オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

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14.お医者様でも草津の湯でも

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 「それで? お前はなんの病気なんだ?」

 裁きのお白州――もとい、課長のマンションのダイニングで。向き合うように座った課長から尋ねられる。
 
 (社長のバカぁ……)

 あたしの病気。
 課長を見ると心臓がどうにかなる、課長アレルギーだなんて、どうやって話せばいいんですかあ。
 話せば、症状が良くなるって社長、言ってたけど、そんなの信じられないってば。

 「…………。俺には話せない、か」

 課長の、落胆のため息が聞こえる。
 どうしよう。どうしよう。

 「卯野。契約を解消しよう」

 「――え?」

 その声に、ずっと俯いてた顔を上げる。
 契約を。――解消?

 「お前がどういう病気が知らんが。だが、病気を発症した原因は、今の生活のせいだろう」

 「課長……」

 「今までご苦労だったな。専務のお嬢さんは、どうやら諦めてくれたらしいし。これ以上は俺の恋人役を務めなくていい」

 驚くあたしに、今まで見たことないような、優しい課長の笑みが降り注ぐ。

 「アパートの修繕はまだ終わってないだろうから。しばらくは、ホテルにでも滞在していなさい。手配してやろう」

 言うなり、スマホを片手に立ち上がった課長。

 「あ、あのっ……」

 「大丈夫だ。お金のことなら心配いらない。これも管理会社にツケといてやる。お前はなにも気にせず、ゆっくり休め」

 そうじゃなくて!

 「あたし、課長アレルギーなんです!」

 課長を追いかけ、スマホを持つ手を掴む。

 「課長……アレルギー? なんだ、それは」

 あたしに掴まれたまま、切れ長の目を丸く、キョトンとした課長。
 ええい。こうなったらヤケだ! 洗いざらい白状してやれ!
 話せって言ったのは社長ですからね! 後で、あたしの骨、拾ってくださいよ!

 「あたし、課長といると、心臓がキューってなったり、心拍が異様に上がったりするんです!」

 「――は?」

 「課長の声を聴いたりとか、課長を見たりとか! 今だって、心臓が破裂しそうなぐらい、バクバクしてるんです!」

 急激な心拍上昇。血流も異常で、耳までジンジンしてきた。目も潤んでくるし、思考も上手く働かない。

 「これって、多分アレルギーの症状だと思うから。あたし、その……、ちょっとマスク買ってきます」

 ヨロヨロ。
 ホテルを予約しようとした課長を止めようとして、うっかり掴んじゃったから。アレルギー発症で、今のあたし、ライフゼロ。急激な接近は体に悪い。
 なけなしの体力を使って玄関に向かう。

 「――待て」

 大股で近づいてきた課長。

 「ぎょわっ! か、かかっ、かちょおっ!?」

 そのまま、グワシッと背中から抱きしめられた。

 「今も、心臓が苦しいのか?」

 「は、はひっ!」

 苦しいどころの騒ぎじゃない!
 体と耳から伝わるその声に、心臓、口から吐きそう! 頭クラクラする!
 あたし、急性アレルギーショックでポックリ逝きそうなんですけどっ!

 「俺を見るとどうなる?」

 「胸がキューっとします」

 「俺の声を聴くと?」

 「心拍がおかしくなります」

 「じゃあ、こうして抱きしめられると?」

 「頭クラクラして、立ってられません!」

 だから、離して!

 「なるほど。真白。お前の病名がわかったぞ」

 ――わかった?
 課長が?
 課長、医学の心得みたいなの、持ってたんですか?

 驚くあたしの体を、クルッと回転させて向き合わせた課長。

 「いいか、よく聞け。お前は、俺に恋してるんだ」

 ――へ?
 こい? コイ? 濃い? 故意? 鯉? カープ? 違う。コイ? ――って、恋?

 「恋ぃぃぃっ!?」

 驚く声がひっくり返って、そのままグルグル渦を巻いた。
 あたしが、課長に? こ、ここっ、恋っ!? ウソでしょっ!?

 「俺を見たり、声を聴くことで心臓に異常をきたす。それが恋でなくてなんだと言うんだ」

 「そ、その、アレルギーかと……」

 対課長アレルギー。

 「そんなアレルギーがあるか」

 笑う課長。その顔に、ますます心臓がバックンバックン暴れまわる。

 「お前は、俺に惚れてるんだ。だから、そうやって胸が苦しくなる。それと――」

 課長があたしの手をとって、手のひらを自分の胸に押しつける。

 「わかるか。俺も同じように心臓が暴れていることが」

 「えっと。は、はい……」

 課長、高血圧でも患ってるんじゃなかってぐらい、心臓の動きがすごい。手のひらにバクバク拍動が伝わってくる。
 
 「卯野真白。俺はお前が好きだ」

 ほへ?

 「お前が経理課に来たときからずっと。お前の、その仕事に一生懸命なところが好きだ。いつでもニコニコと笑ってる顔が好きだ」

 へ?

 「専務のお嬢さん対策にお前を選んだのは、そういう下心があったからだ。お前は、俺を見るたび怯えていたからな。卑怯だと思ったが、それでも少しでも近づきたくて、わざとみせかけの相手に選んだ。ずっとお前を見ていたくて、手元に置きたくて、同居を強引に進めた」

 「う、そ……」

 課長があたしを?
 驚き、その目を見るけど、課長は全然ふざけてなくて。それどころか、目の下を赤く染めて、真摯にあたしを見てくる。

 「あ、あたしなんかでいいんですか?」

 問いかける声がかすれた。
 怖いけど、カッコいい課長が? 仕事もバリバリできる課長が? あたしみたいな、チビなことしか取り柄のない、ウサギなんかでいいんですか?
 課長も、ただの「ウサギアレルギー」ってことないですか?

 「――気に入らんな」

 ですよね。
 さっきの「好きだ」っていう告白は、おそらく「部下として好ましい性格をしてる」って意味ですよね。だから、人事評価的なものを仰ってくださっただけですよね。「見ていたい」ってのは、「目を離すと危なっかしいから、上司として保護観察してる」って意味ですよね。

 「俺の好きな女を、そんなふうに卑下するのは気に入らん」

 ほへ?
 好きな、――女?

 「真白。お前は、この俺が惚れた女だ。もっと自信を持て。自分のことであろうと、『あたしなんか』と卑下することは許さん」

 それって、やっぱりそれって――。

 「ンムッ!」

 言葉を発する前に、塞がれた唇――って。

 (あ、ああっ、あたし、課長とっ!)

 キスしちゃってるぅぅっっ!
 なんでどうして、あたしが課長とっ!?
 あたしのファーストキス。もう少しロマンチックにしたかったのに。あたし、間抜けにも目ぇ開けっぱ。間近に課長の顔をガン見しちゃってる。って、あ。課長、まつ毛長い。

 「この先、お前が自分を卑下するようなことを言うたびに、その口を塞ぐ。覚悟しておけ」

 「そ、それって。あたしにキスをするってことですか?」

 黙れって、手で口を塞ぐんじゃなく?

 「まあ、そうなるな。イヤなら、手で塞いでやるが?」

 いえ。手はカンベンしてください。
 どっかの人質とかじゃあるまいし。それにあたしの顔だと、課長の手が大きすぎて、口どころか鼻も塞がれて窒息します。

 「キスされたくないなら、自分を過小評価するのはやめろ――っと。それじゃあ、キスができなくなるな」

 ふむう。
 顎に手を当て、真剣に悩み始めた課長。ものすごく「まいったな」って顔してる。

 「ブプッ」

 「なんだ」

 「いえ。それだと、あたし、いっぱい自分を卑下しなきゃダメだなって」

 課長のその顔を見てたら、笑いが我慢できなくなった。
 説明しながらも、こらえきれない笑いが噴出する。
 今のあたし、とってもおかしなテンションしてる。普段なら、絶対笑わないシーンなのに。

 「あたし、課長が好きです」

 なんで笑ってるのか。おかしなテンションなのか。
 普通なら、イキナリキスされて、怯えたり泣いたりするはずなのに。
 どうして胸が苦しくなったり、心臓がバクバクするのか。
 その答えみたいなものが、ストンと胸に落ちる。

 「課長が好きだから。だから、キス、いっぱいしてほしい――っ!」

 噛みつくように重なった唇。

 「ンンッ!」

 それだけじゃない。グッと腰に腕を回され、力強く抱き寄せられる。

 「お前、俺を煽ってるのか?」

 煽る?
 そんなつもりは毛頭ありませんが? 課長があたしのこと好きだって言ってくれたから、同じように好きだって言っただけですけど?

 「うひゃあっ! か、かちょっ、なにを!」

 あたしの体をすくい上げるように抱いて、そのままノシノシと寝室に歩きだす。

 「この無自覚小悪魔め。覚悟しろ」

 覚悟?
 ポスンと、ベッドに落とされた体。

 「ンンッ、ンーッ!」

 さっきより強く押しつけられた唇。
 息ができなくて、苦しくて。ポカポカ課長の体を叩いてみるけど、ビクともしない。

 (あたし、このまま食べられちゃうのっ!?)

 ギュッと縮こまったらいいのか、それともフルに鼓動を連打すればいいのか。
 どうしたらいいのか、わからない心臓が意味不明に苦しく高鳴った。
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