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第16話 誓いと献身。
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「ドミニク。一つだけお願いがあります」
「何でしょうか、陛下」
私を見上げる水色の瞳に軽く息を吐き出す。
「わたくしに、アナタの子種をください」
「――――え?」
「わたくしは、この国を良きものにするために、わたくしの血を存続させねばなりません。しかし、わたくしは夫を迎えるつもりはないのです。外国からも、国内の貴族たちからも」
前世の世界と違って、この世界の女性の地位は低い。フェルディナンが最期に私の女婿となって生きることを望んだように、王配となれば、それだけ夫に権力が流れる。うっかりすれば私が殺され、王位を奪われることだってある。
安定した政権を続けるには夫は不要だが、存続させるためには子が必要となる。
「出来た子を、フェルディナンとの子として育てます。旧王室の血と私の血と。二つを併せ持つ子であれば、貴族たちも納得するでしょう」
革命が成ったとはいえ、まだまだ反対勢力も存在する。それを黙らせるには、「フェルディナンの子」が必要だ。しかし、フェルディナンはすでにこの世になく、私の腹は空っぽのままだ。
幸い、私は彼の婚約者だった。未婚の女性としてはいかがなものかとは思うが、それでも血がつながったと言えば、周囲は納得せざるを得ない。
「どうして、オレの子種を?」
絞り出したかのような、ドミニクの声。
「このような秘密を共有してくださるのは、アナタしかいらっしゃいませんから」
私が転生者でタイムリープしたこと。
この革命を望んでいたこと。
フェルディナンたちを倒す気でいたこと。
それだけのために行動していたこと。
そのすべてを知っているのは、このドミニクだけだ。
彼ならきっと、この先もこの秘密を一緒に抱えていってくれる。
「……承知いたしました」
ドミニクが私の手を取り、その甲に口づけを落とす。
「ご命令に従います」
* * * *
手早く入浴をすませると、厚いカーテンで閉ざされた寝室に彼がいた。
寝台に腰かけ、こちらを見て笑う。
「緊張しているのか?」
「それは……。この人生では初めてなんですもの」
前世では二股男に。タイムリープ前では牢屋番の男たちに。
行為の記憶は残っているが、今ある身体でそういうことをするのは初めてだ。
それも、相手はドミニク。
自分が望んだこととはいえ、緊張しない理由はない。
「そっか。初めてか」
うれしそうに見上げるドミニクに、おいでと、腕を引っ張られた。
クルンと身体が回転し、ドサリと寝台に仰向けに転がされる。
「アナタは経験あるの?」
「イヤ。前世も現世もこれが初めてだ。前世のオレは引きこもりニートだったからな」
そうなんだ。今の容姿からは、その姿は想像できない。
「生まれ変わっても前世を引きずっていたのか。小さい頃に思い出したのはいいが、そのせいで、なかなかこっちに馴染めなくてな。ヘンに大人ぶった話し方をするし、この世界の常識を嫌うし。両親からも気味悪がられていたオレを受け入れてくれたのが、妹のリディだったんだ」
「リディ……?」
私の夜着を脱がしながら、ドミニクが話を続けた。
「リディは、10年ほど前に馬車に轢かれて死んだんだ。オレを追いかけて、盲目なのに、街に出てそのまま……。リディを轢いたのは、王家の馬車だった」
彼が泣いているように見えて、手を伸ばしてその頬に触れる。
「アンタは優しいな。こんなオレでもこうして寄り添ってくれる」
その手を取り、ドミニクが手のひらに口づけた。
「オレは死んだリディのために革命を起こしたかった。この世界をぶっ壊したかった。でも、今は違う」
ドミニクが一旦言葉を切った。その水色の瞳が真摯に私を見つめる。
「エリーズ、アンタのために革命を起こし、アンタを守りたかった」
胸が高鳴る。これは、夜着を脱がされ、肌を晒しているからだけじゃない。
「アンタの生きる世界を作ってやりたかった。アンタが殺されない世界を。アンタが笑っていられる世界を」
「ドミニク……」
「なあ、知ってるか? オレの名前の意味。ドミニクっていうのは、『主、神のもの』って意味があるんだぜ」
「それはラテン語?」
前世世界の言葉。
「ああ。そしてオレの主は、アンタだ、エリーズ。オレのすべては、アンタのためにある。オレは、エリーズ・ルロワという女性に、そのすべてを捧げる」
「ああ……、ドミニク……ッ!」
あふれる涙が止まらない。
彼に、そこまで言ってもらえるなんて。
「私、幸せすぎて死にそう……」
「ダメだ。これから女王として生きていくんだろ? この国を、民を守って」
ええ、そうね。死んではいけないわね。
どちらからともなく、口づけを交わす。
何度も唇を重ね、その幸せを味わう。
彼から伝わる熱に浮かされるように、私も彼を抱きしめる。
彼のこの温もりを、肌のすべらかさを、響く声を、その匂いを、抱きしめる腕の強さを。
その想いを、悦びを、幸せを。繋がりあえたこの時を。
身体の奥深く、魂に刻みつけるように、くり返し相手を求め、貪る。
タイムリープして選んだ人生。
後悔はしてない。
家族をコリンヌを守るために革命を選んだこと。フェルディナンたちを倒すと決めたこと。
革命を選ばなければ、こうしてドミニクと出会うこともなかった。
冤罪をかけられ、殺されるだけだった。
後悔はしない。
たとえ、この先ドミニクとともに生きることが出来ない人生であったとしても。
彼に愛されたこの夜を忘れない限り。
私は、負けない。何があっても必ず乗り越えていってみせる。
愛しているなんて言わない。
名前も呼ばない。呼んではいけない。
この行為に「愛」があってはいけないのだ。
これは、この国を護るために必要な儀式。子を作り、子孫を残すために必要なこと。
私はこの国を護る女王。それ以上でもそれ以下でもない。
「んあっ、ああっ……!」
身体の奥深くで彼を受け止め、私は静かに涙を流す。
「何でしょうか、陛下」
私を見上げる水色の瞳に軽く息を吐き出す。
「わたくしに、アナタの子種をください」
「――――え?」
「わたくしは、この国を良きものにするために、わたくしの血を存続させねばなりません。しかし、わたくしは夫を迎えるつもりはないのです。外国からも、国内の貴族たちからも」
前世の世界と違って、この世界の女性の地位は低い。フェルディナンが最期に私の女婿となって生きることを望んだように、王配となれば、それだけ夫に権力が流れる。うっかりすれば私が殺され、王位を奪われることだってある。
安定した政権を続けるには夫は不要だが、存続させるためには子が必要となる。
「出来た子を、フェルディナンとの子として育てます。旧王室の血と私の血と。二つを併せ持つ子であれば、貴族たちも納得するでしょう」
革命が成ったとはいえ、まだまだ反対勢力も存在する。それを黙らせるには、「フェルディナンの子」が必要だ。しかし、フェルディナンはすでにこの世になく、私の腹は空っぽのままだ。
幸い、私は彼の婚約者だった。未婚の女性としてはいかがなものかとは思うが、それでも血がつながったと言えば、周囲は納得せざるを得ない。
「どうして、オレの子種を?」
絞り出したかのような、ドミニクの声。
「このような秘密を共有してくださるのは、アナタしかいらっしゃいませんから」
私が転生者でタイムリープしたこと。
この革命を望んでいたこと。
フェルディナンたちを倒す気でいたこと。
それだけのために行動していたこと。
そのすべてを知っているのは、このドミニクだけだ。
彼ならきっと、この先もこの秘密を一緒に抱えていってくれる。
「……承知いたしました」
ドミニクが私の手を取り、その甲に口づけを落とす。
「ご命令に従います」
* * * *
手早く入浴をすませると、厚いカーテンで閉ざされた寝室に彼がいた。
寝台に腰かけ、こちらを見て笑う。
「緊張しているのか?」
「それは……。この人生では初めてなんですもの」
前世では二股男に。タイムリープ前では牢屋番の男たちに。
行為の記憶は残っているが、今ある身体でそういうことをするのは初めてだ。
それも、相手はドミニク。
自分が望んだこととはいえ、緊張しない理由はない。
「そっか。初めてか」
うれしそうに見上げるドミニクに、おいでと、腕を引っ張られた。
クルンと身体が回転し、ドサリと寝台に仰向けに転がされる。
「アナタは経験あるの?」
「イヤ。前世も現世もこれが初めてだ。前世のオレは引きこもりニートだったからな」
そうなんだ。今の容姿からは、その姿は想像できない。
「生まれ変わっても前世を引きずっていたのか。小さい頃に思い出したのはいいが、そのせいで、なかなかこっちに馴染めなくてな。ヘンに大人ぶった話し方をするし、この世界の常識を嫌うし。両親からも気味悪がられていたオレを受け入れてくれたのが、妹のリディだったんだ」
「リディ……?」
私の夜着を脱がしながら、ドミニクが話を続けた。
「リディは、10年ほど前に馬車に轢かれて死んだんだ。オレを追いかけて、盲目なのに、街に出てそのまま……。リディを轢いたのは、王家の馬車だった」
彼が泣いているように見えて、手を伸ばしてその頬に触れる。
「アンタは優しいな。こんなオレでもこうして寄り添ってくれる」
その手を取り、ドミニクが手のひらに口づけた。
「オレは死んだリディのために革命を起こしたかった。この世界をぶっ壊したかった。でも、今は違う」
ドミニクが一旦言葉を切った。その水色の瞳が真摯に私を見つめる。
「エリーズ、アンタのために革命を起こし、アンタを守りたかった」
胸が高鳴る。これは、夜着を脱がされ、肌を晒しているからだけじゃない。
「アンタの生きる世界を作ってやりたかった。アンタが殺されない世界を。アンタが笑っていられる世界を」
「ドミニク……」
「なあ、知ってるか? オレの名前の意味。ドミニクっていうのは、『主、神のもの』って意味があるんだぜ」
「それはラテン語?」
前世世界の言葉。
「ああ。そしてオレの主は、アンタだ、エリーズ。オレのすべては、アンタのためにある。オレは、エリーズ・ルロワという女性に、そのすべてを捧げる」
「ああ……、ドミニク……ッ!」
あふれる涙が止まらない。
彼に、そこまで言ってもらえるなんて。
「私、幸せすぎて死にそう……」
「ダメだ。これから女王として生きていくんだろ? この国を、民を守って」
ええ、そうね。死んではいけないわね。
どちらからともなく、口づけを交わす。
何度も唇を重ね、その幸せを味わう。
彼から伝わる熱に浮かされるように、私も彼を抱きしめる。
彼のこの温もりを、肌のすべらかさを、響く声を、その匂いを、抱きしめる腕の強さを。
その想いを、悦びを、幸せを。繋がりあえたこの時を。
身体の奥深く、魂に刻みつけるように、くり返し相手を求め、貪る。
タイムリープして選んだ人生。
後悔はしてない。
家族をコリンヌを守るために革命を選んだこと。フェルディナンたちを倒すと決めたこと。
革命を選ばなければ、こうしてドミニクと出会うこともなかった。
冤罪をかけられ、殺されるだけだった。
後悔はしない。
たとえ、この先ドミニクとともに生きることが出来ない人生であったとしても。
彼に愛されたこの夜を忘れない限り。
私は、負けない。何があっても必ず乗り越えていってみせる。
愛しているなんて言わない。
名前も呼ばない。呼んではいけない。
この行為に「愛」があってはいけないのだ。
これは、この国を護るために必要な儀式。子を作り、子孫を残すために必要なこと。
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