よろしい、ならば革命よ!!

若松だんご

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第13話 差し伸べられた手。

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 夢見ることは、脳が記憶を整理しているからだ。

 そんなことを、前世で聞いたことがある。
 それまでにあった出来事を、記憶として保存するかどうか、脳が情報を取捨選択する。その過程ではみ出した情報が夢となって現れるのだと、TVかなんかで言っていた。
 まったく、うれしくもない機能だよなあと思いながら夢を見る。
 いい思い出だけ出て来ればいいのに、そこにあったのは最低な記憶。
 夢だとわかっていながらも、私は目を覚ますことも出来ずに、胸糞悪い映画のような夢を味わい続けていた。

 大学入学と同時に東京に出てきた自分。
 ここから始まるキャンパスライフ。ここから始まるステキな人生。
 なんて期待は「あっ」という間に脆くも崩れ去る。どこにでもいるような地方出身者。美人でも、ナイスバディでもなかった私は、慣れない一人暮らしとバイトに明け暮れるだけの四年間を過ごし、厳しい現実に足をつけ、どうにか決めた会社に就職する。
 故郷に帰らなかったのは、半ば意地。ステキな彼を見つけるまではと、虚勢をはっていた。
 そして捕まえた男は、最低の二股男。既婚者で嫁が妊娠中。どうにもならない性欲を処理するためだけに、私に近づいてきたようなものだった。
 手軽だったんだろうな。
 恋に恋して、愛に夢見る私は、ちょっと口説けば脚を開く安い女に思われていたのだろう。
 甘い言葉をささやき、初めての時はホテルを用意してくれたけど、二回目以降は残業で居残ったオフィスで性急に身体を求められた。
 それでも、私は愛されているのだと思っていた。愛されているのだと思っていたかった。
 だから、アイツの嫁がデカい腹を抱えて会社まで乗り込んできたときは、二重の意味で裏切られたと思った。私は都合のいい女でしかなかったのだと。
 おそらくだけど、あそこで嫁にバレなくても、嫁が子どもを産んでもとに戻ったら、きっと私はアイツに捨てられていたと思う。それはまるで使用済みのゴムのように、アッサリと。私には、その程度の価値しかなかったから。

 夢が暗転する。

 次に見えたのは、フェルディナンとの婚約式だった。
 前世を知らなかった私は、またもや恋に恋して、愛に夢見ていた。
 フェルディナンは、現王の唯一の子ではあるが、その母親の身分が低い。息子の地位の低さを気にした王によって、過去の、それも複数の王家の血を受け継ぐシャルストラード公爵家の私が彼の妃に選ばれた。私の持つ血によって、息子を守ろう。そういう親心だろう。
 わずか14歳の王子と8歳の私の婚約式は、盛大に執り行われ、私は自分が未来の王妃なのだと、感動で胸をいっぱいにしていた。
 隣に立つ、フェルディナンがどういう男か、知りもせずに。
 フェルディナンは、王の溺愛と期待にそぐわない男だった。
 背も高く、少し鷲鼻気味ではあるものの、プラチナブロンドのその髪と、堂々としたその顔立ちは未来の王者の威厳を感じさせるに充分ではあるのだけど。言ってしまえば、それだけだった。
 中身は非情、残酷、そして浮気性。軽薄で、ギャンブル好き。勉強もそっちのけで、享楽的な遊びにふけっていた。彼の尻拭いを――息子かわいさで――陛下が何度もなさっているのをウワサで聞いている。
 妻となる私を見向きもせず、次々に女と情を交わしていた。
 そんなアイツが、アンジェリーヌと純愛?
 笑わせるんじゃないわと思いつつ、それでもまだ、いつかは私も愛してもらえるのではないかと期待していた。
 妻になれば、妃になれば。国王となった彼を支える伴侶となれば。
 笑い話だ。
 アイツは、そんな私を冷酷な笑みを浮かべたまま断罪し、処刑台へと送ったのだ。

 くり返しうなされる悪夢。

 牢屋で男たちに蹂躙され、犯され続ける夢。
 冷たい石床の感触と、下肢の激しい痛みまで再現される。
 助かったと思えば、それは断頭台への道。髪を切り落とされ、身体を固定され、何度も刃が滑り落ちてくる。
 もうイヤだ。
 こんな人生、こんな運命。もうイヤ。
 消えてしまいたい。
 転生なんかしたくない。タイムリープだってなんだって。
 もうくり返したくないの。
 傷つきたくない。裏切られたくない。
 愛したくない。騙されたくない。
 考えたくない。生きたくない。
 もう、すべてがイヤなの。
 もう、このまま夢もない世界で眠らせて。夢のない世界で、暗闇のなかに溶け込んでいたい。

 ――エリーズッ!

 闇のなかに沈もうとする私の手を握る誰か。

 ――大丈夫だ。助けに来た。

 その声は、手と同じぐらい力強く温かい。
 この手は温かい。この声は安心する。
 信じたい。信じてみたい。
 この手を、この声を。この先にいるその人を。
 生きてみたい、この人と。
 その願いとともに、とらわれかけた闇から抜け出す。

 (あ……)

 瞼を開けた目に飛び込んできたのは、眩しいほどの光の洪水。

 「目が覚めたか?」

 その光を背負うように座っていた一人の男。

 「ドミ……ニク?」

 かすれた喉で、驚きの声を上げる。
 彼の大きな手が、私の左手を握りしめている。
 夢のなかで感じたあれは、ドミニクの手、だったんだろうか。
 力強く、私を勇気づけてくれた、あの手、あの声。

 「今日はこのままゆっくり休め」

 「ううん、そういうわけにもいかないわ」

 ドミニクの制止を無視して気だるい身体を起こす。

 「こんなぐらいで、立ち止まってなどいられないもの」

 大丈夫。この人のこの手があるなら。
 私はどこまででも生きていける。望みを叶えることが出来る。

 「ありがと、ドミニク」

 「エリーズ……」

 ドミニクが放心したように、こちらを見た。
 彼の水色の眼に、私が映る。
 そこにあったのは、いつもより気丈に振る舞えるだろう私の姿。
 大丈夫。今の私なら、少しも怖くないわ。

 「エリーズ……」

 再び彼が私の名を呼ぶ。そして、そのまま空いたもう片方の手を伸ばす。

 「たっ、大変ですっ! 暴徒化した民衆が王宮を襲撃しましたっ!」

 けたたましい音と同時に、息せき切ってブノワが部屋に飛び込んできた。
 ハアハアと荒い息をともになされた報告に、二人して驚き、動けなくなる。

 ――暴徒? 襲撃?

 それは、革命の始まり。
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