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第8話 いざ出陣。お茶会結婚斡旋所。

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 社交界にデビューも果たしていない子女が参加できるイベントは、さほど多くない。
 それに、アタシはまだお兄さまの喪中。普段のドレスは黒となっているし、そうそう華やかな場所にお呼ばれするわけにはいかない。
 だから、社交の場といえば、公園とかレストランとか、そういう場所に限られてくるんだけど。ドレスを何着仕立てたって、着ていける場所は限定されているんだけど。

 「お嬢さま、アフタヌーンティーの招待状が届いております」

 部屋で暇してたアタシの前、スッと銀色のお盆に載せて差し出された一通の招待状。
 ちゃんと蝋封されたその招待状の差出人は――。

 「……ランチェスター伯爵夫人?」

 誰、それ。

 「ローランドさまが懇意にされていた方ですよ。大変気さくな方ですから、一度、招待されてみては!?」
 
 「でも、アタシが伺ってもいいのかしら」

 庶子で、兄弟を亡くした喪中の女。兄弟に成り代わって子爵家を乗っ取った女。それが、兄の知り合いというだけで、参加してもいいのだろうか。ずうずうしくないだろうか。そういう集まりに一度も参加したことないから、ちょっと緊張する。

 「晩餐会とかではございませんから。気軽に参加されてもよろしいのでは?」

 確かに。アフタヌーンティーなら、気軽に伺って、挨拶を交わすぐらい。たいしたことない。

 「少しづつ社交の範囲を増やしていくためにも、是非」

 まあ、確かにそうよね。
 公園や買い物に出るよりも確実に世界が広がる。誰かと知り合うキッカケにもなる。
 喪中だから、庶子だから。
 そんな状況を、相手方、ランチェスター伯爵夫人も承知したうえで、招待状を出している。なら、遠慮することないのかもしれない。

 「そうね、参加してみようかしら」

 気軽に伺って(出来るかな?)、少しおしゃべりして(出来るのかな?)、お茶を楽しんで(出来るのかなぁ!?)、人脈を広げて(出来るのかなあぁぁ!?)。――不安。

 「では、先日のドレスの仕上がりを急がせましょう」

 あの、キースのセンスで選ばれた生地のドレス。濃い目のピンクのドレスは、多分、アフタヌーンティーという空間で、とても映えるに違いない。着るのがアタシでなければ――の話だけど。

*     *     *     *

 「ようこそ、ティーナさん。お会いできてうれしいわ」

 明るい日差しの差し込むドローイングルームに通されたアタシを出迎えてくれたのは、上品な雰囲気を漂わせる女性、ランチェスター伯爵夫人。少しふくよかな顔立ちが、優し気に微笑む。

 「お兄さまのこと、大変でしたわね。彼が繋いでくれた縁よ。これからも、こうして訪れてくださるとうれしいわ」

 「ありがとうございます、伯爵夫人」

 金縁のバラのあしらわれたティーカップで、紅茶をいただく。室内のところどころに配されたバラの花、シワひとつない上質なリネン。決して華美ではない。けれど、上品にまとめられた空間。その一つ一つが、夫人のセンスのよさと、気品と人柄を伝えてくる。
 ちょうど、今、この屋敷を訪れているのは、アタシと数人の貴婦人だけだった。みんな、夫人とよく似た年齢。おそらく、40代以上。うっかりすると、アタシの母親と言ってもおかしくない歳の人もいる。
 よって、会話がどういうことになるかというと……。

 「こんな、若いお嬢さんとお知り合いになれるなんて、わたくしたちも華やぎますわね」

 「ええ。メイフォード卿に、こんな素敵な妹さんがいらしたなんて。わたくし、存じませんでしたわ」

 「瞳の色が、お兄さまと同じなんですのね。かわいらしいわ」

 「わたくしも、こんな素敵な娘が欲しかったわね」

 「ああ、アナタのところは、息子さんばかりでしたものね」

 「そうなのよ。ああ、でも、こんなにかわいらしい娘がいたら、きっとヤキモキしてしまっていたかもしれないわ」

 「誰かに、さらわれそうで?」

 「そうね。社交界にデビューしたら、世の男性は、ほっとかないんじゃないかしら」

 「求婚者が、列をなしてくるかもね」

 「それは、選ぶ楽しみと、追い払う楽しみが出来そうだわ」

 ……なんか、ネタにされ言われ放題なんですが。
 素敵だの、かわいいだの。多分、これまでの人生で、一番褒められたんじゃないだろうか。一生分をここで聞いた気がする。
 ほめられるのが悪いわけじゃない。けど、こういう場合、どういう顔していればいいんだろう。
 お礼を言う!? 謙遜する!? それとも、はたまた当然って顔をする!?(それはないか) 
 どうしていいかよくわからなくなて、微妙な笑顔をするしかなくなる。

 「皆さま、そんなふうにおっしゃっていては、ティーナさんが困っていらしてよ」

 助け船を出してくれたのは伯爵夫人だった。

 「あら、夫人。彼女のお世話をしたい。一番そう思っていらっしゃるのは、ご自身ではございませんこと?」

 え!?

 「そうですわ。メイフォード卿の妹さんの結婚のお世話をしたいと、以前からおっしゃっていらしたものね」

 ええっ!?

 「あら、いやだわ、皆さま。わたくし、卿の代わって、お嬢さんを幸せにして差し上げたいって申したまでですわよ」

 「それが、結婚のお世話でございましょう? 女性が幸せになるには、ステキな伴侶が必要なのですから」

 女性が幸せになるためには、夫となる男性の存在が欠かせない。
 多分、それが上流社会の基本なのだろう。女性が独身で、暮らしていくという道は、頭の片隅にも思い浮かばない。女はいつか結婚し、子を産み育てるもの。夫の身分、社会的地位、財産。それが、女性の生活、人生を大きく左右する。夫と二人で、家を守り、盛りたて、子孫へ受け継いでいく。

 「それで? ティーナさんは、どのような男性を望んでいらっしゃるの?」

 「えっ!?」

 「もちろん、子爵家につり合うだけの家の格とかもありますけど、それ以外に、男性に望まれることはなにかしら」

 ここは、結婚斡旋所!? アタシの周りは全員仲介人!?
 ご婦人方の、好奇な目線がアタシに集まる。

 「えと……、その……」

 (いきなりそんなこと訊かないで――っ!!)

 そんなの、考えたことない。結婚なんてまだまだだと思ってたし、家を継ぐって言われても、まだピンとこない状態だし。っていうか、結婚どころの状況じゃないし!!

 「やはり、優しさかしら? それとも男らしさ?」

 「自分をただ一人の女性として、心から愛してくれるのも大事ではなくって?」

 「そうね。愛されてこそ、幸せになれるってものですわ」

 「でも、財力もなければ、幸せになれませんわよ。ドレスすら新調できなくなっては悲しいですもの」

 「それに、容姿だって重要ですわ。ティーナさんの愛らしさを引き立てるだけの男性でなければ、わたくし、認めたくありませんわ」

 「そうねえ。でも、そんな素敵な殿方だと、他の女性からアプローチされそうね」

 「そこがいいのよ。ティーナさんだけじゃない。他の女性を惹きつけるだけの魅力を持ちながら、ティーナさんだけを一途に愛し、守ってくれる騎士ナイトのような男性。素晴らしいわ」

 「まあ、ロマンス小説のようね」

 「だけどそんな恋、憧れますわ」

 え、えーっと。

 「そうだわ、ティーナさん。今度、わたくしの家の舞踏会にいらっしゃいな。素敵な殿方に出会えるかもしれなくってよ」

 「そうね。それがいいわ。こんなかわいらしいお嬢さんがいらしてくだされば、場も華やぎますし。ぜひ、わたくしの家にもいらしてほしいわ」

 「うちにもいらしてくださいね。そうとなれば、早速、これといった殿方に招待状を差し上げておかねば。これは、やりがいがありますわよ、皆さま」

 ウフフ、フフフ、オホホホホ。

 アタシをネタに笑い合う奥さま方。
 久しぶりに起きたイベントに、張り切っているというか。やる気満々。

 「よかったわね、ティーナさん」

 ランチェスター伯爵夫人も笑ってる。
 まあ、自分から結婚相手を探すのって難しそうだったし。そういう場を設けてもらえるのは、ありがたいんだけど。

 (アタシ、完全に奥さま方のオモチャよね)

 軽くため息をつきつつ、亡きお兄さまに感謝する。この縁も、お兄さまがアタシに残してくれた大事なもの。
 ちょっとふり回され気味で、疲れそうだけど。

 (結婚……、ねえ)

 まだ子爵家の後継者になったことも実感ないのに。
 寄宿学校時代も、「結婚」は遠い向こうの絵空事のように感じていた。兄さまはアタシを大事にしてくれたけど、自分が結婚できる立場になるなんて思ってなかったし。だから学校の級友とも「結婚」について語り合ったことはなかった。
 それなのに。今こうして、子爵家令嬢として、遠い向こうにいたはずのボンヤリ「へのへのもへじ」だった結婚相手について考えを巡らすことになるとは。人生、いつどこで何が起きるかわかったもんじゃないわね、ホント。

 目の前のカップに残ったお茶をすべて飲み干す。お茶は、猫舌でも遠慮したいぐらいぬるく冷めていた。
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