恋をするなら、キミとがいい

若松だんご

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2.距離ナシディスタンス

(一)

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 「うわっ」

 バイト帰り。
 いつものように自転車を漕ぎ出そうとして、ヘンな声が出る。
 ペダルが軽すぎる。
 ギアはいつも一番重くて、速く走れるヤツにしてある。なのに、ペダルがいつも以上に軽い。軽すぎる。
 
 「なんだよ、これ」

 駐輪場を出かけたところで、降りて確認すると、ペダルから後輪に駆動を伝えるチェーンが外れている。これじゃあ、ペダルを踏み込んだところで、空回りするだけ。なんの意味もない。

 (しまったな~)

 これ、自分で直せるのか? 自転車屋に持っていったほうがいいのか?
 素直に考えるなら、自転車屋行きだろう。チェーンが外れてる。ちゃんとかけ直せば、また走るだろう。それはわかるけど、じゃあ直せるかと言われたら、そんな技術は持っていない。技術だけじゃない。チェーンを直すための道具だって持ってない。
 
 (この時間から、自転車屋かあ……)

 バイト終わり。
 夜の八時を過ぎた今、開いてる自転車屋なんてあるんだろうか。あったとして、今から直してもらって、終わるのはいつだ?
 微妙に減り始めてるお腹をさする。腹、減ったなあ。

 「あれ? 佐波先輩、どうしたンすか?」

 悩む背中にかかった声に、少しだけビクッと体を震わせる。

 「氷鷹くん……」

 会いたくなかったのに。だから、ちょっと早めに着替えて、ロッカールームを出たっていうのに。
 こういう時、同じ時間に退社するように組まれたシフトが憎らしい。そして、チェーンが外れたことも。チェーンさえ外れなかったら、オレはコイツが出てくる前に、サッサと帰ることが出来たのに。

 「チェーン、外れてしまって……」

 駐輪場近くでうずくまって。尋ねられたら、理由を答えるしかない。言いたくないから黙る――なんてのはできるはずもない。

 「チェーン? うわ。ガッツリ外れちゃってますね」

 近づいてきた氷鷹が、オレの隣にしゃがみ込んで、その状況を確認する。

 「今から、修理持ってく」

 並んで座ってるのもなんなので、先に立ち上がる。スマホを取り出し、今からでも修理できる店を検索。この自転車、明日の大学に行くのにも必要なんだよな。

 「それなら、オレン家、どうですか? ここから近いし」

 遅れて立ち上がった氷鷹が提案する。

 「へ? オレン家?」

 お前ン家、自転車屋なの?

 「オレン家なら、道具とか色々ありますし、オレ、こういうの直せますから」

 お前、直せるの?
 驚くオレを置いて、勝手に氷鷹が自転車のスタンドを蹴る。

 「さ、先輩、行きますよ」

 行きますよって。
 なんで勝手にお前が修理店を決めてんだよ。

 「ま、待てよ」

 オレの自転車を押して歩き出した氷鷹。自転車という人質を取られたオレは、その背中を追いかけるように歩き出すしかなかった。

          *

 「ごめんなさいね。あの子が勝手に連れてきたみたいで」

 「いえ」

 「でもまあ、直す技術だけは持ってると思うから。ちょっと待っててあげてもらってもいいですか?」

 「いえ。こちらこそ。直していただけると助かるので。それより、こんな遅くにお邪魔して、すみません」

 氷鷹工務店。
 それが、ヤツの家だった。自転車屋じゃない。
 名前は知らないけど、工場って言ったら、こんなの置いてあるよな~みたいな機械がある。それに、ヤツの言う通り、いろんな道具が揃ってる。ペンチやスパナ、バールなど。他にも名前も知らない工具が色々並んでいる。全体的に油と機械、それに鉄の匂いのする工場。
 そこで、オレの自転車を前に座り込んだ氷鷹が、よく似た顔つきの父親らしきツナギ服の男性と、ああでもないこうでもないと、話しながら、チェーンをいじっている。
 オレは、そんな氷鷹の姿を見ながら、ヤツの母親っぽい女性から温かいお茶を受け取る。
 腹減ってるから、お茶よりも食い物がほしい。――なんてことは黙っておく。
 空きっ腹に温かいお茶は、じんわりとゆっくりと染みて広がっていく。

 「――あの子、バイトではどんな感じですか?」

 へ?
 
 ちょっと驚き、勧められるままに、近くにあった丸椅子に腰掛ける。丸椅子の上には、座る人のお尻の形にへこみ馴染んだクッション。ちょっと座り心地は微妙。

 「この間も、お札の数え方を練習したいって。いきなり万札を両替したいって言い出して」

 クスクス笑い、握った拳で口を押さえた氷鷹の母親。

 「佐波さんみたいに、かっこよくお金を数えたいんだとかで。一生懸命練習してました」

  (オレみたいにかっこよくって、なんなんだよ、それ)

 ちょっとお金をパンって弾いただけだろ? それでカッコいいって。

 「それで、あの子は? バイトで使いものになってますの?」

 「えっと。そうですね。頑張っていますよ、彼は」

 使いものになってるかどうか。
 それに対してはまだ微妙。
 でも、レジは真剣に取り組んでるし。今はぎこちない部分が大きいけど、そのうち、ちゃんと使いものになると思う。

 「なら、よかった。あの子、ああやって機械とかなんとかをイジるのは得意みたいですけど、接客となると。大丈夫かなって、不安だったんです」

 オレなんかの講評で、安心していいのかな?
 「頑張ってる」って言っただけだし。「大丈夫ですよ」とは言ってない。それも、その「頑張ってる」は、お茶と自転車修理のお礼、お世辞がモリモリ盛り込まれた「頑張ってる」だし。

 「夫は、今はいろんなことを経験したほうが良いって言うんですけどねえ」

 それでいいのかしら?
 氷鷹の母親が、頬に手をあて、大きく息を吐く。
 「今はいろんなことを経験したほうが良い」とは? 少し引っかかる言い方だな。

 「先輩! 直りましたよ!」

 ペダルを手で持って回し、氷鷹がチェーンの具合を確認して、立ち上がる。

 「うわ。手ぇ、真っ黒じゃん」

 椅子から立ち上がり、近寄ってそのことに気づく。氷鷹の着けてる軍手。真っ白だったはずの生地に、あちこち黒い筋がついてる。

 「これぐらいなんでもないですよ。それより、自転車、直りました!」

 言われて、視線を移した自転車。チェーンは、ちゃんともとに戻っている。これなら、アパートまで走って帰れそうだ。

 「ありがとうな」

 「ヘヘッ。いつも世話になってるお礼ッス」

 オレが感謝を告げると、気恥ずかしいのか、氷鷹が軍手をはめたまま鼻の下をこする。――こするって。

 「あ、コラ。あーあ。鼻の下、筋、ついちゃったぞ」

 「うえっ!?」

 どこに? どこに?
 あわてた氷鷹が、また軍手をはめたまま鼻の下を触ろうとする。

 「だから、その手で触るなって」

 言って、ポケットからハンカチを取り出し、間抜けな黒い筋を拭いてやる。

 「あとで、ちゃんと顔洗え」

 「あ、ありがとうございます」

 拭かれたことが恥ずかしいのか。それとも、黒筋つけたことが恥ずかしいのか。
 氷鷹が、微妙な表情で礼を述べる。

 「佐波くん」

 そんなオレと氷鷹のやりとりに加わってきた、大人の男の声。氷鷹のオヤジさんだ。

 「とりあえず、これで走れると思うが。余裕あれば、自転車屋に行ったほうがいい。チェーンが劣化してる可能性もあるから」

 「はい、ありがとうございます」

 直したのは氷鷹本人だけど、その様子を見ていてくれた。お茶を用意してくれたおふくろさんもだけど、オヤジさんにも感謝だ。

 「いやいや。陽翔はるとが友達を連れてくるなんて、滅多にないからね。また、いつでも遊びにおいで」

 「ありがとうございます」

 オレ、友達じゃなくて、バイトの先輩なんだけどな。
 ってか、こんなに人懐っこい氷鷹なら、オレじゃなくても、他にも友達とか連れ込んでそうなのに。意外だな。

 「では、今日はいろいろお世話になりました。これで失礼します」

 直してもらったばかりの自転車のスタンドを蹴る。ハンドルを握って、氷鷹の両親に深く頭を下げる。そして。

 「氷鷹も。ありがとうな」

 一番近くに立っていた氷鷹に、もう一度礼を述べる。

 「ヘヘッ」

 湧き上がった「うれしさ」がリミットを越え、ボンッと破裂したようなそんな笑顔。
 人好きのする、いい笑顔だと思う。
 今はまだぎこちないレジ接客だけど、そのうち慣れて、この笑顔でお客様に対することが出来たら、きっとスーパーの看板娘ならぬ、看板レジ打ちになれるだろう。
 お札をパンっと弾けるオレより、もっと優秀なレジ打ち。

 「それじゃあ」

 グッと、べダルを踏み込む。
 チェーンが直ったせいか、自転車は思った通りに、グイグイ前に進む。気持ちいいぐらいに、踏み込んだ力がしっかりと後輪に伝わる。
 押し出される車体。その力に負けないように、シッカリとハンドルを握りしめた。
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