恋をするなら、キミとがいい

若松だんご

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1.僕はキミと出会う

(五)

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 三年生にもなれば、将来を考えて動かなきゃいけなくなる。
 夏にも受けたけど、冬にもインターン。卒論に向け、自分の調べたい課題決め。
 地元に帰らずこっちで就職するには? こっちで、一人暮らしできるだけの給料面のいい会社は? ブラックとそうでない会社の見極めは?
 男の仕事は一生のもの。――なんてことは言わないけど、でも、入ってすぐ辞める、転職なんてことはなるべくしたくない。父さん、母さん、あっちにいる友達。嫌いじゃないし、会いたいけど、それでも地元を離れて暮らしていきたい。

 (あの時は、アイツから離れることしか考えてなかったからなあ)

 アイツ、井高が関西の大学に行くって聞いたから、オレはこっち、関東を選んだ。アイツが工学部に進むって聞いたから、オレは文系を選んだ。
 こうすれば。こうすれば、オレの人生が、アイツと交わるのは「実家が近所」ってことだけだ。それだって、オレが実家に帰らなければ、交わることもない条件。
 こっちで、就職して、一人暮らしして、そのまま結婚、所帯を持ったら。そうしたら、もう完膚なきまでに切れていく、細い縁。「井高翔太ぁ? ああ、そういやそんな名前のヤツと小さい頃、いっしょだったなあ。アッハッハ」なんてふうに、笑い飛ばせるようになる。なるんだ。ならなきゃいけない。

 「ハアッ、ハアッ……。フーッ」

 ガバっと起き上がりはしないものの、それでも、一気に覚醒した意識。
 大きく息を吐いて、気持ちを落ち着けようとするものの、心臓はドキドキしたままだ。

 (あの……、夢か……)

 額に残った汗を、手の甲で拭う。
 あの夢。
 中学の時のあのシーン。
 井高が、オレの名前を、オレの容姿をネタに笑っていたあの場面。
 忘れたいのに、忘れられない。
 夢というのは、寝ている間に脳が記憶を整理して、その作業途中にポロッとこぼれた情報が夢になると聞いたことがあるけど。
 
 (いい加減、その記憶、どっか仕舞ってくれよ)

 二度と掘り起こさなくていい、ポロッとこぼれることのない、そういう深く深い場所に。頼むよ、オレの脳みそ。なんなら、捨ててくれていい、その記憶。
 一人、自分に文句をつけ、それから、ベッドわきに置いてたエアコンのリモコンを手に取る。寝る前、数時間で運転が切れるようにタイマーをかけてたんだが。こんなに汗をかくのなら、一晩中エアコンをつけておけばよかった。

 (10月にもなるのに。エアコンが必須って、ヘンな気候だな)

 苛立つ対象は、天気にまで広がる。汗かいて起きるなんて。それも、カーテンの向こうに明るい光を感じる時間。時計を見れば、午前五時五十九分。今日は六時半に起きる予定だったから。あと三十分。横になったことろで、満足するまで眠れるかどうか。

 (こんな夢を見るのも、全部、あの氷鷹のせいだ)

 井高によく似た名前。昔の井高を思い出させる、あの陽気で人懐っこい性格。
 
 (違う。アイツは、ハチベエに似てるんだ)

 オレを、無条件に慕ってくるあの姿。「褒めて、褒めて」な顔。
 あれは、ハチベエ。井高じゃない、ハチベエに似てるんだ。
 そう思い込みたくて、暑いのにタオルケットを被りこむ。
 でないと、オレ、氷鷹にイヤな態度ばっかり取ってしまう。暑すぎる天気に文句をつけるのは自由だけど、同じように、わけのわからん苛立ちを氷鷹にぶつけてはいけない。
 アイツは。アイツは井高とは違うのだから。

 (クッソあっつい……)

 エアコンは効き始めてるのに。カーテンで遮っても入り込んでくる日差しが暑いせいだ。
 タオルケットを跳ね除けたら涼しいのかもしれない。
 けど、今はこうしてくるまっていたい。たとえ、どれだけ暑くて寝直しできなくても。

          *

 「うっわ。どうしたんですか、その顔!」

 「どうもしてない」

 「いや、どうもしてないって」

 そんなことないでしょ。
 声にしなかったツッコミを、目線で送ってくる氷鷹。
 結局、目覚ましが鳴るまで、寝ることはできなかった。
 わざわざ指摘されなくても、今の自分の顔がどうなってるかぐらいは知っている。「ザ☆寝不足! 不満いっぱい」の顔。
 レジに立つ顔じゃない。寝不足と不機嫌が、オーラのように溢れ出ていることは、自分で承知している。
 でも。

 「ほら、仕事、始めるぞ」

 今日のワークスケジュール。
 土曜日の今日はパートさんが減る分、オレらアルバイトがレジに入らなきゃいけない。
 氷鷹もレジ要員として「一人」として数えたのか。オレと別のレジの番号がワースケに書き込まれている。オレが1番。サービスカウンター隣。時にはカウンター業務もこなさなきゃいけないレジ。タバコの販売や、店内放送、返品対応もこなす。
 氷鷹はその隣、「ゆっくりレジ」。お年寄りなど、お金を出すのに時間かかるお客様用、お会計に時間をかけてもいいですよ~な客対応レジ。
 オレの隣ってことは、もし氷鷹になんかあったら、オレがそっちの応援もしなくちゃいけないってことか。

 (ちゃんと寝ておけばよかった……)

 1番レジってだけでも大変なのに。隣のレジも気にかけてやらなきゃいけないのかよ。
 いや。
 ここでバイトで神経使ってヘタばれば、今日の夜は、夢も見ないぐらい、グッスリかもしれない。
 そうだ。
 今日は、トコトンバイトで疲れよう。そうしよう。
 どんなことでも、前向きに受け止める。

 「いらっしゃいませ~」

 レジに立ってすぐ。一人目のお客様がやってくる。
 朝のお値打ち品しか入ってないカゴを受け取り、商品をスキャンしていく。

 「以上5点で、七百八十二円です」

 レジに出た表示価格を、にこやかに伝える。そうしてるうちに、次の客、客と、列ができ始める。
 それは、オレに背を向けて立っている氷鷹のレジも同じ。
 お札の数え方は、ちょっとぎこちないけど、この間よりうまくなってる。

 「ありがとうございました~」

 その大きな背中が、まるっと丸まるように動く。もう少し、ピンっと背筋を伸ばしてお辞儀すればいいのに。
 ――って。まあ、どっちでもいいか。

 「お待たせしました。いらっしゃいませ~」

 そんなことより、オレはオレの仕事をこなす。次の客をにこやかに受け入れる。
 土曜日の朝のレジは、余計なことを考えるヒマもないぐらいに忙しい。
 氷鷹が、困ってこっちをふり返るまでは、オレはオレの仕事をする。それでいいんだ。
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