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第3話 黒の弁護士。
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でも、具体的にどうしたらいいのかしら。
今の私は、三か月後の己の末路は知っている。
いわれなき罪を作られないためには、アンジェリーヌに接触しないのが一番の得策のような気がするけど。
う~~~~ん。
以前の私、彼女と特に接触していないのよね。興味なかったし、「ああ、結婚前なのに愛人作るのね」程度にしか思ってなかったから。
それなのに、あの二人はムリヤリのように罪状をでっちあげた。
いやあ、会ってもないのに、首飾りを引きちぎるとか無理でしょ。
ツッコミどころ満載なのだけど、その理由をゴリ押しして、私たちを殺した。
(なら、逃げて隠れてもムダよね。やっぱり)
息吐くようにウソをつくのだから、逃げたところで罪は変わらないだろう。
(婚約を辞退したいって言っても、受け入れられないだろうし)
アンジェリーヌはどうか知らないけど、フェルディナンは、私の家、シャルストラード公爵家の財産も狙っているだろうから、結局どこかで冤罪を吹っかけてくるはずだ。
王家の者に睨まれた貴族の家が存続するのは難しい――――。
どこの独裁国家よと言いたいところだけど、この世界の王制はそれが普通なのだから仕方ない。どれだけ理不尽な罪であっても、逆らう貴族はなく、粛々とそれに耐えている。
(そんな独裁的な絶対王政、聞いたことがないわ)
新しい女と結婚したいから、婚約者を罪なき罪で処刑する。ついでにその実家の財産欲しさに両親も処刑する。
前世の、世界史で習った王さまたちでも、そこまでヒドいことはしなかったと思う。姦通罪をでっち上げ、王妃を処刑した王さまはいたけど……。私に突きつけられた程度の罪状で、殺された人はいなかったと思う。
下手をしたら貴族に反逆されて、他国に密通されたり、それこそ革命待ったなしになるし――――。
あ。
「ねえ、父さま。最近は都もかなり物騒になりましたわね」
王宮からの帰り道、馬車のなかから、そっと外の様子をうかがう。
「ああ。生活に困窮した地方の流民が流れこんできているからな」
街のあちこちにたむろう人々。疲れ果てたように石畳の上に座りこむ者もいれば、なけなしのなにかを奪い合うように争ってる一団もいる。
みな、長年続いた戦争と、度重なる飢饉、どうしようもない重税によって故郷を離れ、仕事を求めてやって来た人たちだ。都に行けば、仕事に、食事にありつけるかもしれない。そんな淡い期待と共に、生命を削るような旅の末にここにたどり着くのだけど、現実はそれほど甘くなく、ああして生命の終わりを待つだけのような暮らしを送るしかなくなっている。
「恐ろしいかい? エリーズ」
大丈夫だよ、この馬車には護衛がついている。襲われることはないよと、父さまはおっしゃりたいようだけど。
(これ、使えるかもしれないわ)
私の頭のなかは、全く別のことを考えていた。
これは戦いなのだ。戦争なのだ。
勝つためなら、使えるものはすべて利用するわ。
黙りこくってしまった私に、父さまはそれ以上何もおっしゃらなかった。
* * * *
「ドミニク・ノディエと申します」
それから数日後、コリンヌの紹介で私のもとを訪れたのは、黒髪の弁護士だった。
公爵家の庭、四阿に呼び出されたその男は、街のかけ出しの弁護士でありながら、まったく動じた様子もなかった。
(肝が据わっているのかしら)
普通なら、人に言えないようなヤバい仕事に呼ばれたのか? とか、公爵令嬢が何の用だ? とか、怯えたり勘ぐったりするものだけど。
この男は、そんな様子を微塵も見せない。
それどころか、その水色の瞳で、まっすぐにこちらを射貫くように見てくる。
(値踏みしているのは、こちらじゃなくて、彼なのかもね)
「お忙しいところごめんなさい。少しお話を伺いたくてお呼びいたしましたの」
ニッコリと優雅にほほ笑んで、着席を勧める。
「わたくし、もうすぐ王太子殿下と結婚して妃となり、将来の国母となるでしょう? でもその前に、今のこの国のことを知りたいと思ってますの」
「ほお……」
水色の鋭い目がさらに細められた。
彼の前に、コリンヌがお茶を用意する。ふくいくとした紅茶の香りが漂うが、彼はそれに手を出そうともしない。
「何が知りたいんですか? お嬢さまは」
身を乗り出すように両肘をつき、手を組み口元を隠す。そうされると鋭い眼光だけが残り、それ以上の感情を読み取ることが難しくなる。
不遜な態度だな。
テーブルに肘をつくのももちろん、丁寧な言葉使いだけど、中身は上から目線なセリフだ。
コリンヌが気忙しそうに彼と私を交互に見る。自分の紹介した幼なじみが私に失礼を働かないか、ハラハラしているのだろうけど。
「王都における民の暮らしの現状を。最近は地方から流民が流れこみ、治安が悪化していると聞きます。今、どのような不満が民の間にあるのか、知っておきたいのです」
言ってから、優雅に紅茶を口にする。
これから自分がやろうとすることに必要な人材だ。少しぐらいマナーを知らなくても構わない。それより大切なのは、彼が腹を割って話せる人物かどうか。この先のよきパートナーとなりえるのか。そこを見極めなくてはならない。
「わたくしが誰であるか、どのような立場であるか。そのようなことを気にせず、忌憚ないアナタの言葉でお教えいただきたいのです」
「ふうん。変わったお嬢さまだな」
ニヤリと、男が笑ったのが感じられた。
「まあいい。聞きたいと言うのなら話すだけだ。今、この国の民は、相次ぐ戦争、飢饉、重税で疲弊し、不満にあふれている」
やはり、そうなのか。
自分の考えが、確信に変わった瞬間だった。
今の私は、三か月後の己の末路は知っている。
いわれなき罪を作られないためには、アンジェリーヌに接触しないのが一番の得策のような気がするけど。
う~~~~ん。
以前の私、彼女と特に接触していないのよね。興味なかったし、「ああ、結婚前なのに愛人作るのね」程度にしか思ってなかったから。
それなのに、あの二人はムリヤリのように罪状をでっちあげた。
いやあ、会ってもないのに、首飾りを引きちぎるとか無理でしょ。
ツッコミどころ満載なのだけど、その理由をゴリ押しして、私たちを殺した。
(なら、逃げて隠れてもムダよね。やっぱり)
息吐くようにウソをつくのだから、逃げたところで罪は変わらないだろう。
(婚約を辞退したいって言っても、受け入れられないだろうし)
アンジェリーヌはどうか知らないけど、フェルディナンは、私の家、シャルストラード公爵家の財産も狙っているだろうから、結局どこかで冤罪を吹っかけてくるはずだ。
王家の者に睨まれた貴族の家が存続するのは難しい――――。
どこの独裁国家よと言いたいところだけど、この世界の王制はそれが普通なのだから仕方ない。どれだけ理不尽な罪であっても、逆らう貴族はなく、粛々とそれに耐えている。
(そんな独裁的な絶対王政、聞いたことがないわ)
新しい女と結婚したいから、婚約者を罪なき罪で処刑する。ついでにその実家の財産欲しさに両親も処刑する。
前世の、世界史で習った王さまたちでも、そこまでヒドいことはしなかったと思う。姦通罪をでっち上げ、王妃を処刑した王さまはいたけど……。私に突きつけられた程度の罪状で、殺された人はいなかったと思う。
下手をしたら貴族に反逆されて、他国に密通されたり、それこそ革命待ったなしになるし――――。
あ。
「ねえ、父さま。最近は都もかなり物騒になりましたわね」
王宮からの帰り道、馬車のなかから、そっと外の様子をうかがう。
「ああ。生活に困窮した地方の流民が流れこんできているからな」
街のあちこちにたむろう人々。疲れ果てたように石畳の上に座りこむ者もいれば、なけなしのなにかを奪い合うように争ってる一団もいる。
みな、長年続いた戦争と、度重なる飢饉、どうしようもない重税によって故郷を離れ、仕事を求めてやって来た人たちだ。都に行けば、仕事に、食事にありつけるかもしれない。そんな淡い期待と共に、生命を削るような旅の末にここにたどり着くのだけど、現実はそれほど甘くなく、ああして生命の終わりを待つだけのような暮らしを送るしかなくなっている。
「恐ろしいかい? エリーズ」
大丈夫だよ、この馬車には護衛がついている。襲われることはないよと、父さまはおっしゃりたいようだけど。
(これ、使えるかもしれないわ)
私の頭のなかは、全く別のことを考えていた。
これは戦いなのだ。戦争なのだ。
勝つためなら、使えるものはすべて利用するわ。
黙りこくってしまった私に、父さまはそれ以上何もおっしゃらなかった。
* * * *
「ドミニク・ノディエと申します」
それから数日後、コリンヌの紹介で私のもとを訪れたのは、黒髪の弁護士だった。
公爵家の庭、四阿に呼び出されたその男は、街のかけ出しの弁護士でありながら、まったく動じた様子もなかった。
(肝が据わっているのかしら)
普通なら、人に言えないようなヤバい仕事に呼ばれたのか? とか、公爵令嬢が何の用だ? とか、怯えたり勘ぐったりするものだけど。
この男は、そんな様子を微塵も見せない。
それどころか、その水色の瞳で、まっすぐにこちらを射貫くように見てくる。
(値踏みしているのは、こちらじゃなくて、彼なのかもね)
「お忙しいところごめんなさい。少しお話を伺いたくてお呼びいたしましたの」
ニッコリと優雅にほほ笑んで、着席を勧める。
「わたくし、もうすぐ王太子殿下と結婚して妃となり、将来の国母となるでしょう? でもその前に、今のこの国のことを知りたいと思ってますの」
「ほお……」
水色の鋭い目がさらに細められた。
彼の前に、コリンヌがお茶を用意する。ふくいくとした紅茶の香りが漂うが、彼はそれに手を出そうともしない。
「何が知りたいんですか? お嬢さまは」
身を乗り出すように両肘をつき、手を組み口元を隠す。そうされると鋭い眼光だけが残り、それ以上の感情を読み取ることが難しくなる。
不遜な態度だな。
テーブルに肘をつくのももちろん、丁寧な言葉使いだけど、中身は上から目線なセリフだ。
コリンヌが気忙しそうに彼と私を交互に見る。自分の紹介した幼なじみが私に失礼を働かないか、ハラハラしているのだろうけど。
「王都における民の暮らしの現状を。最近は地方から流民が流れこみ、治安が悪化していると聞きます。今、どのような不満が民の間にあるのか、知っておきたいのです」
言ってから、優雅に紅茶を口にする。
これから自分がやろうとすることに必要な人材だ。少しぐらいマナーを知らなくても構わない。それより大切なのは、彼が腹を割って話せる人物かどうか。この先のよきパートナーとなりえるのか。そこを見極めなくてはならない。
「わたくしが誰であるか、どのような立場であるか。そのようなことを気にせず、忌憚ないアナタの言葉でお教えいただきたいのです」
「ふうん。変わったお嬢さまだな」
ニヤリと、男が笑ったのが感じられた。
「まあいい。聞きたいと言うのなら話すだけだ。今、この国の民は、相次ぐ戦争、飢饉、重税で疲弊し、不満にあふれている」
やはり、そうなのか。
自分の考えが、確信に変わった瞬間だった。
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