よろしい、ならば革命よ!!

若松だんご

文字の大きさ
7 / 17

第7話 FIRE AT WILL.

しおりを挟む
 私は、ドミニクの作戦通りに動く。
 孤児院を回り、慰問し、寄付し、心優しい女性を演じる。
 架空の動機を語り、新聞記者の前で涙をこぼす。
 どれだけ汚い浮浪児のような子どもでも、優しく抱きしめ愛おしむ。
 それをまた、記者に取材させる。記者がいるとわかったうえでのパフォーマンス。
 まあ、孤児院の子どもの惨状に、心痛めないほど私も冷酷ではない。
 孤児院では、棄てられた赤ん坊のうち、三分の二が一年以内に死ぬ。7歳まで生き残る可能性はとても低く、働ける歳になって孤児院を出ていけるのは、毎年、一人か二人。生き残れただけ幸いというべきか、不幸というべきか。その後の過酷な人生を思えば、単純によかったね、とは言いにくくなる。

 「孤児院だって経営難なんだ。どうしようもないだろ」

 ガリガリに痩せた、ボロを纏った子供たち。
 本気で私が同情してしまうのは、時間の問題だった。
 ドミニクに言われなくても、自分の宝石などを手離してお金に替え、パンや服を用意する。薬が足りなければ薬を。物だけじゃなく、孤児院での子どもの世話もかって出た。

 「アンタ、意外に優しいんだな」

 そう評価したのはドミニクだったか。

 「もっとお嬢さま然としているかと思ったぜ」

 「別に。今まで知らなかったからやってなかっただけで。知ったからには、見過ごすなんて出来ないだけよ」

 私は、たまたま公爵令嬢に転生しただけ。もしこれが別の、孤児院にいる子どもたちのような立場に生まれ変わっていたら。そう思うと、支援の手を伸ばさずにはいられない。
 だけど、いくら私が公爵令嬢、少しぐらいのお金なら持っていると言っても限界はある。

 「変わったことを始めたみたいだね、エリーズ」

 そう言って笑ってくれたのは、父さまだった。

 「最近、きみのことがなにかと話題になっているけど、どういう心境の変化なんだい?」

 父さまは咎めたふうでもなく笑う。

 「ちょっといろいろありまして。未来の王妃として、気になったから動いているだけですわ」

 ウソをつくのは心苦しい。でも、真実のすべてを話すわけにはいかない。
 父さまたちを巻き込むわけにはいかない。これは、私と共犯者となってくれたドミニクとで成しえなければいけないことだ。

 「まあいいさ。悪いウワサというわけでもないからね」

 一般的に、貴族の家庭は夫婦、親子ともに関係が薄くよそよそしいことが多い。だけど、我が家は私が一人っ子であることも影響しているのか、家族仲はいいほうだと思う。珍しく父さまには愛人がいないし、母さまだって浮気はしない。
 二人は、私にとって理想の夫婦であり、大切な家族だった。
 この二人を、不幸になんてしない。

 「ねえ、父さま。しばらくの間でいいから、領地に戻ってくださらないかしら」

 「エリーズ? なにを?」

 「半年、いえ、三か月でも構いません。理由は訊かずに、母さまと一緒に領地で暮らしてくださいませんか」

 このまま王都にいたら、万が一巻き込んでしまうかもしれない。
 成功すればいいけれど、失敗すれば……。
 その点、領地にいれば、失敗した時、父さまたちだけでもサッと国外に逃げ出すことだって可能だ。

 「お願いです。理由は話せませんが、その……」

 こんな我がまま聞き入れられるかしら。

 「いいよ。なにか思うところがあるんだね、エリーズ」

 うなだれた私の頭を、父さまがやさしく撫でた。私を見る父の目は優しい。

 「最近のきみは、なにか思いつめているようだし。領地に帰ることできみの気が楽になるのなら、お安い御用だ」

 「父さま……」

 「最近、身体の調子が悪くてね。しばらく、領地で静養させてもらう。そういうことにさせてもらうよ」

 「ありがとう、父さま……」

 こぼれた涙を優しく拭われた。

 「やりたいことがあるのなら、思いっきりやりなさい。そのための援助だって惜しまない。公爵家はエリーズのものでもあるんだから、遠慮なく使いなさい」

 一旦、言葉を区切って、父さまが私を抱きしめる。

 「ただ一つ。無茶なことだけはしないと約束してくれないか。きみは、私たちの大切な娘なんだからね」

 「父さま……」

 その言葉は、優しく熱く、私の中に染みこんでいく。

 「ふぅん。両親を逃がしたのか」

 数日後、両親と召使いたちがいなくなった屋敷を訪れたドミニクが、広く感じられるようになった屋敷を見回して言った。

 「あの人たちを巻き込むわけにはいかないもの」

 「ま、賢明な判断だな。領地にいるなら、人質にとられる心配もなく自由に動ける」

 人質。
 この先、私がやろうとしていることは、それだけの危険が伴うということだ。
 フェルディナンたちと、私たち。
 どちらが食うか食われるか。相手が倒れるまで、この戦いは終わらない。

 「そう心配するなって。必ず成功させてやるからよ」

 ドミニクがポンポンッと私の頭を叩くように撫でる。
 そうして私を見つめる目は、父さまと同じように温かい。

 「さて。第二段階といきますか」

 軽い口調でドミニクが言い放つ。
 なんのためらいもなくベストを脱ぎ始めると、私の用意しておいた従者の格好に着替えていく。
 これから王宮へ登城する私に、ニセの従者として付き従うためだ。
 王宮で開かれる舞踏会。その前に病床の国王を見舞う。
 そして舞踏会では、これでもかとばかりに、フェルディナンから虐げられるように動く。
 地味なドレスでバカにされようかしら。それとも、一曲も彼に踊ってもらえず、アンジェリーヌとの仲を見せつけられようかしら。
 舞踏会ともなれば、あの女はフェルディナンの用意したもので、最高に、それこそギンギラギンに飾り立てて現れるはず。最高級のドレス、最高級の宝石。そして最高に愛されてる娘を演出してくるはずだ。
 以前の私なら、そんな彼女に嫉妬を、フェルディナンへは心変わりの悲しみを覚えていたけど、今は違う。
 彼らのそういう態度が、彼らを破滅へと導くのだから、よろこんでその姿を拝むとしよう。
 病床の父王、飢えに苦しむ国民。
 国民から慕われる、慈しみ深き婚約者をないがしろにする二人のことは、その贅沢具合いとともに、ドミニクの手によって、国民へとリークされ、やがて彼らを断頭台へと送る理由となるだろう。

 「行くわよ、ドミニク」

 私が向かうは戦場。
 うやうやしく手を取るドミニクは、戦友。
 さあ、フェルディナン、アンジェリーヌ。
 今は思いっきり好きなだけ贅沢をこらし、私を貶めればいいわ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

追放された元勇者の双子兄妹、思春期に差し掛かり夢魔の血に目覚めたことで、互いが異性に見えすぎて辛いです。

フーラー
恋愛
サキュバスとエルフを両親に持つ『アダン』と『ツマリ』はかつて『勇者兄妹』と担ぎ上げられ、独裁者によって支配されていた帝国を滅ぼした。 しかし、用済みとばかりに王国から裏切られる形で、かつての仲間たちに包囲され、絶体絶命の危機に陥る。 その状態に観念し、来世でも『兄妹として愛し合おう』と誓い死を覚悟する兄妹。 そこに元帝国軍の『四天王』と呼ばれていた青年『クレイズ』と副長の『セドナ』が突如現れ、兄妹を救出する。 兄妹はこれを機に祖国への復讐を誓うが、救出の際のはずみで、妹『ツマリ』のサキュバスとしての意識が目覚めてしまう。 これにより、兄(実際には血はつながっていないが、本人達はそのことを知らない)の『アダン』を徐々に異性として意識し始めるようになる。 サキュバスの特性である『魅了』を兄に無意識に使ってしまう自分への戸惑い。 兄と今までと同じ『兄妹』としていられなくなくなる恐怖。 『エナジードレイン』によって精気を吸わないと生きられないサキュバスとしての飢餓感。 兄に対する異性愛と兄妹愛による様々な思慕の念が入り交じり、徐々にツマリはその精神を蝕んでいく。 一方のアダンも、ツマリとの接触の際に注ぎ込まれる情愛の念を受け、徐々にツマリを異性として意識するようにあり、自身の気持ちが分からなくなっていく。 双子が思春期を迎えて兄妹から男女として意識する葛藤を描いた、異世界バトルファンタジー。 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています!

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

処理中です...