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三、陽炎。 (かぎろひ。明け方、東方に見える光)

(六)

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 ――その神宝かんだからは、十年前に、とある男に盗み出されてしまったのです。

 (宝……ねえ)

 夜、ゴロリと床台の上に転がりながら、今日のことを思い出す。
 つきの木で遊んでいたボクたちから離れたメドリ。一緒に遊んでいた小鳥たちが言うには、ともに食べる野イチゴを探していたのだという。そして、野イチゴの代わりに、草のなかで倒れてた男を見つけた。
 忍海彦おしみひこと名乗ったその人間は、父親に命じられて、盗まれた神宝かんだからを探しに森に入ったと言った。

 (神宝かんだから大君おおきみのものって言ってたけど……。ってことは、アイツが次の人の主ってことか)

 神宝かんだからの持ち主が父親ってことは、そういうことだ。

 (あれが……ねえ)

 大君おおきみの子と、族長の子。人と鳥人。種族の違いはあるけれど、後継者、跡継ぎという意味では同じ立場。

 (シッカリしてる……のかな)

 草の汁まみれの泥まみれ。メドリが水をぶっかけたせいで、びしょ濡れの衣をまとっていたけれど、言動はかなりシッカリしてた。(メドリは、彼に水を飲ませようとして失敗したらしい)

 (アイツなら、話し合いもできるかな)

 アイツなら、何かもめごとが起きても、争いではなく話し合いで解決できるかもしれない。
 人間は嫌いだけれど、だからって、なんでもかんでも敵対するつもりはない。あちらが自分の領域で暮らしてくれるならそれでかまわないし、たきぎや木の実など、少しぐらいなら、森の幸を分けてやってもいい。
 相手を排除するのではなく、ともに助け合って暮らしてゆければ。

 (にしても、盗まれた神宝かんだからって、なんなんだ?)

 最後まで、どんなものか口を割らなかった忍海彦おしみひこ。大切なものであることはわかったけど、具体的に、どんなものかはわらかずじまいだ。

 忍海彦おしみひこには、これ以上山に入ることを許さず、里に帰るように命じた。神宝かんだからを探したいとねばってきたが、どんな事情があっても、人が山にいることを許す気はない。
 それらしいものを見つけたら、そちらに伝令の小鳥を飛ばす。見つけても触れずに置いておく。
 その二つを、翼にかけて約束した。先に見つけ、うばってやろうなどとは考えていない。人のものは人に返す。人の宝など、鳥人にとっては迷惑でしかない。
 ――興味がないって言えば、ウソになるけど。

 パタン。

 室の入り口のほうで音がする。同時に、ゆらめく小さな火が、こちらに近づいてくるのが見えた。

 「なんだ。今日のことを謝りに来たのか?」

 言いながら身を起こす。やって来たのは、灯りを持ったメドリだった。

 「まあ、そこに座れ」

 並んで腰かけるように、灯りを受け取り、床台を軽く叩く。
 言われるままに、ちょこんと腰かけたメドリ。けど、灯りに照らされた顔は、どこか元気がなくうつむいたまま。

 (怒られると思ってるのか?)

 「勝手に離れて!」とか、そういうの。「人に会うだなんて、危ないだろ!」とか。

 「別に、誰かを助けたことを怒る気はないからな」

 沈んだままの頭を、ポンポンっとなでてやる。
 人であれ、鳥人であれ。倒れてる者を見つけてそのままにしておけなかったやさしさは、ほめてもいいと思っている。結局飲ませることは出来なかったみたいだけど、それでも水を運んでやったことは、いいことだと思っている。
 けど。

 「ただ、ああいう時は、誰か助けを呼べ。近くにオレたちもいたんだから」

 メドリのいた草原とボクたちのいたつきの木は、そう遠くなかった。鳥人であれば、ちょっと飛べばたどり着ける距離。
 メドリが、コクンとうなずいた。「わかった」ということだろう。

 「そうだ。お前、これを持ってろ」

 懐から取り出したものを、メドリの手の上に置く。

 「天鳥笛あまのとりぶえだ。父さんから借りてきた」

 初夏の草原を思わせる緑の石、翡翠ひすい。その翡翠ひすいで出来た、小さな笛。手で握りしめられるぐらいの大きさの石に、穴を開け、音が出せるようにしてある。

 「吹いてみろ」

 言われるままにメドリが口をつけ、息を吹きかけるけど。

 「――――?」

 笛は、フーともスーともいわない。何度試しても同じで、メドリが吹いては首をかしげるをくり返した。

 「ハハッ。それは普通に吹いても音が出ないんだ」

 貸してみろと、メドリから笛を受け取る。

 「いいか。――――!」

 室に音は響かない。代わりに、メドリが両手で耳をふさいで顔をしかめた。かなりうるさかったらしい。首も、亀みたいにすくめてる。
 
 「鳥人の神宝かんだからだ。呼び寄せたい相手のことを思いながら吹けば、その相手にだけ音が届く」

 言って、もう一度笛を渡す。
 
 「これなら、何かあった時、吹いて知らせればいい。オレが無理なら、大鷹オオタカにでも。音は鳥人だけじゃなく、誰にだって――うわっ!」

 脳天に突き刺さるような、頭の上から叩きつけるような音。メドリが力いっぱい吹いたのだ。
 
 「わ、わかったから、もう吹くな!」

 耳を押さえながら、笛を吹くのを止めさせる。

 「とにかく! そうやって伝えることができる笛だから、次に何かあったら、吹いて知らせろ」

 声を出して助けを呼べないのなら、その笛で危険を知らせろ。
 鳥人の神宝かんだからをメドリに渡す。
 メドリのことを快く思ってない鳥人からは、反発をくらうかもしれない。族長が認めたとはいえ、メドリは人の子。そんなヤツに宝を渡して大丈夫なのかと。
 けど、これは父さんにも相談した結果だった。

 人の子、それも大君おおきみの子が森に来た。人の神宝かんだからを捜しに来ていたらしい。

 今日のことを話して、真っ先に笛を用意したのは父さんの方だった。
 
 ――かわいいメドリが危険な目に遭わないように。ハヤブサ、お兄ちゃんであるお前がシッカリ守ってやれ。

 ……どこまで親バカなんだよって言いたくなったけど、危険だったのは本当。あれでもし、あの忍海彦おしみひこが悪いヤツだったとしたら。

 「おい。なんだよ。どうしたんだよ」

 急にギュムッと体を寄せてきたメドリ。抱きつく……というより、ボクに守ってもらおうと、翼のなかに潜りこんできた……に近い。

 「大丈夫だ。それさえ吹けば、オレや大鷹おおたかが駆けつけるから。……守ってやるから」

 だから安心しろ。
 抱きしめてやるのはおかしな気がしたので、そのまま頭を何度もなでてやる。
 大丈夫。大丈夫。
 一応これでも、お前の兄ちゃんだし。守るぐらいはしてやるよ。――父さんにも、メチャクチャお願いされたからな。
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