ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~

若松だんご

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一、野分。 (のわき。夏の終わりの頃、雨とともに吹く暴風。台風)

(三)

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 「出来ましたよ、若さま」

 先に着替えてたボクのもとに、湯女ゆめたちが、人の子を連れてきた。
 着替えの時も大暴れしたんだろう。連れてきてくれた湯女ゆめたちは誰もが汗だくで、年配の湯女ゆめは、フーフーと肩で息をしている。

 お湯を使って、新しい衣をまとった人の子は、こざっぱりしたものの、やっぱりガリガリで、肩から衣がずり落ちそうになっている。帯をシッカリ結んであるから、そのまま脱げたりはしないだろうけど。
 髪もくしけずって結わえられ、顔の垢もとれた。
 というか、コイツ、〝女の子〟だったんだ。父さんが〝妹〟って言ったんだから、〝女の子〟だったんだろうけど。
 あまりに小汚かったので、〝妹は女の子〟って考えが抜けかけてた。

 ――かわいい子。

 そう父さんは言ってたけど、こうしてあらためて見ると、たしかに、かわいい顔立ちをしてる。あの土グモみたいな、性別もよくわかないほど汚い子を、洗うとこんなふうになるのか。
 なんか、芋みたいだなって思った。洗ってむけば、ツルンと白くキレイになる。
 けど。

 「その手は?」

 ずっと握りしめたままの左手。それを包み込むような右手。

 「それが、どれだけやっても開かないんです」

 困ったように湯女ゆめが言った。
 さっき、ボクが洗ってやった時もそうだった。ずっと握ったままで、それで、ほほを殴られたんだ。

 何か握ってるのか?
 気になって、その左腕を引き寄せ、手をこじ開ける。

 「――! ――――!」

 人の子が、鼻息をあらして暴れる。開きたくない。指に力がこもるけど、湯女ゆめたちがその体を押さえ、むりやりこじ開けるのを手伝う。

 「奪うわけじゃないから、少し、見せろ!」

 着替えてこざっぱりしたのに、また格闘したせいで汗をかく。

 「……勾玉?」

 なんとか開かせた指のすきまから見えたのは、薄桃色の勾玉。
 これを大事に守っていたのか。

 「貸せ」

 強引にそれを奪うと、近くにあった紐を勾玉に通す。

 「これなら首から下げておけるだろ」

 取り返そうと、暴れ続ける人の子にそれを見せる。
 人の子の目が、プラーンとぶら下がった勾玉に集中する。

 「ほら」

 その首に、勾玉を下げてやる。人の子の胸元で光る勾玉。
 それを少し見下ろして、そっと勾玉に手を伸ばした人の子。下からすくい取るように、大事そうに勾玉を持ち上げる。

 首からぶら下げておくっていう知恵はなかったんだな。
 だから、ずっと握りしめてた。とられまいと、必死に暴れた。

 あきれて人の子を見る。――って、え?
 人の子と目が合う。
 ほわぁっと桃色のほほをゆるめて、ほほえんだ口元。大事そうに勾玉を持ちながら、目を細めてこちらを見てくる。

 ――かわいい子だろう?

 頭の中で、父さんがそう言った気がした。

*     *     *     *

 「落ち着いたら、これでも食べろ」

 用意しておいたのは、いくつかの器に盛った果物と木の実。
 ホクホクとうまそうに蒸し上がった栗が、お腹を鳴らすような美味しそうな湯気を漂わせている。他にも薄赤く色づいたヤマボウシの実や、黒ずむほど熟したエビカズラの実。
 それらの盛られた器を、大きな床子そうじに敷いた布の上にいくつも並べておいた。

 「なんだよ。食べないのかよ」

 それだけガッリガリにやせてるんだし、父さんの言う通り、森をさまよってたのなら、腹も空かせてるだろう。そう思ったから、父さんの言う通りのお世話として、こうやって食事も用意したってのに。
 なのに、人の子は、ジーッとそれを見るだけ。食べていいのかどうか、迷っているというより、ただそれを見ているだけで、ボーッと突っ立っている。

 「食べないのなら、ボクが食べる」

 せっかくの料理だし。さっきの風呂で、ボクもつかれてお腹空いた。それに、なんてったって、栗のいい匂いが……たまらない。
 ドッカと床子そうじに腰かけ、さっそく蒸し栗をつまむ。うー、うまいっ!
 一つ、また一つと口に入れ、そのホクホクとした食感と、ホロ甘い味をたんのうする――けど。

 グゥゥゥゥ……。

 「なんだよ。腹、へってんのかよ」

 室の入り口に立ったままの人の子が、盛大に腹を鳴らした。鳴らした当人も、鳴ってから驚いて、自分の腹を見下ろしている。

 「へってるなら、これでも食え」

 ツカツカと人の子に近づいて、半ば強引に、その口に蒸し栗をねじこんでやる。
 ビックリしたように目を真ん丸にした人の子。しばらくモグモグして、ゴクッと音を鳴らして飲みこんだ。

 「――うまいだろ?」

 イヤなら、べッて吐き出す。けど、コイツはそのまま飲みこんだ。

 「ほら、こっちへ来てもっと食べろ」

 その手を取り、強引に床子そうじの上に座らせる。けど、人の子はそれ以上動こうとはしない。蒸し栗がうまいことはわかったはずなのに。

 「もしかして、食べ方がわからないのか?」

 人には人の食べ物がある。鳥人には鳥人の食べ物がある。同じ物を食べることもあれば、違うものを食すこともある。
 人は田で米を作って食べるが、鳥人は森の木の実を食べる。
 人は里で育てた家畜を食べるが、鳥人は森で獣を狩って食べる。
 だから、ボクが人の食べる米の食べ方を知らないように、この人の子も木の実の食べ方を知らないのかもしれない。
 そう思った。
 だから。

 「ほら。こうやって食べるんだ」

 一度ボクが食べて見せ、それから人の子の口に持っていく。

 ――パクッ。

 お腹が空いてたんだろう。ブドウを持ったボクの指までパクッと食らいついた人の子。
ブドウを一粒、一粒。つまんで差し出すたびに、パクッ、パクッと食らいついてくる。

 (なんだか、ヒナの餌付けみたいだな)

 そのうち、ピーピー鳴きそうなほど、口を開けて待ちかまえるようになった、人の子。モグモグして食べ終わると、ボクが餌付けするのが当然になっているのか、目を閉じ、アーンと口を開けて待つ。

 ――かわいい子だろう?

 頭の中で、父さんがそう言った気がしたけど。

 (かわいいってなんだよ)

 頭の中で反論する。こんなヤツ、かわいいわけないだろ。なんでボクが次々に餌をあげなくちゃいけないんだ――って。

 「ちょっと待て! 種! 種はどうした!」

 あわててその口に飛びつくけど、中には何も残ってない。
 
 「まさか、種も全部、食べちゃったのか?」

 口の中は、少し黒っぽく色づいてるけど、種らしきものはどこにも残ってない。
 ジダバタもがく、人の子。ボクが手を離すと、またアーンと無邪気に口を開けて餌を催促する。

 「……まったく。そのうちヘソからヤマブドウが生えてきても知らないからな?」

 ボク、これから、コイツの世話をしなくちゃいけないのか?
 こんな、世間知らずの、常識知らずの人の子の世話を?
 ハアッと、体中の空気を集めたような、大きな大きなため息がこぼれた。
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