤというか、ニマニマというか。すっごく慇懃なキースの笑み。

 「ですがレディ、亡き兄君を悼み、気が急いていらっしゃるのはわかりますが、これはかなりはしたないかと」

 うるさいわね。わかってるわよ、はしたないことぐらい百も承知よ。
 せっかく油断させて、せっかく裏をかいて逃げ出せたと思ったのに。

 「では、参りましょうか、レディ」

 ぶすっとしたまま馬車に乗り込むと、後ろでパタリと扉が閉じた。座ると同時に馬車が動き出す。
 逃げ出せたと思ったのに。
 再び牢屋に閉じ込められたような気分。
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