よろしい、ならば革命よ!!

若松だんご

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第6話 反撃開始。

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 「わたくし、どうしてもガマンできませんでしたの。微力であっても、なにか助けになることができれば。それだけですわ」

 悲し気に、そして頬を染めて恥ずかしそうに弱った顔をして、その場から歩き出す。
 馬車は使わない。
 羊毛の質素なドレスの裾をさばきながら、優雅に、それでいて足早にその場を去る。

 「でも、以前はこのようなことをされていらっしゃいませんでしたよね」

 そんな私に追いつこうと同じく足早になる男たち。手にはペンとメモ。――新聞記者たちだ。公爵令嬢に対して無礼極まりない態度で、追いすがってくる。

 「以前のわたくしは、この悲しい惨状を存じませんでしたから……」

 彼らが追いすがってくることは計算済みだ。
 少しだけ歩みをゆるめて、目頭をハンカチで押さえる。

 「けれど、あの姉妹、マリーとソフィを見て……。この寒さのなかでも裸足でボロ布のような服をまとった子供たちの物乞いを見て、わたくし、どうにかしなくては、と思いましたの」

 かわいそうなマリーとソフィ。
 見たこともない孤児を想い、涙で声を詰まらせる。

 「未来の国母として、我が子たる民を見捨ててはおけない。今のこの苦しい世情からしたら、微々たるものかもしれないけれど。それでも、動かずにはいられませんでしたの」

 未来の国母。
 我ながらよく言ったものだわと思う。
 フェルディナンがアンジェリーヌを妻にしようとしている今、私にその道は閉ざされかけているというのに。

 「本当は、国家がお力を貸してくださればよろしいのですけど。それは言っても詮無き事。わたくしの力でやれるだけのことをやる。それだけですわ」

 ですから、皆さま、大ごとにしないでくださいましね。
 ニッコリと優雅に会釈だけ残して、道の先に停まっていた辻馬車に乗り込む。

 「お疲れ~」

 馬車のなかには、先客。

 「こんなぐらい、大したことないわ」

 私の返事を合図に、馬車がゴトリと動き出す。

 「ちょっとした芸能人か政治家にでもなった気分よ。カメラマンはいないし、パパラッチほどしつこくもないけど」

 「ははっ。そうだな」

 向かい合って座る男、ドミニクが閉まったままのカーテンの隙間から外を覗く。馬車を追いかけてくるような、ガッツのある記者はいないようだ。

 「で? これでよかったのかしら」

 「モチロン。上出来だ」

 私が質素なドレスで街を歩いていたこと。訪れた場所。訪問した目的。帰りに新聞記者に囲み取材を受けたこと。記者に話したその内容。
 すべてが、この男の作戦だった。

*     *     *     *

 「大まかな計画は練ってきた」

 そう言って再び私の元にドミニクがやって来たのは、あれから一週間後だった。
 彼が手にしていたのは、日本語でビッシリと書き込まれた手帳。

 「日本語なら、オレたちにしか読めないからな」

 なるほど。二人だけの暗号ってことね。

 「大まかなプランはこうだ。まず、アンタは華美な服装は避けてくれ。宝石類を一切排して、地味なドレスを着て欲しい」

 「贅沢をやめるってこと?」

 「そうだ。そして、そのうえで、孤児院に『シャルストラード公爵令嬢、未来の王太子妃』の名で寄付をして欲しい」

 「寄付? 孤児院に?」

 「それぐらいの金、アンタなら個人的に持っているだろう?」

 それはまあ、そうだけど。
 この家の資産の管理はお父さまの仕事ではあるけど、ある程度は私にお小遣いとして渡されている。

 「戦争で傷ついた人々、困ってる人たちを捨ておけない。未来の国母として、この子たちを助けたいとかなんとか言って、王都にある孤児院を慰問するんだ。地味な服装でな」

 「私財を投げうって援助してるって見せかけるの?」

 「まあ、それもあるし、派手な服で心を寄せてるなんて言っても白々しいだけだからな。それなりの演出が必要なのさ」

 自分の財産を投げうってというパフォーマンスは、かなり効果がありそうだ。

 「アンタがいくつか慰問に回ったころ、オレが庶民向けの新聞記者を連れていって、アンタに取材をさせる。未来の王妃は、ここまで慈愛に満ちた女性なのだと、アピールするって筋書きだ」

 「なるほど。それで民衆を私の味方につけるってわけね」

 自分たちに心寄せてくれる愛に満ちた聖母ってところかしら。自分で言ってて笑うしかないけど。

 「その上で、……少し酷かもしれないが、アンタは王太子の婚約者として王宮にもあがって欲しい」

 「王宮に?」

 私の問いかけにドミニクが頷いた。

 「病に臥せってる国王を見舞って、良好な関係を築く。そして、ムダだとわかっていても、減税を、民を顧みるように王太子の奴に訴えるんだ」

 「ダメもとでやるの?」

 「王太子に煙たがられるぐらいでちょうどいい。アンタには悪いが、『婚約者を田舎出の女に奪われた悲劇のヒロイン』、『どのような境遇になっても民と国を憂うヒロイン』を演じて欲しいんだ」

 「そうすることで、同情を買うのね」

 「屈辱的に思うかもしれないし、アンタをハメたイヤな連中に会うことになるが」

 「構わないわ。そんな些細なこと」

 タイムリープ前の私なら、きっとできなかっただろう。
 フェルディナンにふり向いて欲しくて、アンジェリーヌを愛人にしてもいいから、私を愛してほしいと願っていたから。彼の心変わりを哀しみ、苦しんでいた。
 でも今は違う。
 私はフェルディナンを何とも思っていないし、アンジェリーヌを追い落とすためなら何でもやるわ。

 「アンタを王宮にやるには、もう一つ理由がある」

 「理由?」

 「オレが、王宮に潜入するためだ。オレはアンタの従者のフリをして王宮に潜りこむ。そして、いかに王太子が女にだらしなく散財し、アンジェリーヌに貢いでいるのか。それを調べ、新聞記者たちを通じて、国民にリークする」

 今の赤貧にあえぐ国民の前に、そんな情報を流したらどうなるか。
 国民を顧みないだけでなく、田舎出の娘に湯水のように金を使う王太子。
 国民の怒りは、間違いなくあの二人に向かうだろう。

 「虐げられた心優しいヒロインと、その身体を武器にして成り上がってきた悪女。そして、ヒロインを見捨てる冷酷男。物語っていうのは、構図がわかりやすいほど同情されやすいのさ」

 なるほど。
 リープ前の私は、乙女ゲームの悪役令嬢さながらに、断罪され処刑されたけど、今度は、私が悲劇のヒロインのように動くことで、民衆という味方を得るわけね。
 ゲームでは民衆など、モブというより風景でしかない存在だ。だけど、今のこの世界、人はモブではなく、一人一人の声は小さくても、生きて考えることの出来る存在となっている。革命前にも感じられるこの世界、民衆ほど心強い味方はいないだろう。

 「世論を味方につけるなんて。ホント、フランス革命みたいね」

 赤字王妃と呼ばれたマリー・アントワネット。
 本来のマリー・アントワネットは赤字でもなんでもなかったのだけど。敵となった連中が、あることないこと吹聴したせいで、彼女は断頭台に送られることになる。

 ――パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない。

 これは、マリー・アントワネットのセリフではない。別の貴族の言葉だが、彼女らしいということで使われ、民衆の憎悪を掻き立てるのに利用された。
 さもありなん。あの女なら言いかねない。
 そう思わせるだけの印象操作が、どれほどの結果をもたらすのか。
 彼女の処刑は、その怖さを象徴するものだろう。

 「フランス革命のように、王政打倒を目指しはしないさ。それをすると、収拾がつかなくなるからな。あくまで、『立憲君主制』、『三権分立』、『議会政治』、『君臨すれども統治せず』程度におさめる。オレが欲しいのは、平和で安定した暮らしだからな」

 王権が無くなれば、それだけ混乱が長引く。それだけは避けたい。
 私とドミニクの意見は一致していた。
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